【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.996 「RAILWAYS」公開

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     前売りチケット


     当日の座席指定チケットと
     記念に頂いたARカード(webカメラが無いので見られませんが)

本日5月29日より映画「RAILWAYS」が全国一斉に公開になりました.テレビでも盛んに前宣伝をやっていましたので,このブログをご覧になっている方も気にはされていたのではないでしょうか?
仕事は夕方からだったので,近所の「流山おおたかの森」に新しくできたTOHOシネマに午前初回の上映を見に行って来ました.
映画館で映画を見るのは久しぶり,こういうかたちのニューシアターに入るのも初めてで戸惑いました.何しろ複数の上映室(スクリーン)に同じ入口から入場します.他の部屋は違う映画なんですから間違えると大変です.各部屋の表示はスクリーンナンバーだけで,どこにも「RAILWAYS」のポスターや案内が無いのが不思議でした.座席は全席指定席(指定料金はかかりません)ですから立ち見はありません.上映開始40分程前に行ったのですが,中央段のほぼ中央という良い席が取れました.シートも昔の映画館とは大違いで,前席とのピッチもたっぷりで座席の巾,座り心地とも上々でした.
初日の初回上映とはいえ,こんな田舎では出演者挨拶などのセレモニーもありませんので,淡々と上映が始まります.入りは70%というところでしょうか?年輩の人が多く,若い人は少なく,如何にも鉄ちゃんというような人は見当たりません.
あい変わらず,暗くなってから大きなポップコーンのカップやジュースを抱え,危なかしそうに入って来る人,最後のエンドロールの間,ユーミンのエンディングをバックに,デハニ50の重連走行を空撮で追いかけている素晴らしいシーンが流れているのにも関わらず,人の前を遮って,膝に足をぶつけながら退出してゆく人の多さにがっかりしました.これは日本人の悪しき習慣ですね.


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舞台は島根県の一畑電車です.島根県と云えば東日本に住む人間にとっては最も縁遠い県で,しばしばお隣の鳥取県と混乱する方も居られます.鉄道好きの人でも「一畑電車」ってどこにあるの?だったり読み方をイチハタと読んでいた人いませんでした?
映画中何回も出て来る一畑電車の愛称「バタ電」からも判るように,イチタデンシャと読みます.偉そうに講釈をたれている私も,この会社の社名が一畑電鉄から一畑電車に変わっていたことを今回初めて知りました.2006年に一畑電気鉄道が持株会社になり,鉄道部門は一畑電車(株)として独立してます.

一畑電車は3回程訪ねたことがあります.一度目は1975年夏,会社の夏期休暇を取り.クルマで西日本と四国の外周を巡りました.その折,島根県の日本海の海岸線をのんびり辿りました.益田,浜田,江津,大田と青く美しい日本海を一日中左手に見ながらドライブ三昧です.その夜の宿は出雲市に取りましたが,老舗の店で食した「出雲そば」+冷たい生ビールの味が今でも忘れられません.翌日は出雲大社,日御碕から一畑電車を撮影しながら宍道湖沿いに松江市へ.さらに島根半島の最突端美保関へ行き関の五本松なども見学しました.
ここに掲げた一畑電車の写真はすべてその折のものです.


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2度目はその約10年後の春,取材で松江市を訪れ,一畑電車の写真を撮影しています.この時はプロのカメラマンと一緒でしたので,私はマネージャー兼ガイド兼運転手兼カメラ助手兼補助カメラマン兼酒飲み相手と云った立場で,結構充実した旅でした.松江温泉は松江市内にありますので,昼の市内観光にも便利ですし,夜もなかなか楽しめる?ところです.
この時は一畑電車の良い写真を多数撮影した記憶がありますが,提出したまま戻って来ず,残念ながら原板,プリントとも手許にはありません.そのプロカメラマンの名前で世に出ている可能性も意ありますが,何も控えを取ってありませんでしたし,今見ても自分の写真と主張はできませんね.

3度目は10数年前,大阪在住の時,土曜日の朝にふらっと列車に乗って鳥取から松江に回りました.この時はカメラを持たず,松江市と出雲市内を歩き回りました.のんびり一畑電車に全線乗車したのはこの時が初めてでした.松江市内の寿司屋で,板前さんに勧められるままに新鮮な魚介類を頂きましたが,名前も覚えていない絶品の白身魚と,よく冷えたこれまた絶品の地酒の冷酒に舌鼓を打ちました.帰路は木次線でスイッチバックの旅を楽しみました.木次線のライバルである国道314号「奥出雲おろちループ」は2重にグルグル回って高度を稼ぐ名物道路ですが,これを見学する特等席は木次線の気動車の車内から,というのが皮肉なものでした.このため木次線のスイッチバック区間の一駅,出雲坂根-三井野原間には1両の小型気動車に100名以上の観光客(バス2台分)が乗車,都会の通勤電車並の混雑です.そのため気動車はロングシート車が使われますし,絶好の見学(道路橋の)ビューポイントでは33‰急勾配途中にも関わらず,一時停車するという大サービスでした.

と話は映画「RAILWAYS」から全く外れてしまいました.映画のストーリー,人間模様は各人各ポジションにより感じるところは違うと思いますし,見る楽しみを奪ってしまいますので感想は遠慮しておきます.

主人公を演じる中井貴一さんの演技は若干オーバーなきらいはありますが,さすが素晴らしい.加えて個性の強い名傍役さん達のキャラクターが印象的です,特に「今の君はいぶし銀に光って♪」という宮崎美子さんが素敵でした.百恵ちゃんの息子もいい役者さんになりますね.

全体の進行もくどい説明は避け,特にエピローグの部分の時の流れは映像のみで進行させて,見るものに想像させる,という手法はあざやかで好ましいものでした.

しかし,こちらは「安楽鉄道趣味ブログ」です.言わずもがな,この映画の本当の主役は電車,デハニ50形です.撮影はわざと晴天の日を選ばなかったのか,天気に恵まれなかったのか,周囲のトーンを落としているのかは判りませんが,あざやかなオレンジ色の古豪デハニが全篇を通して画面を圧巻しています,
まず冒頭の,車内から捉えたデハニの出庫シーンに感動させられちゃうのです.

その後も鉄道好き,とりわけ電車好きの方にはたまらないシーンが続出です.この撮影のため一旦廃車になったデハニ52・53を復活させ本線を走行させています.1928年製の味のある車体に吊掛式モーターのサウンドが響き渡ります.デハニだけではありません,現役のもと京王5000系やもと南海のズームカーも島根県の一畑電車として生き生きと走っている様がうかがえます.長年一畑電車で活躍したもと西武の車両達が居ないのはちょっぴり寂しいですけれど.

一つ云わせて頂ければ,途中進行方向が変わる一畑口駅でのエンド交換が重要なシーンとして2回使われています.しかしこれについての解説が無く,事情が判らない人には何で運転手さんと車掌さんが入れ替るのか理解できないかと思うのです.まあ理解できなくてもストーリーの進行にはさほど問題はないのですが.これは知ってるものだけの得ですね.

そうそう,京王ファンには主人公が研修を受ける京王線でのシーンのサービスもあります.平山研修センターの原色5000系の保存車も出て来ます.
その他サンライズ出雲だって,新幹線N700系だって出て来ます.
前述のエンドロール部分のデハニの空撮シーン,必見です.必ず最後まで見て下さいね.(TV放映のときはこの部分は放映されるかどうか?)
各シーンは鉄道写真撮影のアングルや,シャッターチャンスの参考にもなると思いますよ.その瞬間瞬間に思わず右手人差し指に力が入りました.

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2010/05/29 AM 11:11:29 | Comment(6) | TrackBack(1) | [音楽・映画・テレビなどエンターティンメント]

No.995 東京モノレール500形

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1974年頃の撮影です.当時中間に駅が存在したかどうかは覚えてませんが,京浜運河に沿った,現在で云うと天王洲アイル-大井競馬場前間になります.
ある単行本に使うために特撮したのですが,渋滞の首都高速を尻目にスイスイ走るモノレールを表現するためこの場所を選んだような記憶があります.

東京モノレールと云えば初代の100形200形,そして大型になったこの500形が一番印象にあります.塗装は赤と白(クリーム?).これは途中で水色系の旧色から塗り替えたんだっけかな?
この後の600形は不格好な切妻になってしまい,とてもカメラを向ける気にはなりませんでした.モノレールと云うのは当時としては近未来の先進的乗り物という印象なので,機能よりもまず格好の良さが必要だと思っていました.最近は多摩都市モノレールなど,おせじにも格好良いとは云えないような機能一点張りのものが増えています.

首都高速のクルマ達も今見れば懐かしいものです.箱スカ,ケンメリのスカG、やローレル、ルーチェ、カリーナ,マークIIetc. 当時の有力どころが並んでいますね.

この写真を出すにあたり,検索してみて驚いたのがこの500形をはじめ,その前の100・200形はおろか切妻600形の写真さえほとんど検索されないことでした.かく言う私も東京モノレールにカメラを向けたのはこの時一回のみ.(最近は俯瞰絡みで少し撮影してますが) 路線の構造上,駅撮りはほぼ不可能.あえて撮影しようとなると,京浜急行の駅からトコトコ歩くか,クルマ利用に限られましたから無理はありません.
要するにモノレールは鉄道カメラマンの撮影対象ではなかった!と云うことに尽きます.
そう云う貴重な写真なのに,ネガが無い.これもプリントからスキャンです.

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2010/05/28 AM 10:52:22 | Comment(3) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.994 駒形石灰のKATOくん

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1971年3月只見線・会津線撮影の帰途に寄った葛生の駒形石灰専用線.
2footer、600mmゲージの小型カトーが併用軌道を推進運転で採石場に向かいます.
後方には石灰石を切り取られ,半分の断面になってしまった小山が見えます.

ナロー関係のネガは,当時の仲間内のまとめ役だった人間に預けていたのか,ほとんど手許に残っていません.今さら返せとは云えませんが,私の処にも誰が撮影したか判らないネガが結構ありますのでおあいこでしょう.このカットは8ツ切りの紙焼きが残っていました.

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2010/05/27 AM 01:37:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.993 壁紙(98)D52400

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久しぶりに壁紙を.
D52400 1966.7 五稜郭機関区です.

この画像,なんと驚くべきことに小さな手札判プリントからのスキャンです.それも焼き付け時の露出がオーバーで,プリント上ではほとんど黒く潰れています.スキャンしてこんなにまともな画になるとは思いもしませんでした.銀塩プリントは銀の濃度で諧調表現をしているため,黒く潰れた中にしっかり画像情報が埋め込まれていました.プリントを蛍光灯などで透かして見た時に,しっかり画が見えているようなら可能性があります.同じことがモノクロのネガ,カラーポジにも云えます.昔から撮影時には「露出オーバーより露出不足の方が良い」と教えられました.ただしカラーネガでの撮影には当てはまりません.

デジタルの場合は?コントラストが強いので白飛びが怖いです.適正露出が理想ですが,RAWで撮影をするなら,オーバーよりアンダーの方が救われると思います.しかし,適正露出と云っても,画面の中の部分部分によって違うので,難しいですね.晴天下の(そうでなくても)蒸気機関車を真っ黒に潰している人多いですもんね.

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2010/05/26 PM 11:08:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.992 今年は都電とバラとスカイツリー

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西武赤電オフ会の準備をしたり,実施後はその余韻に浸っているうちに気が付いたら今日はもう5月22日.そういえば都電のバラはいつも何日頃行っていたかな?とふと思い出して昨年行った日付を確かめてみると何ともう過ぎていました.今日は晴れれば何処かに行こうかと思っていたので,準備をして荒川線へ出かけました.

6年目の今年は何処で如何様にに撮るか?悩むところですが,今年はスカイツリー絡み限定ということでポイントを探してみました.
やはり電車のバックにドーンとスカイツリーが建ち上がるシーンが希望ですが,僅かな直線区間の延長線がスカイツリーと一致するのは荒川区役所前-荒川2丁目間と熊野前駅付近の2ヶ所のみです.しかもその方向に高いビルやマンションが無いことが条件になります.熊野前の方は例年バラはほとんど咲いていませんのでまず荒川区役所前付近で撮影しました.

しかし毎年思いますが,都電の撮影は何処でも撮れそうにみえて意外と撮影できるポイントは少なく,難易度が非常に高いです.しかしそれだけに撮りがいがあります.作例も電柱と飲み物自販機などの隙間に体やカメラを突っ込んで,膝をついたり背伸びしたりして(苦労して?)撮影しているものです.
ツリーをできるだけ大きく入れたいこと.周囲の景色,雑踏や電柱を整理しようとすると,ほとんどがタテ位置の構図になってしまうのは痛し痒しと云ったところです.(別にタテ位置が嫌いなわけではありませんが,Web画面では天地寸法を大きくとれないので苦手です)


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↓ポイントを探しながら線路沿いを歩いていると,三ノ輪橋駅まで来てしまいました.ローズガーデンのような駅構内のバックにスカイツリーの頭が見えました.8804の出発を撮ろうと思ったら到着電車と被ってしまいました.


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三ノ輪橋は買い物客や観光客で雑踏していましたので,また荒川区役所前まで逃げ戻ります.

↓区役所前-2丁目間の線路際に新しいショッピングセンターが出来ていて,屋上駐車場までのスロープ上から撮影できます.店の人に声をかけると「全然大丈夫です!」とのこと.(僕らの年代は全然+肯定形に抵抗がありますが,戦前までは全然普通に使われていて文学作品にもよく使われていたそうです.戦後の国語教育で『全然』は+否定形のみで使用と指導されたもので,ここに問題あったようです.青春を返せ!驚くことに中学の数学では僕らの習った数年間だけ,数字の区切りのカンマの位置を4桁毎に入れさせられたんですよ:余談でした)


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↓そういえば来るのは7000形ばかりで7500形が来ないな,と思っていたらやっと「貸切車」で現れました.ちゃんと走っている定期運用は1両のみでした.8800形の増備で廃車が進んでいるようで,すでに7501も無く,残数は5両(うち1両は6月6日より阪堺色化)とのことです.
来年3月の全廃直前には,送り人のあいつらが大挙して押し寄せる予感がします.桑原,クワバラ!初夏のバラとの2ショットは今年限りなんですね.

今日は土曜日と云うのに,お会いしたカメラを持ったファンは両手に達しませんでした.荒川車庫のイベントの時に集まるあの多くの人たちは何なのでしょう.



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↓8800形も3両が運用に入っていました.なぜか度々被られて,なかなか上手く撮影できませんでしたが,去年のように残念感はありませんね.これからどんどん増えますし.


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↓荒川区役所前でお会いした方から,熊野前でも「ツリーをバックにバラを入れて撮れますよ」と伺っていたので行ってみました.でも全然ダ〜メ.狭いホーム上から何とかこんなカットしか撮れません.バラの基準が違ったようです.
でも昼間は動いていなかった9001・9002が来たので良しとしましょう.
しかし両側の「ニコニコ質店(七対子?)」の看板,学習院下の「白十字」以上に目立ち過ぎです.


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天気には恵まれませんでしたが,今年はもういいかな?と思っています.本編のコンテンツも今年は作りません.
スカイツリー板にも別カットを展示しています.

6月6日から「阪堺色」の7500形が登場するそうですが、あんまり興味ないですね.阪堺の実物車両が来るならまだしも.

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2010/05/22 PM 10:15:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [東京スカイツリー]

No.991 西武赤電・保谷車庫を語る会


以前にご案内しました,当サイト内西武鉄道画像保管箱掲示板のオフ会、「第1回西武赤電・保谷車庫を語る会」が16日,かつての保谷車庫こと保谷検車区跡地に近い,西東京市保谷の老舗のお蕎麦屋さん辰巳庵にて開催されました.
掲示板とこのブログで呼びかけたところ,何と保谷や西武沿線にゆかりのある赤電フリーク,15名様が参加表明され主催者もビックリです.現在は西武沿線にお住まいの方の方が少ないくらいで,遠く山梨県や大阪から参加された方も居られます.

当日はお一人の欠席者も遅刻も無く,ほぼ全員が初対面であるにもかかわらず,ごくごく地域限定の話題で盛り上がりました.
それにしても皆様の知識の深さや強い西武電車への思い入れに,ただただ驚くやら感心するやら、たじろぐやらで15時から予定の3時間はあっという間に過ぎ,場所をご参加者でもある某工房長さん宅に移し,22時過ぎまで盛り上がりました.

ご参加者のうち約半数は1時間前に保谷駅に集合し,プレオフ会「保谷車庫散策ツアー」も敢行しました.
保谷駅は昔から島式ホーム1本でしたが,上り線用ホームが増設され現在3線化工事が進行中です.旧保谷検車区も最近まで保谷車両管理所留置線として使われていましたが,これも廃止されて本線とのレールが分断されてしまいました.


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↓奥の方を拡大してみますと保谷検車区時代の留置線もまだ残っています.線番は11番線まで見えますね.

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↓45年程前の写真を見ると,14番線まであったことがうかがえます.この右の3線分は撤去されていたようです.

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↑その留置線の横には2両の保存機(5号蒸機とE12号電機)がシートをかけられ,オブジェのような様相で置かれています.他所に移動させたいようですが,かなり老朽化していて破損しないように運び出すのが大変とのことです.ここで解体などということのないように願いたいものです.
ところでこの用地,今後何に利用するんでしょうね.

昔は踏切だった歩道橋上から撮影しました.

↓30年程前この歩道橋から撮影した写真を持ってこられた方がおり,現在と比較してみなさん納得.
今のところ当時と線路配置はほぼ変化無しでした.




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↑昔は赤電の走っていた池袋線も今はメンバーが入れ替っていて,西武も3ドア車は希少になり,東京メトロの電車をはじめ4ドアの多彩な車両やNRAが行き交います.数年後には東急の車両も現れるかもしれません.

のんびり旧保谷検車区の敷地を一周すると,ちょうど会場の辰巳庵さんの前です.私が最初に保谷で住んだのはここから自転車で5分程のところ.辰巳庵さんから出前を取っていましたので懐かしいです.

ご参加のみなさんにはお土産を用意いたしました.当時私が撮影した赤電関連の写真のプリント12点セットです.コレクションの中から美味しそうなところを見つくろってみました.
せっかく再スキャンしたので,こちらをご覧のみなさんにもお裾分けです.
検索されないようにキャプションは省略します.1点目は↑の保谷車庫の写真です.


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12点のうち半分がハーフサイズからのトリミング!と云うのは驚きでしょう.どれがハーフサイズか判りますか?

ご参加のみなさまよりぜひ第2回を開催して,との声が多くありました.今回ご都合やタイミングでご参加になれなかった方もいらっしゃるかと思います.次回は機会があれば何かイベント+2次会のようなかたちで出来ればと思っていますが,人数的には今回の15名というのが皆で同時にお話しできる限界でしょう.
あまり大規模で大げさなイベントを主宰するほどの元気もありませんし.

ご参加のみなさん,どうもお疲れさまでした.本当に楽しいひとときでした.

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2010/05/17 PM 04:56:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | [西武鉄道]

No.990 これはスカイツリー?


新松戸駅から東京スカイツリーが見えるとの情報があったので,出かけついでに寄ってみました.
ちょうど線路の左側にそれらしきものが見えるのですが,ちょっと違うような.
300mmで撮影後,モニタを最大限拡大してみるとやはり違うようです.
紛らわしいですね,肉眼で見た目,そうだと言われれば信じてしまいますよ.きっと.



帰宅後地図で確認すると,見えるとすれば線路の右の方になることが判明.後日また確認しに行ってみます.見えなかったような気がしますけど.

追記:5.22に再確認しましたが,本物のツリーは新松戸駅からはビルの影になり見えません.
情報は本記事の塔と間違えたようです.ではこの塔はなんなんでしょうね?
方角的には市川,葛西方面になります.

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2010/05/16 AM 12:49:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [東京スカイツリー]

No.989 ドーバー海峡のホバークラフト
5.11追記:青森新幹線の愛称は「はやぶさ」だってさ〜!ちょっとイメージが違いますね.でもすぐなれるでしょう.やはり「メロス」にはなりませんでした.ロマンが無いよね.1位「はつかり」2位「はつね」3位「みちのく」.こちらで呼びかけましたが「メロス」は何位?いや何票?

ところで「はつね」って何でしょうね?オタク票おそるべし.参院選に利用できるよきっと.(不謹慎!)
でも今日のNHK,爆笑問題が筑波のJAXAにて,現場のエリート社員との対話では,ほとんど彼(彼女)らは宇宙戦艦ヤマトやガンダムに影響されている世代なんですよね.面白い番組でした.



長いことブログ更新をさぼり,わざわざご来訪頂いた方には申し訳ございません.今後も気まぐれ更新になりそうですので,よろしくお願いいたします.


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ホバークラフトと云えば,国内でもかつて三河湾や瀬戸内海などで未来の乗り物として脚光を浴びていた時代もありますが,騒音が大きいこと,燃料コストがかかること,輸送人員が少ないことなどで営業用としては(軍用としてはかなり採用されているようです)ほとんど撤退してしまいました.国内では最後にゆいいつ残った大分空港-大分港間の便も昨年廃止になっています.
ホバークラフトの売り物の一つは「水陸両用(車?)」ということにあるのですが,日本の法律では陸上を走ることは許されず,上陸には特殊岸壁が必要と云うことで,結局ピアからの乗船になることが多かったようです.

この写真は1976年に訪欧した時に乗船?したドーバー海峡のホバークラフトです.
当時はもちろんユーロトンネルは影も形もありませんし,憧れの「ゴールデンアロウ」号も廃止になった後でした.パリからロンドンまで,おとなしく普通の急行でカレーまで行って連絡船に乗るのも面白くないので,このホーバーを含むシーリンク・ラピッド便(名称は違うかもしれません)のチケットを確保しました.

パリ北駅だったか西駅から,専用直通列車に乗車です.どんな豪華列車かと思いきや,岡山駅のようなホーム先端にある欠きとりホーム(その場所もなかなか判らず)に待っていたのは,超満員の2両編成の気動車!「本当にこれ?」と乗客に何度も念を押しましたが間違ってはいないようです.でも車内は一杯,デッキにも荷物が多数置かれていて.漸くその隙間に体とスーツケースをねじ込むように乗車しました.
ちょうどドアのところに居場所を確保,運良く誰のものとも判らない荷物の上に腰掛けて車窓を楽しむことができました.
走り出すと速い速い!エンジン音も勇ましく150km/hくらいの高速で快適にぶっ飛びます.

この列車の行先はカレーではなく,ブローニュというカレーよりは30kmほど南に位置する港町です.
2時間ほどノンストップで突っ走った後,本線から分岐して未電化の臨港線を走り,港まで乗入れました.なんとこの列車,最後の僅か数キロの引込線を走るための気動車起用だったようです.

↑簡単な出国手続きをして港で待つと,轟音を響かせ目の前のドーバー海峡から大型のホバークラフトが岸壁に乗り上げてきました.(人が写り込んでいますが,何で欧州人だと画になってしまうんでしょうか.みな姿勢とスタイルがいいですよね.)

この時までホバークラフトと云うものを実際に見たことがなかったので大きさの基準が判りませんが,かなりの迫力です.器用にドリフトして方向転換.こちらにお尻を向けて停車しました.

↓ところがエンジンが停止してスカート内のエアーが抜けると,ストンと云う感じで全体が下がり,岸壁上に鎮座してしまいました.スカートがペッチャンコになった滑稽な瞬間です.


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↓後扉が開いてロールスロイス(ベントレーだったらごめんなさい)が出てきました.このホバークラフトはカーフェリーでもあったんですね.ホバークラフトのエンジンもロールスロイス社製と聞いています.


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↓続いて乗客も降りてきました.中央をクルマ用のデッキが占領しているため,定員は150人ほどと以外に少ないです.連絡列車の気動車2両編成は定員を合わせてあったんですね.人間と比較するとこのホバークラフトの大きさが判ります.


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このあと乗船(ホバークラフトは船でしょうか?).わずか30分で海峡横断して英国側のドーバーに到着しました.船内には超美人のCAさん2名が乗っていましたが,わずか30分の国境越えの間,忙しく免税品の販売で右往左往していました.
窓外の景色は自身の巻き上げる水煙で視界良好ではありませんでしたが,途中直近ですれ違った美しい帆船の帆と,ドーバー海岸に続くチョークの白さが青空に映えて美しかったのを,30年以上経った現在もよく覚えています.その後も国内外でホバークラフトに乗車どころか,見たこともないので,一生のうちの貴重な乗り物体験でした.
文章ばかりでスナップショットが無いのが申し訳ないですが,約3週間にわたる旅行の最終日前日,もうまめにパチパチシャッターを押す気力も(フィルムも?)残っていなかったようです.

ちなみに,この後ドーバーからロンドンまでの車中からこの機関車を目撃しました.

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2010/05/08 PM 01:24:33 | Comment(4) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]










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