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切妻型進化の系譜−1 投稿者:団塊鉄ちゃん 投稿日:2010/04/24(Sat) 14:52 No.1400
西武の正面切妻型は基本的に400代の形式が与えられていました。
最初は国鉄復旧車の3両と新造1両からなる401系。63型3両では寂しかろうとわざわざ所工で401を昭和31年
に新造しています。屋根が浅いだけで他は63型と同じでした。昭和31年製としては旧態依然としています。
モハはDT13を履き、後に枕バネを試作空気バネとしました。クハはTR11ですが、1401は途中からTR23に履き替えました。
大抵同型で4連を組んでいました。
 写真は、珍しくクハを両端に出した4連です。1401+402−401+1402 所沢駅 S37年5月

添付:1400.jpg (272KB)
Re: 切妻型進化の系譜−1 - 団塊鉄ちゃん 2010/04/24(Sat) 14:53 No.1401
 写真は、モハ401が履いていた試作改造空気バネ台車(上)と後の改良型(下)

Re: 切妻型進化の系譜−1 - 団塊鉄ちゃん 2010/04/24(Sat) 14:55 No.1402
451系は昭和34年度にまず、モハから製造が始まり後にサハ、クハも製作されて複雑な遍歴を辿りました。
初めて両開きドアを採用したのと、窓割がドア間田の字2組になりました。これは601系までと、飛んで3000系に引き継がれ
ましたね。足回りは501系より退化して当初はDT10の平軸受けでした。コロ軸になったのは、473からだったと思います。
474までは、黄色と茶の旧塗装でしたが、なぜか番号が飛んで次の481〜は赤電となりました。
 写真はクモハ460  上石神井検車区  S43年12月


Re: 切妻型進化の系譜−1 - モハ1005−モハ1006−クハ2003 2010/04/24(Sat) 19:55 No.1408
団塊鉄ちゃん様、「2枚窓」「切妻型」たくさんの懐かしい画像や驚きの画像、楽しく見させていただきました。
新井薬師前に住んでいた頃、401形を見た覚えがあります。でも401系って他の系列と連結されたことは…
試運転の方向板ってあったのですね。でも701系の方向幕には「試運転」は無かったですね。(そのため製造当初はサボ受がぶら下げられていたのでしょうか?)
昭和41年か42年の大雪の日、首都圏のほとんどの鉄道がポイントの凍結などで麻痺してしまった時、新宿線では西武新宿⇔上石神井間を1編成(確か501系4連だったような)が動いていた記憶があります。


Re: 切妻型進化の系譜−1 - ホビぽっぽ 2010/04/24(Sat) 20:25 No.1410
すでに皆さんご存知かと思いますが、切妻車に外付けの標識灯は高田馬場のカーブで灯具同士がぶつかって壊れてしまったという経緯から、上りと下りで取り付け位置をオフセットさせているそうです。

また、451で前面3枚のガラスを試験的に1枚物に替えてみたら、走行中に風圧で割れたという話も聞いたことがあります。
(こちらは真偽のほどは確証がありませんので、どなたかフォローしていただけると幸いです)


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 団塊鉄ちゃん 2010/04/24(Sat) 21:02 No.1411
ホビぽっぽ様
451系の正面1枚窓試験の件、鉄道ピクトリアルの私鉄車両めぐり西武編で読んだ記憶があります。551系からは大きな2枚窓となったので、強化ガラスにしたそうです。
(551が保谷で正面ガラス待ちだったのは、強化ガラスの納品待ちと聞きました。)


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 田駄雄作 2010/04/25(Sun) 10:38 No.1415 投稿者のサイトor参照URL
401系は多摩湖線に入線する前は4連を組んで、新宿線で使われてました.
多摩湖線入線後も、たまには新宿線で2連の運用に入ることがあり、701系451系などに併結される姿も見られました.
しかし、当時唯一の4ドア車だったため、整列乗車が崩れてしまうのと、車内にスタンションポールが無かったので混雑時に掴まる場所が皆無で、非常に辛い電車でした.ドア巾も狭く、確か扇風機も無かったかと.
その後他の形式からもスタンションポールが一斉に撤去されてしまったのは驚きでしたが.

501系もそうですが、TR25改のエアサス車はダンパーが無かったので、滅茶苦茶ローリングしていました.何処かの駅でホームにかかるポイント上で接触したことがある、とも聞いたことがあります.


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 団塊鉄ちゃん 2010/04/29(Thu) 00:09 No.1419
田駄さま今晩は。401系最後はDT10を履かされていましたね。
エアサス台車は、517と518に譲ったと思われますがどうでしょうか。でも517は初めからTR25だった気もするのですが、良く判りません。
スタンションポールは791辺りから無くなったような気がします。801系は最初から有りませんでしたね。


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 田駄雄作 2010/05/02(Sun) 01:01 No.1423 投稿者のサイトor参照URL
団塊鉄ちゃんさん,いつもありがとうございます.
401系の試作エアサス台車,下のTR25改とは若干形状が違います.一畑に行った201系?が履いていた同じようなタイプのものの改造ではないか?との説もあります. ちょっと調べてみますね.


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 田駄雄作 2010/05/02(Sun) 11:33 No.1424 投稿者のサイトor参照URL
webilioによるとこの台車(以降TR23X by 田駄雄作)は
> 国鉄客車の量産に参加していた帝國車輛工業、あるいはその旧名の梅鉢車輛製で、本形式(TR23)と同じ軸距2,450mm仕様ながら主電動機(三菱電機MB-146C)を装架可能とした、国鉄に同一仕様のものが存在しない専用モデル。戦後主電動機を国鉄払い下げのMT30に交換の上でモハ501形(初代)501 - 510やモハ401形(初代)401・402に転用され、モハ501形の分は更にモハ501形(2代目)501 - 510に再転用され、空気ばね・ころ軸受・ボルスタアンカー装備と徹底的な大改造を施された上で長く使用された。なお、ほとんどの文献や譲渡先の竣工図等では西武モハ200形は梅鉢鉄工所製とされ、同車が装着した台車も「梅鉢鉄工所製」として紹介されているが、この車両が製造された1941年は梅鉢車輛が帝國車輛工業に改称された年で「鉄工所」はありえず、よって最低でも梅鉢車輛名義での製造となる。<

とあります.ということはDT12とは軸距離が違い(DT12は2500mm)ますね.
Wikipediaによると501系のエアサスは
>クモハ501 - 510までが初代501系より交換したTR25系(TR23X)(ただし、竣工当初はTR22を装備し間もなくTR25系に交換)、511・512がDT13、513 - 515がDT12、516 - 530がTR22を装着した。のちにクモハ516と517はDT13に交換している。TR25系(TR23X)、DT12・13については、1961 - 62年にかけて枕バネ部分を新製交換し、空気バネ化された。<
とあります.これを信ずるならば516・517に転用されたDT13がクモハ401・402が履いていたもののようです.DT12と13は軸受の違いだけなので,DT12がコロ軸受改造されてしまうと判別不可能です.

あらためて勉強させて頂きました.


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 団塊鉄ちゃん 2010/05/02(Sun) 12:28 No.1425
田駄さま
詳細なご説明有難うございます。518は私の記憶違いで、DT12のままで残ったのかもしれません。


Re: 切妻型進化の系譜−1 - 団塊鉄ちゃん 2010/05/02(Sun) 13:09 No.1426
No,1425
DT12はTR22の間違えでした。すみません


Re: 切妻型進化の系譜−1 - ホビぽっぽ 2010/05/02(Sun) 17:56 No.1427
台車は簡単に履き替えできそうに見えますが、どっこい実物は意外と大変なことです。
それでも西武はホイホイと、模型のようにいとも簡単に台車を履き替えさせていたのですからたいした技術力だと感心させられます。

ただし「名義上」という魔法にかかると、実際の作業に携わった方でもわからなくなることが多く、これがマニアの探偵心をくすぐりますね。

鮮やかな謎解きに脱帽です。


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