懐かしの社型 投稿者:団塊鉄ちゃん 投稿日:2010/04/12(Mon) 12:36 No.1342 度々の投稿申し訳ありません。 さて、最後まで残った社型の内、好きだったクモニ1と301系の姿を掲げさせていただきます。まずクモニ1は1232→一畑デハ11→出戻162から木造クモニ1の後を引き継ぎ2代目となって生き延びましたね。写真はS44年1月8日 小手指区にて 添付:1342.jpg (267KB) Re: 懐かしの社型 - 団塊鉄ちゃん 2010/04/12(Mon) 12:50 No.1343
クモハ301系は武蔵野鉄道の主然とした姿で、晩年はCS5に改造されてサハ1471型と組んでいました。朝ラッシュ時には他車と組んで10連で走ったのを見たことが有りました。この車も廃車後は一畑で特急車となり近年まで活躍したのは幸いでした。 写真はクモハ304ほか4連 ひばりが丘−保谷 S38年1月7日 Re: 懐かしの社型 - 田駄雄作 2010/04/12(Mon) 18:00 No.1345 投稿者のサイトor参照URL 木造荷電はモニ1でした. モハ162は一畑から戻って来て、西武園線で単行で使われているのに乗ったことがあります.赤電色です.ドアは手動で、出発前に車掌さんが外側からロックして回ります.モハ162時代は1年もなかったかとおもいます. モハ301形は木造モニ1が出るまでは茶黄電(蒲原色)で半室荷物室を持っていて、モハニ301という形式だったかと思うんですが.中間にはもと国鉄モハ30車体のクハ1301(側窓高さが低い、というか位置が高い)を2両挟んで4連を組んでいました.クハとはいっても運転台機器は撤去されてました. そのサハ1471を挟んだCS5化され、保谷に初めて入線してきた時ちょうど遊びに行っていて、車庫の人たちがみなたまげていたのをよく覚えています.「馬子にも衣装だわい」なんていう言葉を聞いたような気がします.早速その日の夕方から運用に入っていました. 10連にも入っていたし、飯能行きの準急にもよく使われていました. 余ったクハ1301の方は国鉄から買ったクモハ371の中間に入っていましたが、これもすぐにサハ1471形に途中で差し替えられました. う〜!懐かしい記憶がどんどん蘇ってきます. Re:社型では有りませんが - 団塊鉄ちゃん 2010/05/12(Wed) 18:40 No.1458 初代のモニ1 元国鉄木造モニ3411,3412を昭和34年に購入、暫く上石神井庫に留置していましたが、モハ301系の荷物室 撤去に伴い、昭和35年に3412を復元し初代モニ1となりました。まさか荷電とはゆえ木造電車が復活するとは驚き でした。当初は写真のようにDT10を履いていましたが、新造車に取られたため、後にBWタイプとなりました。 しかし、老朽車ゆえ故障が多く、昭和38年に2代目クモニ1にバトンタッチされました。 写真は、モニ1 昭和36年11月 練馬駅付近 Re: 懐かしの社型 - 田駄雄作 2010/05/12(Wed) 19:57 No.1459 投稿者のサイトor参照URL 西武は購入時は3411ともども下回りだけ流用するつもりだったのでしょうね.上石神井で朽ち果てた姿も見ています.上石神井にはそのころ蒸機もいてある日煙を上げていたことがありました. それにしても日本の電車創世記のモハ10形のなれのはて,を見ていた私も古いです.当時東急にもグリーンに塗られたのがいましたね.鉄道ファン誌に上下に並べてカラーグラフになっていました. |