【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.1046 583-9613

10.13追記:今日の201系運用は13Tだそうです.
東京11時22→高尾12:22/12:32→東京13:29/13:35→武蔵小金井14:14(入庫)
武蔵小金井19:39→東京20:17/20:20→青梅21:42/21:51→東京23:19/23:24→豊田0:32(入庫)

10.12追記:サボっちゃってますね.
今日は「カシオペア」長期運休前の最後の上野出発.専用色が入ってもよいタイミングでしたが,513号機だったとのこと.もし509、510であればあさっての朝は栃木福島県境辺りまで遠征しようかな.とも思っていたのですが,残念な反面行かなくてもすむので安心もしました.しばらく「カシオペア」とはお会いできませんね.

201系,今日も頑張って走っているようです.もうすぐ東京19時27分発豊田行.で豊田区に入庫してしまいます.


本題の前に

明日(2010.10.7)上野到着の「カシオペア」は久々に専用色EF510-510の牽引予定です.「カシオペア」は上野発8日(金),10日(日),12日(火)のあと3回往復(上りは14日上野着)すると,2ヶ月間の運休期間に入ります.運転再開は12月17日(金)です.

も一つ,中央線の201系は17日が松本行のラストランです.前日まで定期運用に就くかは不明ですが,本日も過酷な27T運用で頑張っているようです.27T運用は豊田4時54分発→三鷹午前1時21分着.なんと20時間以上の連続勤務で約800km!を走破します.退職直前に酷使されてますね.




かつては大きいクルマや速いクルマに乗っていた時代もありますが,今や遠出はしないし,乗せる者も居ないし、無茶して飛ばさないし,お金は勿体ない(無い?)しで,買い物や近場で撮影の脚としてこいつに来てもらいました.
今までは1300のコンパクトカーでしたが,居住性と乗り心地はこちらの方が上,性能も排気量は半分しかないのに,どっこいです.

40年前,免許を取得した時に最初に乗ろうと思いカタログを貰ってきたクルマは,何あろう当時発売されたばかりのホンダライフでした.実際に乗ったのはギャランになりましたが.今回還暦をむかえたのを機に初志が叶ったことになりました.

一目見ただけで絶対に忘れないナンバーです.9613は私の好きな大夕張鉄道の96、[NO.7]の国鉄時代のナンバーです.ついでに583系も好きな電車です.






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どこか撮影地で見かけたら声をかけて下さい.

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2010/10/06 AM 12:23:36 | [クルマのはなし]

No.886 トゥクトゥク・バストラム・斜行モノレール

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↑昨日都営線を乗換えるために地上の道路を歩いていると、タイのミゼットタクシー、「トゥクトゥク」を発見.ちょうどオーナーさんが整備中でしたので、おことわりして撮影させて頂きました.
日本でも走っていたんですね〜.と思って調べたらこんなサイトがありました.

↓王子北とぴあから都電を300mmで狙っていると、7520号の後からトラムタイプ(というよりもサンフランシスコ.ケーブルカー型)のバスが道路を追いかけてきました.そしてカーブをまわって親水公園のメタセコイアの大木の影を出たところで見事並んでくれました.大したことではありませんが、こういった偶然に出会えるのは楽しいですね.
でもこんなオープンな客室で、木製のベンチ付きのバスが日本国内で走れるんですね.


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↓上の写真からカメラを左に振った、飛鳥山公園の法面にこんなものが出来ていました.この7月にオープンの斜行モノレールです.車両(ゴンドラ?)には青いシートがかかっていますが.今まで階段を登らなければ行けなかった山上の公園に楽に行けるバリアフリーのための施設だそうです.
しかし、この場所に近いJR王子駅の改札口はホームまでのエスカレーターもエレベーターもありません.エスカレーターのある北側の改札口からは大回りする横断歩道か、歩道橋を登らなければなりません.
北とぴあから見える乗り物がまた一つ増えます.


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2009/06/08 PM 04:15:49 | [クルマのはなし]

No.742 ランサー爆走

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北海道上士幌町の国道273号、砂ボコリを率き連れてぶっ飛ばす三菱ランサー.フロントが若干持ち上がっているように見えるのはアクセル全開の証拠です.
1973年の夏、友人のこのクルマで北海道を走りましたが、ところどころ好適地を見つけてはこのような Photo runby をやっていました.この場所は層雲峡方面から、前年に開通したばかりの三国トンネルを抜けて峠を降りて来たところ、士幌線の十勝三脵駅のすぐそばですが、幅員の広い未舗装のストレートが続いています.
ドライバーは私で、カメラマン役の友人を降ろすと2kmほど逆走してからフルスロットル! 7-80km/hでは若干お尻を振りますが、そこを超えるとピタッとハンドルは落ち着きます.さらにメーターは上がり続け、とてもとても書けないような速度でカメラの前を通過しました.バックミラーの中は巻き上げた砂ボコリで真っ白です.
ヒール&トウ+ダブルクラッチでシフトダウンしながら停止しますが、少し走路をずらさないと同じ速度で追いかけて来た砂ボコリに猛襲されます.この時は少し失敗、窓は慌てて閉めましたが数分間は視界が無くなってしまいました.
国道とはいえクルマの通行はほとんどありませんでしたので、他のクルマに迷惑はかけていません.が、今思えば無茶してたもんです.
この時の速度は、おそらく貴方が想像しているよりももっと上です.

当時はまだほとんどのクルマにエアコンは付いていない時代です.幹線道路でも未舗装区間が多かった北海道の道を窓全開で1日走ると、髪の毛は汗と埃でスーパーハードのムースで固めたようにバリバリになってしまいます.宿の風呂で洗髪すると、信じられないような真っ黒なお湯が流れて行きました.

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2008/06/18 PM 03:39:14 | [クルマのはなし]

No.623 KPGC-10、GTR

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幕張メッセでモーター・ショーが開催されていて、久々に発表された日産GTRが話題になっています.今のGTRはビッグパワーの豪華スポーツカーの位置づけで、それこそポルシェやフェラーリ、さらにベンツのスポーツクラスがライバルといえますし、価格的にも一般人にはおいそれと手が出ないような高価なものです.

日産GTRの先祖ともいえる、スカイライン2000GTR、KPGC-10は1970年に発売されましたが、レースに出場するためのホモロゲーション・モデルで僅か2000台ほどの生産台数です.エンジン以外は一般道を走行するための最低限のものしか装備されていません.タイヤや足回りなどはレース仕様のものに換装されることが前提で、今ではすべての乗用車にに装備されているラジアルタイヤさえ標準仕様では履いていないのです.エアコンなんてオプションでも装着できませんし、ヒーターやラジオもありません.まあ実際にはその辺は付けている場合が多かったようですが、1976年に私のところへやって来たKPGC-10には本当にラジオが未装備でした.これではちょっと不自由でしたので、立川町へ行ってスカイライン2000GTのもののラジオ付きインパネ全部を10000円で購入、自分で付け換えました.
しかし、アシストの無いハンドルは据え切りなどできない超重いもので、路地などを低速で走る時や駐車する時には上から体重を載せて、切り下ろすようにしないとなりません.ブレーキもサーボ無しで思いっきり踏まないと効きませんし、クラッチもアクセルも重くてまるでトラックのようでした.ミッションはポルシェタイプのグニョグニョなフィーリングですが、シンクロが若干弱くてシフトダウン時はもとより、急加速でのシフトアップでもダブルクラッチによる回転合わせをしないとスキッドしてしまいます.

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エンジンは日産のレーシングカーR380用のDOHC直6、4バルブ、ソレックスの3連キャブをそのままディチューンしたもので、アクセルをひと踏みするだけで一気に9000回転まで吹き上がりました.発売当時確か160万円ほどした新車価格の大半はこのエンジンが占めていたと言われていました.
スタートでのクラッチミートは2500回転以上でないと場所を選ばず、即エンジンストール!いわゆるエンストです.ソレックスキャブは大量のガソリンを噴き出していますからプラグは大体カブってしまい、熱で乾くまでの数分間は交差点の真ん中であっても再始動は不可能という事態に陥ります.さらに燃費はコンスタントに4-4.5km/l、もちろんハイオク!

(画像をクリックすると拡大されます)

こりゃあとんでもないクルマじゃわい、とお思いでしょう.まさにその通りです.しかし程よいチューニングをほどこし、都会を離れて山中に分け入り、舗装でもダートでも常にエンジン回転を上げて走れるシチュエーションに嵌れば、これは一気に天国です.暴走族と紙一重と言えばそれまでですが、それを他人に見せびらかすわけでも無し、助手席の女の子を喜ばすわけでも無し、一人静かにクルマを繰る喜びを味わっていたわけです.
もちろん無茶すれば一気に天国どころか地獄へ直行してしまいますが.そこは本能といいますか、無理や無茶は即財布に影響してしまいますので自己防衛力が働いていたようです.

(画像をクリックすると拡大されます)

しかしデリケートなクルマで故障も多くて、相当な出費が続きます.ちょうどその頃からいろいろな世界の人との付き合いが増え、酒とコミュニケーションが楽しくなりクルマにかける情熱が失せてきてしまいました.
KPGC-10が私名義であった期間は1年足らずでした.

写真は秩父三峰山奥の大洞林道です.途中で行き止まりになりますので対向車は皆無です.単独行が多かったのでKPGC-10の写真はほとんど残っていません.

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2007/10/29 AM 11:09:55 | [クルマのはなし]

No.615 事故に遭いやすいドライバー
唐突ですが、 以下のようなドライバーは交通事故に遭遇する危険が大です.

・ステアリングを内側から操作する人.
いわゆる内かけハンドルですが、いざという時に大きくハンドルを切れません.キックバックで指を骨折する可能性も.

・前のクルマに追いついた時、車間を空けて走れない人.
前のクルマのさらに前の状況が読めないので追突する可能性が高いですし、前のクルマのドライバーがいつもバックミラーを気にして、精神的な負担をかけてしまいます.特に2輪バイク、特に民営化された組織のお兄さん、オジさん.

・なかなかウインカーを出さない人.
先日ウインカーを出さないで右折してきたクルマと衝突しそうになりました.道路端から動き出す時は必ず出してね.
停車中のバスを追い抜いた後、もとの車線に戻る時に左のウインカーを出す人はほとんど居ませんね.

・うす暗くなってもなかなかヘッドライトを点灯しない人.
いつかぶつけられます.特に黒いクルマは日中でも点灯してほしいくらいです.

・降車時にギアをDやRに入れたまま、サイドだけで止めてる人.
問題外ですが、結構居るんです.本当.エアコンのスイッチが自動的に入るとアイドリングの回転数が上がって動き出しますよ.

・サンルーフから子供の頭を出させている人.
これも問題外.その子の命は無いも同然です.

・前のクルマが左折し終わらないうちに、右から追い抜く癖のある人.
左折車は横断歩道などで急停車する場合があります.

10月になって急に秋になってしまいましたね.暑がりやで汗っかきの私にとって歓迎すべきことなのですが、なぜか目がしょぼしょぼしてます.何かの花粉が漂ってるんでしょうか?
10月1日なので昔のダイヤ改正の話題でも、と思ったのですが、スキャンしている時間が無いので適当に書いてしまいました.


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2007/10/01 PM 10:57:41 | [クルマのはなし]

No.282 F1選手権inジャパン[2]

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これはイギリスのサーティース・チームのアラン・ジョーンズだったと思います.このクルマのスポンサーが話題になりました.durex社は最近日本でもテレビ・コマーシャルをやってるのでご存知だと思います.これは教育上よろしく無い、なんていうお節介を言う人がどこにでもいる訳です.当時の世間の意識を考えれば納得できるエピソードなのかもしれません.しかし、この頃の国内のレース・カーにはタイヤも作っているO本R研社のOKサインのステッカーが貼ってありましたが.

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2006/05/10 AM 12:39:29 | [クルマのはなし]

No.281 F1選手権inジャパン[1]

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まだ鈴鹿サーキットでのF1日本グランプリが開催されるようになる前、1976年と1977年の2回だけ10月に富士スピードウェイ(FISCO)でF1チャンピオンシップが開かれたことがあります.1976年は鈴鹿でF2クラスによる「日本グランプリ」という名称のレースがすでに決まっていたため、富士でのレースは国内的には「F1選手権inジャパン」と称されました.
この年はマクラーレン・チームのジェームス・ハントと、5月のレースで起きた火災事故での瀕死の重傷から甦ったフェラーリのニキ・ラウダとの壮絶なるチャンピオン争いで話題のレースとなりました.
また日本チームで日本人ドライバー数人のスポット参加など、見に行くっきゃない!ということで通常国内レースの4-5倍もするチケットを購入しての観戦行でした.
ところが当日は生憎の雨.それも中途半端な雨では無く、レース開催が危ぶまれましたが、約2時間遅れでどうにかスタートしました.
まあ、そんなレース経過はともかく、この年と翌年はティレル・チーム(当時日本語訳はタイレル)からこんなクルマ(タイレルP-34)が参戦していました.なんと前輪を小径4輪とした6輪車です.前面の空気抵抗の減少と接地面積増加によるブレーキ力の向上が目的だったようで、1年目はそれなりの性能を発揮して優勝もしています.
翌年からボディ下面全体を逆翼断面にする、いわゆる「ウィング・カー」が登場したため、この珍車も僅か2年の寿命でした.現在はレギュレーションで4輪車以外は禁止されているので2度とレースに現れることはありません.
(写真上:カーナンバー3、ジョディー・シェクター.写真下:カーナンバー4、パトリック・デパイユ.サイドに平かなで「たいれる」と書かれているのはご愛嬌)

(画像をクリックすると拡大されます)

ピットでの6輪車.前輪がいかに小さいか判ります.

(画像をクリックすると拡大されます)

この日は雨で野球の日本シリーズが中止になり、スタートが2時間遅れになったので当時はTBS系列だったテレビ放送が録画から生中継に変更、劇的なゴールシーンで日本中がF1で盛り上がった初めての日でした.

この日の写真は何回かに分けてご覧下さい.

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2006/05/09 PM 04:18:33 | [クルマのはなし]

No.273 セリカLBターボ

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ブログにかつて趣味であったクルマのカテゴリーを作っていませんでした.今までの記事にも時々出てきましたが自分で乗ること、ラリーの真似事をすること、レースを見に行くなど鉄道趣味と同時に楽しんでいた時期があります.当時のネガやプリントが鉄道写真に混ざって出てきますので、たまには話題にしてみます.

この写真は1973年夏、富士スピードウェイで行われた「富士1000キロ耐久レース」で総合優勝したトヨタ・ワークスのセリカ・リフトバック・ターボです.このレースは今は無くなったオープンのプロトタイプ・スポーツカー(グループ7)からサニー1200までのレース仕様車までの各クラスの混走で、ドライバーもプロのワークス・ドライバーからアマチュアまで参加できるものでした.
晴れていればグループ7クラスのクルマがブッチ切りで総合優勝するはずですが、当日は生憎の雨.フロントグラスとワイパーの無いグループ7は、ヘルメットのバイザーやゴーグルで雨や先行車の水しぶきを直接受けるのですからまともには走れません.すべて早々にリタイアです.
セリカ・リフトバック・ターボはこのレースがデビュー戦で、もう1台の普通形のセリカ・ターボとともに正に水を得た魚のように1000kmを走り切り、ワンツー・フィニッシュしてしまいました.オリーブ・グリーンに塗られたボディは雨に濡れて凄く頼もしく見えました.
セリカ・リフトバック、当時発売されたばかりの市販車は2000ccエンジンがメインでしたが、このレースカーは1600ccの2T-G型(レビン・トレノのエンジン)がベースだったそうです.
このクルマは以後のレースには出場していません.この年の11月に起きた石油ショックにより、メーカーはワークス活動を休止してしまったからです.どころかガソリンを撒き散らして走るようなカーレースに対する批判の声も上がり、死者が何人も出るような大事故が続いたこともあって、一時日本のレースは存亡の危機に見舞われました.富士スピードウェイも一旦は閉鎖を決めたこともあったくらいです.

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2006/04/30 PM 07:46:28 | [クルマのはなし]

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