【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.1102 流鉄「若葉」風とささやきながら引退

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本日(2011.5.15)は先日お報せした通り,流鉄3000形「若葉」のさよなら列車が走りました.
これは流鉄線最後の3両編成の終焉であり、もと西武鉄道旧101系最後の現役車の引退ということで感慨深いものがあります.
「若葉」編成は朝9時から定期列車として流山-馬橋間を10往復しました.「若葉」編成は今まであまり撮影していなかったので、じっくりねらってみたかったところですが、間の悪いことに今日は13時まで柏市某所でお仕事.終了後にクルマで流山まで直行して、最後の2.5往復をかろうじて撮影できました.

↑ 13時47分,8往復目が流山駅に到着のシーンです.


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↑ 左の2番線には15時すぎ、最終「若葉」の運用を引き継ぐもと西武701系「なの花」編成が早くもスタンバイしています.


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↑ 平和台駅寄りの踏切付近から流山駅構内をテレズームでのぞきます.かつて日中は10数両の電車がひしめき合っていた構内も寂しくなりました.


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↑ 9往復目の馬橋行出発を線路脇から撮影します.


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↑ 折り返しの流山行は鰭ヶ崎-平和台間の陸橋上から.高いネットフェンスがありますが、思い切って1m以上ある手すりに登ってフェンスの上から撮影しました.還暦過ぎのおっさんとしては少々大胆な行動だったかも.
もう少し右からサイドを入れたかったのですが,それだと最初の方のロングカットが撮れません.ネットの間からおとなしく構えていた周囲の数人の方も,私の真似して手すりに載ってきました.みんなで登れば怖くない.っと.


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↑ すぐに小金城趾駅付近に移動して最終の馬橋行を撮影します.手前の新坂川にはこの直前に大きなカワウ(川鵜)が飛来してバシャバシャやっていました↓が、すぐに飛んで行ってしまいました.冷やかしかよ!




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↑ いよいよ最後の最後.最終の流山行です.何処で撮影するか迷いましたが,完全順光となる鰭ヶ崎-平和台間、さきほど陸橋上から狙った地点の地上からにしました.ここの右は住宅地ですが左側は林になっていて、アングルを工夫すると山の中のようにも見えます.人気スポットで多くのファンが構えていました.

↓ すぐに流山駅に向かいます.しばらく1番線に停車していましたので、あちらこちらから撮り納めの撮影をしました.


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今までのように各種ヘッドマークサービスなどがあるかもしれない、と大勢のファンが待っていましたが,私は20分ほどで満足して引き上げました.おっと昼メシを食っていませんでした.

数年前まで16両もいた流鉄線電車も,これで8両に半減してしまいます.

「若葉」は風とささやきながら消えてゆきました.
「若葉が風とささやく街♪」(知ってる人いる?)は流山だったのかな?



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2011/05/15 PM 05:48:13 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.1099 流鉄の話題
久しぶりに流鉄です.しかしまだ流鉄という名称がしっくりきませんね.字面だけ見ると「満鉄」に見えなくもないです.もっとも以前の「総武流山電鉄」という名称もなんだかおかしなもんです.かつて下総の国と武蔵の国を結ぶ壮大な路線計画でもあったのか?と思われそうですが,実は一時期「総武なんちゃら」という不動産屋が大株主であったことに由来するんだそうです.

とまあそんな話はともかく、昨年西武からの送り込み回送の模様をお伝えした、もと西武N101系の3代目「流星」5002Fが運転を開始していました.それがこともあろうに3月11日からです.

もちろんすぐに撮影などできませんでしたが,少し気持の落ち着いた4月5日に見てきました.
場所はいつもの小金城趾駅の歩道橋です.昨年も撮影した菜の花が咲いています.節電などによる企業活動自粛のためか,異常に澄んだ空気に3代目のオレンジが映えます..






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小金城趾駅にはこんなポスターも掲示されていました.






「若葉」はもと西武旧101系唯一の生き残りでした.ご本家の方は昨年の11月9日で多摩川線運用を終えて引退しています.他私鉄への譲渡はありませんから、かつてASカーとして西武秩父線にデヴューしたあの西武スタイルの湘南型の101系は見納めになります.

ご参考までに5月15日(日),当日の運転時刻です.

  流山9:00→馬橋9:11
  馬橋9:15→流山9:27
  流山9:30→馬橋9:41
  馬橋9:45→流山9:57
  流山10:00→馬橋10:11
  馬橋10:15→流山10:27
  流山10:35→馬橋10:46
  馬橋10:55→流山11:07
  流山11:15→馬橋11:26
  馬橋11:35→流山11:47
  流山11:55→馬橋12:06
  馬橋12:15→流山12:27
  流山12:35→馬橋12:46
  馬橋12:55→流山13:07
  流山13:15→馬橋13:26
  馬橋13:35→流山13:47
  流山13:55→馬橋14:06
  馬橋14:15→流山14:27
  流山14:35→馬橋14:46
  馬橋14:55→流山15:07



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2011/05/01 PM 10:57:41 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.1044 流鉄3代目「流星号」参上

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つい先日さよなら運転で2代目「流星号」をお見送りしたばかりですが,早くも3代目の登場です.3代目「流馬」に続いて2両編成の5002F,西武N101系が本日(2010.9.27)武蔵野線経由で甲種回送されました.あいにくの秋雨ですが,事前に運転時刻を教えて頂きましたので出かけてみました.晴れ男のはずでしたが,還暦をむかえた途端,連続して雨にたたられています.


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↑ 到着予定時刻の少し前に馬橋駅に着くと,流鉄線のホームにはパンタを降ろした2000系「青空」編成が.これが新編成をエスコートするようです.この回送運転のため定期列車は久しぶりに2番線に発着します.


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↑ JR貨物カラーのDE101750に牽引され武蔵野線方面から到着します.


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↑ あざやかなオレンジ+白帯は由緒ある?流山電鉄オリジナルカラーです.


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↑ もと西武801系の「青空」とは久しぶりの出会いです.


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↑ スーパーひたちとの初邂逅


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↑↓ 引き込み線をスイッチバックして,流鉄線に繋がる側線に進みます.


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↑ 武蔵野線方面から原色のEF6438単回がやって来ました.


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↑ DEを切り離します.


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↑↓「青空」を連結.


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↑ 通常は使用しない2番線の最古参「なのはな」.もと西武701系.再度後輩の影におびえているのでしょうか.


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↑ 4両編成でホーム端まで移動します.


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↑↓ アダプター(兜)を介して連結.ブレーキ管は繋ぎません.


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↑ 流鉄線ホームに入線.ホーム長は3.5両分くらい.


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↑ 階段の窓から撮影してみました.


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↑ ホームから車内を覘いてみました.(雨粒と反射のために見にくくてすみません)
本来の密着連結器2組がパレット上に載せられていました.
↓ ブレーキ読み替えユニット.これが無いとJR線上を回送できません.2両ともに搭載されていました.


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↑ 運転台.プレーキ弁がありません.


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↑↓ 前述の連結器アダプター.つい数日前にどこかで見たぞ!(何日か前のブログ記事をご覧ください)


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↑ 空欄にするなら何も書かなければ良い.なんか余計なお世話焼きかな?


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↑↓ 1本先行して小金城趾駅の歩道橋で撮影しました.ポイントはここしか思いつきませんでした.雨の中,5人ほどの同業者さん達と傘をさして撮影.電車も霞んでいます.今日はTV局の取材はありませんでした.


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次の電車(回送運転のため7分遅れに時刻変更)で流山へ向かうも,すでに「若葉」編成により庫の中へ押し込まれていました.手前は先日引退した2代目「流星号」(もと西武101系).3代目とは並ばせたくないのか,わざわざ反対側の先頭車をこちらに連結(連結器も交換している)して,先頭車同士を突き合わせて見えないようにしていました.
まだまだ使える旧101系は「若葉」編成と共に3両編成に改造済みなのですから,伊豆箱根鉄道,三岐鉄道などへの再売却もありえるかとも思います.

5002Fはおそらく来春には,「新々流星号」として営業を開始することでしょう.

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2010/09/27 PM 11:20:20 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.1035 流鉄「流星号」引退

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本日2010年8月29日,流鉄3000形「流星号」クモハ3001+モハ3101+クハ31編成のさよなら運転が行われました.午後からは仕事が入っていたので,午前中のみの撮影になりましたが,効率を良くするためというよりも,猛暑対策でクルマで行きました.前回「明星号」引退の時はパトカーの警官と一悶着あったので心配しましたが,今日はパトカーどころかファンの数自体もチラホラ+αでしたので全く問題ありませんでした.

撮影順に並べてみました.
↑↓ 平和台-鰭ケ崎


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↓ 小金城趾駅


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↓ 小金城趾-鰭ケ崎


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↓ 鰭ケ崎-平和台


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↓ 幸谷-小金城趾


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↓ 小金城趾駅


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↓ 小金城趾-鰭ケ崎


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↓ 幸谷-馬橋


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「流星号」の塗色は本来の総武流山電鉄オリジナルカラーです.いずれ入線する?であろう次期導入車両での復活を願いたいですね.

小金城趾駅の跨線橋で何気なく話しかけてきた青年が,途中で「某TVのものです」と名乗りました.なんと最初から手に持っているだけだと思ったハンディカムで撮影されていました.聞いたことのない番組名(覚えていない)を言われましたが,万一見かけるようなことがあっても気にしないようにお願いいたします.真面目に答えていないのでボツになるとは思いますが.
「以前西武線沿線に住んでいまして,当時通勤に毎日のようにお世話になったもと西武101系電車の引退に敬意を表して撮影に来ました.」なんて格好いい科白を吐けば良かったかな〜.とも思いますが.暑さでなんの気も回りませんでした.

小金城趾駅の歩道橋,欄干に一段登って手すりに肘をついて撮影するのですが,この手すりが鉄製で,この猛暑のため滅茶苦茶熱せられています,アッチッチ〜!当然のごとく半袖では耐えきれません.こんな経験初めてです.

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2010/08/29 AM 11:09:55 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.962 流鉄5000系3代目「流馬」登場

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先月1月20日より流鉄(旧総武流山鉄道)に、もと西武N101系の5000系2両編成がデビューしました.久々の新車です.
流山到着直後のレポートをしたのが6月23日でしたから、整備に半年間を要したことになります.
近所なのでいち早く見に行きたかったのですが、少々体調が悪くて今日になってしまいました.よりによって雪の朝ではありますが、他へ行く用事がありましたので馬橋駅へ寄り道です.2両編成は3本ありますので、必ずしもすぐに5000系が現れるとは限りませんでしたが、到着後すぐにやって来たのははたして「流馬」でした.西武N101系の顔は少々大げさなボリューム感があり、2両編成では頭でっかちで役不足のようでもあります.あざやかなスカイブルーが残雪の中で蛍光色のように輝いていました.


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もう少し3代目「流馬」を撮りたくなり、午後に再びやって来ました.


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小金城趾駅で運転士さんがホームに降りましたので、ガラス越しに1枚.「乗務員室」の文字を避けて無理な体勢で撮影しましたので、ちょっと車内が写り込んでしまいました.キャブ内は西武時代と大差ないと思いますが、2つしか無い方向幕表示スイッチとワンマンのドアスイッチがブレーキ弁右横に見られます.開扉操作はこちらで行い、閉扉は従来通りドア横のスイッチで後方確認をして行っていました.
車内側から見ると太いセンターピラーは、かつての西武501系、国鉄80系、いやEF58かな?などを彷彿とさせます.


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流山駅で正面を撮影しました.「流馬」のヘッドマークは従来のよりも高級感がある5角形のものになっていますが、黒字に濃い赤文字では間近で見ないと読めません.「青空」「なの花」には無かったワンマンの表示があります.


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以前は3両編成が4本、2両編成が2本所属していてにぎやかだった流山駅構内も寂しくなりました.側線にはお役御免になった3両編成の「流星」「若葉」がまとめて留置されています.流鉄線上ではもと西武101系とN101系は共存しなかったとは意外でした.
えっ「聞いてないよう〜」って?初耳でしょうか?そうなんです.流鉄は1月20日の3代目「流馬」デビューと共にすべての列車が2両編成に統一されてしまいました.同時に全列車ワンマン化されたのでワンマン設備を持たない3両編成車はもう使われません.今後引退のイベントがあるかどうかは不明ですが、かつて16両もいた車両がわずか6両の小世帯になってしまうのは本当に寂しいですね.


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残った「青空」(もと西武801系)、「なの花」(もと西武701系)も経年が進んでいますので、近いうちにN101系(タネ車がまだあるかな?)に置き換えらてゆくものと思います.予想されていたとはいえ、TX開通による影響は大きいですね.そのTXの方は年々利用者が増加して増結も検討中とのことです.流山市もTX効果で人口急増中というのですから何とも皮肉なものです.

帰路は流山駅から小金城趾駅まで歩きながら撮影しました.


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2010/02/02 PM 09:38:42 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.897 新々「流馬」流鉄5000系 arrival

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西武から流鉄に譲渡される新編成5000系クモハ5001+クモハ5101(もと西武N101系273F)が、数日前に西武線内を回送される姿がネットで見られましたので、そろそろ着いている頃かと本日午後に流山の庫を覗いてみましたところ、居ました、居ました.
一番撮影しにくい庫の中でしたが、すでにパンタを上げて調整中でした.ブレーキ音や発電機の音も元気に庫内に響いています.

予告のポスタークリックでは今冬の登場ということでしたが、もう明日にでも営業に就けそうな雰囲気でした.(後述のようにまだまだのようですが)
先日引退した「明星」編成もまだ構内にありますね.(↑左下の車両)


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帰宅後他サイトのブログで昨日、武蔵野線経由で回送され流鉄線内は「なの花」が牽引したとのことを知りました.

よく見ると前面の無線アンテナ、標識灯、排障機、電連などが未装着です.これではまだまだ走れませんね.今後ストック部品が付けられるものと思います.

新編成の愛称が「流馬」になるとはまだ正式にコメントされていません.巷間の噂とその塗装から間違いはないと思うんですが.違ったらゴメン.
流鉄線内でこの5000系がパンタを上げた姿はネット一番乗りかもです.

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2009/06/23 PM 03:08:58 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.873 さよなら流鉄の「明星」

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本日4月29日をもって流鉄(総武流山電鉄アラタメ)2000系の「明星」編成が引退.ファイナルランが午前中から行われました.この車両はもと西武鉄道701系745F編成で昔は車番特定での記憶はありませんが、絶対にお世話になっているはずです.

今日はGW初日で気持よい快晴でしたが、一昨年の「流馬」引退時よりもファンは若干少なめだったようです.
私は午前中は用事があったので、午後最後の2往復を小金城趾駅付近で見送りました.


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さよならのヘッドマークは前後で異なっており、西武時代の列車種別板掛けには何処かで見たような配色の「明星/惜別」のサインが付けられています.


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↑最後の上り馬橋行、線路両側の緑が奇麗だったので、私としては珍しい300mmでの正面ドカンで連続撮影してみました.種別板掛けの表示が「最終」にかわっています.


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↑いよいよ最後の流山行が小金城趾駅に到着.馬橋行の「青空」(もと西武801系803F)と交換です.


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↑今回は流山駅には行かず、ここでお見送りさせて頂きました.さようなら forever!

「流馬」廃車時に代替車の入線はありませんでしたが、今回は西武新101系が来るようです.噂によればスカイブルーの3代目「流馬」になるとか.



残るもと西武701系は2両編成の「なの花」(西武757F)のみ.こちらもあと数年でしょうから、最後に西武赤電色にして頂けませんかね〜.署名運動でもしましょうか.

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2009/04/29 AM 11:09:55 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.637 FInal さよなら流山線の「流馬」
いつまでも「流馬」でダラダラ引っ張っても飽きるだけなので、写真点数が多いですが完結させてしまいましょう.(いずれ本編のコンテンツに追加するつもりです)

最終日2007年11月18日の小金城趾駅付近でのカットを並べます.もう晩秋ですね.

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「流馬」最終便の馬橋発14時40分の下り61列車を後部から.ちゃんと改札を出て乗車券を買い直しましたよ.

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流山到着寸前の先頭車車内.「さよなら流馬」の告知ポスターも虚しいですね.

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14時52分に流山到着.予想通り狭いホームは大変なことに.運転手さんは行き先表示をすぐに白幕にしてしまいました.


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10数分停車してから側線に転線、ホーム前に停車するとの話もあったのですがそのまま車庫へ入ってしまいました.

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私はすぐに帰ってしまいましたが、実はこのあとに、アンコールに応えて車庫から再登場.ヘッドマークを付け換えたり、惜別マークを表示したりの最後のお披露目がされたということです.

この写真は昨日、2007年11月23日の「流馬」です.車庫内に留置されていますがすでに部品の取り外しが始まっているようです.

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これにてさよなら「流馬」GALLERYは終了です.
リタイアした「流馬」には申し訳ありませんが、陽気も良かったので当日初めて流山線を訪れた人も多いようです.この東京郊外の不思議なローカル私鉄の魅力を知って頂く良い機会になったと思います.
私も地元なのに今まで真面目に撮影していませんでしたが、今回あらためて流山線のロケーションの良さと、昔慣れ親しんだ西武電車の想いでに浸ることが出来ました.

※はからずも?写り込んでしまっているファンのみなさん、なにとぞご容赦くださいね.

※さよなら流山線の「流馬」GALLERYのブログ記事はこちらから全部ご覧になれます.
※本編「流馬がゆく」はこちらからご覧ください.

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2007/11/24 AM 01:26:23 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.635 流山線「流馬」を見送ったカルガモ

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小金城趾駅前の新坂川にはカルガモがいつものんびりしています.前回の7日には数羽しか見えませんでしたが、今日18日には数十羽が水の上に浮かんでいたり、護岸の上で羽を休めていました.
ただ「流馬」の走りばかりを狙っていても面白くないので、このカルガモさん達との絡みのシーンを撮影することにしました.
ところが動物や鳥の写真ではいつものことなんですが、なかなかじっとしていてくれません.あそこに居てくれたら、なんて思ってもすぐにスイスイ位置を変えてしまいます.また↓のカットを撮るために橋の上に立っていると、誰かがいつもここから餌をやっているらしく、どんどんこちらに寄って来てしまいます.「そこでストップ!」と言っても聞いてくれるわけもありません.橋の直下まで来られてはお手上げです.電車、特に「流馬」が来た時には、どうもいけませんでした.
また群れは家族なんでしょうか、5-6羽でまとまっていて、なかなかそれ以上集まってくれないのも迫力に欠けます.


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しかし日頃の行いでしょうか?! 最後に奇跡が起きました.↓このカットはラストから一本手前の流山行の後追いです.この次の馬橋行に乗車して、折り返しの最終便に乗る予定でしたので、これが私が撮影できる最後のカットになりました.
向こうの橋の下に居た一群と手前の2家族が合流したんです.これは興奮しましたね.ちょうど「流馬」が駅を出てゆく瞬間に一つの群れになったのは全部で17羽!この日これだけの数がまとまって居るのを見たのは初めてでした.

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この3家族は合流したわけではなく、そのまま離合して行きましたから、私のために集まってくれたのかもしれません.(そんな訳ないだろう!)
ちなみに集まっていた他のファンの人たちは、カルガモさんには全く興味が無いように見受けました.

これは7日のカットですが、鰭ヶ崎-平和台間の道路を挟んだ、小さな池というか水溜まりにシラサギが来ていました.シラサギは私の家の辺りでも田んぼや近所の手賀沼などに多く居ますが、そのスマートで清廉な姿は精彩で優雅でとても好きです.この場所では電車との絡みは無理かと思いますし、人が近づくとすぐ逃げてしまうので、撮影はやっかいです.
この時もすぐ飛び立ちました.飛ぶ姿も美しいんですが、とんでもない背景で残念です.

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(まだ続きまっせ)

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2007/11/21 PM 03:27:26 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.634 流山線「流馬」を見送った新撰組

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「流馬」最終便となった馬橋発14時40分、流山到着14時52分の下り61列車には前述の通り、新撰組2名が乗車していました.他サイトによると、この2名は3月31日の鹿島鉄道最終日にも出没していたとのことです.

流山は近藤勇と土方歳三が敗走の末行き着き、酒造家長岡屋に最後の本陣を置いた地です.


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(まだ明日へ続きます)

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2007/11/20 PM 10:01:07 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.633 流山線「流馬」昨日ラストラン

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上が11月18日、下が11月7日で、同じ小金城趾駅の歩道橋から撮影しています.昨日書きましたようにヘッドマークが前後入れ替わっています.これで最終日にも撮影しに来た甲斐があるというものです.
これはファンサービスというよりも、最終便の流山行正面に日本語のマークが付くように配慮したものだと思います.

前にもご覧頂いてますが最終日のカットから、それぞれのヘッドマークをご覧頂きます.
馬橋側に付いたFAINAL RUNだけのマーク.  小金城趾-幸谷

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流山側に付けられた、さようならが添えられたマーク. 流山駅

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最終便の流山行だけ正面右窓上に[惜別]の列車種別板?が掲げられました.添えられた英文が泣かせます.アップでどうぞ.

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(明日へ続く)

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2007/11/19 PM 03:31:34 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.632 流山線「流馬」本日ラストラン

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本日がラストランでした.朝は冷え込みましたが日中は天気も上々で、沿線にはおそらく流山線はじまって以来のファンが散らばっていたと思います.
9時ころから15時前まで11往復もしますので、私はのんびりと11時すぎに家を出ました.小金城趾駅付近の運河には7日と同じくカモさん一族が群れていましたので「流馬」との組み合わせを楽しみました.
最終便だけは、馬橋からお名残乗車です.この列車だけ前面窓右側上(西武時代に列車種別を掲出していたところ)に「惜別」マークが付き、車内には新撰組の装束のお姉さんが2名乗車しました.新撰組は流山に近藤勇と土方歳三が最後の陣屋を構えたということで縁があります.しかし新撰組による暗殺説もある坂本龍馬にかけたわけでは無いですよね.はからずも、龍馬ならぬ流山線の「流馬」は2人の新撰組装束のお姉さんに見送られたことになります.

ところで撮影したカットをモニタチェックしていて、ヘッドマークが7日に撮影した時と前後逆であることに気がつきました.最終日はヘッドマークに変化があるかも、という噂はこれだったわけです.

本日撮影分は明日以降のブログと先日アップした本編の「流馬がゆく」コンテンツに追加しようと思います.画像処理に時間がかかりそうなので一気に、とは行かないかもしれません.

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2007/11/18 PM 03:39:14 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.628 流山線、動じないハトのみなさん

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小金城趾-鰭ケ崎間の坂川鉄橋です.本編でも書きましたが、架線横の電線にノバトがずらっととまっています.真横に電車が来れば相当な風圧でしょうし、パンタグラフの摺り音など音もかなりなものでしょうから当然飛び立つものと思っていました.ところがご覧のように全く動じません.電車はまったく危害を加えない、ということをよくご存知のようです.
上の「明星」が行って、小金城趾駅で交換した「流馬」がやって来るまでには数分のインターバルがあります.しかし較べてみるとハトの位置は全然変わっていません.横の電線どころか吊架線上やビーム上の強者も居ますね.ちょっとした驚きでした.

ところで「明星」の色は明るい茶色なんですが、写真になると「流星」の明るいオレンジと似た色になってしまいます.この日のように曇っている場合、そのままでは濁った色になってしまうので多少彩度を上げなければいけないのですが、オレンジにならないようにする調整が微妙で難しいです.

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2007/11/12 PM 11:31:05 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.627 流山線を300mmで
11/11追記
続けて流山線の記事を書こうと思っていましたら、サーバーからFTPサーバーの緊急メンテナンスのメールが届きました.このブログは画像を本編サイトのサーバーに上げて、そこからリンクしているので残念ながら更新できません.期間は12日までとなっていますので、せっかく書く気になってるのに残念なこってす.



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今回流山線で撮影した中で気に入ってるのがこのカットです.
小金城趾駅での「明星」(手前)と「流星」の交換風景を歩道橋上から300mm、もちろんズームですが換算450mmという、いわゆる超望遠で引きつけてみました.手前にある架線、架線ビームや、パンタグラフなどの隙間の空間に「流星」の先頭部がいかに収められるかが勝負です.
最初に狙ったカットは↓の方です.どうやら架線ビームのたすきがけの補強材の間に先頭部が入りそうでしたから.
本命の↑はホーム上屋にかかる瞬間=先頭車の側面が最大限見える瞬間を、ギリギリまでこらえてシャッターを切りました.


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いずれもノートリミングとは言いませんが、いじったのは周辺の電柱整理と角度調整のみです.この歩道橋は幅が1m少々しかないので三脚や脚立は使えず、手持ち撮影しかできません.また前面に障害物が非常に多いので電車の先頭部にピンを合わせるのが至難の業です.何本か同じシチュエーションで撮ってみましたが、なかなか巧くいきませんね.
データはISO400 ・1/250 ・F8くらいです.

100mm(換算150mm)ではこんなもんです.あまり面白くありません.

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昔はこんな写真を撮ろうと思ったら、バズーカ砲のような大きなレンズに大型三脚が必要で、素人にはとても手が出せるもんではありませんでしたが、首から下げられるような小さなレンズで手軽に撮影できるんですから、いい世の中になったもんです.しかしこのレンズ、10数年前にフィルムカメラ用に購入したものなんですが、デジ一眼にしてから大変重宝しています.

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2007/11/10 AM 12:39:29 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.626 流山線「流馬」リタイア

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先日からのtopページの写真などでお察しかと思いますが、流山線の2000形「流馬」が今月の18日(日)で引退です.それにちなんで、ヘッドマークの取り付け(4日から)と記念入場券の発売が行われています.

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この車両はもと西武の801系809F編成なので昔からなじみがあり、柏市の自宅からは近いのでぜひ撮影をと考えました.
しかし、です.流山線は日中と土日は2両編成の「なの花」と「青空」編成で運転されていて、3両編成の「流馬」を撮影するのには平日の朝しかチャンスがありません.しかも予備に回れば終日流山のお庫入りですから運の良さが要求されます.いくら近いとはいっても、夜が明けたばかりの6時すぎに家を出るのは、夜更かしの私には大変です.
実はNo.625の「なの花」を撮影した日もちょっと出遅れ、「流馬」はすでに流山駅の1番線に留置されてしまっていて走行シーンは撮影できませんでした.そこで本日はしっかり早起きして行って参りました.幸い6時40分から9時45分、一番最後まで走る運用に入っていたため、かなりの本数が撮影できました.天気はあまり芳しくなかったのですが、かえって逆光側からの撮影もできて、これはこれでOKでした.
成果は他の車両のカットとともに早ければ明日( 8日)にでも本編にアップいたします.
9日にアップしました

車内からロケハンすると住宅ばかりで狙い所はあまり無いように見えますが実際に沿線を歩いてみると、緑や川などを絡めた結構いろいろなアングルが発見できるものです.

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最終日18日は日曜日ですが、しっかり日中に11往復も走ります.確実に走行シーンをゲットしたいならやはりこの日しかないかもです.一説によると違うマークが付くとの噂も・・・・・.私も機嫌が良ければ行くと思います.

        これが記念入場券です.


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2007/11/07 PM 01:03:41 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

No.625 流山線「なの花」

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仕事がオフ日の今朝はよい天気でしたので、近所の流山線(総武流山電鉄)へ散歩に行ってきました.
馬橋駅では松戸方に「写してくださいな」と言わんばかりに、順光線を浴びて黄色い車体を輝かせたもと西武701系の「なの花」編成が休んでいました.よく見ると円形のヘッドマークが付けられています.撮影はJR常磐緩行線のホームからです.

流山線のホームに行くと、ちょうどその「なの花」編成がホームに据え付けられ、次の流山行きになります.出発まで時間があるので前後のマークや室内、運転台などを撮影しました.流山線にはもと西武の701、801、101系が各色に塗られて活躍していますが、この編成が西武時代の塗色に近くてほとんどそのままの室内も含め、往時の面影を懐かしむことができます.

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ガラガラのこの電車に流山まで乗車、構内に居る他の車両を見ているうちに「なの花」が馬橋へ向けて出発して行きます.なんとヘッドマークがありません!気がつかないうちに前後とも外されてしまっていました.

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駅員さんにうかがうと、昨日11月4日に鉄道の日のイベントがあり(知らなかった)、そのために「青空」編成とともに1ヶ月前からヘッドマークが付けられていたんだそうです.本来ならば昨日外すところでしたが、昨晩は馬橋駅留置でしたので今朝私の乗って来た列車まで付いていた由.なんか貴重なシーンに出くわしちゃいましたね.

これも懐かしいFS342台車です.ご覧のように国鉄のDT21型と同じ形をしていますが、国鉄103系電車にベルト式の西武が開発した戸締め機構を採用するのとバーターで、国鉄型の既製台車を導入した、といわれています.モーターもMT54と同形です.

(画像をクリックするととても大きく拡大されます)

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2007/11/05 PM 11:54:18 | [総武流山電鉄改メ流鉄]

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