【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.249 廃止から1年

早いもので日立電鉄が廃止になってから1年が経ってしまいました.約20年前からたまにですが撮影していたこともあって、3月27日と最終日3月31日にお名残り撮影に出かけました.
ローカル私鉄の存続はなかなか厳しいものがあり、来月には第3セクターの北海道ちほく高原鉄道銀河線が廃止される予定です.しかし日立電鉄の場合は親会社日立製作所の意向によるところが多く、道路も必ずしも鉄道とは並行しておらず、ラッシュ時には渋滞が激しいなど、廃止後は一番のお客さんであった学生さん達は不便を被っているようです.復活に向けての運動もあったようですが、すでに線路跡は施設の撤去も進んでいるようで絶望的です.
鉄道の廃止は私にとっては単なる被写体が無くなることですが、実際に利用している人たちにとっては一大事です.昨日(3月30日)同じ茨城県の鹿島鉄道が06年度限りで運行を取りやめる、との「鉄道事業廃止届け出書」を国土交通省に提出しました.地元自治体では存続に向けての協議は続行する、としていますので決定という訳ではありませんが、状況は厳しくなったと言えます.

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1年後に鹿島鉄道のコンテンツを作らなくて済むように祈るばかりです.

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2006/03/31 AM 10:41:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.248 続ゆりかもめ

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一昨日撮影してきたゆりかもめで本編コンテンツをまとめる予定でしたが、やはりお気楽スナップだけではインパクトが不足、とてもお見せできるようなものが出来ませんので中止します.今後追加取材がかなえば、あらためて公開させて頂きます.
そちらに使用予定だったカットを何点かご覧下さい.
上の写真は市場前駅からレインボー・ブリッジをバックにうまい具合にすれ違っているシーン、午後は逆光になりますが午前中も早い時間なら順光で行けそうです.
下の写真は新豊洲駅から終点豊洲駅を望んだところです.まさに21世紀の新交通システムを象徴するようなシーンですね.

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各列車はおおよそ5分間隔で運転されていますので、離合シーンも狙えます.おおよそというところが曲者で、どの列車も同じ場所ですれ違いません.幸い次の駅まで見通せますので電車の位置を計りながら構えることができました.
車内撮りや駅撮りばかりでなく、もう少し沿線からのポイントを探して次回撮影に行きたいと思います.

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2006/03/30 AM 10:40:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.247 ゆりかもめ延伸

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昨日は27日に開通したゆりかもめの延伸区間、有明-豊洲(2.8km)の初乗りに行ってきました.案内式軌条というゴムタイヤで走る、いわゆる新交通システム(最近言わなくなった?)の電車も登場以来10年が経過して、すっかり臨海都市の交通機関として定着しました.
今回開通したのは、今まで終点だった有明から東京メトロ地下鉄有楽町線の豊洲までの区間です.沿線はまだまだ開発中ですが、バックには東京都心のビル群、東京タワー、そして10数分前に通過してきたレインボー・ブリッジを望むなかなかのロケーションです.
有明テニスの森公園、市場前、新豊洲、豊洲と4駅が設置されています.延伸と同時に各駅に駅番号がふられ、新橋のU-01から始まり終点豊洲がU-16です.また各駅の音声案内にそれぞれ異なった声優さんを起用するなど新しい試みがみられます.

写真上は市場前駅から新豊洲方面を望んだ光景です.円筒形の大きな建物は東京電力新豊洲変電所・テプコ豊洲ビル(通称:ビッグドラム)で、沿線でもっとも目立っていました.

下はやはり市場前駅から有明テニスの森公園方面に見えるレインボー・ブリッジです.電車との組み合わせはホームからのアングルが限られるので、なかなか大変でした.

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2006/03/29 AM 10:16:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [私鉄・専用線・トラム]

No.246 湘南電車

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先日無くなってしまった東海道本線東京口の113系、撮影した記憶はありませんでしたが、ネガを見ていたら1カットだけ発見! 1975年7月20日、吉原付近での撮影です.先日出したEF58重連と同じ日、同じ場所です.この場所、今はJR東海の路線ですからまだ113系は走っていますが、サロ組み込みの編成なので良しとしましょう.このサロは153系から転用したサロ112でまだ青帯付きですね.
隣のカットはなんと元祖湘南型80系でした.当時最後の1往復、東京乗り入れ80系が無くなった頃かと思いますが、静岡県ではまだ細々と走っていたようです.東京駅まで来ていた頃は基本10両+付属5両+クモユニの16両編成が多かったと思いますが、この写真は12両固定編成でした.

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東京駅には小学校の頃から何度か撮影に行っていますが、特急・急行は撮っていても普通列車の70系や80系そして111系やクモユニ74など画面の片隅にも全く写っていません.まあ今もE231などカメラを向ける気もありませんが、30年後に後悔することはいろいろな意味で無いでしょうね.

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2006/03/27 PM 10:03:27 | Comment(5) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.245 昔は良かった?[2]

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1968年10月1日、いわゆるヨンサントー国鉄ダイヤ大改正の日です.当日は早朝から品川、上野、東京と練り歩いたのですが、9時頃から昼過ぎまでは東北本線赤羽-川口間の荒川鉄橋での撮影に勤しみました.今では信じられないことですが、何のバリアもなく鉄橋内に入ることができました.保線の方が通りがかりましたが「気を付けてね」と言われたかどうか記憶はないですが、追い出されることもありませんでした.
ここにあげた列車の他にも、この改正から走り出したキハ81「いなほ」、EF62が高崎以南に初進出した「白山」も通過しますし、D51牽引板橋行きの貨物も健在でした.
そうそう、この鉄橋のある赤羽-大宮間が3複線になったのもこの改正からでした.


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2006/03/26 AM 07:30:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [昔は良かった?]

No.244 昔は良かった?[1]

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1970年10月4日に運転された八高線さよなら蒸気機関車列車、D51515牽引「八高号」です.当日は生憎の雨でしたが沿線には、多くのファンや地元の方達が繰り出してカメラを向けていました.光栄なことにこの列車の運転計画の段階から意見を求められて、ボイラバンドの塗装や副灯の取り外しなどを提案させて頂きました.ドイツの01型蒸機のカラー写真を見せられて、このように動輪を赤く塗ったらどうだ、という構想にはスポーク動輪ではないから似合わない、と強く反対しました.後に中国蒸機のボックス動輪の赤塗装を実見したときは少々後悔したのですが.
さらに下回りなどの磨きだし作業に高校の後輩等と共に参加させて頂くなど、この上もない体験もさせて頂きました.その辺のことはいずれ本編コンテンツでまとめたいと思っています.
当日は友人のクルマをチャーターして追っかけをしました.写真は拝島駅の出発風景ですが当時は柵などもなく、線路に入り放題の様子.警備の人なども見当たりませんから鷹揚な時代というか、これでは事故と紙一重ですね.ちゃんと用地外から撮影している人もいらっしゃいますし、少し前には対向列車も到着していますから、彼らは直前乱入だったのでしょう.今だったら人出は10倍くらいになるでしょうから、収拾付かなくなりそうです.
それにしても周囲の住宅などはまさに昭和の世界ですね.

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2006/03/25 AM 10:47:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | [昔は良かった?]

No.243 国鉄時代5

ネコパブ発行、RM増刊国鉄時代(季刊)をご紹介するのも3回目になりました.
今回は「20系客車とその時代」ということで20系ブルトレが大々的に特集されています.見どころは矢立峠越えのC61「はくつる」、矢嶽越えのD51「はやぶさ」、横黒(北上)線D60「はくつる」、陸羽東線C58「あけぼの」など迂回列車のイレギュラーな姿の写真が目を引きます.その他にも「みずほ」牽引のC59やC11牽引の「さくら」等々たまらない特集です.
付録のDVDは「山陰のC51・C54・C55.狩勝旧線の冬.昭和30年代の神戸駅とC624幻の映像」とタイトルを聞いただけでゾクゾクするような内容です.
私は今回、東京の王子を走っていた凸型電関、EB10の記事と写真を寄稿させて頂きました.
今号から定価が100円アップの2100円になっていますが、充分それに値する内容だと思います.ぜひぜひ!



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2006/03/23 PM 12:55:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | [出版物・写真展他イベントのご紹介]

No.242 DD51だぶる+マヤ

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1970年8月、鳥栖駅でマヤを連結して待機する「はやぶさ」牽引機です.この辺りはJ2サガン本拠地、鳥栖スタジアムになっています.

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2006/03/22 AM 09:55:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.241 DD13だぶる

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1971年8月.羽越本線村上です.貨物列車牽引はD51に互してDD13やDD14が重連で牽引していました.

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2006/03/21 AM 12:53:21 | Comment(3) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.240 ED75だぶる

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1985年3月14日.東北本線盛岡駅「ゆうづる1号」です.通常は単機牽引ですが、機関車回送が発生すると重連になります.この日はダイヤ改正日(東北新幹線上野開通の時)なので続行の「ゆうづる3号」も重連で、同じような光景をわずかな間隔で見ることができました.

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2006/03/20 AM 12:07:15 | Comment(3) | TrackBack(5) | [電気・ディーゼル機関車]

No.239 EF10だぶる

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1970年10月、品鶴線です.当日はD51791列車の帰路を撮影のためこの場所に来ました.フィルムの残りが少ないのは判っていたのですが、直前にこんなのが来たので思わずシャッターを切ってしまいました.おかげで肝心なD51791はフィルム最後のカットになってしまいアウト!(当時はトライXの長巻きをフィルム・ローダーというものでパトローネに詰めていたので、最後のカットは最初から感光していたので、アウトなのでした)
今になってみると、こっちも貴重なシーンでしたね.

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2006/03/19 AM 04:39:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.238 バーイ!常磐線103系

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ついに3月18日、ダイヤ改訂の日がやってきました.
一番大きい話題は特急「出雲」の廃止でしょうか.今から数時間後の餘部鉄橋はDD51牽引ブルトレ渡橋を迎える大勢のカメラマンの皆さんが大興奮、大感激をされることでしょう.(今はまだ日付が変わったばかりです)
111・113系湘南電車の東京口の廃止、関西本線急行「かすが」の廃止.私鉄では小田急9000系の引退、箱根登山鉄道電車の小田原-湯本の運転廃止など長い歴史にピリオドを打つのも時間の流れ、と言ってしまえばそれまでです.

もうひとつ、常磐線103系の引退は地元のことなので一大事ではありますが、事実的には2年前に最後の一編成になっていましたので、今さら新たなる感激は無い、という部分もあります.上の写真は1967年12月上野駅、運転開始したばかりの103系エメラルドグリーン車です.
それでも柏に移り住んでから20数年間、痛勤いや通勤でお世話になってきました.最初の頃柏駅は列車用ホームだったのでドアまで20数センチの段差に苦しめられました.非冷房の頃は高速運転のため、なかなか窓を開けさせて貰えず、超混雑の中で汗だくになったものです.その100km/hの高速運転も通勤用の低速電車には無理があったようで、大騒音や車両によっては脱線するか、と思わせるような大揺れする車両もありました.
他線からの103系の転入も多く、国鉄末期には大阪からオレンジ、カナリア車がやってきてブルー、ウグイスなど併せて4色パステル編成、悪く言えば掃きだめ寄せ集め編成が目(だけ)を楽しませてくれたものです.
JRになって10→15両という一気に5割増量は驚きました.今の常磐線の列車は日中も15両編成が多く、ラッシュ時でも昔ほどの苦痛は感じなくなっています.

最終日の今日は午前中だけの運用のはずが、春の大嵐での遅れにより相当乱れたようです.4月8日には北千住-取手間で数往復の惜別列車が運転されるとのこと.上野駅でのこの姿も本当に見納めになってしまいました.2005年7月.

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出雲、かすが、113系、小田急9000系、箱根登山鉄道.どれも今まで撮影したことはありません.

追記:左リンク集にある錦糸堀さんのブログで最終「出雲」東京駅発の様子が速報されています.

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2006/03/18 AM 12:01:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.237 青梅線201系

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青梅線・五日市線専用の201系電車は、正面の無粋な種別表示器も無く、[青梅線・五日市線]のステッカーが貼ってあります.文字横には梅の花の絵が添えてありますが、少し離れて見ると塗装が剥げているようにしか見えませんね.(青梅-東青梅間は今も単線なんですねえ)

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2006/03/17 AM 12:02:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.236 青梅鉄道公園
青梅では少し時間が出来たので、駅裏の山を登って30年ぶりに青梅鉄道公園へ寄ってきました.最近ほとんど動かないので体力が無く、大した坂でもないのに息が切れてしまったのは情け無い話しです.昔の記憶では本当に何もない山の上だったような印象でしたが、鉄道公園の周囲がすっかり住宅地と化していたのには驚きました.
大変残念なことに現在展示機関車の半分(0系、ED16、C11、D51、E10)はシートで囲って塗りかえ中.入口で職員の方がそれでもよければ、ということで入園料の100円を徴収してました.まさかここまで登ってきて「じゃあ帰ります.」というのもそれこそ無駄足なので、再塗装が終わったばかりの古い機関車達をありがたく拝見することにしました.

園内には工事中の塗料の匂いがただよい、あちこちに作業用の道具やバケツなどが置いてありゆっくり撮影、という雰囲気じゃあなかったですが.
9608、8620、110、2220、5540.明治大正の雄.ナンバーと足回りが塗装なのは多少残念ですが、塗り替えたばかりの古い機関車たちは輝いていました.
あと数週間後には96の後のサクラも満開になることでしょう.











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2006/03/16 PM 04:50:33 | Comment(3) | TrackBack(0) | [保存車両]

No.235 猫かいぐり公園

昨日所要で青梅市を訪れました.青梅市は「昭和の街」として懐かしい光景を随所に見ることができます.市内を散策するのがとても楽しくて、つい足を止めて見入ってしまうこと、しばしばです.
住宅街の細い路地を歩いていると、こんな素朴で素敵な空間に出会いました.
点数が多いですが、頬を緩めながらご覧下さい.





































帰り際に公園を振り返ると猫たちがサヨナラと手を振っていました.サヨナラ

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2006/03/15 PM 05:26:57 | Comment(1) | TrackBack(0) | [旅の1頁]

No.234 DF50だぶる

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中央本線夜行準急「穂高」は甲府からEF13+マヌ34に換ってDF5033+DF503の重連牽引になります.編成はナハ10系にオロハネ10など、機関車客車ともまだ茶色塗装の時代でした.1965年2月甲府駅.


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10年後の1975年8月.山陰本線倉吉付近での撮影です.
この列車の最後尾にはこんなおまけ付きでした.昔は客車列車に気動車を併結する姿もよく見ました.

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2006/03/14 PM 05:25:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.233 EF16+EF15

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これは正確には同形式ではありませんが.
1977年8月、上越国境のEF16を撮りに行きました.越後中里駅からループに向かう上り貨物の重連を待ちかまえました.先頭機関車はEF1628ですが、デッキ付き機関車はこの角度からだとナンバー・プレートが手すりと重なってしまいます.

続いて本務機のEF15を後追い撮影するとなんとEF151! トップナンバーは奥羽本線福米間用のEF161からの復元機.偶然の出会いでした.

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2006/03/13 PM 01:38:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.232 ED72だぶる
以前大画像掲示板で出していた同型機重連シーリーズ、「だぶる」から時々再掲します.

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1970年8月、鹿児島本線久留米駅で見かけたED72重連牽引の普通列車です. この機関車は小学生の時、晴海の鉄道博で初めて見たときにカッコイイ!と思いました.鳩胸スタイルはJRFの最新機関車やコンテナ電車などに引き継がれていますね.同じマスクのED73は、ショートボディなのでいまいちです.

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2006/03/12 PM 07:13:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.231 デゴイチかデコイチか?

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鉄道趣味で使われる用語や通称名には一般には普及していなかったり、一般とは違う使い方をしていたりで迷うことがあります.雑誌には漢字や正式名で書かれており、ルビなどふってあることは稀ですから、思いこみのまま大人になってしまうこともあるでしょう.
漢字ではないですがD51型蒸気機関車のことを「デゴイチ」と今ではほとんどの人が呼んでいます.これは本来は「デコイチ」と濁らないのが普通でした.でもマスコミがSL(エスエル)という言葉とともにD51=デゴイチ、を普及させてしまったために、今ではもう間違いとは言えなくなってしまっています.

「エスエル」も最初この言葉を知ったときは何か格好良い響きを感じました.交友社から「SL」という高級グラフ誌が発行されるに至って蒸気機関車に対する最高の呼び言葉として、こぞって口にしていました.ところが1970年以降のいわゆる「SLブーム」でNHKを初めとするマスコミであまりにもエスエル、エスエルと騒ぐものですから、安っぽくなってしまったこの言葉に嫌気がさした元来のファン達は、あえて「SL」を使わなくなって現在に至っています.おそらく今は趣味誌上でもSLという言葉はあまり出てこないのではないでしょうか.「SL○○号」というような固有名詞の列車を紹介する場合や、一般の人に説明する場合はSLの方が判って貰いやすいので仕方ないのですが.
英語でも蒸気機関車をSLと略すことはほとんど無く、蒸気機関車自体もSteam Locomotiveではなく、Steam Engineまたは単にEngineと呼ぶことが多いと思います.
かく言うこの私も轍楽之路サイト中ではDL、DCはよく使いますが、SLは固有名詞以外は使いません.そういえばEL、ECもあまり使いませんね.(ディーゼル機関車は短く略す言葉が存在しません)

「デコイチ」は諸説聞きますが、戦中戦後にかけてもっとも普及していた機関車である D50型を「デコマル」弟分のD51型を「デコイチ」と親しみを込めて現場では呼んで区別していたようです.
じゃあなぜデゴじゃなくてデコなのか?というと両者を正面から見た形にその由来があるといいます.
D51はオデコに給水温め器が載っていて、キリリッと鉢巻きを一文字いちもんじに締めたような凛々しい姿です.

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対してD50はオデコに何もなく、丸いなで肩?で優しそう.取って付けたようですが、凸一、凸丸なんて人の名にたとえて親しみを込めて呼んでいたんだと思います.

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(赤塚不二雄の「モーレツ ア太郎に出てくるデコッ八のご先祖さまはデコイチでしたね)

他の機関車に対してはC51はシーのゴーイチ(椎野吾一さんお元気でしょうか?) C62はシーのロクニー、 D60はデーのロクマル.あるいは「の」を省略することはあったかもしれませんが、そのような呼び方を現場ではされていて、人名に例えることは無かったと思います.( C60のことをシム助と呼んでいた人を知っていますが・・・.)
1960年代からファンの間でもデコイチ・デコマルが浸透しだすと、他の形式も同じように数字をカタカナ短縮読みが始まりシゴナナとかデロクマル、シロクニなどが正式に雑誌などからでは無く、口伝えで広まりはじめました.この方式ですとD51はデゴイチ、D50はデゴマル、と一巡して戻ってきたら言い方が変わってしまったわけです.追い打ちをかけるように、そのような経緯を知らないメジャーなマスコミが「デゴイチ、デゴイチ」とカタカナで連呼するものですから世間ではデゴイチがすっかり定着してしまいました.以後数十年、すっかり少数派になってしまった生き残り元祖デコイチ党員が今さら、こっちが本家だ〜!と声をあらげても誰も聞いてくれなくなりました.

デゴイチも認めますからせめて「デコイチは間違い」とは言わないで下さいね.

私の本名もハンドルネームも名字の下の字は"ダ"です.自分の名前なのに電話に出るときに「はい、テラダです」と上手く言えません.濁点字が続く場合の発音は舌の短い人間には苦手です.

週間漫画サンデーに連載されていた沖田龍司作の劇画「デコトラ魂」の主人公が 「出虎壱丸でこいちまる」通称デコイチなんですと.

お願い:この件につきまして違う説をご存知の方が居られましたら、ぜひご教授下さい.

撮影:D51506は1966年4月八王子機関区、D5025は1969年3月追分機関区

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2006/03/11 PM 03:27:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | [現役蒸機の時代]

No.230 485系特急「いしかり」

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札幌-旭川間の急行「かむい」、ノンストップの「さちかぜ」は北海道の電車としては嚆矢となる711系が使用されていました.これはこれで高性能ですし、車内も近郊型とはいえ乗降デッキもある急行型に準じた車体ですから急行に使用しても特に問題はありませんでした.冷房が無いことを除けば.
しかし特急化が計画され、専用の交流車両が製作されるまでの暫定処置として、本州の485系交直流特急用車両を耐寒装備を強化して北海道に投入することにしました.1500番台とされた車両は外観上の大きな差異はありませんが、クハの屋根上のヘッドライトが2灯になっているのが大きな特徴でした.1974年に早期落成した車両は一時的に日本海縦貫線「白鳥」にクハに紙のヘッドマークを貼り付けて使用されていたこともあります.
1975(昭和50)年7月からモノクラス6両編成で、北海道初のエル特急「いしかり」として7往復/日の運転が始まりました.しかしやはり北海道の冬は厳しく、寒さと雪のため車両故障による運休が相次ぎ、救援のために先頭の連結器を自連に換装、冬期は計画的に運休するなどでなんとか5年間を乗りきり、北海道専用の781系電車に引き継いでいます.その際愛称も「ライラック」に変更されました.
この写真は上下とも1978年12月、函館本線江別付近です.サイドには組合のスローガンが書き殴られ、哀れな姿です

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その後は本州の青森運転所などに転属、再び「白鳥」に使われたり、新潟のグレードアップ車に改造されたりして現在も健在な車両も見られます.
勝田電車区の485系K60編成の先頭車として上野駅でも時折顔を見ることができます.2005年5月.

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2006/03/10 AM 03:33:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電車・気動車]

No.229 ブロッケン駅ライブ


昨年12月7日付けの記事でご紹介したドイツの「HSBハルツ狭軌鉄道」のブロッケン駅ライブカメラですが、昨日夕方アクセスするとスコップを持ったオジサンの顔がアップで飛び込んできました.この冬はあちらも雪が多いらしく、ライブカメラの画像も見えなくなっていることがしばしばでしたが、その除雪シーンがまさにライブで写ってしまった訳です.オジサンもまさか自分の顔が世界中に配信されるとは想定外だったでしょうね.


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2006/03/09 PM 03:19:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]

No.228 EF58だぶる荷35レ

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あまりにも有名だった東海道本線荷35列車ですが、まともに撮影したことはありませんでした.わずかに1度だけ1975年7月20日、大井川鉄道坊ちゃん列車撮影の帰途に吉原駅付近でキャッチしたようです.しかしよりにもよって何でこんなロケーションの悪い場所で撮影したんでしょうね.先頭機が鋳鋼先台車のEF5845号機だったことと、わずかにデカペンを振った結果がまあ、決まっていたのが救いでした.
EF58はスナップ的なカットは昔から結構撮っていますが、ついに専門に狙ったことは無いままで終わりました.あっ、まだロクイチなどはチャンスがあるかもしれませんね.

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2006/03/08 AM 12:27:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]

No.227 SNCF ボルドー駅

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ボルドー・ワインで世界的に有名な街ですが、かいま見た駅も素敵な場所でした.ヨーロッパでドーム式の駅というと頭端式の終着駅を連想させますが、この駅は通過式です.鉄骨で組まれガラスの端面を持つ大きなドームは長い歴史を感じさせますし、後方に少し見える駅舎は瀟洒で豪壮な雰囲気を醸し出しています.舞台に現れたBB67300、CC6500.そして客車達も共通の流れに乗ったセンスあるデザインを着こなして佇んでいます.
極めつけは駅の壁に掲示されていた一対のSNCF(=フランス国鉄)のシンプルなポスター.
「お洒落だな〜」と感じました.



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2006/03/07 AM 10:46:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]

No.226 建国35年記念入場券


一昨日にアップした「中国DL」の中のコラム「余談ですが」で取り上げようか、と迷っているウチに忘れてしまいました.
1984年は中華人民共和国建国35年、ということで盛大な行事が行われました.北京駅ではそれを記念して記念入場券を発行しています.5枚組で発売?されたものですが、そのうち4枚に機関車がデザインされていますのでご紹介します.
北京周辺の名所などに前進型蒸気機関車、北京型液体式ディーゼル機関車、東風4型電気式ディーゼル機関車、韶山1型電気機関車が組み合わされています.
言っちゃあ何ですが、まるでデザインの統一性が無いですし、一番下のものは赤帯が入場券部分にまでかかってしまっています.

まあ、こんなものもある、というだけの話しなんですが.
もしどうしても欲しい、という奇特な方が居られましたら、私あてに←メールを下さい.何故か在庫が大量に眠っています.

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2006/03/05 AM 02:32:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | [中国の鉄道]

No.225 SNCF CC6500

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No.223でパリ・オステルリッツ駅から乗っていった急行列車の牽引機はCC6500型.有名なゲンコツ機関車です.格好良いかどうかは好き嫌いがあるでしょうが、写真でしか見たことがありませんでしたから感激しました.最高200km/hでTEEなどを牽引してましたが、TGVの台頭で職場を失い、昨2005年で引退してしまったそうです.
ドイツのE103型と双璧を成すヨーロッパの代表的な名機関車といえます.この写真もモノクロなので色が判りません.同じゲンコツタイプの北総鉄道の電車のイメージと重なり銀に青塗装なんて思いこんでいましたが、ネットの写真で見ると赤系でした.記憶とは完全一致しませんが、そう言われればそうだったかなと一応納得しました.

ちょっとお遊びで着色してみたら我ながら素晴らしい出来!客車の色もあやふやな記憶で再現してみました.次の客車には着色していませんが、私が乗車していた1等車はステンレスです.
繰り返しますがこの写真はモノクロ写真に私がレタッチソフトで着色したものです.


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2006/03/04 PM 11:27:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]

No.224 4周年感謝です

おかげさまで3月3日、轍楽之路サイト開設4周年となりました.
いつも多くの方にご覧頂きありがとうございます.最近はブログの更新が精一杯で本編コンテンツの更新が滞っていて申し訳ありません.

1月にこのブログで連載していました「80年代の中国国鉄DL」を再構成してなんとか本日アップしました.一部写真も差し替えています.
あまり親しみ深くは無いかもしれませんが、国産機、輸入機併せて13型式(写真68点)の解説とギャラリーです.現在はすでに廃車になり見られなくなった型式もあります.ご興味がありましたら、おヒマ潰しにご笑覧頂ければ幸いです.
今後とも轍楽之路サイトをよろしくお願いいたします.

2006/03/03 PM 09:36:12 | Comment(1) | TrackBack(0) | [ウェブサイト・ブログ・写真]

No.223 SNCF BB67300

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1976年9月、パリからスペインに向かう急行列車に乗車しましたが、パリ・オステルリッツ駅を出発すると次の停車駅はボルドー、約600kmをノンストップ!運転停車くらいあるだろう、と思っていましたが4時間と少々を完全に全力疾走、本当に無停車で到着しました.停車時間が若干あるので風情のあるドーム式屋根を持つホームを散策しましたが、隣のホームにこれが停車していました.未電化の支線へ向かうローカル列車でしょうか.
BB67300型は電気式のディーゼル機関車で、当時の直流電気機関車にエンジンと発電機を搭載したような設計なんだそうで、最高速度も160km/hの俊足を誇るものらしいですが、見た目はズングリムックリですね.
モノクロで撮っていると色の記憶が無いものが多いことに気付きます.国内のものならば雑誌をめくれば大体の車両はカラーで載っているので補足できますが、外国モノだとお手上げです.この機関車は青系だったと思うんですが赤だと言われても否定できません.はてさて.

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2006/03/02 PM 07:10:26 | Comment(2) | TrackBack(0) | [ヨーロッパ]

No.222 EF6413@八王子機関区

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EF6413@八王子機関区.といっても何も不思議なことはないですが、これが1966(昭和41)年5月6日に撮影された写真だと聞くと、あれれ?と思う64フリークの方が約数名は居られるかと思います.

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当時EF64は奥羽本線の福島-米沢間、いわゆる板谷峠越えのEF16を置き換えるために量産中で、中央本線での使用はまだされていなかった頃だからです.
中央本線八王子以西の山区間はEF13牽引の客レ、貨物は茶色のED61重連、115系ローカルや181系「あずさ」もまだ登場前になります.

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当日は友人達と八王子機関区へ撮影に行き、D51や廃車になった86を撮影しているときに、庫の中に真新しい青い機関車が居るのを発見!興味津々観察したものです.何しろEF64 という機関車は初めて見ます.横軽のEF62、EF63によく似ていますが正面窓に取り付けられたツララガードが剣道の面やアメフトのフェースガードを連想させ、精悍な顔つきでした.

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調べるとEF6413号機は第2次量産車のトップナンバーとして、同年3月に東芝府中工場で落成しています.府中工場と八王子区は目と鼻の先ですから将来の中央線での使用を想定して、奥羽本線へ配属される前に性能試験をしていたのでしょう.
奥羽本線は43-10 で交流化され、EF6413も晴れて中央本線で活躍することになり以来40年、数年前までは八王子でも見ることができました.

いつのまにか3月です.腕時計の日付を合わせなければ.
おかげさまで3月3日、当サイト轍楽之路は4周年になります.


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2006/03/01 PM 12:45:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | [電気・ディーゼル機関車]










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