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501系の記憶 投稿者:団塊鉄ちゃん 投稿日:2011/12/07(Wed) 21:53 No.2361 投稿者のサイトor参照URL
お世話になります。いつも昔のお話ばかりで恐縮です。
501系(2代目)と言えば、昭和30年代中期の池袋線を代表する名車でした。保存車が無いのは何とも残念です。
旧501系(17m)の後を受け、続番で521〜530が第一期として最初に出場、形態は当時の国電全金車72系920台や70系300台の影響
を強く受けた西武初の全鋼製20m電動車で、2段完全上昇窓、Hゴム支持の戸袋窓、イボ付きシート張り鋼板屋根等が特徴でした。
第二期増備車は、旧501系が17m車と言う事で411系(初代)に改番される事となり、そのサハ1501〜1520をそのまま挟んだ両端クモハ
だけが20両生産されました。車体構造はほぼ同じですが、屋根はビニールシート無しで銀色に塗装されました。更に511以降は車内
吊り手受けが網棚支持と兼用のパイプ構造となります。(詳細には、これが第三期となります。)これは後の451系以降にも引き継がれます。
 一寸整理しますと
第一期 521〜530 昭和32年〜同33年製 サハも同時新製。台車はTR22
第二期 501〜510 昭和33年製 サハは旧501系から引き継いだ1501〜1510で木製雨樋。(後に鋼製細雨樋に取替え)台車はTR25類。
第三期 511〜520 昭和33年〜同34年製 サハは旧501系から引き継いだ1511〜1520で鋼製細雨樋。台車はDT13又はDT12。(但し518〜520はTR22)
台車はTR22以外は後に全て401系初代で試みた空気バネ付きに改造されました。
 501系の台車詳細は、田駄様がNo,1424記事に詳細に書かれておられます。
一時期サハ1563〜1572を各2両ずつ組み込んだ2M4Tとして走ったことも有りましたが、これは後に半数が電装化され571型として551系に組み込まれました。
尚、2M4Tはモハの負担平均化の目的で、定期的に編成換えを実施しておりました。又当時吊り掛け唯一の弱め界磁使用車でも有りました。これは加速の悪さを高速域
で補う目的でしたが、駅間距離の短い区間では、余り役立ちませんでした。新宿線で2M4Tが殆ど使われなかったのはこの事が理由かと思われます。

写真は第三期増備車の513F 昭和42年 東久留米〜ひばりヶ丘

添付:2361.jpg (364KB)
Re: 501系の記憶 - 団塊鉄ちゃん 2011/12/07(Wed) 21:54 No.2362 投稿者のサイトor参照URL
写真は第一期製造車527Fの2M4T編成 昭和42年 所沢〜秋津  各駅停車にも普通に単独で使われていました。

Re: 501系の記憶 - 団塊鉄ちゃん 2011/12/07(Wed) 21:55 No.2363 投稿者のサイトor参照URL
写真は最初に登場の521F 昭和36年 江古田駅(再掲です)

Re: 501系の記憶 - 団塊鉄ちゃん 2011/12/07(Wed) 21:56 No.2364 投稿者のサイトor参照URL
写真上第三期最終編成519F  下は第一期サハ1527

Re: 501系の記憶 - 1411 2011/12/09(Fri) 13:16 No.2366
団塊鉄ちゃん様
いつも貴重な写真を公開していただきありがとうございます。
これだけ当時の写真を見る事ができると、今でもこのような景色が展開されているように錯覚をします。
まさにネット上でタイムスリップしているようですね。

池袋線沿線で育った幼少時代(1970年代)、赤い電車といえば501系という印象が強いです。
101系が闊歩しているなか、赤い電車は701系か、701系と連結した501系。昼間の清瀬行は6連の551系が走り、451系(6連)はたまに見る程度、そんな記憶です。
1411形に乗りたくて幾度待っても来るのは501系でがっかり・・・。
今にして思うとぜいたくなことですね。

1980年3月西武ライオンズオープン戦輸送に、当時運転されていた所沢〜西武球場前間の臨時往復に501系が使用されており、
運転手さんから、「この車も月末でおしまいなんだよ」と教えていただいた場面を今でも鮮明に覚えています。
せめて1両でも保存されていればよかったんですがね・・・


Re: 501系の記憶 - 団塊鉄ちゃん 2011/12/10(Sat) 00:00 No.2370 投稿者のサイトor参照URL
1411様 皆様今晩は。何時もお世話になります。
クハ1411広窓車は、片運転台車の中でも特に前面展望が良好で人気がありましたね。先頭仕切りパイプ後ろの二人掛けシートは最高でした。
池袋線は361系、新宿線は461系が連結相手でした。それ以前は311系と組成していたのを見た記憶が有ります。台車は当然TR11ですが、
何故か全金車より乗り心地が良かったような気がしました。 写真は、1461+462 萩山駅 昭和38年


Re: 501系の記憶 - 清68 2011/12/11(Sun) 10:11 No.2373
団塊鉄ちゃん様、皆様、こんにちは。
1411の先頭の開放感、素敵でした。
方向幕が付いてからは若干前が見にくくなりましたが、それでも大きな窓からの見晴らしは良いものでした。
写真を拝見してあらためて思うのは、前面も側面も、西武電車は窓ガラス面積をできるだけ多く取ることに腐心しているなということです。正面からの1411の姿、窓周囲にサッシのはみ出しがほとんど確認できません。これは311や371も同様かと思います。国電オリジナルと比べると違いがよくわかります。
側面においては、上段固定の2段窓は、中桟となる部分は幅15mmという極細で、手でちょっと押さえただけでたわんでしまうほどです。ここまでして採光に努めるか…と、その設計思想に感動します。
最近は戸袋窓をなくす方針のようですが、今一度あの頃の思想が復活し、外がよく見える明るい車内の伝統が引き継がれてほしいと願っています。


Re: 501系の記憶 - 団塊鉄ちゃん 2011/12/11(Sun) 11:51 No.2374
田駄さま 皆様お世話になります。 清68様今日は
西武電車は、昔から車内外の手入れに気遣っていたと言う印象がありますね。車内の採光に関しても製作の簡易化よりも
明るさを重視して、戸袋窓を設けていたのは好感が持てました。最近の新車は他社を含めて戸袋窓は皆無ですが、折角復活した
N2000系の窓を更新の際潰しているのは残念です。大型袖仕切設置の為なのでしょうが、あれは個人的には車内の閉塞感を感じ
好みません。細かい気遣いで思い出すのは、赤電の頃ベンチレーター内側や内戸袋窓枠周囲を青に塗装してあった事です。
車内から扇風機やファンデリアを見上げた時に細いスリットの間から青色が映えて綺麗でした。戸袋窓枠内面塗装は501系Hゴム
車だけだと思いましたが、横から見るとブルーペンの様に見えました。


Re: 501系の記憶 - 1411 2011/12/11(Sun) 13:56 No.2376
団塊鉄ちゃん様 皆様こんにちわ。
1411の画像ありがとうございます。
乗客からは開放感ある景色でしたが、乗務員の方々は大変でしたでしょうね。夏場の乗務は狭い中さぞかししんどかったと想像します。
とある雑誌に、国鉄は労組との取り決めで極力、片隅運転台が先頭に立たぬよう、中間にいれる約束を迫られたとか読んだことがあります。

ちなみに、広窓車の正面扉(?)は新製当初からはめ殺しであったのでしょうか?
車掌台側の窓は、一部開けることができたようですね。晩年は固定されていたように思います。


Re:旧型車の正面窓のこと - 団塊鉄ちゃん 2011/12/11(Sun) 21:06 No.2382 投稿者のサイトor参照URL
旧型車の正面窓のこと
1411さま
1411型の向かって左側の窓は少し開くようです。貫通路は初めから扉も窓も開きませんでした。311系では貫通路窓が少し落とせるようです。
更に331系では運転席以外の窓は上げられる構造でした。
写真左から、1469・1322・335 各S41年、S37年、S37年  萩山付近及び上水線


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