【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.804 準急ずれ日光
11.9追記
サーバー・トラブルほかいろいろあって更新が滞っています.毎日大勢の方に無駄足を踏んで頂いているかと思うと心が重いですが、お許し願いたいと思います.
なお、病み上がりの体の方は何とかですのでご心配なく.
多数の方から、お見舞いおよびサーバー・トラブルのモニタご報告を頂きました.どうもありがとうございます.

ブログは近々再開する予定です.すんません.



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1963(昭和38)年頃の東京駅7番線(当時)です.日光の文字一が右に寄っていているのは[湘南日光]か[特別日光]の左側を消したものだろうと思っていました.でもローマ字表記はNIKKOだけなので後者の線が強いですか?
このローマ字もドイツ文字タイプのフォントが使われていてユニークです.

京浜東北線のクモハ73も良いタイミング.全景写真が無いところを見ると距離計連動カメラでのパララックス外れ、要は失敗写真なのですが、資料性から見るとなかなかのフレーミングですね(自画自賛ですが).

調べますと、特別日光号は東京オリンピック関連の運転と判明.撮影年が間違っていなければ湘南日光号からの転用のもののようです.それとも[湘南]の文字だけシールなどで左のアキ部分に貼っていたりしていた? のかも.

↓は前にも出していますが1968(昭和43)年7月の急行[日光]です.この時点ではヘッドマーク内の急行表示は無くなっていたようです.ただしここに急行と書かれている姿も記憶がありますし、後日の急行[伊豆]時代には表示されています.


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↑1964(昭和39)年5月のニセ[こだま]のヘッドマークです.ちゃんと特急表示がありますね.

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2008/10/31 PM 07:42:47 | [電車・気動車]

No.803 北上線のDD51

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1972(昭和47)年10月は当時岩手県江刺市に住んでいた伯父の家を基地に、五能線などをクルマで撮影していました.その五能線から江刺に戻る途中、北上線で行き会ったDD51の貨物列車を何本か撮影していました.まだ高速道路など計画さえ無く、物流のメインルートだった北上線なのでかなりの貨物列車の本数があったと記憶しています.
クルマで撮影の場合の欠点は、撮影地点が特定できない可能性があることで、この場合のように行き当たりばったりであればなおさらです.


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本編「きまぐれpicture」からのリサイクル記事が続きます.

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2008/10/29 PM 12:49:53 | [電気・ディーゼル機関車]

No.802 D51498+N.I.O.E.オリエント急行

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1988(昭和63)年12月23日、夕刻の上野駅を来日中のN.I.O.E.(Nostalgic Istanbul Orient Express)編成が最後のツアーとして上越・北陸線経由で大阪へと旅だちました.先頭に立つのは見事復活なったD51498.ピカピカのボディにゴールドの装飾、これまたピカピカのEF5861を従えて上野-大宮間の僅かな区間ですが、夕陽に照らされた堂々としたその走りは、かつて羽越本線で貨物列車を牽いていた姿とはまた違った第2の人生のスタートに相応しいものといえます.
趣味的に見ても日本の鉄道史から見ても、未だかつてこれほど豪華な列車編成が日本国内の鉄路を走ったことはありません.
とまあ、イントロはこんなもんですが、当時は真面目に鉄道写真と対峙していない時期で、「ハレー彗星みたいなもんだから見ておくべ」的に借り物のカメラを持って沿線へ繰り出したようです.しかしよくもまあ集まった(冬休みですが、まだ昭和ですから当然23日は祭日ではありません)というぐらいの人人人人! 少なくとも都内区間は沿線で人垣が切れることはなかったようです.最近のイベント列車でもこんな人出は無いと思います.
上野駅では成田線直通のC57以来の蒸気機関車の登場、現在のように各地で復活SL運転が行われていない時代のことで、しかもオリエント急行を牽引するという大イベントに沿線いや都内どころか近隣各地から見物人が参集したもようです.まあ私もそんなうちの一人であることは言うまでもありません.

↑まずは日暮里駅で尾久からの推回を撮ります.こちらの山手線・京浜東北線ホーム、常磐線ホームもそうですが歩道橋の上もすごい数の人達ですね.上野駅高架ホームへ入線するので常磐線寄りの上り線を通ります.他の電車に被られないことを祈るばかりです.


↓後からホイッスルと汽笛の絶気合図が聞こえてやって来ました.おっと常磐線の103系が被った!悲鳴が聞こえて来そう.


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夕陽を浴びて濃紺の客車が映えるけれど、影が多くてまだらになってしまいそうです.


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次位のEF5861が本当の牽引機で、大宮からは長岡までは単独で(EF64の補機は付く)闇の中を牽引します.


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八高線の1972(昭和47)年鉄道100年イベントで撮影して以来ですから、16年ぶりのD51498との再会.お久しぶりです、祝復活!


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常磐線103系は当時まだ10両編成だったので、ホームの上野寄りにいた人はどうやら助かったようです.カランカランというロッドの音を聞くのも久しぶりだな〜.


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さて、どこも一杯で本ちゃん列車を撮る場所が見つからない!東十条で迷っている間に列車が来る時間になってしまいました.しかも日が陰ってしまい暗く、開放F3.5のレンズと実質ISO50のKRでは無理というもの.しかも最悪の場所で人の肩越しでは上手く撮れるはずもないのです.


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この写真を見てみれば東十条駅のホームで撮れたじゃないですか!それも考えてはみたのですが、京浜東北線電車との被りのリスクがありましたから、その勇気が無かったんでしょうね.
当時の鉄道写真に対するやる気の無さで、このフィルムを現像したのが10ヶ月後という最悪のお粗末様です.ピントや発色その他劣悪なのはその所為ですね.

しかしこんな列車をユーラシア大陸を横断させて日本まで持って来てしまうのですから、本当にバブルって凄い時代だったんですね.その行程ではフランスでもドイツでも(01重連)、ポーランドでも、中国でも(前進型)蒸気機関車が牽引しています.日本国内用の脚には廃車になったスハ43系のTR47を用意しましたが、ソ連国内の広軌用台車は新製したというのも驚きです.
ヨーロッパ規格の車両を国内で走らせるために、デッキのステップを切断したりしていますが、24m近いボディを持つ車両が営業運転したのも前代未聞のことです.も一つのサプライズは国鉄時代では絶対に考えられなかった青函トンネルの通過です.もちろん難燃構造であるわけもなく、各車にボイラを積んだ旧式客車は1両ごとにに消化器を持った係員を配置するという、条件で特別に許可されたと聞いています.

あまり大きなニュースにはなりませんでしたが、北陸本線だか信越本線を走行中に中間のバッファー&リンク連結器が外れてしまったことがあります.新聞の小さな記事で見ただけですので詳細は不明ですが、エア管などは大丈夫だったのでしょうか?

これも本編「きまぐれpicture」からのリサイクル記事でした.

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2008/10/28 AM 11:21:49 | [復活蒸機の走る線]

No.801 東海道線のEF60
WBC監督は原さん!?普通本人の意思を確認してから発表するもんだろう.絶対に断れない状況で貧乏クジを押し付けてるみたいで失礼だよ.Gファンでも原さんファンでもないけれど、複雑な気持.マスコミも「やっと決着が着いた」なんて言ってるが、本人の承諾を持って決着ではないの?
まあ、読売の社内人事なので断るわけないです.



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1965(昭和40)年8月、東京初発の321M80系電車で豊橋へ向かいました.いま思えば吊り掛式旧型国電での最長距離乗車でしたね.

あえて初発と書きましたが、一番電車のことを特に口で言う場合は「しはつ」と言いがちです.間違いではありませんが、しはつ=始発だと始発駅の始発と誤解されてしまい、少し意味が違ってきます.前後の文章で判断できるかもしれませんが、これは日本語の欠点ですね.雑誌の原稿で初発と書いたら始発に校正されてしまったこともあります.

閑話休題、当時はEF65も登場していましたが、まだバリバリの現役だったEF60とも何回も行き違いましたが、3カットがネガに記録されていました.当然EH10も多数走っていたはずなのですが、記録、記憶とも欠如しています.

↑函南付近の貨物列車牽引のEF606.茶一色の姿は当時でもさすがに珍しくなっていました.


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↑吉原駅では停車中に上り「はやぶさ」が通過.EF65にも見えますが、れっきとしたEF60514.EF65との見分け方は屋根上の大型の避雷器カバーと腰部両側のルーバーが無いこと.そういえば何となくスッキリしています.
中学生の頃から流し撮りなんかしてたんですね.誰に教わったんでしょう?


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↑静岡駅ではEF60507牽引の上り「みずほ」が到着.地上時代の静岡駅も懐かしいですね.


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↑豊橋駅を出発して行く321Mです.列車番号表示が違っていますが、どちらにしても3桁は表示できません.

現在でも高崎のEF6019がまだ現役で、ときおり臨時列車などの牽引に当たっているようです.
本編「きまぐれpicture」からのリサイクル記事でした

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2008/10/27 PM 06:46:08 | [電気・ディーゼル機関車]

No.800 弁天島の奇跡

10.26追記
10.12以来アルコール分を摂取していません.入院中はもちろん呑めませんでしたが、退院後もまだまだその気になりません.別に医者から止められてはいないのですが.
昨日今日とスーパーの酒売り場を通りかかりました.そろそろ焼酎のお湯割りくらいは.とも思うのですがやはり腹に爆弾を抱えているようなものですので、勇気が出ません.まあ無理して呑む必要も無いので、本人がその気になるまで待つといたしましょう.
なお、お酒のお誘いはいつでもお受けしますので、病み上がりだと思わず遠慮なくお誘いください.そんな理由でパスされたら逆に具合が悪くなりそうです.
年末までには完全復帰を目指さねば!!

最近「寺田が生意気だ!」と名指しで言われる紅茶のCMが気になって仕方ありません.
Jリーガーや件のCMに出て来る役者さん、その他政治家など以前に較べて著名人の寺田さんの名をよく聞くような気がします.



先日来、多くの方々からメールを頂いています.お返事の方が滞っておりますが、今しばらくご猶予を頂きますようお願いいたします.申し訳ありません.



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1966(昭和41)年9月24・25日、高校1年の秋季旅行で渥美半島、浜名湖方面に1泊で出かけました.夜は浜名湖弁天島温泉の白砂亭というホテルに泊まりましたが、夜半に折から上陸中の台風ともろに遭遇してしまいました.
テレビで情報は見ていたとは思いますが、それほど深刻な状況とは受け止めては居なかったようです.しかし強風で建物がぐらぐら揺れて寝付けなかった記憶はあります.

弁天島温泉は東海道本線弁天島駅前に位置します.駅の両側にある太平洋から浜名湖に抜ける鉄橋は、過去から現在まで名撮影地として知られています.明け方は風もすっかり止んでいたので、列車の遅れのことなど全く気にせず、早朝に続々と上って来るはずの寝台特急列車群を撮影するべく.友人とホテルを抜け出して浜松側の鉄橋で待ち構えていました.
台風一過、抜けるような晴天になりましたが、待てども暮らせども列車のやって来る気配はありません.時計はすでに7時を回っています.
台風の影響で少しは遅れているんだろうか?としびれを切らせていると、背後の浜松方面から汽笛が!貨物列車でも来たのかと振り向くと、EF65505牽引の下り「はやぶさ」がぶっ飛んで来ました.↑あわててシャッターを切った1枚です.


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そして目の前の鉄橋を軽快なジョイント音を響かせて駆け抜けて行きました.
何が何だか判らないままあっけにとられていると、続けてEF65509牽引の「富士」もやって来ました.


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どうやら台風で静岡か浜松で足止めを食らっていたようです.すでに10数時間の遅延ですが、どちらの列車も西鹿児島行.まだまだはるか長い旅路が待っています.当時は新幹線は新大阪まで.振替え輸送もできませんから、おそらく終点まで運転されたのかもしれません.しかしいくら頑張っても当日中の到着は無理だったんじゃあないでしょうか.

順番なら続いて「あさかぜ」が来るはずですが、朝食の時間になってしまいホテルへ戻りました.ちょうどホテルに着いた時に「あさかぜ」も通過して行きました.


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後で判ったことですが、上り列車は深夜に通過して行ったはずの急行を含めてすべて関西地区で抑止されていました.日中に我々が移動のために乗車した普通列車を途中原駅で1時間以上待たせて「銀河」「明星」「瀬戸」「さぬき」「伊勢・那智」「能登・大和」などが雁行して午後2時頃に通過して行きました.
そして本来早朝に我々が弁天島で撮影予定だった、上り「あさかぜ」「はやぶさ」とは夕刻の沼津駅で漸く出会ったんです.

1966年9月24日夜半前に台風24号が四国から大阪に、さらに台風26号が静岡県御前崎西方に同時上陸して山梨県足和田村など富士山麓で大被害、死者238人、行方不明者79人、負傷者824人、住家全壊2422棟、半壊8431棟という未曾有の大災害をもたらした特大台風の影響による奇跡の体験でした.

[国鉄時代5号に掲載した記事を一部改筆しました]

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2008/10/25 PM 02:28:18 | [客車・貨車]

No.799 キハ35ステンレス仕様
10.22に追記です.

10.15に急に体調を崩して(胆石痛でした)入院していました.幸いにも切腹とはならず、本日先ほど娑婆に生還です.
この間、ブログ更新やブログコメント、本編掲示板およびメールへのレスなどが滞りまして、大変失礼いたしました.
また毎日チェックしていたスパム投稿の削除もできず、大変お見苦しい状態が続いたことをお許しください.

なお生還はしたものの、完全復帰までは数日を要するものと思われますので、この点もご容赦頂きますようお願いいたします.

寺田牧夫(田駄雄作)


その間は素晴らしい写真日和の晴天が続いていましたね.毎日病室の窓から青空を恨めしそうに見上げていました.17日には久しぶりに撮影に行く予定だったのでなおさらです.
病室の傍にはビオトープがあり、時折シラサギの群れが窓外を横切ります.また下総基地が近いので、自衛隊のYS11も快音を響かせ低空で同じ窓に現れます.痛みがとれてからは、退屈しのぎにはなりました.






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1966(昭和41)年4月、午前中は銚子電鉄訪問.午後からは当時の雑誌に撮影地ガイドの出ていた猿田で総武本線のC58・C57牽引列車や急行、普通の気動車を撮影しました.

猿田駅そばの猿田彦神社の森や参道橋、腕木信号機をバックに構えていると登場したばかりのキハ35900の編成がやって来ました.
今は銀箱車両がはびこっていますが、当時は珍しくてそのギンピカボディは強く印象に残っています.
その後八高線や相模線では警戒色の赤線が入れられたり、首都圏色、相模線色に全面塗装までされてしまいました.

↓後追いのカットを見るとキハ35900X2+キハ350+キハ17+キハ35900の5両編成でした.
ステンレス車は外吊りドアレールカバーが一直線につながっているのが特徴です.


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2008/10/14 AM 12:11:04 | [電車・気動車]

No.798 TOP-PICTURE 081013 銚電デハ101


本日銚子電鉄に行けなかったので、せめてもと思いトップ写真をデハ101に変えました.
原版はフジカラーN100ですが、オレンジ色のネガは単なる退色ばかりでなく相当傷んでいます.スキャンしたての画は哀れなもんです.↓



保存方法も悪いですが、当時の現像技術のクオリティもそれなりのものなのでしょう.

これをレタッチソフトにかけて、あーでもない、こーでもない.といじり倒してなんとか↓こんな状態にまで持って行きました.


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空とか大きな面の色修正は割と簡単にできますが、細かい部分に関してはお手上げで、これ以上やるとなると修正というよりも、新たに作ると云った方が正しいかもしれません.
まあ、この辺で許してもらいましょう.

このようなレタッチで一番苦手なのは、小雪が降っていたり、金網や細かい柵越しの絵.人物の正面の顔が入っていたりするとお手上げです.

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2008/10/13 PM 05:00:48 | [轍楽之路トップ写真(2008のみ)]

No.797 明日銚子電鉄へ行けない!

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明日13日は朝から銚子電鉄へ行く予定でした.
犬吠駅では今日・明日と銚子電鉄サポーターズ主催、鉄道の日記念銚子電鉄と沿線写真展・模型運転会が行われています.1966年撮影の拙作数点も出展させて頂いていますので、ご挨拶かたがた訪問するつもりでした.でした.

今日は浦和での親父と祖父母の合同の法事に出かけました.その際墓地で予想以上に重かった御影石の線香置き(本当は何と言うのでしょう?)を、いとも軽々と(した振りをして)持ち上げて数十メートル先の水洗い場まで運んだのですが、それが祟って帰宅後腰が異常に痛みます.やってしまいました.いい歳をして格好付けたのが間違いというもの.

そういう事情で明日は大事を取って、というか痛みで動けそうも無いので中止することにしました.
今このブログを書いているのも辛いです.ミスタッチばかりしているので、余計辛いです.


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(画像をクリックすると拡大されます)

ということで、今回プリント用にスキャンした中から犬吠-外川間のキャベツ畑の電車、デハ101・201・301のトリオをご覧ください.
この時は高校1年で友人後輩数人に声をかけましたが、結局集合場所の早朝新宿駅には誰も現れませんでした.心当たりの人、もう忘れていますよね.

ところでデハ201の車掌さん、私には喫煙のポーズをしているように.見えません?
そんな時代でしたかね〜.40年以上も前だとは言っても.
外川から乗車のお客さんは、ほとんど乗車券は買って乗って来るので、次の犬吠駅まではヒマだったんでしょうか.
悪趣味に拡大してみました.↓


どなたか明日のイベントに行かれた方、拙作の展示部分の写真見せて頂けるとありがたいです.

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2008/10/12 AM 02:10:03 | [銚子電鉄応援]

No.796 昔は良かった?[3]

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久しぶりの「昔は良かった」シリーズです.現在の鉄ちゃん達を羨ましがらせる、見せびらかし画像の公開です.まあ冷ややかな目でご覧ください.
ここは常磐線の江戸川鉄橋(金町-松戸)の松戸寄りです.撮影は1975年6月とネガカバーに書いてあります.

前回の東北線荒川鉄橋でも同じですが、おそらく正式には立ち入り禁止、というか立ち入って欲しくない場所であることは確かです.しかし柵も注意書きも無く、無理せずともこの場所に行けてしまうんです.線路を横断して来たわけではなく、鉄橋の間から上がって来たものと思います.
この時は保線の人にお会いしたかどうかの記憶は無いのですが、当時から列車無線の完備していた常磐線のこと、不審者と見なされれば乗務員に即通報されたことでしょう.


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(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

当時であれば「ゆうづる」とか、583系の「みちのく」なども走っていたはずですが、ネガには103系や営団6000系ばかりでした.

同じネガには↓こんなカットもありました.東京駅新幹線ホーム最前部.なんとレールのレベルから撮影しています.これも記憶が無いのですが、柵は無かったのでしょうか?こんな衆目の場所で柵を乗り越えるような人間では無かったはずですが.


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2008/10/11 PM 07:39:53 | [昔は良かった?]

No.795 最近のアクセス数と携帯
最近本編・ブログともアクセス数が突如大きくなり、少々あせっています.本編はまめにはできませんが、ブログでさえも更新をサボると毎日定期巡回されるリピーター様達はスカを踏んでしまいますので、大変失礼なこと.と考えます.
今までは画像を選定、未スキャンであればスキャンレタッチ、拡大画像と小画像の2枚のファイルを作り→別サーバーにアップ.さらにテキストにはその画像へのリンクタグを書いて画像を呼び出していました.拡大画像には2重にリンク貼り.その拡大画像が画像データそのもだけでは左上寄りになってしまい見栄えが良くないので、HTMLファイル上で画像がセンターに来るようにして背景色も加え、また万一このファイルのみが一人歩きし出した場合に、迷子になってはまずいので、アドレスをリンクしたサイトバナーを貼っています.

決して携帯からチョコチョコやって、安易にアップできるシステムにはなってはいません.

以前は携帯からアクセスするのも、写真の容量が大きいので難しかったんですが.先日後輩の持っていた「iPhone」ではみごとに轍楽之路サイトやブログを閲覧できました.ひえー!やばい、えらい時代になってしもうたわい.

何しろ私は今だこんな機種使ってますから.サイト読み込みはもちろん何にもできません.カメラも付いて無いし・・・.

今日から少し簡易にアップする方式に変えました.もちろん重い画像が必要な時は今までのように拡大画像を付けます.

携帯にお電話頂く方、留守電にご用件・お名前を入れていない着信にはお返事しませんので、あしからず.

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2008/10/10 AM 01:12:27 | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.794 ブルートレイン牽引機

月曜日に、現在お世話になっている職場の懇親会で呑みすぎました.まだ調子悪いです.



(画像をクリックすると拡大されます)

今年で20系客車が「あさかぜ」で営業を開始して50年.つまりブルトレ50周年ということになります.当時はブルートレインという言葉は使われていませんでしたが、従前の客車列車とは一線を画した冷暖房完備の固定編成豪華列車は「走るホテル」といわれて新聞や科学雑誌などで特集されていました.同じ年に登場した電車特急「こだま」とともに、埼玉の小学生であった私には乗車どころか、この目で見ることもなかなか叶わない憧れの列車でした.

以後14系24系に置換えられましたが、明年春に「あさかぜ」をルーツとする九州特急の「富士/はやぶさ」の廃止がマスコミで報じられ、一つの区切りとなりそうです.

ところで客車列車ですから当然、牽引する機関車が必要です.最初の「あさかぜ」はEF58-C62-EF10(30?)-C59が携わったのでしょうか.
以後
C11/C56※/C57※/C58※/C59/C60/C61/C62/D51※/D52※/D60※
EF16※/EF57※/EF58/EF59※/EF60/EF61/EF62/EF63※/EF64/EF65/EF66
ED71/ED72/ED73/ED74/ED75/ED76/ED78/ED79
EF70/EF71/EF80/EF81
DF50/DD51/DD54/DE10/DE15
等が牽引したと思います.(急行含む.※は補機および迂回、イベントなどの臨時運用)

ところで一番長いお付き合いはどの機関車でしょう.1965年からのEF65かと思いきや、何と「あかつき」「はくつる」「ゆうづる」を同年からDD51が牽引してます.ご存知の通り現在も北海道では「北斗星」が重連で頑張っていますからもう44年目です.EF65は現在牽引してません.
当面は「北斗星」の廃止や機関車変更の予定は聞きませんので、このお付き合いはまだしばらく続くでしょうね.

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2008/10/08 AM 12:01:23 | [電気・ディーゼル機関車]

No.793 夕張SL館投げ出し

(画像をクリックすると拡大されます)

三菱大夕張鉄道保存会の奥山会長よりご案内頂いたasahi.comの記事です.本来はリンクを貼るべきなんでしょうが、すぐにリンク切れになってしまいますので自己責任でピクチャービューにてご紹介します.

とりあえずノーコメントです.

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2008/10/04 PM 11:52:29 | [大夕張鉄道・夕張鉄道]

No.792 toppicture 081001 未だ走るLSE復活色



先日のブログでも書きましたが、9月14日に町田駅で小田急LSE7004F復活色編成を初めて撮影できました.昨年登場以来一度は撮影というよりは、この目で見たいと思っていたのですが、確か今春までと聞いていましたのであきらめていました.
それが新宿駅で、当たり前のように特急ホームに停車していたものですから、最初は見過ごしてしまいました.
乗車した快速急行が新宿駅を出発直前に気がつき一瞬降りよう、とも考えましたが躊躇している間に時間切れです.結局町田まで行ってしまいましたが直後にやって来るのが判っているのですから、これを逃す手は無いと、ホーム端で進入を撮影しました.
やはり小田急ロマンスカーはこの色ですね.

    ↓がノートリミングの原画です.RAWから修正無しで現像したままです.


     (画像をクリックすると拡大されます)

しかし何か違和感があります.正面からだと旧塗色のような感じがしません.窓枠が黒色になっていることもありますが、赤色部分はもっとオレンジっぽいはずです.実物はそんなに不自然では無かったと思いますので、カメラか現像ソフトの特性なのでしょう.
レタッチで赤色の色相をすこしずらしてみました.


     (画像をクリックすると拡大されます)

最初はこちら↓の画を作りましたが、ちょっと原画をいじりすぎてしまったので自然な方に戻しました.どこを変えているか判りますか?




最近特に若い人に、このようないわゆる「正面ドカン」の構図が好きな人が多いようですが、表紙・トップ写真やここ一発!というシーンで1枚だけ使うとインパクトがあります.
300mm以上の望遠での作品作りは非常に難しいです.良いポイントを探して好作品をものにしてください.

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2008/10/02 PM 11:51:08 | [轍楽之路トップ写真(2008のみ)]

No.791 ヨン・サン・トーから40年

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もう40年経つんですよね.1968(昭和43)年10月1日のダイヤ改正は通称「ヨン・サン・トー」と呼ばれ大々的に行われた.目玉は東北本線の完全電化!なにしろキハ81系から置換えられた特急「はつかり」は従来タイムを2時間以上の短縮.さらに各幹線の特急列車の大増発.最高速度を120km/hに引き上げるなど、まさに大改正でした.

前年に登場した581系、月光型の東北バージョン583系も東京へは初お目見え.ボリュームのあるボディで昼は「はつかり」、夜は「はくつる」「ゆうづる」として大活躍を始めました.

何回か乗りましたが、やはりボックスシートの長時間乗車は辛いものがありました.何しろいつも満員(全座席指定)で、相席のメンバーに変人が一人でも居ると最悪の行路になります.
特に夕方に上野駅を出発する青函夜行便接続の「はつかり」は、冬だとすぐに日が暮れてしまいますし、停車駅は少ないしで本当に退屈でたまらん!状態でした.


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上は改正当日、青森から初めて到着する上り「ゆうづる1号」.下は当日の祝賀列車上り「はつかり2号」の到着.いずれも上野駅です.助役さんが線路からの撮影を黙認してくれました.
有り合わせの画像ですので、拡大画像が小さくてすみません.

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2008/10/01 AM 11:49:30 | [電車・気動車]










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