【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.774 C62兄弟画像コレクション
相互リンクをしている「遠い汽笛」さんのサイトでC62全兄弟のデータをアップされ、C62全機の画像蒐集を目指したコレクションも始められました.早速多くの方のご助力で半数以上の機番の画像がアップされています.遠い汽笛さんには弊サイトの「D51/C11/9600」のコレクションにもご協力頂いていますので、私の方からも微力ですが手持ちの画像を送らせて頂きました.

将来的には,機番コレクションのリンク集なども作って行きたいとの考えもありますが,このようなコレクションは作るのも大変ならば、維持管理するのも結構手間がかかります.せっかく貴重な画像が集まっても途中で管理できなくなったり、投げ出してしまっては何もなりません.次世代への画像資料として残して行くためには、しっかりとした組織を作る必要があるかとも思います.

今回ご協力させて頂いた画像の一部をご覧ください.(データは省略します)


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2008/08/30 AM 12:13:16 | [現役蒸機の時代]

No.773 top-pcture080826 湘南電車の病院



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「電車の病院へ行こうね」と言われて何人の子供がこの病院へ連れて来られたでしょうか.昭和30年代の半ばから約半世紀の間、小山病院の看板として親しまれてきたクハ86374とも間もなくお別れです.
湘南電車として親しまれて来たクハ86もこの正面2枚窓、いわゆる「湘南顔」の車両は1両も保存されていません.この病院の電車はレプリカですが、国鉄の図面を使った実物大、窓枠やドアは実物と同じものが使われているという凝りようです.外板の継ぎ目などは目立ってしまいましたが、塗装などのメンテナンスは良好で「湘南電車」の面影は充分保たれています.

病院の向かいにあったもと院長さんの自宅に置かれていた、西武の湘南型クモハ351(カットボディ)も、敷地をマンションに建て替えるために4月に解体されてしまいました.

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2008/08/25 PM 03:05:22 | [轍楽之路トップ写真(2008のみ)]

No.772 top-picture080819 極楽寺トンネル



お馴染みの江ノ電極楽寺トンネルですが、こんな構図どこから撮影したの?という様な写真です.
それはちょっと企業秘密ということで、今回は原画の公開も訳あってご勘弁ください.何か「やましいことがあるんじゃあないか」と思われるでしょうが、あります.

2年前にも触れていますが、このトンネル出口の橋は極楽寺などへの参道になっていて、一般の観光客も電車が来ればカメラを構える様な有名撮影ポイントです.しかしここは架線ビームが邪魔をしていて、普通に構えたのではなかなか上手くいきません.
わずかなビームとビームの隙間に電車の頭が出る瞬間を狙うしかないのが実情です.そのように撮影したのが既発表ですが↓のカットです.何とか見られます.


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ところが現在は右側の法面がコンクリート吹きになってしまい、このように緑がきれいな絵になりません.何れはここにも苔が生えたり、草も垂れ下がったりして自然な感じになるかもしれませんが、今のところは芳しくないですね.
そこで右側部をカットしたくなりますが、架線ビームですでに苦しい構図なのにさらにカメラを左に振らなければならない、とは自由度がほとんどなくなってしまいます.
そこで今回は新たな構図に挑んでみました.この場所は橋の欄干が↓のようになっています.


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普通はもちろんこの上側から撮りますが、この写真で鉄犬君が顔を出している、この間からレンズを出して撮影しようというわけです.当然無理な格好をせねばなりませんが、体の柔らかい小柄な方ならばそれほど不自然な体勢にならなくても可能かもしれません.
それが体は硬いは、小柄どころか・・・、という私も何とかレンズをここから出しました.
その結果が先日「江ノ電2008」でアップしました↓の2点です.手前のビームの下から撮ることになりますので、少しは構図の自由度が増しますしタテ位置なら手前のレールも入れられますが、苦しいことには変わりないですね.


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今はなんとか撮影できますが、今後左側も新しいコンクリート吹きになってしまうようなことになれば、ここはもう私の撮影ポイントではなくなります.

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2008/08/24 AM 01:41:34 | [轍楽之路トップ写真(2008のみ)]

No.771 秩父の森林鉄道跡

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1971(昭和46)年は、8月初めに免許を取得してクルマを乗り回すことが楽しくて楽しくて、鉄道にカメラを向ける機会が極端に少なくなってしまいました.通学に使っていたこともありますが、わずか4ヶ月で走行距離は20.000kmオーバー.最初に付いていたノーマルタイヤの溝は早くも残り少なくなってしまうくらいです.遠出も北は会津若松、西は大阪方面に2往復をすでにこなしていました.
中でもお気に入りのコースは正丸峠を越えて秩父の山奥に行くこと.さらに中津川林道を抜けて小海線沿線まで脚を延ばすこともしばしばでした.小海線にはまだC56が走っていたのですが、あまり真剣には撮影していません.

そんな話を当時の鉄道仲間に話していると、「秩父にはまだ現役の森林鉄道が残ってるかもしれないよ」なんていう耳寄りな情報を得ました.でもその辺はすでに走ったことがありますが、そんな雰囲気はまるで無かったような記憶です.
その数日後、半信半疑で秩父湖の先の川俣という場所まで行ってみました.前回行った時には「この先は行き止まり」ということでUターンした場所の、ほんの数10m先を曲がったところに↑のような景色がありました!驚きでした.

残念ながらその先の線路は途切れています.聞けば森林鉄道自体は数年前に廃止されていて、現在はもう走っていないとのこと.でも数ヶ月前までは残っていたいたレールを使って、私的に運転されていたらしいことが判りました.(ヤミ鉄?)
しかしそれも土砂崩れで路盤が流されてしまい、運転できなくなってしまったようです.↓


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さらに山側にも線路が残っていて、崩れかけた木製のトレッスル橋なども見られました.(そのネガが見つからない)

しばらくはドライブついでに何回か行ってますが、残っていた線路もすぐに撤去されてしまいました.
この森林鉄道跡(入川森林鉄道とか東大演習林森林鉄道などと紹介されていました)は後に雑誌に掲載されたり、廃線跡ブームで注目されることになります.一部区間ではその後一時運転が再開されたことがある(???)、との情報もありましたが、社会人になってしまったこともあり再訪はしていません.(実は廃線跡にはあまり興味が無い)

現在はこの辺り国道の有料トンネルが山梨県側まで開通してしまい、おそらく何処が何処やら全く判らなくなってしまっているはずです.


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2008/08/19 AM 01:04:01 | [森林鉄道]

No.770 曰く因縁のD51651
昨日今日と涼しい朝ですね.今日はオフ日なのでゆっくり寝ていようと思ったのですが、何故か朝6時30分にピタリと目が覚めてしまいます.朝寝する予定で就寝したのはわずか3時間と少し前なのに.また今日も一日ボケーッとすることに決定!ブログも夏休みぎみで失礼しましたが、今日は登校日のようなもの.また明日も書ける保証はありませんです.

速報:JR東海が日車をTOB!で子会社化ですと.JR東の新津工場に対抗しているんでしょうか.他社は日車に今後車両発注するのかな?
それにしても東海の考えはよく判りません.中途半端にリニアを名古屋まで作ってどうするの?名古屋での乗換えが面倒になるだけでしょう.ひょっとしたらリニアはポーズだけで結局は在来新幹線仕様で建設するのかも.





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話は37年前に遡ります.伯備線の取材で、早朝の新見発岡山行きの通勤列車の車内の様子をレポートしました.牽引機はD51、客車は旧型客車ばかり10両の編成です.伯備線は当時は一ローカル線と言ったイメージを持たれていましたが、ところがどっこい、工業都市倉敷や県都岡山までの通勤通学客のために朝夕には長い客車列車が何本も雁行して走ります.まだ夜明け前の新見でも多数の高校生が乗車、そして各駅で大量の乗客を拾い倉敷到着前の車内は身動きができないほどの混雑です.

私の車内取材は倉敷までで、倉敷からは交換して直ぐに出発する伯備線列車に即折り返し乗車するスケジュールでした.なんとか前の駅でデッキまで出て、到着次第飛び降りる準備をしていたのですが、倉敷到着は数分の遅れ.こちらの列車が停車するよりも早くに信号が青になり、新見行は発車!乗り遅れてしまいました.

ならば、今まで乗車して来た列車の頭を撮ろうと前方へ駆けつけると、これまたタッチの差で逃げられてしまい、このような後追いしか撮れないという悲劇の連続です.このために沿線をクルマで取材していた仲間と落ち合えません.急遽単独での取材に切り替えて次の伯備線列車で、どこか途中駅(記憶無し)で下車.徒歩で日中の列車を撮影しようと道路をトボトボ歩いていると、何とその横を偶然仲間のクルマが通り過ぎそうになり、あわてて道路に仁王立ちになって捕まえたという想い出があります.

その因縁の伯備線列車を牽引していた機関車、後追い写真を拡大してみるとD51651号であることが判明しました.651号機です.当時は知る由もなかったのですが、この機関車って私の小さな因縁どころではない、二つの大事件に遭遇していた曰く因縁付きの大変な罐だったのです.

■戦時中の1943(昭和18)年10月26日.常磐線土浦駅構内で待避中の上り貨物列車に、後続のやはり上り通過貨物列車がポイント操作ミスで衝突して脱線転覆.そこに下り旅客列車が突っ込み客車数両が脱線転覆.うち一両が鉄橋から桜川に転落するという三重衝突事故が起こり、110名もの犠牲者が出ました.
戦時中ということでほとんど報道されていませんが、鉄道史上に残る大事故の一つです.D51651は後続の突っ込んだ通過貨物列車の牽引機のようでしたが、事故で大破するも修理されて常磐線に復帰しています.

■その6年後、1949(昭和24)年7月6日未明.やはり常磐線北千住-綾瀬間の東武伊勢崎線と交差する辺りで、当時の国鉄下山総裁の轢断死体が発見されました.いわゆる「下山事件」です.
米軍占領下の当時、この事件に続いて7月15日の三鷹事件、9月17日の松川事件と続けて国鉄絡みの事故が起こり世間を騒然とさせました.
その下山総裁を轢断した、といわれる貨物列車を牽引していたのがD51651なのです.

その後常磐線の電化で水戸機関区から素知らぬ顔で新見機関区に転属、伯備線でDL化まで活躍しました.
昔の傷が掘り返され、表沙汰にされたのは最近のことです.関東とは遠く離れた中国地方ではそんな因縁機関車だとはほとんど話題にもならず、伯備線ですから時には三重連列車にも組み込まれたこともあったでしょう、SL終焉ブームの中、多くの蒸機ファンにその最後を記録されています.

1968.8 伯備線布原信号所 光さん撮影(当サイトD51sBOXより)


機関車に罪はありませんが、戦後の混乱期に起きた誰もが知っている、歴史上の大事件の生き証人として「D51651」が常磐線沿線で保存されていてもよかったのではないか、と思います.
その代わりというか、因果というか、同番号の形式を持つ特急電車が白いタキシードをまとい、常磐線を闊歩しています.

話は戻りますが、倉敷駅で次の伯備線列車を待つ間に怪我の功名で撮影できた.181系(151系)の「しおじ」です.先頭はクロハ181-3.


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2008/08/18 AM 10:48:04 | [現役蒸機の時代]

No.769 オリンピック開会式

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北京オリンピックの開会式に驚かされた人も多いでしょう.いくら自由に作られたといっても共産色、軍国色が押し出される部分もあるのではないか、と考えるのは当然です.しかし終了してみると何故か後味が悪くありません.どころか驚かされた部分の多いこと.ゆいいつ軍の姿が見えたのがオリンピック旗掲揚の時だけでした.
自慢じゃあ無いですが、オリンピックの開会式は1960年のローマから、夏冬ずっと見ています.ソウルだけは、中国の大同へ取材出張中に、かいま見ただけでしたが、帰国後にはビデオでしっかり見ています.
どの大会も今までのは最初のアトラクションは、難解で超芸術的に走りすぎていて退屈なものが多かったと思います.まあ、大体時差の関係で見るのが夜明け頃なので当然眠たい時間です.よほど惹きつけてくれるもの、見せてくれるものがないと完全に見るのは苦行になってしまいます.


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その過去の大会と較べたら、文句無しに今回の「北京」が一番上出来で、判りやすくて伝わるものもありました.トラディッシュナルな京劇や越劇をはじめ、世界各地の芸術に進出している中国人の巨大な力が、世界標準の誰にでも判りやすく、それでなおクオリティの高い作品に仕上がっていました.
一番印象的だった、傘を広げると世界中の子供の笑顔になるというもの.あれは愛知万博で使った写真のリサイクルなんだそうです.撮影した日本人の広告マンが売り込んだんだとか.さすが〜.


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その後の2時間半にもなる入場行進、いやもう行進とは言えないですね.だらだら歩きの入場シーンは何とかならないものでしょうか.それこそ大きなオープンカーなどを使って迅速に選手を集合させる、という方法が必要でしょう.見る方も退屈だし、まだこれから競技を始める選手達にとっても体調を崩す元になるかもしれません.特別に線路を敷いて列車でやって来るなんていうのも楽しそうです.最初から特別席に着席させておいて、スポットライトで紹介という方法もあるかな〜?何しろ204ヶ国ですからね.


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しかしNHKはなぜ、いつも中継の終わりを急ぐのでしょう.前回のトリノの時はパバロッティの唄を途中で切ってしまったし、今回も聖火が点火されたら即放送終了.こういうときにこそゲストの感想を聞いたり、あの趣向は良かった、などともう少し余韻を楽しめないでしょうか.どうせ夜中なんだし.

アナウンサーは最終聖火ランナーについて「私たちも何も聞かされていないんですよ」と言いながら、走り出すとその選手の略歴をしゃべり出すのはしらじらしいですよ.


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ところで、今回挿入している写真、なんか変でしょう.オリンピックの開会式のようですが、その割には黒い服を来た観客や選手達ばかりです.裏オリンピック?
これは1964年10月3日、本番の一週間前に国立競技場で行われた東京オリンピック開会式のリハーサルです.観客も入場選手もみな学生のエキストラ.大会役員やプラカード持ちのお姉さん、そして聖火最終ランナーの坂井義則さんは本物でした.
私は当時通っていた中学のクラスでただ1人だけ選ばれて、観客のエキストラとして参加しました.
本番と違うのは鳩の代わりの風船、空を彩る自衛隊機の描く五輪のマークが、本番では5色の小麦粉をばらまきましたが、この時は白一色.しかも失敗して5つの輪っかがうまく重なりませんでした.
一週間後の本番はテレビで見ましたが、入場行進前のアトラクションなどほとんど無かったようで、何も覚えていません.


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2008/08/11 AM 04:35:08 | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.768 0系と競争

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山陽区間の復活色は見に行けないので、青梅鉄道公園の0系を走らせてみました.そばで遊んでいた子供も懸命に並んで走り出します.
このままでは0系はまもなく、かつてC51がずり落ちた崖にぶつかってしまう.

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2008/08/09 AM 02:08:47 | [original image]

No.767 3人の near miss 37年目の同窓会
8.9追記 夏バテでグロッキー! しばしお休みを頂きます.

佐々木さん撮影(9600DEPOTより)


5番線さん撮影(9600DEPOTより)


藤井さん撮影


2005年1月1日に開設した弊轍楽之路サイトの9600DEPOTですが、最初は私の持ちネタ+滋賀県ご在住の佐々木さん(勝手&気まま サイトご主宰)のコレクションで始まりました.
その中の佐々木さん撮影、69646号.1971(昭和46)年4月1日撮影の九州若松機関区でのD50140号との並び写真に対し、茨城県の5番線さん(鉄の匂い サイトご主宰)から「私も同日に撮影しています」とほぼ同じ構図、光線状態の写真が送られて来ました.お2人は全くご面識がなく、同行されたとか示し合わせたようなことはありませんでしたので、この偶然のニアミスに驚いたものです.

ところが昨日、藤井さんという方からメールを頂戴し、「私も同じ日に撮影しました」とご自分のサイトにアップされている写真をご紹介頂きました.これまたビックリ!ほぼ同時刻に同じ場所から撮影されています.藤井さんも佐々木さんや5番線さんとはお知り合いでは無い、とのこと.

藤井さん(FUJII Yoshihiko boogies homepage ご主宰)によりますと、当日は若松機関区の(多分春休みでの)特別見学会の日だったようで、お昼過ぎに1時間くらいの間、庫内の見学撮影が許可されていた模様です.庫内はある程度動線が限られていたようなので「ほぼ同じ場所からの撮影になったのでしょう」とのことです.他の写真も拝見すると、この2台が並んでいたのもそう長い時間ではないようです.

当時九州に限ったことではないですが、ファンの増加や死傷事故の発生もあり、自由に機関区の見学はできない時期で、週1とか月2の見学会も事前に許可が必要だったとのことです.

そういうことであれば、お3方が同一場所同時刻に同一構図で撮影されていた、というのも納得です.しかし何千人も何万人もがそこに居られたことはないでしょう.その中の当時中・高校生であった3人の方が、30数年後にその写真が縁で私のサイトに集っていただけた.というのはやはり相当の奇遇であるといえますし、9600DEPOTの開設者冥利に尽きます.

藤井さんの許可を頂きましたので、ここに3点の写真の同窓会を開かせて頂きました.
ひょっとして他にも当日参加されていた、という方はいらっしゃいませんか?

この日、私は北海道に居たはずです.C62重連を撮影していたかもしれません.

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2008/08/05 PM 07:59:42 | [現役蒸機の時代]

No.766 嗚呼赤塚さん!



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イヤミもニャロメも寂しいんだベシ.

最近の訃報の中では一番悲しいです.ご冥福をお祈りいたします.

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2008/08/03 PM 10:45:29 | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.765 おかげさまで轍楽之路サイト57万アクセス

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自己祝辞です.記念にEF57をどうぞ.1971年3月、東北本線蓮田-白岡間の元荒川鉄橋です.
10歳までは浦和に住んでいましたが、よくこの橋の近くで親父と一緒に釣りをしたものです.ちょうど宇都宮電化の前後で最初は大宮からC61牽引の列車で蓮田まで行ってましたが、途中から80系湘南電車に変わったのをよく覚えています.

この写真の時は6X6判のマミヤ2眼レフで流し撮りの練習をしていました.マミヤはファインダーが左右反転なので強い意志を持ってカメラを振らないと、たちどころに機関車はファインダー内から消えます.(この話、以前の記事と重複していたらすみません)
↑のEF57は真横のカットでは失敗!完全にブレてしまいました.あわてて巻き上げ&シャッターセットして後追いでもう1カット撮ったものです.


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↑EF56では上手くシンクロしたものの、少しはみ出てしまいました.


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↑EF15では成功しましたが、これは速度が遅かったからでしょうね.旅客機は100km/h近くでぶっ飛んで来ますから成功率は低かったようです.

ところで本編・ブログとも、当方が設置したカウンターでは毎日2-300人ほどの方にご来訪頂いていることになっています.でもこのブログのオフィシャルが発表するアクセスランキングではこんな数字↓が出ています.


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その差は大きいですよね.本当に毎日こんなに大勢さんに見て頂いているのだとしたら、もう少し頑張らなければなりません.(じゃなくても頑張れよ!)
以前、毎日1万アクセスはある.と言われている有名ブログで弊サイトの記事をご紹介頂いたことがあります.その話の行きがかり上、必ずこちらにリンクするような流れになっていたので期待していたところ、実際その日はこちらのカウンターでは500ほどアクセス数が増えただけでした.

↑のアクセスランキングで1位になったことがあります.これがなんとスパムのコメントとトラックバック投稿によるもので、1-2秒に1本というような凄まじいものでした.サーバー側で対処してもらいましたが、こんな1位はもちろん全く嬉しくないどころか恥ずかしいです.
今でも1日に1-2本はスパム投稿が入りますが、気がつき次第即削除しています.

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2008/08/02 PM 10:46:09 | [電気・ディーゼル機関車]










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