【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]

No.562 鉄道ふれあいフェア(2)
No.561 鉄道ふれあいフェア(1)から続きます.

DD131号機.初期型で茶色塗装のDD13は山手線池袋などで入換作業をしている姿をよく見ています.1号機は後日新鶴見操車場あとに並んだ廃車体の先頭に連結されているのを見ましたね.鉄道博物館展示予定機です.

(画像をクリックすると拡大されます)

ED171号機.ED17は中学生の頃には中央線八王子以東の貨物列車に使われていて、新宿辺りでも見かけた記憶があります.その後身延線で使われてましたが、残念ながら対面の機会はありませんでした.鉄道博物館展示予定機です.
こんなもんで、ええデッカー?

(画像をクリックすると拡大されます)

クモハ40074.クモハ40の記憶は1966年(小学校5年)、林間学校の時に電化直後の五日市線で乗車した記憶があります.国分寺-東京競馬場間の下河原線での単行運転や、赤羽線でも赤羽方にいつも連結されていた姿が懐かしく想い出されます.鉄道博物館展示予定車です.

(画像をクリックすると拡大されます)

クハ455-2+モハ454?.関東地区(黒磯以南)では見られなかった仙台仕様に改造された455系です.オリジナルの頃の451〜453系には東北本線、常磐線で良くお世話になりました.グリーン車、ビュッフェ車を連ねた長編成は魅力的でした.鉄道博物館では休憩所として使われるとか.

(画像をクリックすると拡大されます)

工場内では廃車置換えが続く113系が検修中でした.房総地区用でしょうか?まだ暫くは残る、ということなのでしょうか?

(画像をクリックすると拡大されます)

大宮工場製1号機のD51187 号機はまだ工場正門横に置かれていました.近々博物館の方に移転するはずです.

(画像をクリックすると拡大されます)

その他ナンバープレートなどの資料が展示されていたようですが、個人的にあまり興味が無いこともあり今回は見学を端折ってしまいました.というか、最後に見ようかな?とも思っていたのですが、忘れてしまったというのが真相です.

大宮工場のイベントは毎年盛況ですが、今秋の鉄道博物館開館により今後はどうなることでしょうか?
博物館でもC57135をはじめ、屋内展示の車両もたまには屋外展示して頂けるとありがたいと思います.今回もC57135見たさ(だけ)に、私も含めた多くのオジサンやベテランファンが足を運んだようです.例えば他の動態保存機との競演や、JR各社からゲスト車両を迎えての特別展の企画などがあれば楽しいことでしょうね.(美術館や博物館がよく行っているように、特別入場料を設定するのも一案かと思います)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/31 PM 05:29:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | [保存車両]

No.561 鉄道ふれあいフェア(1)

(画像をクリックすると拡大されます)

5月26日に行われた「JRおおみや 鉄道ふれあいフェア」の展示車両のうち、
No.559ではC57135とオハ3126だけ紹介しましたが、他にもこのような車両達が公開されていました.大宮工場にはこれ以外にもED16、EF58、ガスタービン車をはじめ、多数の貴重な車両達が保存保管されています.さらに秋の鉄道博物館開館に備えて各地から展示予定車両達が集まってきているのですが、展示スペースが限られているせいか出し惜しみなのか判りませんが、今回はそれほど珍しい車両の公開はありませんでした.
我々オジサンファンにとってはC57135とオハ31だけでも感激なのですが、若いファンの方のサイトやブログなどを見ますと、今回のイベントは物足りないという声も多かったようです.

私はもともと生の活きてる鉄道にしか興味がないので、保存車両や博物館は不得手の分野ですが、その車両達が現役であった姿を見たり撮影している場合は「懐かしい」という気持ちで接することができます.

↑はお馴染みの先頭部のカットモデル達です.せめて台車とパンタグラフくらいは付けるとか、壁に沿って置いて貰うとかしないと晒し首が並んでいるようで哀れに見えます.

頂いたパンフではEF210123となっていましたが、その場所にはED6217が置かれていました.この機関車はもとED6118号機でED61型のラストナンバーです.おそらく中央線時代にお目にかかっているはずです.

(画像をクリックすると拡大されます)

EH5002号機、連結されたコキ50000型には懐かしい国鉄時代の各種コンテナが積まれています.あのバシャンバシャンという騒音のもとになったジョイント音が聞こえてきそうです.

(画像をクリックすると拡大されます)

鉄道博物館で保存予定のEF6611号機です.広島工場で復元され、ピカピカになって大宮にお輿入れしてきました.

(画像をクリックすると拡大されます)

普段ではなかなかお目にかかれないEH5003号機の連結面です.若いファン達には興味津々でしょう.

(画像をクリックすると拡大されます)

足回りを外されたEF651082には「あけぼの」のヘッドマークが付けられています.そういえば同じPF牽引の「あけぼの」上り一番列車の上野駅到着を1970年7月2日に撮りに行ったことを思い出しました.37年前じゃ〜!

(画像をクリックすると拡大されます)

JR貨物の工場内全景です.アップで撮影していないED751034、DD51847、DE101142なども居ますね.

(画像をクリックすると拡大されます)

鉄腕アトムのヘッドマーク付きの、独眼流EH5007

(画像をクリックすると拡大されます)

EF641008がATS工事で入場してました.前面には解説と模型が.右はEF64611です.

(画像をクリックすると拡大されます)



以下No.562鉄道ふれあいフェア(2)に続きます.

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/30 PM 05:29:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [保存車両]

No.560 都電イベント

(画像をクリックすると拡大されます)

昨日のブログで大宮へ行く前に、もう一つのイベントに寄ったと書いたのがこれです.路面電車の日(6月10日)を前倒しにしたもので、今年は久々の新車レトロ調9000形デビューのお披露目でもあります.
午前9時過ぎに、これもレトロ調に改装なった三ノ輪橋駅で9000形の出発式を行い、その後は荒川車庫において9000形9001号と記念花電車(ラッピングですが)7001号の撮影会がメインイベントでした.

私は11時過ぎに町屋駅前から荒川車庫前に向かいましたが、都電の車内は超満員で各駅には大勢のお客さんが待っているのに驚きました.しかしこの人達はイベントとは無関係で通常の乗客でした.荒川車庫前で下車したのは私を含めて3人です.

撮影会は何の変哲のないもので、翌日からは自由に撮影も乗車もできる9001にあまり熱心にカメラを向ける気にはなりませんでした.とは言っても雰囲気に巻き込まれ、最前列でシャッターを切ってしまったのですが.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

ラッピング花電車は7000形の7001、7008、7010の3両に施され、昨日は7001が撮影会に、7008、7010は雁行して営業運転に就いていました.5月中の限定運用のようです.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

ちなみに先週撮影したバラですが、完全にピークを過ぎていて萎れている花が目立ちました.やはり21日に出かけて正解でした.

イベントとしてはさらに荒川車庫内で保存(保管?)されていたPCCカー5501号と、学園号として人気のあった7504号がリペイントされ「都電おもいで広場」として公開が始まったことがあります.こちらには中央に木製のベンチが設えられ、ちょっとした休憩スポットになっています.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

5501の車内はシートが無く、運転台も片方にしか残っていません.塗装は白に近いようなクリーム色です.現役時代には何度も見て乗車した記憶もありますが、こんなに薄い色だったとは!少し意外でした.それにしてもこの色は写真屋泣かせですね、真っ青な空の下では中途半端な色表現しかできませんでした.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)




(画像をクリックすると拡大されます)

あとはお決まりのグッズ販売と物産品販売、客層は違いますがどちらも盛況でした.
私はやはり満員の電車で王子駅前へ、そして京浜東北線で大宮へ向かいました.

帰路は大宮から東武野田線で1時間かけて柏に戻りましたが、この日の行程ではすべてSUICAが使えました.途中でお茶や週刊誌も購入できましたから、小銭入らずで本当に便利になったものです.
と言いつつ、実は家から柏駅までの東武バスイーストが未対応です.190円用意せねばなりませんが、SUICAを使っていると財布の小銭が増えないので逆に不便になりました.


この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/27 PM 10:28:26 | Comment(5) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.559 C57135公開

(画像をクリックすると拡大されます)

今日は朝から良い天気、本当は家でのんびりしていたかったのですが、何やら気になるイベントがあることを思い出しました.昨年閉館した交通博物館から引き上げられ、今秋開館予定の大宮鉄道博物館に展示されるC57135が、工場内ですが露天の線路上で公開されます.新博物館では屋内展示なので、我々一般人がお天道様の下でお目にかかれる唯一のチャンスかもしれません.
通常この種イベントには見向きもしない私ですし、特に大宮工場のイベントは例年大混雑というニュースを聞いていますから、二の足を踏みたいところですが、あまりの天気の良さに思わず出かけてしまいました.
となればついでに、ほとんど通り道とも言える場所での別のイベントにも顔を出してみんべえ、ということにもなってしまいます.

もう一つのイベントは明日ご報告するとして、大宮工場の「鉄道ふれあいフェア」は大変な人出ではありましたが、入場するのに列を作るということもなく、すんなりC57135のところまで行けました.
もっとも部品販売会、ミニSL、はやて遊覧車の乗車、そして E257系試運転、さらにはトラバーサーの体験乗車!は長蛇の列でした.

C57135はおそらく交博から持ってきて組み立てたままで、ピカピカに磨かれているわけでもなく、まるで現役のような色つやでした.光線状態やロッドの位置などもなかなか良かったのですが、手前の1本の架線柱がいけません.いけません.ダメです.あ〜あ.なんで〜?

(画像をクリックすると拡大されます)



たまに隣接した試運転線をデモ走行の怪獣が走り抜けます.

(画像をクリックすると拡大されます)

あらためて感じたのがドピーカン下での蒸機の露出の難しさです.もちろん補正をかけるんですが、蒸機に対して適正露出をかけると周囲がみなすっ飛んでしまいます.結局 +0.3くらいが妥協点かと思いましたが、あまり綺麗な色が出ていなかったのが残念ではあります.午後からは黄砂の影響か、完全な青空ではなくなってましたし.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

本日の成果を並べていますのでご覧頂ければと思います.連結されていた客車はやはり鉄道博物館に展示予定のオハ31-26、津軽鉄道で保存されていたものです.

(画像をクリックすると拡大されます)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/26 PM 11:15:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | [保存車両]

No.558 荒川線薔薇いろ祭り


先日21日、毎年恒例?となっている都電荒川線とバラを撮影に出かけてきました.自宅のバラはだいぶ前から満開なのでやきもきしていたのですが、どうも天気がパッとしません.たまに晴れの予報が出ていても薄曇りの日どころか雷雨や強風と、とんでもない空模様の連続でした.
それが20日からはうって変わってドピーカンの五月晴れ、混むであろう日曜日は避けて月曜日に漸く訪問の運びとなりました.やはりカラフルなバラの花は空が青いことが必須条件です.

さっそく本編にアップしましたので、ぜひご高覧下さいますようお願いいたします.全28点すべてバラ入りのカットばかりです.
このブログには構成上、本編には不採用になったタテ位置のカットを並べます.線路沿いの花を上手く取りこむにはタテ位置の構図が圧倒的に有利ですが、web画面上ではタテ寸を大きくできず迫力がありません.


今年の訪問にはもう一つの楽しみがありました.今月末から営業開始する新車9000形が試運転中だからです.ぜひこれはバラ絡みで捉えたいと思いました.営業開始の頃はバラはピークを過ぎているはずですから、今を逃すと1年待たねばなりません.しかし試運転のダイヤは公表されていませんし、毎日走るとの保証もありませんでした.
三ノ輪橋から乗った電車が荒川車庫前駅に到着するのと同時に、車庫内から9000形が本線に出てくるのが見えたときは正直安心したものです.それにしても素晴らしいタイミングでした.9000形は本線上で転線して早稲田方面へ走り去りましたが、約1時間後に戻ってくるところをバラの中で撮影できました.
帰路は三ノ輪橋へは向かわず、すぐに車庫へ取りこまれてしまったのですが、トラバーサーで移動後に再び出発線へ出てきました.運転手さんに聞くと15時過ぎに早稲田までもう1往復するとのこと、まだ2時間近くありますが、これは待つしかありません.

ところで荒川車庫から本線へは三ノ輪橋方向に出庫します.転線して早稲田方面へ向かうのですが、帰りはそのまま頭から入庫してしまいます.つまり本線と車庫への入出庫線で三角線を形成しているわけです.ということは電車は方向転換してしまいますので、2往復させないと同じ向きに戻らないことが判ります.撮影上からも、1回目と2回目ではパンタの位置が逆になります.


2往復目が早稲田から戻り、車庫に急カーブを切って入庫します.この場所にうってつけの赤いバラがありました.何人かのカメラマンがうろうろしていましたので、場所を取られないように30分ほど前から貼り付いて確保です.ちょうど傾き始めた夕陽が電車をうまい具合に照らしてくれるはずでしたが一瞬、流れる雲に遮られてしまいました.AElockをかけていたので少々露出不足気味なんですが、一応ねらい通りの絵が出来ていたので一安心です.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

去年までは三ノ輪橋駅付近が主体でしたが、今年は三ノ輪橋駅がレトロ風に改修工事中ということもあり、荒川車庫前付近での撮影にしました.9000形の試運転は荒川車庫前-早稲田間のみでしたので、結果的にラッキーだったことになります.
さて来年は何処で、どんな切り口で撮影することになるでしょうか?

撮影は2007年5月21日 都電荒川線荒川遊園地前-荒川車庫前-梶原

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/23 AM 10:59:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.557 壁紙(90) 都電9000形
久しぶりの壁紙、本日撮り立てです.


(画像をクリックすると壁紙サイズに拡大されます)

荒川線荒川車庫前駅 2007年5月22日

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/21 AM 12:13:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.556 キハ82系つばさ・ひばり
本日も「DC Gallery」からです.[電車・気動車]と[浦和・大宮]、どちらのカテゴリーにするか迷いましたが、前者にしました.


1963年11月浦和駅 (画像をクリックすると拡大されます)

どちらの特急も1961(昭和36)年10月の白紙ダイヤ改正で誕生しました.「つばさ」は上野-秋田間、当初は6両(→7両)の運転でしたが、1963年10月からは盛岡行編成と福島まで併結.キシを2両組み込んだ14両編成で運転されています.1965年10月の盛岡電化で盛岡編成は483系「やまびこ」となり分離、再び単独運転になっています.

1965年1月南浦和駅付近 (画像をクリックすると拡大されます)

「ひばり」は不定期特急として設定されましたが、車両不足で運転開始は翌1962年4月からです.同年10月からは広島電化で捻出された「平和」用の車両を使い定期運転になりました.当初から全線架線の下を走る気動車特急で、1965年10月にやっと483系電車に置き換えられています.


1963年11月浦和駅、京浜東北線の線路を走行してます. (画像をクリックすると拡大されます)


南浦和駅付近 (画像をクリックすると拡大されます)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/20 AM 09:55:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.555 予讃本線の気動車
最近よく聞くニュースでのアナウンサーの言葉「虐待が無かったか、さらに調査を進めています」聞き流せばそのままですが、よく考えると「無かった」のであれば何も問題は無いのですから、これは「虐待が有ったか(無かったか)どうか」が正しいと思います.善意に考えれば性善説に基づいた言い方かと思われますが、やはりおかしいのでは? アナウンサーは記者の書いた原稿を読みながら「これおかしい、これ違ってるよ〜」なんて思うことはよくあるんでしょうね.なんか溜まりそうな職業です


(画像をクリックすると拡大されます)

1975(昭和50)年8月といえば北海道では蒸機最後の夏で、多くのファンがその姿をカメラで遺そうと躍起になっていた頃です.
私はといえば、何処吹く風と言わんばかりに、のんびり四国、九州、山陰、北陸と煙とは無縁のドライブ&観光三昧でした.しかし鉄抜きかというと、そうでもなくて行き当たりバッタリとディーゼル列車や地方私鉄にカメラを向けていました.
高知桂浜近くの民宿を発った日は、大歩危小歩危や「かずらばし」などを見学.金比羅山に詣で、一路松山に向かう途中では、観音寺付近で休憩を兼ねて気動車列車を撮影しました.単線ですが、さすが四国一のメインルート.待つ間もなく次々と急行や普通列車がやって来ます.

それぞれの解説は端折ってもいいですね.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

こちらは本編「DC gallery」からのリサイクルネタでした.

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/19 AM 10:24:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.554 浦和付近線路端散歩
本編の「気まぐれpicture」は最近更新していません.古い方の記事もほとんど読まれることがないようなので、ブログの方でリサイクル使用させて頂いています.
そもそもこのブログは趣旨が「気まぐれ」とバッティングしていますよね.共倒れにならないうちに一本化して、近いうち「気まぐれ」は廃止の道を辿る予定です.ブログネタに苦しんでいるのがバレバレですが、それだけではなく昔作った稚拙な画像ファイルがどうにも気に入らないのも、廃止の理由の1つです.



(画像をクリックすると拡大されます)

1968年7月、といえば高3で受験の夏ではありますが結構撮影に出かけています.建前としては予備校の夏期講習に毎日出かけていたはずですが、なぜかEB10を撮りに行ったり、八高線に行ったりと動かぬ証拠のネガが残っています.
これもその一つです.私の生まれ故郷の浦和駅と北浦和駅の間で撮影しています.下り「日光」や板橋貨物のD51が写っていますから午前中です.この近くにある母親の実家に泊まったのかもしれません.
10月の「ヨンサントー」目指して東北本線は3複線化工事の真っ最中、いろいろな懐かしい列車が写っています.


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

この時間であればEF58牽引の「はくつる」、181系の「とき」「あさま」、483系の「ひばり」、キハ82系の「つばさ」なども撮れたはずなのですが、ネガにあるのはなぜか地味な列車ばかりでした.

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/17 AM 11:38:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [浦和/大宮付近]

No.553 新宿駅スナップ.しか〜し
1969年の何月でしょうか.新宿駅にホームでのスナップを撮りに行きました.乗客の表情を撮りたかったのですが、結果的にはホームが暗くてろくな成果は得られませんでした.当然ネガは現像したままお蔵入り、長い眠りについていたところ、ふと何気なく私の手に取り上げられルーペが当てられました.さて、そこに写っていたものは?!

出発して行く東京行快速列車を少し流しています.バックにクモニ83が写ってますね.

(画像をクリックすると拡大されます)

101系の低屋根800番台車が停車しています.

(画像をクリックすると拡大されます)

あれ、この101系はホームと反対側のドアが開いてますよ.

(画像をクリックすると拡大されます)

なんですかこれは!クモニ83と101系は連結されとるじゃないですか!

(画像をクリックすると拡大されます)

これは中央線普通列車担当の115系8連が臨時急行用に召し上げられ、101系の800番台低屋根編成7連に置き換えられたものでした.(新宿折り返しのため5番線で車内清掃をするのでホームと反対側ドアを開けていたのですね.とはいえ、隣の4番線は中央線の上り線、東京行きの101系が頻繁に発着するのですから、なかなか際どい作業といえます.)
通常から115系に併結されていたクモニ83+クモユニ82はそのまま連結されたのでご覧のような姿になっていました.
しかし本人はこのような珍列車を撮影した記憶が全くありません.スナップ撮影をしたことは覚えてるんですが.知らずに撮っていたのだとすればあまりにも偶然すぎます.しかし判っていたのなら、こんな中途半端な絵ではなく、編成写真をしっかり撮っていたと思うのですが・・・・.真相は永久に闇の中です.

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/16 PM 11:26:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.552 TOK2メルマガ

お借りしているTOK2(トクツー)サーバーのメールマガジンに弊サイトが紹介されました.これで一挙にアクセス数アップ!と行きたいところですが、本編は3月以来更新が無く、ブログも間隔が開いている状態ではせっかくお出で頂いても無駄足になってしまいますね.申し訳ない限りです.

本日はトップページの写真とBGMを入れ換えました.これで多少雰囲気が変わったかと思います.BGMがうっとおしいと思われる方は、下に図示した左側フレームのバー[II]部分をクリックするとカットされます.またその左側スピーカーマークの部分をプルダウンするとボリューム調整ができます.


再生ソフトのプラグインが無い場合や、ブラウザによってはBGMは再生されませんのでご了承ください.

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/15 PM 11:53:03 | Comment(1) | TrackBack(0) | [ウェブサイト・ブログ・写真]

No.551 満鉄ミカイと解放型

(画像をクリックすると拡大されます)

1986年4月の佳木斯 Jiamusi機務段にはこの廃車体もありました.おまちどおさま、旧満鉄ミカイこと解放(JF)型です.普通は勝利や解放の後に数字が付いた型式になりますが、このタイプは数字無し、単なる解放型と称します.(他にも解放2-17型が存在します)

おそらくJFの廃車体はこの機以外にも何両か居たような記憶ですが、この機にしかカメラを向けていません.なぜならば、傍らでこれが煙を燻らせていたからです.

(画像をクリックすると拡大されます)

シリンダー部分にはカタカナで「ミカイ」の表記が認められました.(なんで撮ってないんじゃ!自分のことながら腹立たしい)

ミカイ<解放型=JFについては世界有数の名機関車に数えられると思います.形態分類、改番、改記号、改造など複雑で、詳細に査証すれば本が一冊書けてしまうような膨大なものになるはずです.その全貌は私には知るよしもありませんし、それをまとめる気力も能力も持ち合わせていません.
しかし写真だけ並べても説得力がありませんので、受け売りですが手短かに解説させて頂きます.一部言葉足らずかと思いますが概略とご理解下さい.

オリジナルは1918(大正7)年、アメリカ-アルコ社で設計製作され、満鉄に輸入されたものですが1935(昭和10)年までに、1-70・501-574までの144両が日本のメーカー(川崎、汽車、満鉄)も加わって製作されています.このシリーズが本来の「ミカイ」と呼ばれるグループで、後にはoldJFタイプとも分類されます.
1935年からは、アルコ社設計部分を各所改良した「標準型ミカイ」が日本メーカー(川崎、汽車、日立、日車、満鉄)で大量に増備されました.分かりやすところでは、全長が21.8m→23.7m、重量160.4t→185t.ボイラ圧13.4kg→14kgなど改良されています.
この仲間は後にはstandardJFタイプとも分類されます.

このスタンダードの解放JF型は1935(昭和10)年-1957(昭和32)年の製作で71-500、575-2500の2354両が製作されています. またほぼ同型が朝鮮総督府鉄道にも大量に投入され、満鉄同様に朝鮮半島の貨物列車の主役として活躍していました.
太平洋戦争が終了、国勢が変化しても、日本国内の各メーカーでは製造を継続、援助物資として昭和20年代後半まで国連経由で中国に輸出しています.
日本国内で作られた最終ロットは、船積み待機の状態で名古屋駅近くの中京倉庫で1965(昭和40)年位まで保管され、東海道線列車の車内から見ることができました.しかし、結局大陸の地を踏むことなく解体されたようです.(東海道新幹線の地固めに使われる計画もあったとか、無かったとか?)
さらに中国国内でも大連、青島工場で製作された車両も多く存在します.

その中で「旧ミカイ」と名乗れるのは、やはり満鉄機として在籍したことがあるものだけに限られるでしょう.前述のように詳細な資料は持ち合わせていないので、何号機までがそれに該当するのかは残念ながら判りかねます.
途中から動輪がスポークからボックス式に変更されていますので、正確には判りませんが、この変化あたりがボーダーラインになるのではと思っています.

また1957年には中国の技術で改良した、新解放型=newJFが 大連、青島工場で100両以上製造されています.こちらは機番が4001〜なのではっきり区別ができます.
1958年からは後継の建設型=JSが登場しています.

このグループは1918-1957年と約40年に渡り3000両近くが製造されました.その発展型である建設型もその後30年間で3000両以上が製造されています.ということはこのミカイ→解放型→建設型シリーズは世界有数の量産蒸気機関車ということになるのでしょうか?

ボックス動輪のJF916 鶴崗機関区 1986年4月

(画像をクリックすると拡大されます)

1980年代では各駅の入換機としてよく見られました.各機務段でも1-2両は必ずその姿に接していたのですが、前進型の迫力に負けていたのかあまり撮影していないのが今考えると非常に残念です.(こればっか)

2007.5.17追記
一番上の廃車体の写真、じっくり見ると下のJFより一回り小さいような気がします.(特にボイラ径) ランボード下のエアータンクもありません.機番が確認できないので断定はできませんが、これは旧満鉄ミカロ(小ミカ)、後の解放6型(JF6)かもしれません.
同一機関車にいろいろな呼び名があるので混乱してしまったらごめんなさい.


この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/11 PM 11:42:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]

No.550 パシロと勝利6型

(画像をクリックすると拡大されます)

やはり1986年4月、夕方の佳木斯 Jiamusi機務段にも何両かの廃車体が見られました.前進型、人民型、解放型など現役蒸機がゴロゴロ居て、元気に煙を上げていますので、なかなかそちらの方にカメラを向ける余裕がなく、はたして全機を網羅したかどうか自信がありません.
上写真はナンバーが確認できませんが、2C1パシフィック型ですのでもと満鉄パシロ型、つまり勝利6型=SL6型であると思われます.(SLは勝利の中国語ピン音Sheng Liの頭文字で、Steam Locomotiveとは無関係です)
SL6型なら当時はまだ現役機が少数ですが健在で、それほど珍しいものではありませんでした.しかし、これは満鉄のパシロ型ではなく戦後、大連や青島工場で作られた中国国産機でボックス動輪が特徴です.この廃車体のカマはスポーク動輪なので、もと満鉄パシロ型であると断定できると思います.
1980年代に旧満州地区で撮影された勝利6型=SL6型はボックス動輪機ばかりなので、旧満鉄機パシロは一足先に引退していたようです.

こちらはその純中国製SL6型のトップナンバー、SL601号機です.大型のハイデフが目立ちますね.(1988年9月大同)

(画像をクリックすると拡大されます)

1984年10月、ハルビン機務段で撮影したSL618号機.601とは大分印象が違います.

(画像をクリックすると拡大されます)

同じく1984年10月、大連駅を出発するSL631牽引の市郊列車です.続く客車はほとんどが満鉄時代からのものです.

(画像をクリックすると拡大されます)

ところでオリジナル日本製のパシロ型は、南満州鉄道(=満鉄)とともに上海南京地区の華中鉄道にも導入されました.こちらも戦後は勝利6型=SL6型となり、南京周辺で1980年代まで旅客列車牽引に前に廃車体を紹介した旧パシシこと勝利11型=SL11とともに活躍していました.1984年5月に初訪中の際にその美しいスポーク動輪のパシフィック機を撮影できました.なぜかギースルエジェクターが装着されています.

(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/08 PM 04:01:59 | Comment(884) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]

No.549 「とき」と「はつかり」

(画像をクリックすると拡大されます)

中国、ヨーロッパの話題が続きましたので、箸休みに日本の電車の話しでも.

1964(昭和39)年5月といえばまだ東海道新幹線開業前です.正確な時刻は手元に資料がないので曖昧ですが、朝新潟を発った161系「第一とき」が昼過ぎに上野駅6番ホームに到着します.同じホームの反対側5番線にはキハ81系「はつかり」青森行が出発を待っています.
上野駅で特急同士の並びなんて珍しくはない、と思われるでしょうが当時上野駅で見られる特急といえば、青森行キハ81「はつかり」、仙台行キハ82「ひばり」、盛岡・秋田行「つばさ」、直江津回り大阪行「白鳥」、そして161系電車の新潟行「とき」2往復が全てでしたから、結構貴重な並びでした.

左に少し見える山手線はカナリア色の101系ですね.当時は中2で、カラーなどとは無縁の時代でしたが、学園祭でスライド上映をする、ということでリバーサルフィルムを部費で調達して撮影していました.
161系最後部のヘッドライトには赤フィルターが装着されています.

(画像をクリックすると拡大されます)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、5月分全部はこちらからでも
4月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/07 AM 11:22:10 | Comment(3) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.548 躍進型(YJ)

(画像をクリックすると拡大されます)

中国国鉄鶴崗機務段に隣接して鶴崗砿務局の機務段があります.ここは鶴崗駅と周辺の炭砿などを結ぶ運炭鉄道で、本線は電化されているのですが、グリーンに塗られた大型の凸型電機に混ざって解放型(JF)、上游型(SY)など蒸機の姿も見ることができます.
1986年4月には、その構内に躍進型YJ317が留置されていました.無火で煙室辺りには錆も見られますので、すでに休車または廃車になっていたと思われます.
躍進型は旧満鉄プレニであるPL2型をプロトタイプに、1960年頃から済南工場などで製作されたと言われています.1C型プレーリー(中国では平原式)機で小ヤードや工場などで使われる、いわゆる産業用の小型機です.鞍山の製鉄所でPL2型ととも活躍していたのが有名ですが、私は1984年10月に大連港湾局で入換中の姿を撮影できました.

(画像をクリックすると拡大されます)

同じ場所でPL2型も入換作業に就いていました.ご覧のようによく似たスタイルで遠目には見分けが付きませんが、ボイラ上のドーム形状が違います.しかしそれぞれ機番による形態差もあるので一概には区別できません.テンダもスローピングバックではない普通のタイプも両者に存在します.

(画像をクリックすると拡大されます)

PL2型は旧満鉄機なのですが、戦後に中国で作られた機番もあり、躍進型とPL2型のボーダーも微妙なところです.

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、4月分全部はこちらからでも
3月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/04 AM 12:31:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]

No.547 チェコ製JF13

(画像をクリックすると拡大されます)

鶴崗嶺北鉱業所に留置されていたもう1機です.こちらの方はほぼ完品状態で、ナンバーも確認できます.
キャブ側面に[解放3876]と書いてあるのが読みとれますが、丸く深いキャブ屋根や特徴あるテンダの形態から解放13型(JF13)と判明しました.
1929年、チェコ(当時はチェコスロバキア)のシュコダ社製で、3855-3878の24両が当時の中国政府により輸入されています.
本来のミカイ= JFと較べるとサイズ性能とも一回り小型のようです.もと満鉄機ではないので当初はこの地とは無縁のはずですが、戦後大型機の台頭により配転されてきたものと思われます.私のアンチョコには北京近郊での目撃例が挙げられていました.


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

下の写真は中国国鉄の鶴崗機務段のはずれ、ズリ山の上に放置された2機の廃車体とも言えないような残骸です.これ以上近づけないので300mmで撮ってみました.


(画像をクリックすると拡大されます)

手前は5動軸のスポーク機なのでおそらくソ連製のFDだと思われます.向こう側のカマはかろうじてキャブ、テンダ台枠まで残っていますが、缶胴やボイラ付近はボロボロです.しかし特徴ある屋根のカーブから、これもJF13のようです.
当時は中国の蒸機についてそれほど詳しかった訳でもなく、ほとんどの廃車体は旧ミカイのJFに見えていましたので、撮影時にはチェコ機だとはまるで気付いていません.

手前の残骸もこれだけでは、いきなりFDとは断定はできないはずなんですが、同じ機務段内にほぼ完品のFDの廃車体が有りましたので、すぐ推測できた次第です.
このFDは本来の3軸ボギーの大型テンダではなく、解放型用の2軸ボギーのテンダを連結しています.旧満鉄エリアでは旧ミカイ=JFの長さに合わせた転車台が多く残っていた関係で、前進型も3軸ボギーテンダ機はあまり使われませんでした.FDも同様にテンダ振替を行っていたようですね.


(画像をクリックすると拡大されます)

(撮影1986年4月)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、4月分全部はこちらからでも
3月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/02 AM 11:43:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]

No.546 正体不明のKD823
昨日のKD6のがっかり廃車体が留置されていた鶴崗嶺北鉱業所には、他にも数両の廃車体が置かれていました.今日はそれらと、他に中国国鉄鶴崗機務段や鉱務局の機務段で見かけた廃車体を一挙に紹介するつもりでした.しかし、このカマの写ったポジをスキャンしていて大変なことに気付いたので、とりあえずこの1両を紹介することにします.


(画像をクリックすると拡大されます)

このテンダが欠損したボロボロの廃車体ですが、撮影時からつい今しがた数時間前まで解放型(JF)つまり旧満鉄ミカイの仲間だと思っていました.従台車が無いのはテンダと共に欠損している、と考えたわけです.撮影時はKD6のことばかり頭にあったので、ろくに調べもせず3カットほど撮っただけでした.
先ほどミカイの仲間でもどのタイプに分類されるのかポジでナンバー表記を探しましたが、キャブ付近には見当たりません.正面は逆光で潰れていたのですが、念のためにルーペで拡大してみると何やらナンバーらしきものが見えます.スキャナーで最大限拡大してみたのが下の写真です.

ガーン!なんと[KD823]と読めるではないですか!解放型ならJFですからね、驚きました.KDはコンソリデーション型の外国製ですから、従輪が無いのはそれで正解でした.
ところがこんなタイプのKD型は聞いたことがありません.アンチョコを見てみましたがやはり載っていませんでした.アンチョコにはKD7の次はボールドウイン製のKD12まで飛んでいます.検索をかけてみましたが、それらしきものに行き当たりません.

これでもう行き詰まり、これ以上の資料の持ち合わせはありませんが「大陸の鉄輪」などお持ちの方、また他の資料をお持ちの方、該当機があるかどうか見て頂けますでしょうか? お願いします.
何となくですがドイツっぽいような気もしますが.


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

後悔ばかりですが、実際に現物に接しているのですから、もう少し興味を持って調査してくれば良かったと、いつも思うんですよね.

次回はやはりここにあったもう1両の廃車体をご紹介します.

※ところで鶴崗 Hegangは山形県鶴岡市出身者が中心になって開拓したので、この地名になっているそうです.
(撮影1986年4月)

この前の記事はこちらから

[このブログは最新5つの記事が表示されています.左上Archivesの各月分をクリックすると過去の記事がご覧になれます.]
この続き、4月分全部はこちらからでも
3月分全部はこちらからでも

ぜひ轍楽之路(てつがくのみち)サイト本編へもお立ち寄り下さい.

2007/05/01 AM 01:31:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]










(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.