DB103型のTEE"プリンツ・オイゲン" キロポストはウイーン起点
突然、霧の中から三つのライトが見えたかと思うと、西ドイツ国鉄DBの103型電機が飛び出してきた.
思っていた線 路よりさらに一線手前の線だった.TEE "プリンツ・オイゲン" この先西ドイツ国内に入ってから編成が長くなるが、
この区間はまだたった3両編成!初めて見た103型は迫力充分.最近廃車になると言うことで日本と同じようにオリジ ナルの塗装に戻されたりして騒がれているようだが、
その時はまだ大型のパンタグラフが付いた初期の姿だった.列車はあっという間にまた霧の中へ消えて行った.103型を見たのもこれが最初で最後になってしまうとは.
このザンクト・バレンティン、英語読みをすると「セント・バレンタイン」となり、日本人にも親しみやすい地名になってしまう.詳しくは判らないが、
聖バレンタイン卿ゆかりの土地であるのだろう.ドナウ河流域の小さな街になぜ泊まったかというと、ナローの蒸気機関車の走っていたシュタイルと、
古城の前を小さなやはり蒸気機関車(しかもファイアレス)が走るシュヴァルツ・ブルグにほど近いということで前に来たことのある同行のI氏に連れられて来た次第だが、
I氏の本当の目的は、ブロンドのホテルの若女将と再会したかったのではないかと思われるのである.しかしここに来なければ、
私はドイツ型蒸気機関車や103型電機機関車を見ることは出来なかったと言うことになるのだ.(訪れたのは、1977年10月)
[このコンテンツはRail & Bikes (H.Kumaさんのサイト)内にある、田駄雄作の鉄道四方山話にあるものを写真追加、文書加筆したものです.]
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