【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.587 餃子と客車普通列車

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28日土曜日はこんなものを食べに行ってきました.もちろんこれが主目的ではありませんが、2時間のインターバルの楽しみでした.味の方は、やはり餃子であり餃子以上のものでは決してなかったんですが、この地で食したことに意義があります.


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その1時間後には本命の場所に居ました.また呑んでいますね.しかしボックスを独り占め、前席に足を投げ出してのビール(のようなもの)は最高の贅沢です.
この写真どうやって撮ったか想像してみてください.左手一本だけでデジ一眼のシャッターを切るのは至難の技でっせ.


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しかも先頭にはこれが付いてるんですから正に至福の一時と言えましょう.
この列車は年に2日間限定の臨時列車ではありますが、定期列車の置き換え運転で全部自由席.地元のお客さんも大勢利用しています.JR広しといえどゆいいつの貴重な存在です.


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時々車窓にはこのような光景が見られます.

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片道1時間10分ほど、しっかり往復乗車を楽しみました.さらに折り返しの快速(こちらは指定席)にも終着駅まで乗車してしまいました.DD51牽引のローカル列車には、おそらく30数年前の北海道以来の乗車でした.

呑んだくれて乗っただけで列車の写真は撮らなかったのかって?何言ってますがな、運転日はもう1日ありまっせ〜.

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2007/07/31 AM 01:25:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [2007年夏、18切符の旅]

No.586 少し復帰

近鉄名古屋線が伊勢湾台風を機に広軌化の計画を前倒ししたように、私もMacトラブルを機にOS9.22→OSX10.4.6への変更を行いました.Winのバージョンアップのようにソフトの互換性が全く無いため、別ディスクによる併用となったのですが、外付けのDVDドライブからのインストールでしたのでなかなか上手くいかず、大変焦りました.
まあ努力?の甲斐あってか、なんとか無事にインストールが終了したようです.
心配していた周辺機器も、すべてOSX対応のドライバーがダウンロードできてひと安心しました.

しかし、ファイルのアップをするには慣れや勉強が必要のようで、当分の間は旧9.22を使ってのアップということになります.少々ギクシャクするかもしれませんがご容赦下さい.

日曜日は参議院議員選挙ですが、出かける用事があるので昨日柏市役所に期日前投票へ行ってきました.簡単な誓約書に理由などを記入しましたが、あっけなく投票完了となりました.国政が大きく変わりそうな予感がしますが、はてどうなるでしょうね.


久しぶりの話題としてはあまり相応しくないかもしれませんが、あるコミック誌にこんなカットを見つけました.先日は同じコミック誌の増刊号で某津軽鉄道のラッセル車が、機関車の推進なしに単独で除雪運転をしているシーンに笑わされましたが今回は札幌駅へトワイライトEF81の登場、せっかく一生懸命書き込んであるのに残念!五稜郭(青森?)-東室蘭間は走れませんもんね.


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2007/07/27 AM 10:34:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.585 山本コレクション公開中

7.26追記
MacOS-Xをインストールしました.当分はOS9と併用してゆきます.
ブラウザはサファリが標準ですので今までのIEとは、勝手が違うかもしれません.

ブログも長いことお休みしていますが、来週はじめから再開したいと思います.

7.20追記
BBSにも書きましたが、ボロMacのシステムがダウン! 初期化を行いました関係でしばらく更新ができません.とりあえず一週間ほどお休みさせて頂きたいと思います.
申し訳ございません



被災された方々には心からお見舞い申し上げます.BGMは暫く自粛させて頂きます.

天理大学附属天理参考館の山本コレクション(交通資料収集家故山本不二男氏の個人収集)はおそらく世界一の交通資料のコレクションです.国内ものでは江戸時代の交通手形や鉄道開通当時からの乗車券、地図、パンフレット類、また戦前から全世界の国々へ郵送依頼して蒐集された膨大な乗車券、パンフレット、絵はがきなどがあり、総数は約20万点以上と言われています.
通常は非公開ですが、時折特別展やイベントへの貸し出しなどでその片鱗を拝むことが出来ます.
20年ほど前にそのコレクションと写真を組み合わせたムックの制作を任されて、一週間ほどかけてその殆どを実際手にとって拝見できるという幸運に恵まれました.本来は編集者としての目で見なくてはいけないのですが、そこは鉄っちゃんですから、どうしてもそちらの見方になってしまいます.毎日朝から晩まで暗くて暑い収蔵庫(単なる狭い部屋です)に閉じこもって、数ある段ボール箱を次々に開けて裸電球でニヤニヤしながら閲覧していました.
その成果が1986年に主婦の友社から発行された「キップでまわる世界の鉄道」(当然絶版)です.何処の出版社でも同じなのですが外国ものの鉄道写真集はまず売れません.もちろんこの本もその例に漏れませんでした.出版社の方ではシリーズにしよう、なんて当初は意気込んでいたのですが結局続刊が出版されることはありませんでした.企画書は山のように作ったのですが・・・・・.


しかしこの本がとある処で目に止まり、翌1987年の日本カメラショー(現在のフォトエキスポ)の東京と大阪会場(高島屋)にてサポート・イベント「世界の鉄道キップと写真展」として多くの方にご覧頂くことができました.その際のチーフ・プロデューサーとして企画から設営まですべて任せて頂けたのも、今となっては懐かしい想い出です.
もちろん写真の展示だけではなく、キップ類も実物を天理参考館のご厚意で多数展示することができました.当時はそれぞれ開催期間が6日間、毎日盛況でしたのでご覧になった方も居られるのではないでしょうか.
ムックも会場で販売され、かなりの部数が販売されました.
↓は東京日本橋高島屋で行われた同展にて.閑散としているのでは無く、展示公開前に撮影したものです.大阪展も全くの同内容でした.


その山本コレクションが公開されています.天理参考館の企画展「キップの世界-収集趣味と乗車券印刷機-」が8月12日まで開催中です.もちろんその全てではありませんが、普段なかなかお目にかかれない貴重な資料ばかりです.関西地方の方で興味ある方は天理までぜひ足をお運び下さい.なかなか行く機会のない別世界のような天理の街も一見の価値ありです.

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2007/07/17 AM 01:21:04 | Comment(0) | TrackBack(1) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.584 三つ目が通る

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1967(昭和42)年12月、函館本線上目名を上り「ていね」、C623+C6244が駆け登っていきます.先頭のC623号機は当時3灯ライト、いわゆる「三つ目」でした.

小樽築港機関区所属のC62型はそれまで↓のC6227号機のように、普通に1灯の前照灯を装備していました.

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それが、この年から小樽-手稲間で電化試運転が始まると、東北の交流電化区間と同じように主灯横に予備の副灯が取り付けられることになったのです.しかし全てが装備されるまでの間、前照灯真下のステーに予備の標識灯が暫定的に掛けられていました.↓のC6232号機がその状態です.

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C623に次いでC622号機にも正式に副灯が取り付けられましたが、暫定の標識灯もまだそのままで、暫くの間はこの「三つ目」仕様が走ったわけです.

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今では副灯付きを懐かしむファンも多いですが、やはりオリジナルの1灯を知っている世代からは不評でした.まして3灯なんて、もの珍しさはあっても写真的には??と言わざるを得ません.
「三つ目」仕様はC62だけに止まらず、同じ小樽築港区のC57にも見られました.こちらの方は予備灯用のステーが主灯の真下ではなかったので、さらに奇異な見付けになってしまいました.美しい4次型機も皿型パー付きと相まって残念な姿です.本家の三つ目クンのようにXでも付けてやりましょうか.
しかし今となっては貴重?な経年仕様の記録ではありますね.

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2007/07/12 AM 12:16:11 | Comment(1) | TrackBack(0) | [現役蒸機の時代]

No.583 西武701系全廃から10年
本編BGMをイーグルスのホテル・カリフォルニアに変えたのは、トップページ写真の「C55とイヌワシ」および、サンフランシスコで行われたMLBオールスター戦にかけたものです.
おかげでイチローのランニング・ホームランを生放送で見ることが出来ました.凄い!



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1997年2月で全て廃車された西武701系ですが、1963年に初めての編成と保谷検車区で対面したときの驚きは今でもよく覚えています.それまで最新だった601系でさえも西武には勿体ないと思っていたのですから、前面に腰2灯ライトとステンレスの飾り帯、さらに大型の方向幕まで備えた「新型」登場は大きなエポックメーキングでした.601系とと共に台車もモーターも国鉄115系とほぼ同じで、大正時代の電車創世期からの足回りを持つ従来車との性能の違いは歴然としています.

楽しいのは、それこそ単独では70km/hくらいしか出なかった311系などが701系と連結したときの加速の爽快さ!運転士さんも正直に痛快だ、と漏らしていました.
ちょっと残念だったのは当初701系にはスピードメーターが無く、実際どれほどの速度が出ていたのか判らなかったことです.601系には小型の電圧計タイプのメーターがあり、もう時効でしょうが所沢-新所沢間で105km/hという数字を見ています.601の後には311が連結されていた、なんてとても言えませんが!?
電制も無く、ブレーキがレジン制輪子だったので、きつくブレーキをかけたときには熱でプラスチックの溶ける強烈な臭いが漂いました、

本当かどうか、都電のものの流用といわれた方向幕ですが、最初は「準急」「急行」の列車種別も幕内に表示していました.数年で多くの行き先に対応できなくなったとみえて、正面窓内に種別板を吊り下げ掲示するようになってしまったので、西武ファンの間では「幻の幕」と言われているそうな.
もちろんそんなことは意識もしないで撮っていた写真にその「幻の幕」も写っていました.
上は新宿線西武柳沢駅、下は池袋線保谷-ひばりヶ丘です.


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2007/07/11 PM 04:12:56 | Comment(1) | TrackBack(0) | [西武鉄道]

No.582 赤川鉄橋
大阪の城東貨物線赤川鉄橋がブームのようです.鉄道橋内に人道橋も併設されていることとDD51の貨物列車が走ることで人気がありますね.でもこの鉄橋、トラスにははっきり「淀川橋梁」と書いてあります.そう、間違いなくここは「城東貨物線淀川橋梁(=鉄橋)」なんです.しかし、なぜ赤川鉄橋と言われるかというと、この人道橋部分に「赤川仮橋」と大きく表記されているからだと思います.淀川左岸に赤川という町名があるので、この地区の利便に供することから、仮の橋である人道橋に「赤川橋」と名付けたのではないでしょうか.淀川自体は治水によって作られた放水路なので昔は赤川という川が存在していたのかもしれません.

一般的に、この種の誤用や誤解などは数多ありますが、前にも書いた「変則3重連」や「プッシュプル」に代表されるようにメジャーの印刷物に早く書いたもん勝ち、ということになるんでしょうか.

ちなみに「鉄橋」という言葉、鉄製の橋のことだと思っている人も多いと思いますが、「鉄道が渡る橋=鉄道橋」すべてを言います.ですからコンクリート製や木製の鉄橋というのも有りなんです.
同じような?例でハイジャック( Hijack)とは、ハイというので航空機の乗っ取りを連想してしまいがちですが、実際は全ての交通機関の暴力的乗っ取りのことです.ですからバスジャック、シージャックなどは和製英語ということになります.
田駄雄作流蘊蓄学でした.

その通称(ということになってしまった)赤川鉄橋、高槻在住時に1時間以上かけて自転車で行ったことがあるのですが、カメラは不携帯でしたので写真がありません.

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2007/07/10 AM 01:55:49 | Comment(1) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.581 ロマンスカー50周年

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小田急ロマンスカーが50周年だそうです.小学校5年の夏、家族で箱根観光をした帰途、駄々をこねて半ば無理矢理SE車に乗せて貰ったのが、私にとって初めての接点ということになります.旅行も最後の行程でしたから親にとっては結構な出費だったのでは、と今さら思うのですが.
今では信じられませんが、未冷房で開け放たれた窓からは心地よい夕風とともにカタン、カタンという連接車特有のジョイント音が飛び込んで来たのをよく覚えています.たしか「金時号」という愛称だったかと.学校では小田急ロマンスカーに乗った、という体験は151系特急「こだま」乗車の次ぎに来るような誇らしいものでした.

50周年を記念してLSE7000系1編成が旧塗色に塗り替えられて、走りはじめました.試運転の様子をとれみょうさんから当サイト大画像掲示板に貼って頂きましたが、その美しさは現在の銀箱や淡い白系の車両には無い、いわば「昭和の浪漫」を感じさせるものです.感動しました.
一度はカメラを向けてみたいですが、自宅から遠い小田急沿線に当てずっぽうで出かけるのではリスクが大きすぎます.運用が判るようなサイト(2chでも)があればご教示下さい.よろしくお願いいたします.
バーミリオン・オレンジと銘打っていますが、この塗色が現役の頃にこういう言い方しましたっけ?順序が違いますが、オレンジ・バーミリオンと言えば国鉄101系中央線色の専売特許(死語)だと思ってました.

一時は通学にも使っていた小田急ですが、驚くことにほとんど撮影したことがありません.しかし、先日古いプリントの束を眺めていたらNSE3100系の写真が出てきました.これはある書籍に使うために1974(昭和49)年頃にわざわざ特撮したもので、場所は渋沢-新松田間だと思います.

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今あらためてこの2葉のカットを見ると、そのバランスの良いフォルム、スタイルの秀逸さに驚かされます.無機質でマニュアル重視の現代に生きている今、鉄道車両に限らず、生まれ育った昭和の匂いがプンプンするような懐かしさに再会すると、本当にホッとして癒されます.
正に轍楽之路、安楽鉄道趣味の心髄です.

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2007/07/09 PM 10:23:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.580 スペイン、ソビーラ炭砿のDL

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スペイン、オビエドのMinas de Sovilla(=ソビーラ炭砿)のスイッチャー、KG125は600mmゲージで1966年 DEUTZ(ドイツ)社製です.ユニークなL形ボディはどこまでが台枠でどこからボディなのかよく判りません.スットンキョウなラッパにバカボンの目ん玉つながりのお巡りさんを連想させるバッファーは、サングラスをずらしたちびっ子ギャングを彷彿とさます.塗装は濃いグリーンに黄帯でした.
この炭砿は訪問予定には入っていなかったのですが、通りがかりに見つけて飛び込みで撮影の許可を頂きました.
2footerということで可愛い炭車を牽引、その割には規模の大きな近代的なポケットで石炭を積み込んでいました.

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ヨーロッパのサイトで見ると、この機関車すでにMUSEO DEL FERROCARRIL DE ASTURIAS (アストゥリアス鉄道博物館)で動態保存されているようです.ということはこの地の炭鉱鉄道はもう稼働していないんですね?

構内には先代?のD(G)Lの残骸が捨てられていました.何とも出る言葉がありませんな.


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撮影は1976年9月です.

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2007/07/07 AM 12:36:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]

No.579 梅小路夏の86とC56

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1994年から翌1995年までのおおよそ2年間、仕事の都合で大阪府高槻市に住んでいました.休日には彼の地のJR私鉄各線に乗車体験を頻繁に行っていましたが、撮影にあまり熱心ではなく、この2年間の記録がほとんど無いのが大変残念です.快速や新快速、それに阪急でも2-30分で行ける京都へも神社仏閣巡りや夜のお付き合いにはよく出かけたのですが、蒸機ファンの聖地である梅小路蒸気機関車館へは2度の訪問に終わりました.
1994年8月某日は、夏休みのイベントだったかの駅のポスターに誘われて出かけたようです.確かC62が走る、とポスターにはあったと思うのですが、実際には8630とC56160の2機のみが動いていて.少々気落ちした記憶があります.C62は1・2号機が並んでラウンドハウスに居ました.1号機とは梅小路では初対面です.昔々、東京晴海で行われた「鉄道大博覧会」では4両の20系の先頭で「あさかぜ」のヘッドマークを付けて展示されていたのをよく覚えています.


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普段梅小路での運転ではあまり煙は期待できないのですが、この日はどうしたものか2両の実動機は写真のように頑張っていました.併走あり重連ありと小さいカマながら、古都京都の歴史ある空を焦がさんばかりでした.


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しかしジメジメした京都の暑さと、曇ってるのに厳しい逆光にたたられ、また当時写真をあまり撮っていなく腕の方も怪しいもんでフィルム・現像代の無駄と思い、早々に切り上げて太秦広隆寺の冷房の効いた資料館へ「弥勒菩薩」様に会いに行ってしまいました.

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2007/07/05 PM 11:22:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [保存車両]

No.578 ツエッペリンNT

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王子北とぴあから俯瞰撮影中に、埼玉県方面から飛行船が現れました.最初は点のように見えたのですが、見る間に近づいてきて上空を走り去ってゆきました.何とか列車との絡みを撮りたい、とアングルを工夫して待っていると新幹線200系が上下線に相次いでやって来てくれました.
曇天のため露出の差が大きくて苦しかったのですが、何とかレタッチで両者が見えるように調整しています.(撮影:2007.618)

この飛行船は「ツェッペリンNT(Zeppelin NT)」と言い、ドイツのツェッペリン・ルフトシフ・テヒニーク社によって開発された飛行船で、NT はドイツ語で Neue Technologie (=New technology)の略です.
日本には日本飛行船の所有するこの1機だけが昨年から飛んでいて、全国でのCM活動やイベント飛行や一般公開もされています.この3月に起きた能登半島地震では災害復旧調査にも使われました.
5月には飛行船としては初めての「航空運送事業許可」を取得して、今後客貨の輸送や遊覧飛行などに使われる予定だそうです.
ぜひ乗ってみたいと思いますが、この北とぴあから見た日は上空の風が強かったのか、かなり激しく機種を上げたり下げたり揺らしていました.あれでは確実に酔ってしまいそうです.


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構造:半硬式(骨組み等カーボンファイバー及びジョイントアルミ)
ガス:ヘリュウム
エンジン:ライカミング200馬力×3
全長:75m 全幅:19.5m 全高:17.5m エンベロープ容積:8225立方米
積載荷重:1.9t 最大離陸重量:80.4t
最高速度:125km/h 最大航続距離:900km
定員:14人(うち乗員2人)

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2007/07/03 PM 11:07:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [航空機]

No.577 「通3丁目」電停
東京駅八重洲口前の中央通り、都電の「通り3丁目」電停は、銀座方面が廃止された後は終点になっていました.1970(昭和45)年9月の夕刻、6000、7000.8000形電車が次から次へとやって来ては折り返して行きます.
この頃、都電の撮影は殆どしていませんでしたが、この日は時間つぶしだったのか少しの間カメラを向けていました.

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2007/07/02 PM 09:58:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.576 立野駅のC12222


おかげさまで当「安楽鉄道趣味ブログ」本日で2周年となりました.毎日更新という当初の公約は残念ながら果たせませんでしたが、575本の記事を2年間でアップしましたので、日記や日誌などまともに続けたことが無い人間にしては、これは大変立派と(誰も褒めてくれそうもないので)自分で褒めざるを得ません.
毎日毎日本編を上回る多くの方にご閲覧頂いていることも、続けられる大きな励みになっています.本当にありがとうございます.
昨日までのように時々お休みもしますが、これからもマイペースで続けますので、今後ともご贔屓頂ければ幸いです.


2周年記念に本日は「2」が4っつ並ぶ「C12222」号機のミニギャラリーをご覧下さい.1970(昭和45)年8月、立野駅での高森線列車です.実はこの日は阿蘇山の観光をしたのですが、立野駅にちょうどC12の列車が到着したところでしたので、ちょっとクルマに待って貰って撮影しました.


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2007/07/01 PM 10:12:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [現役蒸機の時代]










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