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41年前の1968(昭和43)年10月1日、いわゆるヨンサントーの国鉄ダイヤ改正日です.目玉の一つは東北本線全線の完全電化と複線化ということで、東北本線、東京-青森間は電化=完全無煙化が果たされたことになっています. ↑祝賀マークを付けて120km/h運転で東北本線を走り抜けて来た、初日の「はつかり2号」上野到着シーンです.最近は安全上の問題でしょうか、このように簡易な祝賀マークはあまり見られません. 閑話休題、それ以前は必ずしも電化=完全無煙化の公式は当てはまらず、1965年の仙台-盛岡間の電化後など1年間は電気列車は特急・急行電車ほか一部の特急・急行列車に限られ、普通列車や貨物列車はC61・D51・D62などが従来通り活躍していました. しかし、43-10での盛岡-青森間は完全電化、旅客も貨物もすべてED75の赤色に圧巻されました.これは新線改良や長大トンネルに切り替えで、走行速度が向上した為でしょう.まだ各駅のスイッチャーや、周辺駅へのデリバリー入換えに蒸機は少数残ったかと思われます.8620型が1971(昭和66)年まで活躍した花輪線列車は、好摩駅でED75列車とチェンジしているシーンも見ていますし、ED75列車に併結して東北本線上を回送するシーンも見ています.8620型単独での回送、または牽引シーンが見られた可能性もあります.
新規電化の東北地区は若干大目に見て、まだ良しとしましょう.ちょっと気になるのは↓の写真です.この写真は改正当日の10時少し前、東北本線赤羽駅北側踏切で撮影したD51786牽引の赤羽線直通貨物列車です.この列車は大宮操車場から荒川を渡って東京都内に乗入れて、赤羽線板橋駅まで毎日走っていたセメント貨物です. 東北本線完全電化無煙化を謳っていながら、都内まで煙を持って来るずうずうしさ!クレームがついたかどうか翌年1月初めには、電気機関車化されています.
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↓は初めての2ショット.東京駅の15番・16番線で0系(当時まだ0系とは云わなかったが)と、この日から東京発になった奥羽本線直通特急「つばさ1号」キハ82です.今から見ればレアな2ショットですが、やはり新幹線の車両は大きいですね.当初の運用発表ではこの1号には「はつかり」からコンバートされたキハ81が充当されると聞いていたのですが、ふたを開けてみれば81系は午後の2号の方で上野発でした.
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この列車が辿ってくる東北-東海道連絡線は、れっきとした東北本線の一部で.各地への特急列車の他、常磐線、東北線、高崎線普通列車が一部乗入れていました.また大宮、田端、秋葉原、隅田川、汐留の各貨物駅間を結ぶ貨物列車、各基地を結ぶ配給列車などの重要なルートでもありました.上野駅-東京駅間には、山手線、京浜東北線に沿って、確かに東北本線の列車が通る一見複線に見える線路があります.しかし、秋葉原貨物駅への引き込み線をはじめ、上野駅始発列車用留置線、東京駅用留置線、機回し線等を兼ねていて、複雑なポイントや突然車止めでレールが途切れていたりで大変ミステリアスです. 実際に上野駅発の上り列車先頭に乗って見ていると、上野-秋葉原駅手前までは複線ですが、秋葉原貨物駅への分岐後はポイントで下り線と合流してしまい、そのまま東京駅まで単線状態で進行していました.
前述のように、山手線、京浜東北線だけで複線(複々線)の条件は充分以上に満たしている、とは云えますが肝心の列車線が単線ではなんと云われても仕方ありません. 43-10、東北本線無煙化も複線化も起点の東京都内ではお粗末なあり様でした.
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