【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.488 壁紙(72)C623
轍楽之路サイト本編の 大画像掲示板へ、相互リンクさせて頂いている「 My Railway 〜懐かしの鉄道写真アルバム〜 」主宰のRREさんより(中国から)速報が寄せられました.
1月28日より中国国鉄で運転開始されたCRH2(JRE E21000がベース)のフレッシュな勇姿です.
感激をお裾分けしたくてご紹介しました.ぜひご覧下さい. こちら



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1970年8月20日 函館駅急行103列車「ニセコ3号」




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2007/01/31 AM 01:26:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.487 壁紙(71)カシオペア

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2007年1月30日 御徒町駅・上野駅


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2007/01/30 AM 12:21:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.486 「開運号」脚立の効用

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昨日の撮影に脚立を持って行った、と書きました.これ特に撮影用に所有しているのではなくて自宅内で天井の掃除や電球取り換えなどに使用しているものです.普通のA字状に開くアルミ製の梯子式ではなくてステップ式になっています.最上段は約1mありますので結構な高さですが、設置する地面が平面でないと安定が今ひとつで、最上段に登る場合は電柱やフェンスの柱などに寄せないと危険です.
ここに上げた4点は宗吾車庫と宗吾参道駅への入線シーンと、同じく宗吾参道駅のホームに据え付けられた「開運号」編成です.いずれも2m近いフェンスがありますので、写っている人には気の毒ですが、ご覧のように脚立無しではまともには撮影できませんでした.

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お裾分けに、この↓カットだけ内緒で壁紙サイズにしました.正式なヘッドマークの付いてる方です.

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いつも持って行くわけではないですが、昨日は何となく予感がしました.しかし、このように駅撮りのケースではなくて沿線での撮影にフェンスが邪魔になったり、大勢の先客さん達の後から撮影する場合に備えたのですが、そちらのほうは幸い杞憂に終わりました.

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2007/01/29 AM 02:48:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | [京成リバイバル車ほか]

No.485 リバイバル開運号運転


今日は京成電鉄でリバイバルカラー3298編成を使用した「リバイバル開運号」が運転されました.事前に出かけると宣言してしまっていたので否応なく行かねばなりませんでした.
実は京成電車の撮影なんて今までほとんどしていません.前評判も高かったのと、やはりなんといっても東京圏ですから多くの人出が予想されますので撮影場所に悩みました.
漠然と佐倉付近と宗吾参道駅を考えていましたので、クルマに脚立を積み込んで(三脚は持ちません)出かけました.最悪雨の予想の天気予報も外れ、時折青空ものぞくまあまあの空模様です.

ジャスト30分で京成佐倉駅付近に到着.「開運号」通過までまだ1時間ありますので、ゆっくり場所を吟味できましたが、どこも中途半端で結局緩いカーブのイン側に構えました.一応順光側ですが、上り電車の被りが心配です.雲が流れているので光線状態がコロコロ変わり露出補正が難しいこと、難しいこと.他の電車で試写しても銀箱電車や白いスカイライナーではあまり役に立ちません.
4両編成はあっけなくやって来て、あっけなく去って行きました.

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折り返しの上りまで2時間少々あります.往復1カットずつでは非効率ですし、サイトへのアップやこのブログ用にもぜひ止まりカットが欲しいので、折り返しまで留置されている宗吾車庫へ行ってみました.しかし案の定奥の方に停車しています.もちろん立ち入ることはできません.
仕方ないので出庫まで待って、宗吾参道駅ホームに据え付けられたところを狙いました.線路際には2mほどのフェンスがあって皆さん撮影に苦慮されてましたが、私には脚立という強い味方が居ます.デジカメを持った小学生の男の子が羨ましそうに見ていたので、ご招待いたしました.良い写真が撮れたかな?
回送の出発を見送ると、すぐ成田から折り返して来るので、のんびりしては居られません.宗吾参道駅の成田寄りにはトンネルがあり、ホームからの飛び出しやトンネル抜きが撮れそうですが、ホーム上はすでに黒山の人だかり!佐倉方面へクルマを走らせます.
大佐倉駅手前に大築堤があるのを発見、ホチキス状の手すりがあるものの編成を順光で押さえられます.しかし架線柱を支える斜めのワイヤーがうるさくて、シャッターポイントが厳しい!
「開運号」はすぐにやってきました.10カットほど撮りましたが、私の眼のせいもあってファインダーではワイヤーの位置がよく確認できません.帰宅後にモニタで確認すると、ほとんどのカットで電車前面にかかってしまいました.許されるならばもう一度ここで撮ってみたいですね.

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ところで話題のヘッドマークですが、一丁は保存してあった本物で厚みのある行灯式になっています.

もう一丁は扁平なレプリカでした.

上下列車とも先頭側が本物になるように付け替えていました.これは素晴らしい配慮です.京成電鉄の方々のこのイベントに対する意気込みとセンス、そして車両に対する愛情が伝わってきました.
温暖な日よりの中、温暖な色の電車はファンや沿線の人たちの心を温め、癒して走り抜けました.こんな温暖化なら大歓迎ですね.

金町、高砂、成田、開運と春から縁起が良い駅名、列車名称です.

今日の成果を先日アップしてあった「京成電鉄リバイバルカラー登場」に追加アップしましたのでご笑覧下さい.

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2007/01/28 AM 02:16:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [京成リバイバル車ほか]

No.484 壁紙(70)D50131

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1967年10月24日 北陸本線米原-田村


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2007/01/27 AM 01:20:25 | Comment(1) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.483 哈爾浜 Haerbing
金曜ロードショー「 赤い月」見ました・・・・.
前進型が出てきて喜んでいる人や、当時前進型はまだ無かったぞ.なんてイチャモン付けたい人も居るでしょうけど.私はちょっと違います.そんな次元では・・・・.
いい映画でした.

終戦から41年後、1986年のハルビン市電です.それから21年経ちました.


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※今の中国語ピンインではHaerbangになります.

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2007/01/26 PM 11:14:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]

No.482 壁紙(69)D5196
私的空耳アワー!
カメリアダイアモンドのCM、土屋アンナさんの歌は私の名前(本名の方)を連呼しているように聞こえていつも気になってしまいます.実際の歌詞が判る方がいらっしゃいましたらご教示下さい.ここで聞いても無理かな?



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1969年3月31日 函館本線然別-銀山 もと長野の罐.現在は横川鉄道文化村で保存



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2007/01/25 PM 11:59:46 | Comment(5) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.481 壁紙(68)D51191

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1968年7月23日 北陸本線糸魚川駅


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2007/01/24 AM 12:03:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.480 壁紙(67)CNR韶山1453

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1984年10月 (CNR=中国国鉄) 北京豊台西機務段 SS(韶山)1



※韶山の名称は毛沢東の生誕地、湖南省韶山市から



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2007/01/23 PM 05:27:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.479 三脚話


鉄道写真というと三脚が付き物のように思いますけど、私は最近ほとんど使ったことがありません.それでも有名撮影地のお立ち台(この言葉好きになれません)などの光景を見ると、ほとんど全員が1-2台の三脚を林立させています.
三脚とは本来、低速シャッターしか使えない状況の時に手ぶれを防ぐのが最大の目的だと思います.また定点で構えて連続シャッターを切るときなどにも役立ちますね.
ところが現在のようにズーミングしつつ、フレーミングを臨機応変に変えながら、被写体にピントを合わせ続けて連写する、という撮影スタイルにはまったくそぐいません.走っている列車を撮るときには最低でも1/250sec以上のシャッター速度を使うでしょうから200mmレンズくらいまでは、基本的には三脚は不要です.
じゃあ、なぜみんな三脚を使っているのか?というとこれは複数台のカメラをを同時に使うときのためのカメラ置き台です.また自分のテリトリーを主張するための場所取り道具でもありますね.

かく言う私も、昔は↑写真のような「Wマミヤ+手持ちニコン」が標準スタイルでした.

三脚ってカメラ屋さんの売り場に行くと、値段と大きさがピンからキリまであって迷うことでしょう.でも安くて軽いのは三脚と銘打っていても三脚じゃあありません.「三脚のようなもの」とでも言いましょうか?用途は記念写真がせいぜいです.これカチカチカチって延ばす「おもちゃ三脚」のことじゃあありませんよ.
立派に三脚として役に立つためには1つの基準があります.足をいっぱいに延ばした状態で、雲台に据えたカメラのファインダーの高さが自分の目の位置にあるかどうかです.腰や膝を曲げたりしてはいけません.安易に使いがちなエレベーターも基本的には屋外では使いません.カメラを据えて、各ネジロックをいっぱいに締めた状態で、カメラに触ったときに少しでもユラユラ揺れるようだったらOUTです.OUTです.OUTです.3震です.
最近は軽いカーボン三脚などもあります.そりゃあ持ち運びには便利でしょうが、軽いと本来の役目は果たせません.現地では石などで補強(重)する必要ありでしょうね.もともとカメラ自体が重いビデオカメラ用なのでしょう.
各脚の開き方を揃えるバランサー付きの三脚は格好が良いですが、設置場所が平面でない場合が多い鉄道写真では、一本ずつ角度が変えられるバランサーが無しの方が使いやすいです.本来ならば脚は3本ともいっぱいに開いて使うのが理想ですが、脚の長さを一本ずつ調整するのは厄介で、柵や木の幹や枝を跨いでセッティングするときにバランサー自体が当たってしまい邪魔になることもあります.

三脚はカメラと地面を直結するものですが、では地面は絶対に揺れないでしょうか?そんなことはありません.たとえば構えた場所が橋の上ならダンプトラックなどが通過すれば確実に揺れます.被写体である機関車だって100トン近い重量のものが突進してくるのですから、揺れないわけはありません.レールの継ぎ目の部分を見ているとC62の動輪が通過する瞬間に2cmほどの段差が一瞬できました.これは軸重15トンが一瞬にして2cm落ちたことを意味します.その衝撃は枕木→砂利→地面から三脚を通じて、カメラに増幅されて伝わりますから線路ギリギリで構えていれば影響はあるでしょうね.
空気も動きますね.いわゆる風という奴です.強風で三脚を引き倒されて高価なカメラをダメにした.という悲劇もよく聞きます.まあすべて自分の責任なので同情の余地は全く無いのですが.カメラの傍を離れるのならいっそ横に倒して置いておけば良いかと思います.

私はプロじゃないのでやりませんが、プロでも500とか600mmの長玉を使うときには三脚を使います.撮影するときはその三脚に覆い被さるようにして自分の体重をかけて、さらにカメラを固定していました.つまり自分の足と併せて五脚になっています.そしてレスポンスの悪くなるレリーズは使わないんだそうです.

走っている機関車や列車はもちろん動いていますが、停まっている時も動いていることを忘れてはいけません.ホームなどでバルブ撮影をするときは要注意です.
一番極端なのはエアサス付きの電車、気動車.特に乗客が乗降中はグラングラン揺れているのは実際に体験していると思います.先ほどの風も鉄道車両は表面積が多いので強風の時は要注意です.蒸機でも揺れますよ.

まあ何が言いたいかというと三脚は万能じゃないですよ、ということと、ホームや道路、歩道橋などの公共の場所で三脚や脚立を店開きするのはご注意下さいな、ということです.狭い歩道橋はファンのお立ち台ではありません.一般の方の通行を妨害するようなことがあってはならないと思います.
ホームでのフラッシュ禁止を呼びかけている同盟もありますが(同盟をうたうなら主宰者名くらい出すもんですよ)、ホームでの三脚使用も場合によっては大迷惑になります.

ちなみに私が所有した三脚です.
1台目スリック・グッドマン、2台目スリック・マスター、3台目ジッツオーの小さい奴、4台目スリック・マスター.40数年間でこの4台だけです.
ジッツオーはスリックの自由雲台を付けて、ヨーロッパにデカペンの置き台として持って行きました.まだ持っていますがゴムが劣化してしまい使えません.
2台目のマスターはクルマを下取りに出すときにトランクに入れたまま出してしまったようです.
4台目のマスターはいまだに持っていますが、最近は家で複写用にしか使っていません.ああ、昨年暮れは貿易センタービルからの夜間の俯瞰撮影に使いました. これはファインダーの中は真っ暗なので、実際に自分の目で列車のヘッドライトを追いながらシャッターポイントを見るためで、いわばカメラ置き台としてでした.

ついでに一脚のことを.一脚は先ほどのプロの話しではありませんが自分の脚2本を足して三脚として機能させるものです.三脚ほど嵩張らず、確かに持っていれば便利なこともあります.しかし、一脚に固定したカメラは自立しません.撮影までの間は手で支えているか、どこかにたてかけておくか(倒れる危険多し)、横倒しにしておかなければなりません.手持ちなら2台のカメラを首にかけておいて、とっさに持ち替えることもできますが、一脚ではどうしようもありません.そして意外と荷物になりますので、どうせ荷物になるなら三脚を持っていった方が良いと思います.一脚お勧めしません.私のデスクの下に3年以上転がっていますが、時々つま先がぶつかって痛い思いをします.

カメラの三脚取付ネジ穴と、折り畳み傘の先端カバーのネジがほぼ同寸法なのを知っておいて損はないと思います.(得することもないでしょうが、話のタネにはなるかも)ただしネジが折れて取れなくなっても責任は持ちませんです.
とりとめのない三脚話しで失礼しました.

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2007/01/22 AM 11:21:34 | Comment(3) | TrackBack(0) | [ウェブサイト・ブログ・写真]

No.478 酷い言葉やな〜
前にも書いたことがあったやも知れませんが、廃止直前の鉄道や車両に対して「○式鉄」という言葉が時折ネット上で見かけられます.最後の日まで一生懸命に安全運行を心がけておられる乗務員さんはじめ、社員の方々に大変失礼ではないでしょうか.好きな鉄道に対して愛情のひとかけらも感じられません.

こんな言葉を考えた人間、平気で使う人間は軽蔑してやりましょう.こういう人たちにとっての鉄道は趣味の対象ではなくて、単なる興味の対象なのでしょう.(○=葬)

また特定の車両に対してユーモアも無く、洒落にもならないような酷い渾名を付けて得意がっているような人も、どっかを疑ってしまいます.
こういうのは最近問題になっている「イジメ」をする側の心と通じるものがあるのではないでしょうか.

先日京成金町線にリバイバル色3200形を撮りに行ったときに多くのファンの姿を見かけましたが、みんな全然楽しそうじゃないのに驚きました.ギスギス、トゲトゲしていて、なんか義務感のようなものだけで撮っているような雰囲気です.話しかけても返事があればよい方で、知らん顔して行ってしまう人がほとんどなのは「がっかりだよ〜!」でした.(私が怖かったのかな?)

楽しくなければ趣味じゃないよね.


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2007/01/21 PM 11:52:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.477 上目名のスノーシェッド


C62重連の撮影地として有名だった函館本線上目名でしたが、サミットである駅の長万部寄りにはトンネル、倶知安側にはスノーシェッドとそれぞれ約500mの関門が控えていました. いずれも隣駅までは相当の距離があり、どうしてもここを通ってゆくしか方法はありませんでした. 事故があったとの話も聞きませんので皆さん無事に通過されていたようですが、今だったら通してもらえるかどうかですね.もちろん今は撮影する蒸機列車どころか駅自体も無いのですが.

ここを越えればすぐ撮影地かといえばそんなことはなく、さらに線路を2-3km歩かねば開けた撮影地に到達できませんでした.凍える雪の中や炎天下の中、大荷物を持ってひたすら歩いた想い出が多くのファンの脳裏に存在します.

これらの写真はスノーシェッド途中にあった踏切から撮影しました.気動車は後追いです.どこぞの写真集に載っているような真っ正面からのカットを撮るような勇気は、私は持ちあわせていませんでした.



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上目名かみめな、この駅名を初めて雑誌で目にしたときは何て読むんだろう?と迷いましたね.当時は時刻表の駅名・線名に「ふりがな」が掲載されていなかったので、欄外に特記してあった有名難読駅以外は正確に読めない駅が数多くありました.米坂線なんていう単純な読み方をするものも却って勘ぐってしまって、確信を持って読めなかったものです.
1970年4月2日 撮影

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2007/01/20 PM 06:21:16 | Comment(3) | TrackBack(0) | [現役蒸機の時代]

No.476 壁紙(66)京成電鉄3200形

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2007年1月18日 京成電鉄金町線柴又駅 モハ3295+モハ3296+モハ3297+モハ3298


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京成金町-柴又
本日撮影してきました.成果は明日本編にアップします.
※19日20点をアップしました.こちらをご覧下さい.



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2007/01/18 PM 11:48:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [京成リバイバル車ほか]

No.475 壁紙(65)157系白根
12年前の今日は、私にとって一生忘れられない日です.1年前のブログをご覧頂ければと思います.このような日はもう増やしたくありません.


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1971年5月 吾妻線岩島-川原湯 樽沢トンネル


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長野原駅





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2007/01/17 AM 11:08:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.474 壁紙(64)C58283

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1967年12月29日 山田線松草-区界 区界峠
区界駅で補機の役目を終えたC58283は、対向貨物列車の最後部にぶら下がって宮古へ帰る.↓
※この機関車は1944(昭和19)年3月12日7時56分、山田線平津戸−川内間で雪崩による路盤流失で脱線転覆した.(大いなる旅路として映画化)


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2007/01/16 AM 12:08:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.473 サロ85に乗車

1964年11月29日、中2の時にふらっと東北本線の白岡まで出かけました.特に用事があったわけでもありませんが、休みの日に手持ちの小遣いで往復できる駅までよく行っていたものです.
その帰路に時刻表を見ると次の上野行列車の欄に「1等車連結」と書いてあり、思わず大宮まで乗ってみることにしました.

もうすでにほとんどの列車は115系に置き換えられていて1等車のついた列車は少なく、出札口の駅員さんも「付いてなくても知らないよ」などと無責任なことを言いながら手書きの1等券を売ってくれました.
ホームでワクワクしながら待っていると、果たして80系がやって来て、無事1等車サロ85302に乗車です.僅か20分足らずの乗車でしたが、白いカバーの付いたフカフカシートに感激興奮したことをよく覚えています.プルマン・タイプのボックスシートではありますが、空いていたこともあり大変豪華な印象でした.

当時は「分不相応なことはするな」と日頃から躾られていました.中学生が1人で1等車に乗るなんぞはあまり好ましいことではない時代でしたので、多少後ろめたい思いもあり、しばらく誰にも言えませんでした.白岡駅の駅員さんや検札に来た車掌さん、乗車していたお大尽のようなオジサン達の視線が厳しかった、と感じたのは気のせいでしょうか.

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2007/01/15 PM 05:23:45 | Comment(6) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.472 オホーツク海沿岸夕景

知床半島ウトロ付近 (画像をクリックすると拡大されます.壁紙サイズはこちら)

1978(昭和53)年1月に撮影したオホーツク海沿岸の紋別渚滑付近、知床半島での夕景3点をご覧下さい.壁紙サイズもどうぞ.


紋別付近 (画像をクリックすると拡大されます.壁紙サイズはこちら)


渚滑付近 (画像をクリックすると拡大されます.壁紙サイズはこちら)

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2007/01/14 PM 11:09:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [北海道は素晴らしい]

No.471 壁紙(63)485系「いなほ」

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1976年8月 乗務員室ドアを閉めてくれー! 東大宮





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2007/01/13 AM 12:04:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.470 壁紙(62)D51150

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1967年12月26日 150列車 函館本線目名-上目名



41列車 上目名駅



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2007/01/12 PM 07:13:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.469 大宮駅のキハ04

(画像をクリックすると拡大されます)

前から気になっていたポジをスキャンしてみました.大宮駅の跨線橋から撮影した気動車です.今までスキャンしなかったのは、ハーフサイズのタテ位置で、変色とカビが著しくて綺麗にできないのが目に見えていたからなんですが.
先日大宮機関区をアップした勢いでやってみたところ、新発見がありました.撮影時の記憶はほとんど無いのですがマウントには1964年11月29日とあります.東京オリンピックが終わった直後ですね.
数年前にこのポジを見つけたときには、当時まだ川越線で使われていたはずのキサハ04201だと思いこんでいました.ところがキサハには無いはずのヘッドライトがあるようです.また前面や側面の表記は拡大してみるとキサハではなく、キハ04(41?)に見えます.
川越線はすでにキハ30・35が配置され始めた頃ですから、前述のキサハ以外には04系は居なかったはずなのです.
しかしこの04が留置されている位置はよく考えると、今では大宮工場に入場したり廃車待ち車両が並んでいる場所です.では大宮工場へ回送されてきたものだったのでしょうか?
関東地区でキハ04が1964年に現役だった国鉄路線?検討がつきません.烏山線とか水郡線???
車号が特定できないこともあって、永遠の謎になってしまうのでしょうね.この頃の配置表をお持ちの方で心当たりがある方、ご教示頂ければ幸いです.
それにしても上の写真のバックに写っている大宮駅西口側は殺風景ですね.平屋の住宅があって工場があってその先はもう荒川の河川敷です.ここには各健保会社の運動場がありましたので、会社の運動会にかり出された人も多いことでしょう.



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2007/01/11 AM 01:58:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [浦和/大宮付近]

No.468 壁紙(61)上越国境のキハ81

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1971年1月9日 上り特急「いなほ」上越線岩原スキー場前-越後中里
電化区間である上越線と気動車はイメージ的に結びつきにくいですが、当時は未電化の羽越本線経由の「いなほ」は「つばさ」からコンバートされたキハ81が使われていました.また急行「鳥海」はキハ58系でした.急勾配でも電車は結構なスピードで登って行きますが、非力な気動車は特急といえども、エンジンを唸らせてもせいぜい40km/hほどのスロー走行でした.


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下り「いなほ」


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下り「鳥海」



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2007/01/10 AM 12:04:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.467 壁紙(60)西武E851

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1971年11月 西武秩父線芦ヶ久保駅
早朝に重連が設定されていて、何度か撮影にトライしました.しかし行くたびに運休で結局撮れず終い.今考えると日曜日は運転されなかったようです.
西武鉄道画像保管箱掲示板もご覧下さい.


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横瀬-芦ヶ久保



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2007/01/09 AM 10:02:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.466 聖橋から

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1982(昭和57)年 御茶ノ水駅上に架かる聖橋ひじりばしからの有名な光景です.夜は屋台のおでん屋が出ていて、欄干の上に日本酒を置いて電車を見ながら語り合ったのも懐かしい話しです.いつの間にか丸の内線赤にサインカーブの電車も消え、橙の電車も消え去ろうとしています.

201系のブログを作っておられるONDA201さんからコメントを頂きました.
>緩行の201系もちょっと遠いですが、オレンジにステッカーを貼った転属車のように見えます。
てっきりカナリア・イエローだと思いこんでいましたが拡大してみると、果たして「総武・中央線 各駅停車」のステッカー付きでした.


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2007/01/08 PM 11:11:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.465 壁紙(59)C1146

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1970年1月26日 只見線上条-入広瀬


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大白川駅



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2007/01/07 PM 04:16:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.464 壁紙(58)C5516

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1969年4月1日 函館本線深川駅


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2007/01/06 PM 01:13:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.463 西湖遊覧
残虐な事件が続きますね.「美しい国」どころか「現苦うつつくしい国」じゃないですか.さらに腹が立つのは事件報道のニュース番組のBGM!


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中国浙江省杭州市にある西湖は、中国四大美人の1人西施(あと3人は虞美人、王昭君、楊貴妃)が入水したという故事がその名の由来だそうです.私が小学生の時に見た日本で初めての本格的アニメ映画「白蛇伝」の舞台ということで、1983年5月に初めての訪中の際の行程表に西湖遊覧を見つけたときには喜んだものです.
こちらのゴールデンウィークは中国でも労働節(メーデー)を中心とした連休で、有名観光地である西湖は中国人観光客でごった返していました.
ここでの定番コースはやはり西湖十景巡りなどの船による遊覧です.我々は普通の観光船に乗船しましたが、湖には様々な船が航行?していて、景色を見るよりもそちらに興味がそそられました.


これが標準的な観光船です.しかし定員は何人でしょうね? (画像をクリックすると拡大されます)


超豪華なリムジン船いや中国風屋形船? (画像をクリックすると拡大されます)


屋根付きデラックス・シートはこれも贅沢な船.最後部では人間動力が必至にオールを漕ぎ続けています. (画像をクリックすると拡大されます)


難民船タイプの大量輸送船.動力船の横に付随船をくくりつけていました.沈みそう! (画像をクリックすると拡大されます)


友人同士で楽しそうなボート. (画像をクリックすると拡大されます)


若い女の子が優雅に風に乗っていました.24年前の中国としては信じられない光景です. (画像をクリックすると拡大されます)

杭州は現在日本からの直行便も開設されています.24年前は上海から列車で3時間ほどかかりましたが、今は高速道路が完成して2時間で行けるそうです.

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2007/01/05 PM 05:27:41 | Comment(1) | TrackBack(0) | [旅の1頁]

No.462 隠しカラー

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昨日アップしました「1966年の大宮機関区」はもちろんモノクロでの撮影ですが、そのままグレースケールでの表現ではシャープネスの角や粒子が目立って冷たい印象でしたので、各画像に合わせてセピア調のトーンにしてみました.特にEF15など旧型電関のカットは茶色のボディを連想させるため、若干赤の方へ寄せています.
蒸機なら蒸機だけ、旧型電関ならそれだけが写っている単一トーンが被写体のカットならそれでも良いのですが、そこに異種、異色の車両が写っている場合はちょっと不自然に感じられました.
そこでここに掲げた2点については、パッと見では判らないくらいの濃度で色づけしています.気が付かれた方は居られますでしょうか?そんなのは邪道だ!とのご意見もありそうですが・・・・.that is a my way♪〜


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2007/01/03 AM 10:49:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [ウェブサイト・ブログ・写真]

No.461 新春アップ
元日に公開予定でしたが、一部手直しをしたので1日遅れになりました.


1966年6月、初めて一眼レフを使った私の本格的鉄道写真の原点ともいえる撮影です.まだ昭和30年代の雰囲気を色濃く残す96・D51そして旧型電関の姿をご覧下さい.こちらからリンクします.


このブログでも何回か紹介している、千葉県本埜村にシベリアから飛来したハクチョウの飛行シーンのみを並べたコンテンツです.2年ぶりに「轍楽之路あねっくす・とりっぱー」の更新です.2月に北へ向かって飛び立つまでの期間限定ですが、これを撮りだすとはまること間違い無しです.
2007年は鉄道以外の被写体にも積極的にカメラを向けて行きたいと思っています.
こちらからリンクします.

ご感想やコメント等ございましたら、掲示板へお書き込みよろしくお願いいたします.

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2007/01/02 AM 10:46:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [轍楽之路本編新作紹介]

No.460 謹賀新年
本年もよろしくお願いいたします.


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轍楽之路サイトの新コンテンツは明日、1月2日にアップの予定で鋭意作業中です.

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2007/01/01 PM 07:43:29 | Comment(3) | TrackBack(0) | [ウェブサイト・ブログ・写真]










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