【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.406 鹿島鉄道存続問題また先送り

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来年3月31日で廃止届けの出されている鹿島鉄道を存続させるための支援問題で、茨城県および沿線自治体の参加している「鹿島鉄道対策協議会」は本31日に総会を開きました.「10月中には結論を出す」ということで注目していたのですが結論は出ず、支援の可否決定は11月中旬に再び開かれる総会まで持ち越しになりました.
鉄道側が今後5年間存続させるためには約11億円必要と示していましたが、民間からの寄付金と更新車両を中古にするなどすれば6.5億円まで圧縮できると判断されたようです.

しかし、鉄道側は「将来の展望が見込めない」とあまり乗り気ではなく、支援打ち切りを表明している親会社関東鉄道の方針が変わる可能性も低いとのこと.3月に向けてタイムリミットも迫っていることから併行して代替バスの運行計画も進めるようです.
鹿島鉄道に代わる運営会社の公募も検討されるとのことですが、この展開は2年前に廃止された日立電鉄の時とほぼ同じようで、残り半年を切った現在からでは素人目に見ても遅いのではないか、と個人的には思います.
対策協議会も「最後まで頑張りましたよ」というスタンスを見せつけているだけなのではないでしょうか.

良い方向に向かう奇跡を念じてきましたが、命運はすでに半年前の時点でほぼ決定していたのかもしれません.しかし、僅かな可能性にかけて、今後奇跡の起こることを更に信じ続けたいと思います.

最近は多くのファンが訪れているようでその素晴らしい環境や、まさに昭和の鉄道情景に感激された人も多いのではないでしょうか.東京から僅か1時間の処にこのような鉄道が生き続けてきたこと自体、奇跡的なことです.

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2006/10/31 AM 10:58:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [さよなら 鹿島鉄道]

No.405 蒸機壁紙(35)CP-291型

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1976年9月 ポルトガル国鉄レグア機関区 1674mm軌間




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2006/10/30 PM 05:31:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.404 石炭の歴史村存続署名のお願い
石炭の歴史村全景 (三菱大夕張鉄道保存会奥山会長ご提供)

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夕張市が財政再建団体になることにより、SL館を含む「石炭の歴史村」が存廃問題で揺れています.歴史村は遊戯施設などもあるために一般的なテーマパークとして認識され、整理の候補に挙げられたものと思いますが、実体は石炭産業で栄えてきた夕張の歴史遺産、資料を展示収蔵する唯一の博物館です.明治以来の日本の発展に寄与してきた重要な石炭産業が記録されている学術資料でもあります.また採炭後の石炭を港や都市まで運ぶ輸送機関(=鉄道)の機関車、車両なども、立派な産業遺産として大事に屋内保存されていて、往時の姿に接することができるのも「石炭の歴史村」の存在に帰依するものです.

巨大D51を模したSL館 (三菱大夕張鉄道保存会奥山会長ご提供)

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SL館内の夕張鉄道14号機 (三菱大夕張鉄道保存会奥山会長ご提供)

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SL館内の大夕張鉄道NO.4 (三菱大夕張鉄道保存会奥山会長ご提供)

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私は夕張の人間ではありませんが、若き日に志した写真のテーマとして「大夕張鉄道」「夕張鉄道」などの運炭鉄道を採りあげ、取材を重ねた日々が存在しました.弟2の故郷というと夕張の方に失礼ですが、かつて親交のあった友人や女性などに対するような想いで、現在も夕張を見つめています.
私の写真に対する基本は、当サイトのトップページに掲げてあります.まさに「写真は愛」です.
I\\\\\\\\\\\'m always taking a photograph with love.

縁あってネットの世界でのお付き合いで、30数年前に若造の撮影した愛情駄作写真も当時の鉄道の様子や生活の一部が記録されていることで、少しは歴史の保存活動に役立てて頂いています.素人ではありますがカメラマン冥利に尽きることです.

三菱大夕張鉄道シューパロ湖畔を行く(寺田牧夫)


そんな夕張「石炭の歴史村」博物館の危機です!貴重な資料や機関車など廃棄や散逸の可能性があります.やはり同一場所に揃っていることに大きな価値があります.
何かできることはないか?全て買い取れれば、なんてことは逆立ちしても不可能です.
遠くから貧乏人ができることは署名をお願いするくらいしかありません.

「夕張炭鉱史資料の存続と発展を考える全国シンポジウム」が 11月25・26日に、北海道の産業史研究者などが集まった「道産業考古学会(山田大隆会長)」主宰で開かれます.併せて施設存続をのぞむ署名活動も展開されます.詳しくはこちら(左欄のバナーをクリックでも)
どうかご協力のほどよろしくお願いいたします.

シンポジウムについては以下のように行われます.興味のある方はご参加下さい.

主 催 北海道産業考古学会
共 催 三菱大夕張鉄道保存会 金属鉱山研究会 日本建築史学会 他
後 援 北海道 夕張市 北海道遺産構想推進協議会 他
日 時 11月25日・土 13時より 講演とシンポジウム 課題報告
    11月26日・日 9時より 歴史村・炭鉱遺産見学会
会 場 夕張市ホテル・シューパロ
参加費 資料代2.000円 懇親会費3.000円
連絡先 山田大隆氏 北海道産業考古学会長・札幌市中央区北20条西15-7-5
    電話 011-727-7145 

なお「石炭の歴史村」はすでに冬期休業期間に入っています.来春は再開されるのでしょうか?

本年公開最終日には「北軌道倶楽部」さんがSL館内で模型運転会を開催した. (「北軌道倶楽部」さんご提供)

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2006/10/29 PM 01:35:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [大夕張鉄道・夕張鉄道]

No.403 蒸機壁紙(34)CP-E18型マレー

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1976年9月 ポルトガル国鉄ポルト・ボアビスタ機関区 
1911年ドイツ・ヘンシェル社製 1000mm軌間




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2006/10/28 AM 02:12:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.402 蒸機壁紙(33)CNR前進(QJ)2578

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1983年5月 中国江蘇省南京市 中国国鉄京滬線南京長江大橋




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2006/10/27 PM 05:34:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.401 みぞれ混じり

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1967年12月24日 東北本線御堂-奥中山

この趣味ではよく使う言葉、「彷彿する」「彷彿とする」「彷彿させる」「彷彿とさせる」どれが正しいの?なんて思っていましたが、全部正しい使い方なんだそうです.

テレビのアナウンサーや気象予報士なども使う「みぞれ混じりの雨」、正式に気象庁予報用語にもなっているそうですが、そもそもみぞれ(=霙)は雪の混ざった雨のことなんで、混ざったものが混ざったら少し薄くなりますね.
もともとは「小雪混じりの霙雨」と言っていたものを、誰かがどこかで間違えたのではないでしょうか.

サボとはサイドボードの略、と昔から聞いてきましたが、最近は前サボとか横サボと言うんだそうです.正面の行き先板や急行板はサボとは言わなかったんだけどなあ.

ヘッドマークのことを「カン付き」というのは最近初めて聞きました.耳で聞いたりカタカナで見ると品格が無いし、安っぽい感じです.看板のカンなのでしょうか?冠付きなら少しは納得しますが.王冠付ならさらに良いですね.「白鶴」「白鷹」の燗つきなら最高!

編成の前と後に機関車が連結された編成を「プッシュプル」と呼ぶのが定着してしまいました.でも本来プシュプルと言うのは、往路は編成の片側に機関車を連結して普通に牽引し(pull)、帰路は機回しをせず先頭の客車から制御して推進運転をする(push)運転形態のことだったはず.
ドイツでは「ペンデル(振り子)ツーク」と言ってる奴です.しかしこのドイツでもカーブで車体を傾ける振り子式と区別が付かなくなり、振り子式はティルト・トレインと言うらしいです.
最近はヨーロッパでも帰路は推進運転になる本来のプッシュ・プル列車が増えているようで、10数両の客車を推進して200km/hでぶっ飛ぶそうです.模型をやっている人は不安になるかもしれません.
写真を撮ったときにも絵になりにくそうです.

「変則三重連」は完全に誤用から始まっています.そもそも言葉からして三重連とは機関車が3台直接連結していなければ成立しません.ですから先頭に2両、後部に1両では変則と言えど、なんと言おうとも「三重連」にはなりません.じゃあ変則三重連は無いのか?と言われればそんなことはありません.例えばD51X2+DD51 など1両だけディーゼルが混ざっていたり、D51X3であってもそのうち1両が逆向きだったりすれば、これは変則的な三重連と言えるんじゃあないでしょうか.
聞くところによると、中国承徳の石炭列車など前2後1の列車撮影ツアーの宣伝文句に使われたのが初めではないか?と言われているそうです.かつての奥中山や布原の三重連の強烈なイメージが作らせたコピーだったのでしょう.
奥中山で撮影したD51前2後1の写真(↑)を公開したときに「素晴らしい変則三重連ですね」とコメントされた時はいささか複雑な気持ちでした.
まさか欧米のファンの人に「Irregular triple heading」なんて言った人はいないでしょうね.

普通の言葉でも、誤用などがきっかけになって新しい言葉が作られることが多いそうですから、一概に古い人間が「違うよ、違うよ」と言い張るのも大人げないし、相手にされませんが、内心納得できないこともあります.

スニーカー、スクーターなど英語で発音するときはちゃんと語尾を下げるのに、日本語として使う時は語尾を上げて話すんだから不思議ですね.前に若い人にそんな話しをしたら「じゃあアメリカはどう発音します?」と言われてしまいました.なるほど・・・・.


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2006/10/26 PM 02:10:54 | Comment(1) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.400 蒸機壁紙(32)中国C2-2840

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1988年5月 中国河北省高碑店 高易軍民鉄路 762mm軌間




おかけさまでこのブログも400回を数えました.連日多くの方にアクセスして頂き、感謝いたします.
最近は壁紙ばかりでテキストをサボってますが、その分レアな蒸気機関車の画像をセレクトしているつもりです.
今後ともよろしくお願いいたします.


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2006/10/25 PM 06:41:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.399 蒸機壁紙(31)CNR-JF273(満鉄ミカイ)

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1986年4月 中国黒竜江省佳木斯 解放(JF)273号 もと満鉄ミカイ




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2006/10/24 PM 12:32:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.398 蒸機壁紙(30)CNR-SL751(満鉄パシナ)

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1984年10月 中国遼寧省蘇家屯 勝利(SL)7型751号 もと満鉄パシナ
※この画像は寺田牧夫がアレンジしています




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2006/10/23 AM 11:30:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.397 蒸機壁紙(29)PV31

(画像をクリックすると拡大されます)

1976年9月 スペインPV鉄道31号機 1913年ドイツMaffei社製 
1000mm軌間




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2006/10/22 PM 03:06:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.396 蒸機壁紙(28)C623

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1995年7月 函館本線ニセコ駅




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2006/10/21 PM 10:44:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.395 峠のスターは誰?

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とある本線の峠道、線路の両側には大勢のファンたちがカメラを構えています.
そこへピョーッ!と汽笛を鳴らしてやって来た急行列車.この列車は1000kmほどの道のりを延々、一昼夜かけて走り抜く当時有数の長距離急行でした.先頭にはDD512号機が付きます.1963年登場のDD51型量産車1号機、赤白ネズ、お馴染みのカラーをまとった初めてのディーゼル機関車です.牽引されるのは10系客車を主とする旧型客車、途中駅からは寝台も連結されますが、本日はナハネ・カニの20系客車の回送車も付いてます.さらに最後部をよく見ればD51の後補機も連結されているという、今思えば大変贅沢な豪華編成ですね.

ところが線路際のカメラマン達にはまったく緊張感がありません.中にはカメラに手を触れていない人も見受けられます.どうやらこの列車は当日の本命列車ではなかったようです.
実はこの日は私の撮影歴の中で5本の指に入るような凄い日で、定期列車ばかりですが臨時運用などがあって、クレージー・サンデーとでもいうべき充足の1日でした.日曜日だからサンデーなんですが、40°C近い暑さで本当にSUN DAY でもありました.
この日の様子は当サイトにアップされていましたが、現在ある理由で外してあります.そのうちに再登場しますのでお楽しみにお待ち下さい.
(なんだなんだ、何にも判らないじゃないか!って?)

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2006/10/20 PM 03:05:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.394 蒸機壁紙(27)D51197

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1971年4月4日 あけぼの回送 青森駅




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2006/10/19 AM 11:20:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.393 弘前電気鉄道

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1970(昭和45)年8月30日、矢立峠のD51三重連を撮影するために、青森から碇ヶ関までキハ58系急行「しらゆき」に乗車中、大鰐駅で弘前電気鉄道の木造電車を見ました.キハ58はもちろん非冷房で窓は全開、いかにも「撮って頂戴よ!」とばかりに順光状態で並行して停車してアピールしてますから、思わず貴重なフィルムのコマを埋めてしまいました.
しかし撮ったのは良いのですが、どこにも形式や車番が見当たりません.ローカル私鉄は嫌いなことはありませんが、知識や資料はほとんど持ち合わせないので、長いことデータを付けることができませんでした.
いろいろとご助言を頂いたり、資料を漁ったところ、電動車の方はモハ100形のおそらく102号であろうと思われます.もと秩父鉄道の木造車を鋼体化、というよりも表面に鉄板を貼り付けて見てくれを良くした車両です.クハはクハニ201形のいずれか、ということです.いずれも大正時代の製造でしょう.

色の記憶はほとんど無いのが悲しいですが、レンガ色が似合いそうです.

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ホームの学生さんや、医者ばかりの広告看板も当時を思い起こさせます.

※弘前電気鉄道は翌1971年10月に弘南鉄道に譲渡され、同鉄道大鰐線になっています.

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2006/10/18 PM 01:40:57 | Comment(7) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.392 蒸機壁紙(26)C58385

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1969年8月28日 釧網本線混合列車 釧路駅




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2006/10/17 AM 01:24:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.391 蒸機壁紙(25)C551

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1969年3月28日 宗谷本線稚内駅




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2006/10/16 PM 09:17:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.390 蒸機壁紙(24)D612

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1969年3月28日 羽幌線築別駅




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2006/10/15 PM 09:15:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.389 上野公園から

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上野駅不忍口ガード横、アメ横入口にあった聚楽のビルが取り壊され、ヨドバシカメラのビルが建設されるそうです.また昭和の景観が失われてしまった、と嘆くのはオジサン達にとってはごく一般的な感情だと思いますが、それはさておいて.
現在はサラ地ですが、怪我の功名というか上野公園の西郷さん前広場(実はビルの屋上)から山手線・京浜東北線の線路が良く見通せるようになりました.御徒町駅に向かって程良いS字カーブになっていて、なかなかのアングルを提供してくれます.
209系、E231系の通勤形、そしてたまに近郊形の回送が通過するだけで車両の面白みには欠けるんですが、ラストランも近い京浜東北209系を記録するには絶好のポイントかと思います.ただしビル建設工事が始まるまでの期間限定の景観ですので、のんびりはできません.
撮影は2006年10月7日です.


(画像をクリックすると拡大されます.ちょっと重いです)


(画像をクリックすると拡大されます)

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2006/10/14 PM 04:30:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.388 Yellow-card
1976年にヨーロッパに撮影に行ってから30年経ちました.当時西側の国への短期滞在の観光旅行にはビザこそ必要ありませんでしたが、予防接種(種痘)証明=Yellow card が必要でした.というか確か西ドイツだけが必要だったような記憶です.西ドイツは訪問するかどうか未定でしたが、列車で通過する可能性も考えられましたので、品川の検疫所まで行って痛〜い注射を受けました.実際には列車での入国ではパスポートの提示のみで、このカードも呈示することはありませんでした.まあ、お護りみたいなものでしたね.
旅行前半は注射あとが大きく赤く腫れてしまい、後半は痒さでまいりました.

時代は変わって今やイエロー・カードといえば、違う意味で使うことが多くなってしまいました.



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2006/10/12 AM 09:23:41 | Comment(1) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]

No.387 蒸機壁紙(23)D511

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1973年10月 長野工場試運転 信越本線牟礼駅




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2006/10/11 AM 12:22:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.386 蒸機壁紙(22)C57194

(画像をクリックすると拡大されます)

1969年8月23日 函館本線旭川駅




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2006/10/10 PM 12:49:40 | Comment(1) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.385 蒸機壁紙(21)クラウス17

(画像をクリックすると拡大されます)

1969年4月2日 留萠鉄道所属 明治礦業昭和炭鉱 (1889年ドイツ・クラウス社製)
現在は岩手県遠野で保存されています.




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2006/10/09 AM 10:52:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.384 中秋の名月

昨日は所用ついでに保谷に西武線を撮影に行ってきました.陽も暮れた帰りがけに、西武池袋線保谷駅の橋上駅からふと池袋方面を見ると、今まさにまん丸の月が昇ってくるところでした.
何という幸運、何しろ撮影の帰りです.肩から提げたバックには感度が3200まで設定できるカメラと、望遠ズームも入っているのですから.ガラス窓を開けたいところですがそれは無理、フードをガラスに押しつけるようにして撮影しました.
上のカットは望遠を最大にして、さらに少々トリミングしたものです.しかしこんなところに電線があったなんて! 画面で見るまで判りませんでした.月が電線に被ったなんて話しはあまり聞いたことがありません.でもこんなのが手持ちで撮影できてしまう時代なんですね〜.

ちょうどこの下は上り線です.池袋方面へ向かう電車の後追いが撮影できます.ヘッドライトを輝かせた前面よりは赤いテールランプの方がお月さんが引き立って良いかも知れません.
一発目は6000系でしたが、ちょうど雲に入ってしまいましたし、電線が邪魔です.


月はどんどん昇って雲も電線も外れました.ここでやって来たのは2000系いや9000系かな?


最後は20000系です.このカットは少し露出をつめてみました.


しかし、東京メトロの7000系電車がずいぶん幅を利かしています.幸い?7000系のカットは手ぶれしたり、露出不足だったりでNGでした.
この後はもう月が高くなってしまい、腹も減ったので撮影は終了です.十五夜は前日だったのですが、あのひどい天気で月見どころではありませんでした.
しかし私が撮影していると高校生やらオバサンたちが次々と隣にやってきて、携帯で撮影してゆくのには驚きました.

20年近く前にちょうど十五夜の時に中国へ行きましたが、北京の街のあちこちで月餅、それも直径30cmもありそうな巨大なのを積み上げて売っていました.ちょうどクリスマスケーキを売るように.
日本では団子を食いますが、あちらでは月餅を食べる習慣があるんだそうです.

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2006/10/08 PM 10:27:25 | Comment(3) | TrackBack(0) | [西武鉄道]

No.383 嗚呼 JR203系

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JR常磐線から東京メトロ千代田線に乗り入れている203系電車は1982年に非冷房の103系1000番台の置き換えで登場しました.この電車のベースとなった中央線の201系がE233系に置き換えられることになりましたから、こちらもそろそろ、というところなんでしょうか.
1972年から登場したメトロの6000系が更新を重ね、ピカピカのボディを輝かせながら矍鑠と活躍しているのに較べ、なんとなく薄汚れた感のある203系は冴えない印象です.座席のクッションなどもへたっているようで、決して快適な車両とは言えません.

登場当時は幕板を3分割のガラスにした斬新な前面のデザインや、高価な電機子チョッパ制御を使用している、ということで結構お気に入りの車両でした.
国鉄からJRに変わるときに、側面と前面右上幕板ガラス内にあったJNRのロゴが撤去されましたが、側面はアルミボディ上から無理矢理こそぎ取ったようで、未だにその跡が確認できます.正面幕板の方はその部分のガラスが黒く塗装されて、JRのステッカーが上から貼られました.しかし、これは応急的なもので、その後の入場の際には従前通りガラスの内側、前のJNRマークと同じ場所に移されるものと当然思っていたのです.
以後十数年経過しましたが、何も変わらずそのままです.何両かはガラス内に収められた車両もあるのですが、ガラスと密着するような位置で、左側の行き先表示幕や列車番号表示とは統一性がありません.


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乗客で気にかける人はほとんど居ないでしょうが、私は出会うたびにそこへ目が行ってしまいます.オリジナルをデザインされた方などはがっかりしているのではないでしょうか.
前にも紹介した、「こち亀のイオカード」でもしっかり描き分けられていますから、秋本治さんも気が付かれていたのでしょう.


同じ線を走る小田急の1000系がとてもクオリティが高く見えますし、前述のメトロ5000系も良く整備されていますので、みすぼらしい203系が不憫でなりません.数年前に投入された209系の2編成も、既に美しいとはいえない状態ですので、JRの扱い方に問題がある、というか考え方が違うのでしょうね.

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2006/10/07 AM 12:18:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.382 蒸機壁紙(20)D50346

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1966年8月27日 大船渡線用変形テンダ装備 一関機関区




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2006/10/06 AM 02:52:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.381 蒸機壁紙(19)C56111

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1966年2月4日 飯山機関区




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2006/10/05 AM 12:09:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.380 横浜汽車みち

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現在も横浜「汽車みちプロムナード」として、当時の鉄橋もそのままに活用されている横浜港貨物線跡.1970年10月に運転されたD51791(愛称ナクイチ)による首都圏蒸気機関車さよなら(高島線電化記念)列車の様子と、先日撮影した、現在の「汽車みち」のギャラリーを36年の時を隔てた2部構成でアップしました.
横浜みなと・未来の汽車みちを行く 1970-2006
当時20歳、新進気鋭(自称でしたが)の若者も、今や56の冴えないオッサンにと成り果ててしまったのですが.
ご興味がありましたら、ご笑覧下さいますようお願いいたします.




この取材で9月に2度、現地を訪れました.もちろんこの新しい横浜には何度も訪れてはいましたが、あらためて36年前の撮影を意識しながら歩き回ってみると、周知のはずの現在のヨコハマの景色の中に「当時の鉄橋や、石垣の築堤など昔の世界」がすっぽりそのまま収まっていることに気づき、愕然としました.
思わず、耐え難く懐かしさと嬉しさがこみ上げ、甘苦い記憶が甦ってくるのを止められませんでした.

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2006/10/04 PM 04:02:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | [轍楽之路本編新作紹介]

No.379 蒸機壁紙(18)C601

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1967年12月 青森機関区

個人的にお使い頂く分には問題ありませんが、商用に利用や加工リサイズしてサイトにアップするなどの2次使用はご遠慮下さい.

最近北海道のことを蝦夷地と表現される方が多々見受けられますが、言葉の由来などを考えると道内在住の方に対して失礼なのではないでしょうか?内地という言葉も北海道以外の人間が使ってはいけないような気がします.




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2006/10/03 AM 12:01:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.378 蒸機壁紙(17)29680

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1966年6月 全検上がり 大宮機関区




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2006/10/02 PM 03:47:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [壁紙]

No.377 がんばれ"かしてつ" 6
居酒屋「キハ714」、酒屋さんの軽トラが横付けされて支度中.長テーブルが固定された車内は絶好のサロンと化しています.

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昨9月30日、「第4回みんなでカシノリ」イベントが鹿島鉄道を応援するファンの人たちの企画、主催により多数の参加者を集めて行われました.8月に行われた前回と違い、使用されたのは金太郎コンビキハ430+キハ432で、車内はもちろん沿線でも撮影するファンで賑わったようです.
私はこちらには失礼して、夜の部「カシ呑み」に参加しました.
前回8月5日はキハ602でしたが、今回は待望のもと夕張鉄道車のキハ714がフィーチャーされました.実は今まで夕鉄時代、鹿島鉄道で30年以上の間、撮影は何回もしていますが、乗車するのはおそらく初めてです.

石岡駅5番線ホーム前には旧型気動車の全5両が勢揃いしていました.沿線で撮影しているファンには気の毒ですが.

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陽も落ちかけた頃、ホームに入線です.昼間の主役キハ432と夜の酒役キハ714、2両の湘南形顔が一瞬並びます.先頭の定期列車部分には1936年製、現役最古参のキハ601が就きます.

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地元産黒生ビールに、沿線名物の稲荷風蕎麦寿司、霞ヶ浦のワカサギの佃煮など「カシ呑み」ならではの肴に舌鼓を打ちつつ、DMH17エンジンとアーチバー台車の振動に身を委ねながら、すっかり帳の降りた夜の闇の中を進みます.もちろん酔い気分で鉄道や写真談義に盛り上がりました.(写真ではあまり盛り上がっているようには見えませんが)


終点鉾田駅では僅かな時間で折り返します.先頭部は真っ暗でしたが、最高感度まで上げて撮影してみました.さすがにブレました.

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帰路の1時間はあっと言う間でした.石岡到着後、乗客を降ろすと直ぐに先ほどと同じ留置線に引き上げます.

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今回も「カシノリ」「カシ呑み」列車運転にご尽力された鹿島鉄道応援ホームページ主宰者のみなさん、ファンに理解のある鹿島鉄道さん、そして参加されたみなさん楽しい時間をありがとうございました.
イベントは今回で一応終了ということですが、今後も「かしてつ」が走り続ける限り、乗車、撮影のチャンスを作りたいと思います.

がんばれ"かしてつ"!

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2006/10/01 PM 04:40:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [さよなら 鹿島鉄道]










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