【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.326 ブルーリボン賞
少々古い話題ですが、2006年ブルーリボン賞が決定しました.鉄道友の会は会費が高かったので、正式に入会したことはありませんが、小学校の時に「準会員」というものに加入したことがあります.これが入会時に会員証を送ってきた以外、何の連絡も案内も無く、いつの間にか「準会員」制度自体が無くなっていたことに腹を立てたことがあります.

この写真、私の携帯電話の充電器スタンドですが、これを見ていたら何故か?この話題を思いつきました.


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2006/07/31 AM 10:41:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.325 梅雨明けブログ
やっと梅雨が明けましたね.蒸した中での曇天長雨も嫌ですが、これからの暑さを考えると憂鬱ではあります.特に私のような体型は・・・・.でも写真は青空の方が断然良いに決まってます.

夕方テレビをつけると、高校野球の西東京地区予選決勝をやっていました.いつもであれば他のチャンネルに換えてしまうところですが、よく見ると9回裏で早実vs日大三高が3対3の同点、しかも早実の攻撃で1アウト満塁の場面なんですから、思わず見入ってしまいました.しかしこの回に点は取れず、延長10回に両校1点ずつ追加、結局11回裏に途中交代した日大三高ピッチャーの初球がサヨナラヒット!
入院中の早実出身、ソフトバンクス王監督には良いお見舞いになったことでしょう.早実vs日大三高なんて甲子園では絶対に見られませんが、実力からすれば甲子園決勝に匹敵するような好カードでしたね.良い試合を見せて頂きました.

話しは全然違いますが最近、私のブログの批判や、当てつけのような書き込みが、よその方のサイトの掲示板でいくつか見られました.
批判されること自体は「してやったり」という面もあり、痛くもかゆくもないのですが、意見反論があるのなら、こちらに直接お出で頂きたいと思います.「ネット上での言葉の使い方や行動に対して、はっきり好き嫌いを言っている」という意味の内容のものもありました.私は自分のサイトの自分のブログ内で自分の考えを発言しています.
そしてその内容についての意見や反論を頂戴したなら判りますが、このブログの方向性や私の人間性を否定されるのは心外です.私がそのことを好きか嫌いを言っているだけなんですから、今の内閣や政府が好きかどうか、ピーマンが好きかどうか、と同じ次元での話しです.ピーマンが嫌い、と言う人をピーマンを生産する農家の人がその人の人間性まで否定しますか?(ちょっと違うかな)

それを同意を求めるように無関係の他の方のサイトの掲示板で、人間性まで批判するのは筋違いですし、巻き込まれたそのサイト管理人の方には大変なご迷惑をおかけしてしまいます.(もちろん実名を出しているわけでは無いですが)

最近ブログが増えたことへの批判もあるようですが、私は自分の意見や写真、その他諸々の作品を公開する場を、自分で自由に、しかも基本的には費用ゼロで持てる、というのは大変良いことだと思います.
駅前でギターを弾いて唄っている若者と同じようなことでしょう.上手い人に出会うと思わず立ち止まって聞き入ってしまいます.(私の住む柏は路上ライブの本場です)

どういう統計か判りませんが、今や国民の13人に1人が my blog を持っているんだそうです.その風潮が嫌いだ、と思う人は
    見なければいいじゃん!

7月も終わりだというのに、まだセミは鳴き出しません.そういえば最近は野バトもスズメも鳴いてませんね.向かいの家の犬だけはうるさいですが.

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2006/07/30 AM 10:48:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.324 C5833の後藤デフ

(画像をクリックすると拡大されます)

道東で人気者だった後藤デフ装備のC5833号機に、1974年2月に釧網本線で出会いました.大変ラッキーなことに、斜里駅から網走まで、レンタカーで追跡予定だった混合列車の牽引機だったのです.
ところがなぜか、止別駅の出発と藻琴での上の写真、2カットしか撮影していません.道路には雪がありませんでしたから100km/hは出せましたし(時効です)、混合列車は65km/hがmaxですから軽く追いつくはずなんですが、なぜでしょうね?
残っているのは6×6判のネガだけなので、35mm判の方のネガを紛失してしまった、というのが真相かも知れません.
でもC5833ミキストも65km/h以下で走っていた、とは思えません.

C5833は1971年に釧路機関区で廃車になった、C58385のデフを譲り受けています.こちらの方は国鉄後藤工場でデフを改造されたオリジナル機で、はるばる山陰地方から転属してきた機関車でした.

1969年8月、雄別炭砿から釧路駅へ戻ってくると、隣のホームに停車している釧網本線ミキストの長い貨車の先頭にC58385号機が連結されていました.

(画像をクリックすると拡大されます)

個人的には船底テンダを連結する1946(昭和21) 年製、戦後型のC58の方が貫禄があって後藤式デフがよく似合っていると思うのですが、いかがでしょう?
デフ中央にある丸い跡には、オリジナルでは動輪の形のレリーフが取り付けられていたはずです.

現在このデフはC5833号機に取り付けられたまま、釧網本線清里町駅近くで保存されています.

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2006/07/29 PM 02:21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | [現役蒸機の時代]

No.323 真岡夜行列車

(画像をクリックすると拡大されます)

明日7月29日は恒例のSL夜行列車が真岡鐵道で運転です.明日は土曜日ですから通常通り日中も「SL真岡号」は走ります.
下館からの戻りの6103列車が16時32分に真岡到着後、茂木までもう1往復運転されるわけです.

真岡発 17:30 → 茂木着 18:28
茂木発 20:22 → 真岡着 21:10

これは沿線の夏祭りに合わせて走る納涼列車とでもいうべきもので、特に返しの上り列車は完全に夜の闇の中を走ることになります.茂木の転車台はライトアップされるはずですし、花火との競演も期待されますね.

2002年8月には某氏主宰の夜行列車オフ会では多くの参加者を集め、日中と併せて2往復の乗り鉄、というか呑み鉄を楽しみました.午前からずっと呑みっぱなしでしたから、当然の結果ながら?夜の部は記憶が怪しく、シャッターを切った記憶もまるでありませんでした.

昔の夜景写真を国鉄時代誌で公開している身としては、現代復活蒸機の夜景をキチンと撮ってみたい、ところではあります.
しかし23日は重連を撮りに来ていますし、来週8月5日にも某所での夜行風呑み鉄行事に参加することになっています.3周連続はちょと無理ですね.
茂木での約2時間の間、ずっと撮影しているわけでも無いと思いますので、一人では退屈しそうです.しかし、誰か知り合いに会ってしまうと結局は呑んでしまいそうで、そうなると撮影はおろそかになります.多分.
そういうわけで、残念ながら今年は行きません.
上の写真はその2002年8月、無意識で撮った茂木駅です.

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2006/07/28 PM 11:38:44 | Comment(1) | TrackBack(0) | [復活蒸機の走る線]

No.322 スパム攻撃
当サイト掲示板(テキストと大画像) とブログへのスパム攻撃は凄まじいものがありました.表面上は何事も無いように見えてましたが、掲示板へはそれぞれ2-30回/日、ブログに至っては約5分に1回!と、とんでもない数です.掲示板は対策ソフトを組み込んでいましたが、不正書き込みを溜めておくゴミ捨てファイルが直ぐ一杯になってしまって、毎日のようにその削除をしなければなりませんでした.
ブログはサーバーの方の問題でしたが、ある特定日のコメント欄に集中して書き込まれて、膨大な負荷がサーバーにかかってしまい、カテゴリーからの検索が不可能になるトラブルが頻発しました.
再三再四サーバーに対処を依頼してましたが、削除と書き込みのイタチごっこ状態が続いて、気が重い毎日でした.
先日掲示板のCGIファイルのURLを変更しました.もう何回目になるでしょうか.いつもだと2日目くらいには再び攻撃が始まり、同じ状態になっていたのですが、今回はもう10日ほど経ちますがまだ来てません.
ブログの方もサーバーが対処してくれたらしく、まったく書き込まれなくなりました.

スパム書き込みやスパムメールは、人がその度に手動で送っているのではなくて、自動ソフトで入力ホームを使わないで膨大な数を一気に送るようなシステムになっています.海外からプロキシサーバーを経由して送信するため、ホストやIPアドレスなどでのブラックリストによる投稿拒否もほとんど不可能なようです.
しかし敵さんも、それだけの費用や手間を掛けても思ったような宣伝効果が上がらない、と判るはずで徐々に減ってゆくのではないでしょうか.

悪用されないために、掲示板にメールアドレスを書き込まない人が増えてきて、逆に書き込み内容が荒れてきた傾向もあります.匿名性が便利なネットの世界ですが、私たちのような趣味の世界ではメルアドくらいは堂々と公開したいものだと思いますが、そういう状態ではいたしかた無いですね.

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2006/07/27 PM 03:39:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | [ウェブサイト・ブログ・写真]

No.321 龍門の滝-3
サントリ〜ジョッキ生♪ サマージャンボ、三億円♪ ほとんど同じメロディですね.どちらも所さんだし.問題にならないんですかね.


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22・23日はDD51888牽引の「烏山山あげ祭号」および、間合い普通客車列車1往復の運転で盛り上がった烏山線でしたが、機関車のアップも編成全体も撮れない龍門の滝はファンが10名ほど(23日の下り快速の通過時)、思ったより少な目でした.それでも2日間で合計8回通過していますから、数十名のファンがやって来たと思います.
今回は梅雨末期の大雨の後、ということもあって江川の水量も多いはず、迫力ある姿が見られるのではないか、と期待していました.期待に違わず、というか案の定というか、それ以上というか、滝の幅左右一杯、全幅に渡って流れ落ちる素晴らしい情景が広がっていました.滝壺からはかなり高い位置にいましたが、霧状になった水滴が漂って来ますし、足許が濡れていてプアな底の私の靴ではよく滑り、転倒しそうになってヒヤッともしました.
幅65m、落差20mといわれていますが、これがそのフルバージョンです.

普段の龍門の滝はどうかというと、これは2001年11月の様子です.全然違いますね.長閑ですね.

(画像をクリックすると拡大されます)

今年2006年1月は、ご覧のように一部凍結していて、これはこれで迫力がありますが水量は少な目です.

(画像をクリックすると拡大されます)

6月22・23日に初めて訪れた人も多いと思いますが、大増水でフルの滝とDD51+12系客車が撮影できたのですから大ラッキーです.大ハッピーです.

このブログでは今まで2回、龍門の滝を取り上げています.(No.71No.184)
こちらを見て今回訪れた、という方からメールを頂きました.またリンク先サイトの掲示板でも同様の書き込みも頂いています.おそらくまだ何人かの方がいらっしゃるのかと思うと、何かうれしいですね.ありがとうございます.こんなブログでもお役に立てて幸いでした.
次の期待はD51+旧客(C11でもOK)でしょうか?

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2006/07/26 AM 12:28:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | [烏山線と龍門の滝]

No.320 ごめんなさい

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昨日は久しぶりに運転された真岡鐵道重連と、烏山線に運転されたDD51牽引の12系快速を撮影してきました.その成果は本編にアップしましたのでご覧頂ければと思います.
午前中は下り6001列車を友人と追いかけたのですが、西田井-北山間で上の写真を撮影しました.奇跡のように青空が出て、緑が美しい田園風景の中の小川を手前に配してフレーミングしました.到着は通過直前で、川沿いのあぜ道にクルマを乗り入れたのですが、遠くにカメラを構えた人が一人いらっしゃいました.こちらを気にしているようなので、ジェスチャーで大丈夫かどうかうかがうと、少し場所を移動されましたので申し訳ないとは思いながら、そのまま撮らせて頂きました.周囲を見渡しましたが他には誰も見当たりません.
撮影後クルマに乗り込もうとしたときに、2名の撮影者が遠くから歩いてくるのが見えました.どこか見えない場所で構えて居られたようですが、その方向だとどう考えても邪魔になってしまった可能性が大です.本当にごめんなさい.直前乱入と言われても仕方ありませんね.
自分でやっておいて言うのもおかしいかも知れませんが、そういう場合はぜひ何かアピールしてください.判っていれば即刻退散したはずです.悪気が無いのに迷惑をかけてしまうのは大変心苦しいことです.
ごめんなさい.今後は周囲に細心の注意をさらに払うつもりです.

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2006/07/24 PM 12:49:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | [復活蒸機の走る線]

No.319 さらば急行十和田(下)

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翌1985(昭和60)年3月14日早朝、最終定期列車「十和田」は盛岡駅へ到着しました.線路や屋根には雪が僅かに積もる寒い朝です.牽引機のED7591号機は水戸-青森のロングラン運用なので、機関車交換はありません.隣のホームには、ED7557号機の牽くやはり12系列車が停車しています.しかしこの列車は4両の短い編成で、さらによく見ると12系客車の特徴である白線が無い青一色の車体に車掌室のドアまで付いています.
この12系客車の情報は聞いていなかったので驚きました.普通列車用に改造されたものだとは容易に想像はついたのですが.

(画像をクリックすると拡大されます)

ところで盛岡駅での滞在時間は1時間余り、すぐさま新幹線で東京へ引き返します.実は今回の旅行(と言えるかどうか)は、定期「十和田」最終に乗ることもありましたが、盛岡から上野駅へ初めて乗り入れる「やまびこ」1番列車に乗車するのが最大の目的で、この列車の指定券が取れた時点で計画が始まりました.この列車は日本国内で240km/h運転をする初めての列車でもありますからワクワクです.


この列車に乗るためには、当日は会社を大幅に遅刻してしまいます.当時は総勢3名の小さなプロダクション勤務で、確か年度末で忙しかったはずです.そのため昼飯用に盛岡駅の鮭といくらの弁当を皆にお土産に買って帰ることが遅刻容認の条件でした.
購入してホームへ出ると出発式の真っ最中、早朝から大勢の関係者のほかTDLのお二人も出席する、という華やかなものです.

(画像をクリックすると拡大されます)

このキャラクターは著作権がうるさい、と聞いていますが、このように押し掛け的に写ってしまう場合はどうなんでしょうね?もちろんこのサイトでは問題は無いはずですが.

昼飯の駅弁3個と寝不足でうつらうつらの私を乗せて、240km/hで突っ走った200系「やまびこ」はそれこそ、あっと言う間に上野地下駅へ到着してしまいました.待ちかまえる報道陣やインタビューのマイクを上手く避けて、新幹線のラッチを出たところで「寺田さん!」と声がかかりました.目の前にはRJ誌の顔なじみのカメラマンOさんと、鉄道ライターのH 田さんが「見つけたゾー!」という顔でニヤニヤ笑って立っていました.私の手は盛岡駅の駅弁をそのまま下げているんですから、バレバレ!何も言い訳はできません.隙がありました.迂闊でした.
数時間後には物好き約1名の話題がRJ誌編集部でひろがっていたことでしょう.

後半は「十和田」の話しでは無かったですね.すみません.

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2006/07/23 AM 12:10:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [客車・貨車]

No.318 さらば急行十和田(上)

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1985(昭和60)年3月13日夜、東北新幹線の乗り入れを翌朝に控えて上野駅は騒然としていました.すでに新幹線は大宮まで開通していましたから、この改正で廃止になる列車はほとんどありませんでしたが、マスコミや大方のファンの目は当日で運転中止になる「新幹線リレー号」に向いていました.
最終のリレー号とほぼ同じ時刻に、地平ホームからは伝統ある急行列車「十和田」の定期列車としては最終列車がひっそりと、というほどではありませんが、そこそこのファンと、上京や帰省でお世話になったという「十和田号を送る会」の皆さんの拍手や歌声に送られて、青森駅へ向けて旅立ちました.水戸までの牽引機EF81301(関門用のステンレス機)には何の飾り付けもありませんでしたが、12系客車最後部には尾久客車区お手製のテールマークと金モールが、また愛称名サボにはやはりモールで、ささやかですが心づくしのお化粧がなされていました.

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1954(昭和29)年に誕生した、常磐線回り青森行急行「十和田」の愛称も、定期列車としては30余年の歴史を閉じました.かつて昼行夜行併せて最大5往復が走り、寝台車や一等車を連ねていた姿も最後は12系客車8両モノクラス編成でした.

私はたまたま、のわけない無いですが、この列車に盛岡まで乗りました.上野駅発車直後に最終列車の挨拶が車掌さんよりありましたが、以後は普段と同じようにその道のりをこなしていたようです.ずっと寝ていたわけではないのですが、水戸駅での機関車交換以外何も記憶が残っていません.
十和田号は東北線回りの八甲田号とともに、北海道や東北の行き帰りによくお世話になりました.もちろん均一周遊券が使えるためですが、硬い座席での一夜は若い身でも体にこたえ、多少余裕のある時は特急や寝台を徐々に使うようになってしまっていました.


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翌日からは東北線内のダイヤを14系化された「八甲田」にゆずり、「十和田」は臨時急行として多客期に走るだけとなりましたが、1994(平成6)年にそれも廃止になっています.
※なぜ終着青森までではなく盛岡で下車したかというと、それは続きで・・・・.

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2006/07/22 AM 01:21:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [客車・貨車]

No.317 481系登場

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いまや絶滅危惧種となった481(483・485)系ですが、そのデビューは42年前、1964年12月25日でした.大阪-富山「雷鳥」、名古屋-富山「しらさぎ」のそれぞれ1往復の運転が開始されました.それまで特急電車といえば直流区間用の151系と161系だけでしたから、交直両用(一発変換では硬直療養!)の特急電車は各地から期待を持って歓迎されたようです.
本来はこの年に開業した、東海道新幹線に接続する山陽-九州特急用に開発されていたのですが間に合わず、そちらは暫定的に151系の機関車牽引という形で運転されていました.北陸特急は温泉集客用として地元の利用債により先行投入されたようです.
1965年8月9日夜、中3の夏休みに名古屋駅で富山から到着した481系「しらさぎ」に初対面です.すでに運転開始から半年以上経過していましたが、まだその車体はピカピカに輝いていました.新幹線が開通して名古屋駅東海道線ホームでは、夜行特急以外ではゆいいつの特急列車、ということで食堂車と1等車2両連結の11両編成はとても存在感がありました.
481系と50ヘルツ(当時はサイクル)版である483系は、この年の10月改正から山陽-九州特急、東北特急として大増発されたのはご存知の通りです.その際に前面には181系と区別するための赤いまゆ毛、と60サイクル用を表すクリーム帯がスカートに入れられましたので、このシンプルな前面の姿は1年足らずで見られなくなりました.
写真では折り返し回送(どこまで持っていったのでしょう?)に備えて、運転士さんがヘッドライトに後部用赤フィルターを装着しています.

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2006/07/21 AM 10:21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.316 デカペンと流し撮り
最近連日どころか、隔日の更新さえ危なくなっています.ネタが浮かばないわけでは無い、のですが対応する写真や裏付けの資料が見当たらなかったりで、なかなか記事にできません.まあ、やる気の問題だとは思いますが・・・・.

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デカペンことペンタックス6X7を手に入れたのは、社会人になってからの1974年頃だったと思います.当時はもう鉄道の写真はほとんど撮っていなくて、現役の蒸機は1975年10月、夕張線のD51を数カット撮影したのみで終わりました.
それまでブローニー判フィルムのカメラは、マミヤCシリーズをのべ4台、ミノルタオートコードも一時期併用していたこともあります.中判カメラはモノクロでも35mmと較べてカッチリした絵が作れることや、当時少なかった雑誌のカラーページや表紙、その他ポスターやレコードジャケットに採用される場合の必須条件のエクタクロームを使える、ということで常に持ち歩いていました.
憧れのカメラはニッコールレンズを使うゼンザ・ブロニカでしたが、10万円のカメラは学生ではそうそう手が届きません.当時のマミヤは3-5万円でしたからその差は大きなものです.
それが一挙に当時の給料の3-4ヶ月分、20万円のデカペン購入に至ったのですから、清水の舞台どころか東京タワーの展望台から飛び降りるような勇気が入ったはずです.
現在も所有していますが、10年以上使っていなかった数年前に、新しいバッテリーを入れて撮影しようと北海道にまで持っていったのですが、結局シャッターは作動しませんでした.
ところでデカペンは流し撮りがし易いカメラ、として定評がありました.今や流し撮りはモーター・ドライブの連写で撮るもの、と思っている人が多いようですが、本来は一発切りでバックや蒸機のロッドの位置(ロッドやリターンクランクが大きく動く瞬間)を狙って撮ったものです.しかしカメラを左右に振る動作を止めることなくシャッターを押す、という上下動を加えなければなりませんから至難の業です.瞬間、動きが止まってしまったり、シャッターのある右側が下がってしまったりします.
ちなみにマミヤ2眼レフのウエストレベル・ファインダーでの流し撮り、は左右反転画像のためにさらに難しくてファインダーを見ながら流すと、瞬時に列車はファインダーから消え失せます.(作例がコメント欄にあります)
話しを戻して、デカペンはなぜ流し撮りが楽だったのか、というと.その重さゆえ慣性が付いていて、容易に左右動が止まらないからなのですが.

上写真は1976年2月、東海道本線早川-根府川.もちろんデカペンです.

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2006/07/20 PM 07:36:26 | Comment(5) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.315 ドナドナ

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復活蒸機の運転で、折り返し駅で機関車はそのまま最後部にぶら下がり、反対側に連結されたディーゼル機関車で牽引される姿を、誰が言いだしたか「ドナドナ」という人たちがいます.これはおそらく昔流行ったフォークソングの「ドナドナ」から来ているのかと思われます.
これを考えた人はきっと、長閑な農村を牛が牽かれて、のんびり歩いてゆくような情景を思い浮かべたのでしょう.ドナドナは音楽の教科書に載っていたようですが、その人はあまり真面目に音楽の授業を受けていなかったに違いありません.なぜならば、その詩にはそんな悠長なものでない、深い意味があるからです.

ドナドナ(安井かずみ訳詞・シャローム・セクンダ作曲)

ある晴れた 昼さがり
市場へ 続く道
荷馬車が ゴトゴト
子牛を のせてゆく
かわいい子牛 売られて行くよ
悲しそうな瞳で 見ているよ
ドナ ドナ ドナ ドナ
子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
荷馬車が 揺れる

青い空 そよぐ風
つばめが 飛びかう
荷馬車が 市場へ
子牛を 乗せて行く
もしも翼が あったならば
楽しい牧場に 帰れるものを
ドナ ドナ ドナ ドナ
子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
荷馬車が 揺れる

というわけで、牛は牽かれて歩いてはいません.「子牛を載せた荷馬車」が走ってゆく様子です.英語詩では「on a wagon bound for market」なので、載ってるのはトラックの可能性もあります.
この詩は教科書掲載にあたって、一部改訂されています.もとの歌詞は以下です.

ある晴れた 昼さがり
市場へ 続く道
荷馬車が ゴトゴト
子牛を 乗せてゆく
何も知らない 子牛さえ
売られてゆくのが
わかるのだろうか

ドナ ドナ ドナ ドナ
悲しみをたたえ
ドナ ドナ ドナ ドナ
はかない命

青い空 そよぐ風
明るく 飛び交う
燕よ それを見て
おまえは 何思う
もしも翼が あったならば
楽しい牧場に
帰れるものを
ドナ ドナ ドナ ドナ
悲しみをたたえ
ドナ ドナ ドナ ドナ
はかない命

この歌はアメリカの人気フォークソング歌手、ジョーンバエズが1960年代前半に、モダン・フォークとして歌い、ヒットして日本でも1964年にレコードが発売されました.日本語にも訳されて森山良子さんなどが歌っていましたし、折からのフォークブームで我々もギターを持って歌ったものです.もちろん英語または英語詩をほぼ忠実に訳した改訂前の歌詞でです.
この歌詞はよく読むと、家で飼われていた子牛が市場へ売られてゆく、その先は屠殺場!という少々残酷なもので、それを直接連想されるような部分(太字)が教科書に掲載にあたって、改訂された (させられた)ものでしょう.

当時のアメリカのモダン・フォークというのは、プロテスト・ソング(反戦歌)という意味合いがある曲も多く、なんらかのメッセージが含まれています.ジョーンバエズなどはその先頭を行く女王、とも言われていました.その彼女が取り上げた歌なんですから、それ程単純な内容の歌ではありません.

この歌は、1938年に作曲 シャローム・セクンダ(Shalom Secunda)、作詞 アーロン・ゼイトリン(Aaron Zeitlin)の作ったもので、イデッシュYiddish語で作詞されています.イデッシュ語とはドイツ語圏内に住むユダヤ人の言葉で、1000年以上の歴史があるものだそうです.
「1938年」「ドイツ」「ユダヤ人」と言われれば、ヒトラーによるホロコーストが連想されます.事実この唄はナチによるユダヤ人強制連行の様を例えたものだと言われているのです.
この世に多くの自由な動物が存在するというのに、子牛に産まれたばかりに屠殺される運命.多くの民族、人種の中でユダヤ人に産まれた彼らの運命、そこまで重ね合わせて考えると、何とも言えない悲しい気持ちになります.
ドナドナは牛追いの言葉とも言われていますが、ヘブライ語の主を意味するアドナイ、という言葉に由来するとの説もあります.そうなるとドナドナとは「Oh my god!」という神への救いを求める悲痛の叫びなのかも知れません.


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写真は上下とも奥羽本線大館-鷹巣間を、DD51牽引の普通列車に後付回送される、阿仁合線用のC11です.1972年4月1日

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2006/07/16 AM 08:37:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.314 嫌だな
只見線の運転を終了したC11325が真岡鉄道へ戻った、という話題を「帰還」と表現している板が目に付きました.C11325 は別に戦争に行ってきた訳じゃあありませんぞ.相変わらず「出撃」を使う人も多いです.「カメラの砲列」は「カメラの放列」が正解です.「後撃ち」も「後打ち」や「後追い」じゃいけませんか?
戦争言葉は格好良く思う人がいるかもしれませんが、今のこのご時勢でこの季節、少なくとも我々の世代までの人間は不愉快に思う人は、少なくないかと思います.私は自分の楽しい趣味に使うことは考えられませんし、生理的に受け付けません.
鉄道趣味は高尚な趣味と自覚していますが、これでは世間からなかなかまともに受け取って貰えない可能性があるんじゃあないのかな.
子供に「今日もパパは出撃してるよ」って言われてて良いんですか〜?
日記に「今日はパパと一緒に山口線に出撃してきました.正面からは貴婦人の爆煙攻撃に遭いましたが、パパ自慢のバズーカ砲で後撃ち、なんとか仕留めることができました.帰りは飛行機で無事帰還しました.」なんて書くかな?
うぇ〜!嫌だな〜.
いい年したオッサンたちが出撃出撃〜、なんて写真撮りに行くのは格好悪いよね.(また嫌われてしまう)



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写真は文とは無関係です.函館本線小沢-倶知安 1971年3月

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2006/07/14 AM 11:42:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [雑記・雑感・ぼやき・ほざき]

No.313 久しぶりの重連

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只見線での出張運転を終えたC11325が真岡に戻ってきたようです.いよいよ今月23日は久しぶりのC1266との重連です.しもだて美術館で7月15日-9月10日まで展示される「写真展・永遠の蒸気機関車 くろがねの勇者たち」のヘッドマークが付く、というのが?なんですが.ちなみにこの写真展は18時までですが、日中は列車を追っかけていると、ゆっくり見る時間が取れませんね.
帰路の茂木-真岡間では、いつものようにC12が先頭に立つはずですから、天矢場の登りではヘッドマークは先頭になりません.
当日は高校時代の友人と出かける予定にしています.この季節ですから煙は期待できませんが、楽しんでこようと思っています.

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2006/07/12 AM 12:02:36 | Comment(5) | TrackBack(0) | [復活蒸機の走る線]

No.312 極楽寺トンネル[下]

現在のトップ写真ですがこれは極楽寺トンネル、昨日とは反対側の長谷駅寄りのポータルで、落石防止のための覆いがついています.
往路東海道線の電車の中でトップ写真に使える正方形のカットをぜひ1枚.トンネルを飛び出す新車500形の正面アップなんかが撮れるといいな.と捕らぬタヌキで考えていたんですが、正にその通りのカットをゲットできました.
藤沢から鎌倉まで一旦電車先頭からロケハンと車両の運用確認をしていたので、次は500形が顔を出すことは判っていました.
この場所は御霊神社入口の踏切横からですが、普通に100mmくらいで撮るとこんな感じです.

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写真で見るともう少しトンネルに寄れそうですが、右にある「線路内立入り禁止」の札が邪魔してトンネル右側にグリーン部分が取れませんので、踏切から200mmでのアップにしました.ちょっときつかったですが、手持ちです.(昨日書いたように三脚持ってませんでした)線路の右側から撮ってるようには見えませんね.


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これがノートリミングの画像です.フレーミングでは「線路内立入り禁止」の札をカットしてません.これは正方形にトリミングする部分がコマのセンターに来るようにしたためです.本編ではヨコ位置なので天地と右側をトリミングしています.

普段はなかなか最初から考えていたような絵はできないのですが、今回は昨日の分と今日の分、トンネルの両側で500形と300形が撮れたので満足です.これも曇天で、光線状態を気にしなくてすんだためでしょう.

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2006/07/10 PM 10:52:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.311 極楽寺トンネル[上]

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鉄犬クンが引きずられて去ったその数分後、300形305+355編成が先頭の電車が極楽寺トンネルを飛び出してきました.この場所、実は撮影が非常に難しいところです.昨日の鉄犬の写真で判ると思いますが、この手前にもう一本架線ビームがあります.「こりゃ駄目だ!」とあきらめる人もいるかも知れませんが、じっくりフレーミングを検討するとビームとビームの間に正面が収まる瞬間がありそうです.171cmの私の身長では少し厳しかったんですが、手振れを気にしつつ若干つま先立ち気味に構えました.レンズの焦点距離は100mmくらいでしょうか.
手前のビームがちょうどファインダーから切れる位置で撮ったつもりですが、少し写り込んでしまいました. 下写真がノートリミング画像です.左の架線柱も邪魔なので一緒にトリミングしたのが実際にアップした上の写真です.脚立でも持っていけば良さそうですが、これ以上ハイアングルになるとポータル上端がビームで隠れたり、架線が大幅にかかりそうな気もします.大体三脚も持たない電車利用ですから、脚立など持っていけるわけもないのですが.
飛び出し、という割には電車前端はまだトンネル内で、タイミングが早そうですが、これ以上遅れると間のビームと碍子に引っかかりますからこの位置がベストでしょう.
もう一つ鉄犬クンが身を乗り出している、欄干の下の隙間から撮れば、手前のビームもクリアできるような気がしますが、これはウエストレベル・ファインダーのカメラでなければ絶対に無理です.デカペンを持ってるんですが、故障してます.


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2006/07/09 AM 12:21:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.310 江ノ電の鉄犬

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今日は江ノ島電鉄の撮影に行ってきました.まさか晴れは期待しませんでしたが、ちょっと暗すぎました.どうせ暗いなら、しとしと雨でも降ってくれた方が情緒も出て涼しくなって楽なのですが、一番嫌いな蒸し暑い1日となりました.紫陽花もほとんど終わりで寂しい沿線でした.成果は明日にでもまとめてみようかと思います.

極楽寺駅横、線路を跨ぐ参道陸橋で黒い犬(テリア?)を連れた地元の女性と観光客の女性が話していました.「ええーッ、この犬電車が好きなんですかー!」「1日一回は連れてこないと機嫌が悪いんですよ」というような会話を聞くと、横でカメラを構えている私は少し恥ずかしくなりました.
そこへ折良く電車が通過.なんとそれまで大人しくしていた犬が橋の赤い欄干の間から大きく身を乗り出して、小さなしっぽを振りながらキャンキャン吠え出しました.あきらかに喜んでいます.「ウヮー、ほんまもんの鉄犬やー!」と思いながらシャッターを切らせて貰いました.
実はこの電車、次の長谷駅で305が先頭の編成とすれ違ってきます.これのトンネル飛び出しを撮影するつもりだったのでこのまま鉄犬に居て貰うと、ちょと困るところだったのですが、幸いなことに?まだ居たがっていた鉄犬クンは無理矢理引きずられて帰っていきました.

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2006/07/07 PM 11:18:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.309 機関車は動く
久しぶりに新機材を導入したのですが、この天気では試運転もままなりません.多くの方が撮られている場所はなるべく避けたいのですが、身近な処で写欲の涌く被写体、というのもなかなかありませんね


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新コンテンツ「Steam Engine in the Night」よりの写真、1968年7月、新津機関区でのC57167ですが、バルブ露光中にいきなりドレインを吐きだして、バックして行ってしまいました.もちろんあわてて露光をうち切ったのですが、ナンバープレートが少し流れてしまいました.しかし怪我の功名といいますか、結果オーライといいますか、狙っても撮れない効果が出て、お気に入り作品の1つとなりました.手前の車輪のシルエットと白いドレインの対比も意図したかどうか記憶にないのですが、「ええじゃないか!」といったところです.


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これも同じ日の新津機関区です.D51498が転車台に載ったので、いつ回り出すか気にしながら素早くバルブ露光を始めました.私のために待ってくれるわけもなく、案の定すぐに動きだしましたので露光を中止しました.感覚では少々露光不足気味ではないか、と思った記憶があります.しかしこれも結果オーライで自然な感じで写っていました.よく見るとナンバーが微妙にブレていますがビシッと止まっているよりも良かったかもしれません.それになによりも現代のスターD51498現役時代のバルブですからね〜.当時はもちろんそんなことは誰も知るよしもなく、あまたあるD51一族のなかの one of them でしか無かった訳です.
上のC57がC57180やC571であれば素晴らしい偶然でしたが、そこまで上手くは行きませんね.
それでも当日喜多方から磐越西線で新津に向かう途中、C571牽引の列車とすれ違っていますから、まんざらでもないです.

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2006/07/06 AM 12:04:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | [夜景]

No.308 夜も楽しく

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鉄道ファン誌1967年5月号(通算71号)に掲載された、村樫四郎氏の随筆「夜も楽しく」は、夜景鉄道写真を志す者にとってのバイブルとも言える名作として、現在まで語り継がれています.作例による夜景写真の技術解説から、夜間も業務遂行している現場訪問の心構えまで、4頁の中に含蓄のある内容が語られています.未読の方はぜひ機会を見つけてご覧になることをお勧めします.氏の「夜楽よるたの作品」は最近でも、国鉄時代4ハドソン特集で長崎本線のC60を拝見することができます.
かく言う私も、学生時代からファン誌等で出会った村樫氏の一文や写真には大きく影響されて、このような写真を撮りたいと思いつつ、技術を切磋琢磨研鑽したものです.
先日、ネコパブ国鉄時代編集の山下さんのご尽力により、村樫師匠と初めてお会いすることができ、山下さん、Models IMONの井門社長を交えた豪華キャストで、都内某羊肉串屋に於いて夜楽談義(だけではありませんが)で大いに盛り上がりました.結局大酒呑み4名の大酒宴となってしまったのですが、同好の趣味人同士、初対面でも本当に楽しい夜で、文字通り「夜楽」となったわけです.惜しいのは最後の頃の会話内容を覚えていないこと、電車を乗り越してしまい、タクシーで帰宅したことです.他の方もやはり乗り越したり、定期券を失くしたりしたようなので私だけでは無い、と一安心?です.(定期は無事戻ったとの報告がありました)
参加の皆さん、お疲れ様です.また実名を出しまして失礼いたしました.


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話しのネタにと夜景写真数点をプリントして持参したのですが、当日の話しに刺激されて、やはり現役時代の国鉄蒸機の夜景シーンばかり30点のセレクションを作ってしまいました.「Steam Engine in the Night」と題して昨日アップしました.
「最近は現役時代の煙りモノが少ないんじゃないの?」という一部の方々からのご意見をうかがいまして「実はもうネタ切れで」とも正直に言えず、地方線区で分けていた今までとは切り口を変えてみました.
過去に公開しているコンテンツの一部もありますが、すべて「黒と白」にこだわり、同じ感覚で新スキャン&レタッチしました.一応自分なりのストーリーはありますが、それぞれ単独の作品としてご覧頂けます.

現在、左側フレームのカテゴリー欄からの記事検索が出来にくくなっています.これは2月15日の記事(削除済み)コメント欄への悪質なスパム投稿攻撃によるものです.5ヶ月近くの間、5-10分に一回という異常なもので存在しないディレクトリーへの攻撃は現在も続いています.サーバー側で対策を取ってくれるそうですが、少し時間がかかるようです.
そういう理由で最近積極的に更新する気が少々失せています.せっかくご来訪頂いても空振りになり、ご迷惑様です.更新自体は正常にできますので、ネタを見つけて頑張ります.実は昨日からこのブログも2年目に入りましたが、そんな状況で失礼いたしました.
いつもご覧頂きありがとうございます.


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2006/07/02 PM 05:43:36 | Comment(4) | TrackBack(0) | [轍楽之路本編新作紹介]










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