【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.530 abayo

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hona sainara

明けて1日、朝日新聞の記事は写真無し、くりでん廃止の記事のおまけのようで僅か7行でした.なんだかな〜 
常陸小川駅に車両が集結しているようです.まさか!


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2007/03/31 PM 05:37:39 | [さよなら 鹿島鉄道]

No.529 原風景という言葉


最近よく使われる「原風景」という言葉ですが、おそらくほとんどの人はそこにあった元々の風景、ビル建設や宅地開発される前のオリジナルな風景だと思われているのではないでしょうか?
でもちょっと違うかもしれません.私の解釈は「自分が子どもの頃に印象づけられ、その拘りを持ち続ける体験の中にある風景」というものです.当然各人の年齢や生活環境、意識の持ち方などにより異なってくるわけで、万人共通のものではないはずです.
ですから「我々の原風景」「日本人の原風景」などという言い方は、ある意味押しつけであり、作者本人の意識の回想や、実際にその風景を過去に実見していない人にとっては想像のシーンでしかないわけです.
原風景の原は、普通使われる「本来の」という意味では無く、原野の原でもなければ、原っぱの原でもなく「原体験」の原だと思います.

今「原風景」ということばを使う場合は、昭和30年代、1960年代あたりのものをイメージしそうですが、それを言えるのは私と同年代の人たちだけなのかな?と思うのですが.
前にも書いた映画「三丁目の夕陽」による記憶の刷り込みの危険、などに共通する思いです.

もともとそれ程一般的に使われる言葉でなかった言葉だと思うのですが、漢字の見栄えや語呂が良いことからでしょうか、最近よく見かけます.

言葉足らずで済みませんが、私の解釈は間違っているでしょうか?

写真は私の原風景、1960年頃の浦和です.当時10歳.









話しは違いますが、日本酒で「山廃仕込み」というのがあります.何となく山奥の廃屋のようなところで醸造するような渋いイメージが涌きますが、実際には「山卸廃止仕込み」という昔の醸造法のことだと、先日物知りの友人に教示されました.漢字から来る先入観には要注意です.

ぜひご自分だけの「原風景」の記憶を一生大事にしてください.

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2007/03/29 PM 10:23:07 | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.528 京成復活色消ゆ
京成のリバイバル復活色3298編成は今朝の運用(芝山鉄道乗り入れ)をもって引退となったようです.結局金町線2回、開運号1回の撮影でした.
また同じく京成のモニ+貨車も本日がラストラン(京成高砂-宗吾参道).首都圏の大手私鉄から吊り掛け式電車がすべて消えた、ということになるんだそうです.
3298編成は昨日が最後の終日金町線運用、ファンで沿線は賑わったようですが、復活後土日祭日には撮影チャンスの多い金町線にはあまり入線しなかったので、がっかりした人も多いと思います.
私なりには短い期間でしたが、久しぶりにカメラを向けたくなるような被写体の登場で楽しませて頂きました.
昨日、今日と仕事はオフでしたが、やはり「さよなら」へは出かけられませんでした.
本日の写真は無いので、1月28日の「開運号」でご勘弁ください.

※実は本日がラストとは正式にアナウンスされていません.もし明日以降走ったら今日の記事は一部訂正させて頂きます.
※2 3月30日に正式に発表されました.やはり・・・・.
http://www.keisei.co.jp/keisei/kouhou/news/18-075b.pdf


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2007/03/28 AM 12:23:18 | [京成リバイバル車ほか]

No.527 似てる表紙の話

yahooニュースなどで話題になっていましたが、今週号の週刊朝日と週刊現代の表紙がそっくりです.白地に赤のタイトル、モデルも同じ井川遥さん!でタイトル文字に頭を被せています.しかし揃いも揃ったものですが、どちらも通常号と大きくデザインを変えたものではありません.
どちらがとは言いませんが、通常から片方のものを意識したデザイン・フォーマットを使い、地色やモデルさんの違いなどで目立っていなかったものが、たまたまそれらが揃ってしまったものでしょう.デザイナーには何らかのペナルティがあるかもしれません.

それで思い出したことがあります.
今から30数年前、蒸気機関車終焉が迫る頃に子ども向けの鉄道趣味入門書が流行り、色々な出版社から類似書が発行されました.その中の2冊です.ひょっとしたら「昔見たぞ」何て言う方も居られることかと思います.


もちろん別の出版社のものなのですが、何やら共通点がありますね.
もうどちらの出版社も存在しませんし時効でしょうから白状しますが、なんとC57194は全く同じ写真で私の撮影です.この2冊は同じプロダクションが偶然装丁デザインを担当したもので、そこに預けてあった私の写真が前後して使われてしまったことは、私も発行されるまで全く気が付きませんでした.

実は私は当時、僅かに先に出た一方の出版社の社員で、そちらの本は私と仲間で執筆編集したものです.ライバル書に同じ写真を提供したことが、もし会社の知ることになれば尋常では済まなかったことでしょう.
もちろん自ら口に出すこともできず、毎日ビクビクしていましたが、幸いにも気が付かれませんでした.どちらもかなりの部数が出たようで、書店では並んで置かれていた可能性もあります.今思いだしても恐ろしいことです.

嗚呼無責任時代、安らかにお休み下さい・・・・.

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2007/03/27 PM 11:14:43 | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.526 PV鉄道の石橋
No.524と同じスペインPV鉄道の石橋です.この2つの橋が連続して大きなダム湖上に架けられているのですが、渇水期なのでこの部分まで水がありません.
上の写真はNo.524に出てくるボールドウィン機牽引のセム返回編成です.
下の写真は珍しいエンゲルス・タイプのテンダ機牽引の石炭輸送列車です.
詳しくは本編にアップしてありますが、眼の手術前のスキャンなので画質が悪いです.何れ改訂の予定です.撮影1976年9月.


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2007/03/25 AM 12:02:50 | [ヨーロッパ]

No.525 ポルトガルのKESSLER
今日はポルトガルの山中で出会ったメーターゲージの古豪、スイス、ケスラー社1889年製のE51型E52号機[VIZEU]です.勾配線の後補機運用として待機しているのですが、残念ながら時間の都合でそのシーンは撮影できませんでした.CP(=ポルトガル国鉄)ミランデラ支線にて.1976年9月.


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2007/03/24 AM 12:41:51 | [ヨーロッパ]

No.524 森の中行くBALDWIN
孤軍奮闘暖簾に腕押し(独り言です)

久しぶりにヨーロッパネタで.スペイン西北部PV鉄道(メーター・ゲージ)のボールドウィン機です.本線ではなく支線か専用線のようですが、素敵な森の中をモデルのような編成が走り抜けて行きました.1976年9月.


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2007/03/23 PM 12:09:39 | [ヨーロッパ]

No.523 国鉄時代9

「国鉄時代9(2100円ネコパブ発行)」は明日22日発売です.
特集は「東京あの頃」ということで、1960年代の首都圏の蒸気機関車たち等々興味深いグラフ、記事が満載です.付録DVDには常磐線C62・昭和30年代関東私鉄の蒸気機関車・EF58「あかつき・彗星」・川越線9600牽引822列車(計約60分)が収録されています.
当サイトとリンクしているネット鈴屋さん「南九州のお召列車」や9633築さんの記事もなかなか見応え読み応えがあり、必見です.
拙作は今号も5頁を頂いて、「川越線・八高線の9600」を掲載して頂いています.ぜひ書店でお手にとって見てみてみてください.(DVDは買わないと見られません)


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2007/03/21 PM 07:51:27 | [出版物・写真展他イベントのご紹介]

No.522 さよならの季節
今まで、数多くの「さよなら」に立ち会ってきました.


1969年9月30日 川越線高麗川駅 (画像をクリックすると拡大されます)


1969年9月30日 川越線南古谷駅 (画像をクリックすると拡大されます)


1967年10月1日 常磐線平駅 (画像をクリックすると拡大されます)


1970年10月4日 八高線小宮駅 (画像をクリックすると拡大されます)


1972年3月19日 飯山線信濃浅野-立ヶ花 (画像をクリックすると拡大されます)


1969年10月13日 横浜線淵野辺駅 (画像をクリックすると拡大されます)


1970年7月3日 小山機関区 (画像をクリックすると拡大されます)


1975年5月30日 木曽王滝森林鉄道松原付近 (画像をクリックすると拡大されます)


1975年5月30日 木曽王滝森林鉄道松原付近 (画像をクリックすると拡大されます)


1975年5月30日 木曽王滝森林鉄道田島付近 (画像をクリックすると拡大されます)


1969年9月30日 川越線指扇駅 (画像をクリックすると拡大されます)


2005年3月27日 日立電鉄大甕駅 (画像をクリックすると拡大されます)

今月も多くの「さようなら」が・・・. 
でも、もう立ち会うのは止めにします.

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2007/03/19 PM 07:32:37 | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.521 限界の奥中山俯瞰

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1967(昭和42)年の12月末に蒸機ファン憧れの東北本線奥中山を再訪したのですが、前からやってみたかった俯瞰に挑戦してみました.有名な吉谷地のカーブを見下ろせるこのポイントまで来るには、地滑り防止用のコンクリート壁の恐怖のホチキッス状のステップを登り、さらに急な斜面を少々登ります.天気は吹雪いたり晴れたりと目まぐるしく変わるので登るタイミングが難しかった記憶があります.
意を決して晴れた瞬間に登ったのは良いのですが、頂上はもの凄い強風の吹きっさらし!ヤワな三脚(スリックグッドマン)は押さえてないと飛ばされそうになります.何よりも自分自身も足許が安定せず、オッソロしく寒く感じました.またこういうときに限って峠を登る列車(下り)がパタッと来なくなってしまうのですから、ついてません.
待つこと数十分、もう限界と思ったときにやって来たのがこの51列車「北たから」.ここはぜひD51の3重連か後補機付きの列車を撮りたかったのですが、残念ながらDD51の重連でした.まあD51の後補機も付いてることだしカラー向きだしと自分を納得させて、これ一本の撮影のみで肉体の限界を感じて耐えきれず下山しました.
当時DD51はまだ登場したばかりの最新鋭で、重連で長編成の特急貨物を牽引する姿は凛々しくて、今思うほどがっかりはしていなかったはずです.現代にこんな列車が走ったら大変な騒ぎになるでしょうが、やってやれない編成では無いですよね.


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2007/03/18 AM 12:32:58 | [現役蒸機の時代]

No.520 Goodbye 龍ヶ森

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86が消えて36年、駅名が変わり19年、そして彼らも今日消えていきました.私たちの龍ヶ森はもう存在しないのです.
1967年12月25日撮影


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2007/03/17 AM 12:23:58 | [電車・気動車]

No.519 壁紙(88)C5550

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1971年3月 宗谷本線日進- 智東



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2007/03/16 PM 01:20:14 | [壁紙]

No.518 Goodbye東海
代ゼミのCM、鉛筆を擦る音、なんとかしてくれよ!


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東海道本線から「東海」の列車愛称が消える、ということで昔のネガを引っぱり出してみました.時は1962(昭和37)年5月だと思います.この日は私の東京駅デビューでした.
初めて間近で見る憧れの特急列車に興奮してシャッターを切ったようですが、列車の撮り方の ABC(いろはかな?)も知らない頃.やたらとアップでの構図ばかりで、ピンぼけ手ぶれのオンパレード、とてもご披露するようなクオリティではありませんが記録優先ということで9割引くらいでご覧下さい.
153系「東海」のヘッドマーク掲出は1961年10月の改正から?だと思います. 153系低運車はこのヘッドマークを付けた姿が一番しっくりときますね.
この列車には新幹線開業後に何度か静岡や豊橋まで乗車した記憶があります.今の373系特急になってからは一度だけ乗ったことがありますが、すぐに寝てしまい静岡で車掌さんに起こされたくらいでまるで記憶がありません.

この日は出来たてピカピカの「東海型」も撮っていたようです.

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今日明日はお別れ大フィーバーでしょうか.
常磐線403・415系、静岡の113・115系と、このご面相の電車も消えちゃいますね.

書いた時は気が付きませんでしたが、今回の写真は前にも出してましたね.自分が忘れてるくらいですからご覧の方にも忘れていてほしい・・・・.このようなことは今後も度々ありそうですが、ひとつ穏便にお願いいたします.

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2007/03/15 PM 01:23:01 | [電車・気動車]

No.517 東海道新幹線を撮る2

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昨日に引き続いて新幹線撮影の話しです.
新幹線が開業して2ヶ月後の1964年12月はじめ、中2でしたが二宮町にある叔母の家を訪ねました.そこで自転車を借りて新幹線撮影というか見学にお出かけです.畑の中の路を山の方へ(叔母の家は海に近い場所にあります)2kmほど向かうと真新しい築堤とトンネルの横に出ましたが、当時は毎時ひかり、こだま各一本づつという閑散ダイヤ!ずいぶん待ったような気がします.トンネル横やなぜか登れたトンネルの上から撮影しました.スピードに圧倒されてどのカットもシャッターが早すぎますね.
(一応拡大できますが、ハーフサイズの画像なのでその点よろしく)

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話しは一気に38年後!2002年9月、雨の中を走る500系を撮りたくてクルマで出かけました.二宮の叔母はとうに亡くなっていて、そちらを訪ねることもありませんが、昨日出した写真の場所に行ってみようと思い立った訳です.しかしフェンスのメッシュが絶望的に細かくなっていて撮影不可能、撮影場所を求めてトンネルの上を越える路を探して、このトンネル出口へ来ました.なかなか良い場所だと思いますが、250km/h以上でトンネルから飛び出してくる瞬間を1/60sec.で流せる自信などあるわけありません.案の定20mほど向こうでシャッターを切ってしまいました.20mって僅か0.2秒ですよ!

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この反対向きの東京側は住宅地の中を行く高架が俯瞰できます.ここで下りの500系を待ちます.こちらは少し見通せるのでファインダーで追いながら引っ張ってこられるのですが、それも数秒の勝負、1/60secで開放では厳しすぎます.結果はやはり少し早すぎました.

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ところでこの時はまったく気付かなかった、というか意識もしなかったのですが、帰宅後に地図で場所をあたると驚きました.どうも38年前、中2の時に初めて新幹線を撮影した場所とほとんど同一地点だったらしいのです.信じられなかったのですが、消去法で考えるとどうしてもそうなってしまいます.
現像が上がって来ると昔の写真も引っぱり出して比較してみました.38年前には家などは一軒も無く、新幹線も土盛りの築堤です.しかし今の写真では住宅だらけで高架もコンクリートになってます.
なかなか同じ場所との確証が持てなかったのですが、 よく見ると鉄塔の位置と形状に共通点がありました.さらに地形もそっくりじゃあないですか.38年の時を経て偶然同じ場所に同じ目的で立っていたとは!これは「猿の惑星」のラストシーン、チャールトン・ヘストンの心境ですね.当時はトンネルの上に道などは無かったのですが、今はそこも住宅地です.失礼、今じゃないですね、もう5年近く前ですからもっと変化は大きいかもしれません.500系も近々来なくなってしまいますのでもう一度行ってみますか.


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2007/03/13 AM 12:27:41 | [新幹線]

No.516 東海道新幹線を撮る

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単独行動が好きな私ですが昔は仲間と組んで撮影に行ったり、グラフを構成して雑誌に発表したりしていました.しかし皆が横一列に並んで同じ写真を撮っていても面白くないので、それぞれが個性を活かしたテーマでの作品を制作する、という精神を持っての単独行動も多かったのです.
私のテーマとしては大夕張鉄道、日高線などの蒸機+社会派情景写真のほかに「新幹線」「DD51 」などという、当時まず誰も本気では狙わないであろう被写体もカテゴリーに入れていました.
その新幹線ですが蒸機終焉の1975年頃、二宮付近のトンネルが連続する辺りに何回か撮影に行きました.ここは開業前にモデル線区として先行して建設された区間の一部なんですが、ちょうど明かり区間に道路橋が架かっています.もちろんフェンスはありますが、当時は金網のメッシュ間隔が広くてなんとか撮影できました.しっかしさすが新幹線、突然ズッバーンとやって来ます.速すぎてトンネル飛び出しを捉えるのは至難の技です.架線柱や架線ビームとのタイミングも210km/h、秒速60mでは厳しいものがあります.


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このあたりは上下列車がよくすれ違います.なんとか2つのお顔が並んだシーンをものにしたかったのですが、ついにその瞬間は訪れませんでした.
現在はフェンスのメッシュが限りなく狭くなり、肉眼でさえほとんど見えません.それに700系のあの○○○面!まるで写欲が涌きません.500系300系はGoodです.
残念なことにこの一連の写真のネガ、何処かに預けっぱなしなのか見当たりません.キャビネ判のプリントが少し残っていたので再スキャンしてみました.


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2007/03/12 PM 02:12:44 | [新幹線]

No.515 壁紙(87)C5547

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1970年3月 宗谷本線智東駅


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2007/03/11 AM 12:12:59 | [壁紙]

No.514 玉川上水の野ざらし

野ざらしだった2人 (画像をクリックすると拡大されます)

川崎製鉄工場、西武安比奈貨物駅などに放置されていた旧鉄連Eタンク群も現在は四散し、鉄連ゆかりの習志野市で保存されたもの、北海道丸瀬布へ行き、さらに縁あって生まれ故郷のドイツへ里帰りしたものなどがいます.最近では都内某鉄系出版社に展示されていたものが大井川鐵道に移送されたとの報を聞いたばかりです.


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1971年12月ですが、西武拝島線玉川上水駅近くの西武建設(建材or倉庫?)の敷地内にこの2両が頭を付き合わせて、ちょうど大人と子どもが対話するように、冬の陽射しで日向ぼっこしながら佇んでいました.
西武鉄道6号機と旧鉄連Eタンク機です. 数年前には後数両の仲間も居たそうですが、みな嫁入り先が決まり去って行き、2両だけになってました.6号機は1896年イギリスのナスミスウィルソン社製、Eタンクは1940年頃のドイツ、コッペル社製.複雑な時代の両国製機関車ですが大きさの違いとともに親子以上の歳の差がありますね.
機関車の順光側がフェンスになっていて、逆光側からですが、変な撮り方をしたようで(レフ板か補助光使ったのかな?)うまくレタッチできませんでした.何考えてたんだろう、意図が判らん !
この時はクルマで行ったことは覚えていますが、わざわざこれを撮影に行ったのか、偶然通りかかって発見、撮影したのかはまるで記憶がありません.


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この2両、その後の消息は不明で解体の可能性もありましたが、どうやら千葉県内の個人の方が引き取られたようです.(我が家の近所のあそこかな?)がもう30年以上経っていますので、現状がどうなっているのかは?です.ご存知の方いらっしゃいます?

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2007/03/10 AM 11:00:20 | [保存車両]

No.513 日高本線浦河駅周辺

体調を崩していたところに、C11meetingのファイル作りと更新作業に力を使い果たして、ブログまで気を回すことができず、数日間お休みさせて頂きました.多くの方からサイト5周年のご祝辞とC11 meetingへのご協力を頂き、ありがとうございます.今後も精進しながらマイペースでサイト維持に務めたいと思っています.どうか今後も轍楽之路サイトへのご支援ご贔屓をよろしくお願いいたします.



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C11の写真を探していると懐かしいのが出てきました.既出ではありますが、1969(昭和44)年3月に初めて日高本線を訪れたときのものです.この時は静内、日高三石と寄って、そしてこの浦河駅に降り立ちました.しかし、今の浦河を知る人は「こんな海沿いに走るポイントあったんかいな?」と思われることでしょう.ここは浦河駅の静内寄りすぐの場所です.日高支庁所在地、浦河町の市街は駅よりも東側になります.駅を出るとすぐにこんな光景でした.
ところが数ヶ月後の夏休みに再度この地を訪れると、全く様相が違いました.なんと海はきれいに埋め立てられて太平洋は300mほど沖合に後退していたのです.その後国道のバイパスが造られ、役場なども移転してきてかつての海面は、完全な市街地になっています.
参照地図


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駅の東側には300mほどのトンネルがあります.町中にあるトンネルというのも珍しいですが、並行する道路を行けば簡単に反対側へ出られます.駅を出てすぐなので迫力のある(それ程でもない?)飛び出しシーンがお手軽に見られます.このカットは全紙パネルにして静内機関支区事務室内に飾られていましたのでご覧になった方もいらっしゃるかも知れませんね.

この日は大変海が荒れていて、海に面していた浦河駅のホームにまで激しく波飛沫が襲いかかっていました.間にあるワムは当然びしょびしょです.

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2007/03/08 PM 05:23:10 | [現役蒸機の時代]

No.512 轍楽之路5周年
★体調不良のため3日ほどブログ更新お休みします.


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おかげさまで当轍楽之路サイトは本日3月3日で5周年となりました.それこそ50の手習いで始めたMacを使ってサイトを立ち上げたのは1年後.特に教師も居らず、ほとんど入門書片手の自己流で、初めて自分の作ったファイルが公開された時は本当に嬉しかったものです.その後2度のハードディスクのクラッシュ、サーバー側のミスでアップしてあった全ファイルが削除されてしまった時など、途方に暮れて寝込む始末.しかしそれらを乗り越えて5年が過ぎました.こちらのカウンターでは毎日約300人の方に当サイトをご覧頂いています.ほとんどの方がブログに行かれますが、ブログ独自のカウンターの方が本編のカウンターより多いのはブログだけご覧になる方も多いのでしょう.
その割にはコメントなどのリアクションが少ない、というのは人徳が無いのでしょうね.

愚痴が出てしまいましたが、いつもご覧頂いているリピーターの皆様、本当にありがとうございます.今後とも轍楽之路サイトをよろしくお願いいたします.

5周年に際し、今までのD51、9600、QJに続く第4番目の機関車画像コレクション「C11meeting」をオープンいたしました.私の撮影したものに加えまして、ネット仲間の方々のご協力をあおぎ、今回も多くの機番画像を展示することができました.
日本全国で活躍し、現在も6両が動態保存されているC11の姿が多数ご覧頂けます.さらに全機番網羅を目標に(無理とは思いますが)蒐集中ですので、皆様にご参加頂ければ幸いです.保存機の画像も大歓迎です.

ほとんど面識も無い方々が、私の呼びかけで多くの画像を持ち寄って構成されるコレクション、まさにネットの世界でしか成しえない時代の賜だと思います.先ほどの愚痴は勘違いだったようです.
C11型蒸気機関車は全部で381両製作されました.そのうち45%の機番がいきなり集まってしまった、というのはD51、9600に続いて驚きでした.1960年代までほとんどの機が健在だったので、どこまで増えるか楽しみです.また鉄道管理局のテリトリーを大きく越えた配転などもあり、同じ機番でも全く違った地方で活躍する様子が見られるのも興味深いものがあります.


そのC11で一番有名なのが新橋駅前に長年鎮座するC11292でしょう.待ち合わせ場所としても、またサラリーマンへのインタビューといえばこの機関車の前がテレビでは定番になっていて、全国での知名度も高いものがあります.

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C11の保存機の写真はまったくストックがありませんでしたが、せめてこのカマくらいは自分で撮って来よう、と2月22日に上京の折に寄ってきました.もう4時過ぎで暗くなりかけていましたが、普通よく見るような見上げるアングルでは新鮮味がありません.周囲にはビルがこれだけあるんだから、俯瞰できるポイントは無いかいな?と見上げることしばし.
具体的には書けませんが、何とかこのような場所を見つけました.雑誌などでは紹介できない場所だとは思いますが、柵を乗り越えたとか部屋に無断侵入したということは決してありません.

先日の浜松町貿易センタービル展望台からの500系俯瞰撮影の記事で、もう一ヶ所内緒の俯瞰撮影をした、というのはこれのことでした.今日からのトップ写真はかなりインパクトがあると思いますが如何でしょう?
少し前には落書きモドキのペインティングされてたこともありましたが、ベースも含めてきれいに整備されています.機関車の塗装方法は昨年改装された青梅鉄道公園のカマたちと同じように見えました.ライトアップされる夜間も同じアングルで撮りたいですが、場所が場所だけにちょっとご勘弁です.

レンズの画角見本のような3点をご覧下さい. ちなみに焦点距離は40mm、120mm、300mm (各×1.5)です.

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2007/03/03 PM 02:31:28 | [保存車両]

No.511 壁紙(86)C11244
北海道石北本線美幌町でのトレーラーとの踏切衝突事故.単行のキハ54型気動車の乗客に多くの負傷者がでてしまいました.原因はトレーラー運転士の前方不注意らしいですが、現場写真を見るとやはり鉄道車両は頑丈ですね.エコには反するでしょうがキハ54のような頑丈で重いボディは頼もしいです.さてこれが先日までこの近所で試運転をやり、今は静岡県の岳南鉄道でも試運転をしたというDMVだったらどうでしょう.あんな軽い車両が100km/hですっ飛んできて踏切事故を起こしたら大惨事間違い無しです.おそらく冬の積雪時や凍結時にも走れないでしょうし.
前にも書きましたが、北海道のように道路が整備され、さほど渋滞もしないところでは無理に線路を走らせる必要は無いと思います.第一あんなのにカメラを向ける気持ちになります?
事故のため、大勢の高校生や参列する家族の人たちが負傷したりして卒業式に参加できませんでした.卒業式自体は多少は遅れたものの、粛々と行われたんだそうですが、生徒の気持ちを考えれば延期するべきだったでしょうね.やはり来賓のお偉いさんのスケジュールが原因でしょうか.こういう問題こそワイドショーで究明しなさい.



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1971年4月 会津(只見)線塔寺駅 ・塔寺-会津坂本  またC11か.


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2007/03/01 PM 11:54:29 | [壁紙]










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