【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.208 80年代中国DL[13]
第13回は東風4型(DF4)です.

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上は北京郊外、京包線清河駅付近で見た一ケタナンバー0008号機の牽く貨物列車です.

中国国鉄では最もポピュラーな機関車で1969年から製造を開始、すでに5000両を越える仲間が国内いたるところで活躍しています.中国の鉄道と言えば前進型に変わってこの機関車の写真がまず登場することが多く、ファンならずとも雑誌やテレビなどで目にした人は多いと思います.最近では海抜5000m以上の高地を走り、チベットのラサに通じる青蔵鉄道の試運転シーンでも登場していました.逆に言えばこの面白おかしくもない機関車が代表してしまうことで、 中国の鉄道は面白くない、と思われる方が多いのも事実でしょう.前に書いた「くそグリーンで屋根が深く、豆腐屋さんのラッパのような警笛を鳴らすつまらん機関車」とはまさに東風4を表す、とも言えます.

1988年5月、京包線八達例を下る普通列車です.

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このシリーズを熱心に見て頂いている中国鉄道ファンの方はそんなことは無いかもしれませんが、前回の北京型もネイビーグリーン塗装の時代は、全長が少し短いだけでよく似ていて、あまり興味がないと同じに見えるかも知れません.(実は私も最初はそうでした)

東風4はエンジンや性能の違いでA、B、C、D型と進化していて、その後に登場した東風8東風9東風11も進化の延長上にあると考えられ、さらにはNZJ2神州型という気動車タイプの列車の動力車も外見は違っても中身は同系列です.
本気でまとめれば、本が一冊くらいは書けてしまうような複雑な分類や装備があるようで、私自身もまったくその全貌は掴んでいませんから詳しい解説は不可能です.シリーズの表題は80年代の〜ということですからその時代に存在したA型B型ひっくるめて東風4としてご紹介します.
1984年10月、北京豊台西操車場です.

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軸配置C-C、電気式、エンジン A形16 240ZA型 B型16 240ZB型(3600ps/1100r.p.m.)、全長20.3m、重量138t.最高速度120km/h(旅客用)、100km/h(貨物用)

外観は良心的に見ればドイツ型の流れをくみ、20mのボディは実際目にするとかなりの迫力です.エンジンはアメリカのアルコ社、スイスのズルツァー社の技術が使われています.最初は大連工場で作られましたが、蒸気機関車製造終了後の大同工場でも1980年代末から製造開始、その後はさらに別の工場でも手がけているようです.

1984年10月、大連工場で完成直前のまだ帯が入れられる前の姿です.帯の太さや前面の中国国鉄マークは、時代によって少しずつ差異が見られます.

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現在ももちろん各地で活躍中ですが、初期車はすでに40年の経年を経ています.また砂漠や高所、寒冷地など過酷な条件での酷使もたたって、同型や新型への代替えも急ピッチで行われています.

全13回+番外編2回のシリーズで連載してきましたが今回の東風4で終了です.また中国鉄道の話題は時々出てくると思いますので、お楽しみに.途中、あまりの反応の無さにめげかけましたが何人かの方に励ましのお言葉を頂き、無事完結できました.
結構な量になってしまいましたが、近いうちに再構成して本編にアップしたいと思います.
どうもご覧頂きありがとうございました.


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2006/02/09 PM 04:18:33 | [80年代の中国DL]

No.207 80年代中国DL[12]
第12回は北京型(BJ)です.

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上は1984年4月、北京機関区です.
液体式旅客用の北京型は1969年にまず3000番台2両(3001・3002)、6000番台1両(6001)が試作されました.液体式ならば本来東方紅になるはずですが、その頃はまだシリーズ化が始まる前で、北京二七工場で作られたため北京型と命名されたようです.正面には北京の文字と天安門がデザインされています.
6001号機は3000番台を2両併せたようなダブルエンジンのB-B+B-B、1車体ダブルボギーの大型機でしたが、やはり大き過ぎたのか試作だけに終わりました.
1975年から3000番台の量産が始まり、1991年までに3000番台346両、口岸型(不明)12両、ロシアゲージ (ロシアとの国境区間で使用)4両、片運転台2000番台8両が製造されています.
軸配置B-B、液体式、エンジン 12 240Z型(2700ps/1100r.p.m.)、全長16.3m、重量92t.最高速度120km/h.
こちらは同じく1984年4月、北京機関区での試作3002号機です.当初はこのようにネイビーグリーン塗装でしたが1984年頃から順次青色塗装に変更されています.この青も上の3174号機のように鮮やかなのと以下の写真のようにもう少し濃い目のものが存在するようです.(塗り立てだけ鮮やかなのかも知れませんが)

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1980年代は京局京段(北京機関区)を基地に、各地へ向かう優等列車や近郊のローカル旅客を牽引していました.
1988年1月北京郊外、霧の中を行くはるばる広州からの20両編成、長〜い特快列車です.

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腰部のライトですが、3灯しか点いてません.球切れかな?と思ったのですが、他の列車でも同じでした.なんと左から2番目のライトは通常のヘッドライトではなく、標識灯のようです.

旅客専門と思っていましたが1988年5月に天津北駅で見た貨物列車です.左から2番目のライトが違うのが判りますね.

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1988年5月北京駅.2003+2004号機の牽引する「京滬直達特快」上海行です.前回の[番外編2]の牽引機はこれでした.重連型片運転台2000番台は当時登場したばかりで、まったくその存在を知らず、初めて見たときはビックリしました.20両編成の当時の最上級列車を牽引するに相応しい迫力です.このまま上海までロングランとは行かず、徐州で上海局の機関車(東風4)と運転停車して交換していたようです.

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現在も北京を基地に旅客列車に活躍しているようですが、電化や新型機の登場で地方への転属、貨物列車や入換などにも使われています.

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2006/02/07 PM 01:03:41 | [80年代の中国DL]

No.206 80年代中国DL[番外2]
残るはあと2形式なんですが、ちょっと今日は客車の話を.

1988年当時は北京、上海間を結ぶ京滬直達特快列車が2往復走っていました.
言葉の説明をしますと、「京滬」というのは京=北京、滬=上海(の旧名).「直達」はノンストップ.「特快」は2つ以上の鉄道管理局管内を跨いで走る特急列車のことです.ノンストップとはいっても客扱いはしない、という意味で途中、何ヶ所かで運転停車をして機関車交換をします.
この列車は当時の標準客車であるYZ22系客車のリニューアル車20両編成を使用していて、赤・クリーム編成と青・白編成が存在していました.

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完全冷房編成、というのは当時ではあまり見られず、中国国内ではグレードの高い人気列車でした.
この客車はYW22型硬臥車、日本でいえばB寝台車にあたります. 

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こちらはYZ22型硬座車、普通座席指定車です.

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その他にも軟臥車(A寝台車)、餐車(食堂車)、行李車(荷物車)なども連結されています.
ところで屋根上に載っている冷房機ですが、車端型と中央型があります.あらためて見ると、あれれーっ!何処かで見たことがありますね〜.

そんな某国製冷房機器を搭載した客車を連ねた京滬直達特快列車が長途、約1600km彼方の上海目指し北京駅を出発して行きます.

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「先頭の機関車は何?」という疑問が出るかとも思いますが、それはシリーズ次回をお楽しみに.

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2006/02/04 PM 06:08:25 | [80年代の中国DL]

No.205 80年代中国DL[11]
第11回はND2です.

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ND2はルーマニアのElectroputere社の製造で、ルーマニア国鉄の060DA型がプロトタイプですが、設計はスイスのズルツァー&SLM社のライセンスです.外観はいわゆるスイスロコの体をなしていて、低床型のボディや天地逆向きのリーススプリングなどにその特徴をうかがうことが出来ます.最初の数両だけスイスの電気機関車そっくりの面長のフロントマスクを持っていましたが、その後の増備機は、中国タイプとでもいえるようなおっとりとしたマスクになってしまいました.
1983年4月に初めて中国で乗車した列車がND2の牽引で、私が初めて見た中国の機関車でもあります.上の写真はその訪中の時、南京長江大橋の内部に特別に入れて頂いて撮影したものです.
コンパクトな車体ですが床下に6軸の動輪がきれいに収まっていますね.スペックの割にはなかなか力持ちで、20両編成の特快列車も軽々と100km/h以上で牽引していました.

軸配置C-C、電気式、エンジン ズルツァー Sulzer 12LDA 28B型(2000ps/850r.p.m.)、全長17m、重量120t.最高速度120km/h.

この写真はやはり1983年4月、南京郊外京滬線の客車列車です.

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1972年から1987年にかけて284両が輸入され、当初は上海、南京、杭州など華中地区の旅客列車に集中的に運用されました.その後は他のディーゼル機の配転や蒸気機関車の置き換えなどで南下し、広州から香港九広鉄道乗り入れや、海南島へも進出しています.
現在は国産機への統一が図られていて、海南島のほか長沙、上海地区で僅かに見ることができるだけのようです.他地区で最近の目撃例があればご教示下さい.

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2006/02/03 AM 01:12:08 | [80年代の中国DL]

No.204 80年代中国DL[10]
第10回はNY7です.

NY6 と同じく1972年から導入された西ドイツ(当時)ヘンシェル社製、液体式の旅客用機関車で車体自体は全く同じ、機番もNY6が0001-0010なのに対し、0011-0030と連番です.ではどこが違うのかというとエンジンがベンツ製からマン製、いわゆるMAN POWERに変わっています.出力はこちらの方が大きくて、一基あたり2500ps.機関車としては5000psのビッグパワーです.
最終的にNY6が10両、NY7が20両が輸入されています.(さらに試作車のNY5が4両) 西ドイツが何故共産圏の中国に優秀な機関車を輸出したか、何故エンジンを2社に分けたかというのは西ドイツ国内の政治的な問題が絡んでくるでしょうし、1967年に発足の欧州共同体ECの影響も大きいと思います.中国への機関車輸出(援助)は政治抜きにしては語れない部分があるでしょうね.
ヘンシェル機は使用開始から数年間は使いこなせず、故障休車機が多かった時代もあると聞いています.1984年に北京機関区を訪問したときには、庫の中に多数の西ドイツと書いてある未開封の木箱が積んでありましたが修理部品だったのでしょうか.

軸配置C-C、エンジン 2×マンMAN12 V 956型(2×2500ps/1500r.p.m.)、全長23.6m、重量138t.最高速度120km/h以上となっています.エンジンの型式を見るとNY6は16気筒、NY7は12気筒のようですね.

同じ京局京段(北京機関区)に所属はしていても6型とは共通運用ではなく、7型の方はもっぱら大同、包頭方面の京包線で活躍していました.京包線では北京郊外の万里の長城観光で有名な八達嶺の急勾配を越えるため、全部の列車がNY7同士、または北京型と重連を組んで33‰に挑む迫力シーンが見られました.
下の写真は1988年9月北京駅、包頭行きの直快列車牽引のNY7重連です.大同国際蒸気機関車大会に出席するためにこの列車に乗車しました.

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2両併せて10000馬力で八達嶺の33‰に挑みますが、速度は30km/hほどまで落ちてしまいます.はたして全力を出し切っていたのかは疑問です.この列車を外から見ていると過給器(ターボチャージャー)のキーンというつんざくような高音が凄まじく、脳天に響きます.撮影1984年10月.

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1984年5月、北京型と重連で八達嶺を越える姿です.全長16.3mの北京型に較べて親子のようなNY7は客車とほぼ同じ23.6mの全長を持ちます.これでも北京型の方が本務機で、次のスイッチバックの青龍橋駅では北京型が編成反対側に付き、NY7は切り離されます.

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NY7は数年前までモスクワ、モンゴル方面への国際列車のモンゴル国境二連までの区間をロングランしていましたが、現在は置き換えられたということです.長年国際列車を牽引、ということはそれだけパワーと信頼性があったんですね.
残念なのはいつもピカピカに磨かれていたNY6に較べてNY7は塗装面の痛みの多いクルマが多く、侘びしい気がしました.同じ機関区なのにどういうことでしたか.

北京駅では不正乗車防止のため入場券による入場を厳しく制限していました.撮影のためだけの入場は難しく、列車に乗車の場合でも外国人の場合は、出発ギリギリに案内されるためのんびり撮影している時間が無くて大変でした.改札口はホーム毎にあるために隣のホームから撮影、というのもまず不可能、日本国内で自由に撮影するのとはだいぶ勝手が違いました.

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2006/02/01 PM 10:57:41 | [80年代の中国DL]

No.203 80年代中国DL[9]

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第9回はNY6です.

この機関車は1966年に試験的に4両輸入されたNY5(写真は無し)をベースに若干の仕様変更の上、1972年から次の第10回に出てくるNY7と共に導入された液体式の強力な旅客用機関車です.
3形式とも西ドイツ(当時)ヘンシェル社製で、プロトタイプはソ連国鉄のTG400型ということになっています.上方が内側に絞られている特徴ある側面は、実はヨーロッパの標準鉄道規格に準じているからで、車両限界の大きい中国の鉄道では必要の無いものです.デザイン的にはvery good ですが.

軸配置C-C、エンジン 2×メルセデスベンツMB 16 V 652型(2×2200ps/1500r.p.m.)、全長23.6m、重量138t.最高速度120km/hとなっています.
最高速度はNY5の160km/hからギアレシオを変更してダウンしていますが、これは建前らしく上の写真(1984年5月石家庄駅)の列車は京広線上で実に150km/h 以上(キロポストによる実測)で快走していました.さすがのベンツパワーです.同じ標準ゲージのヨーロッパでは当たり前のスピードですが.

下の写真は1988年9月、北京駅です.上海からのノンストップ京濾直達特快を牽引して来ました.上の写真と較べるとエアホースが増設されています.

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北京機関区に0001-0010まで全10両が所属.京濾線、京広線など南部方面平坦線への旅客運用に付いていたはずですが、最近の目撃例は無いようで、すでにリタイアしている可能性が大です.

ヘンシェル社のメーカーズ・プレート


全長23.6m、本当に長〜い機関車です.1984年5月北京機関区で.早朝の散歩で構外から撮影したのですが怒られました.

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2006/01/31 PM 07:14:28 | [80年代の中国DL]

No.201 80年代中国DL[8]
先日このシリーズの反応の無さにボヤキを書いたところ、何人かの方から楽しみにしていますのでどうぞ続けてください、とのmailやコメントを頂きました.ほんま、ありがたいこってす.他のネタも浮かばないので(それが本心か?)続けることにします.


中国は春節を迎えました
新年祝!


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1984年5月、北京機関区にて.

第8回は東方紅3型(DFH3)です.
少し前に東北地方へ出かけた方にはお馴染みの機関車だと思います.私も何回もこれの牽く列車にはお世話になっていますが、見てくれが今ひとつ好みに合わないこともあって、あまり撮影はしていません.
現在は電気式の東風シリーズが増備されていますが、1970-80年代の東北地区にはなぜか(寒さに強い?)液体式の東方紅シリーズが入換用、旅客用に集中配置されていました.東方紅3は人民型(RM)や勝利6型(SL6)蒸気機関車牽引の旅客列車運用を次々に置き換えて無煙化して行きました.

この写真は哈爾浜の北、80kmほどの綏化駅、1986年4月です.1年半前に来たときにはこの駅で人民型蒸機に付換えたので期待して待っていると、そのまま発車時刻になってしまい慌てて客車に戻りました.

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1972年から10数年に渡り量産され、全部で268両も作られました.軸配置B-B、液体式、エンジン12 180ZL型×2(1000ps×2/1500r.p.m.)、全長18.55m、重量84t.最高速度120km/hです.スペック的には日本のDD51と大差無いですが、1両50tほどの客車20両近くを牽いて結構なスピードで走ります.
ビールで有名な青島工場製、片運転台の東方紅1型の改良型ですが、出力アップで単機牽引が基本になったので両運転台に改められています.この2枚窓の正面スタイルはEF58のコピーではないか?なんて言う人もいますが、私は賛同しかねます.
しかしこの2トーンカラーを初めて見たとき、大昔の鉄道ファン誌の表紙を飾っていた日立製の試作ディーゼル機DF93(写真一番下)を真っ先に思い浮かべました.どう思います?
東北地区ほぼ全域で使われていましたが、瀋陽機関区所属機は北京や徐州方面まで南下する運用も確認されています.

以下2点とも1984年10月、哈爾浜郊外の京哈線王崗駅付近です.

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車両によって側面の窓、通風窓が違うようですね.

現在は第一線を電気機関車や電気式ディーゼルに譲り、小運転や専用線で使われているそうです.



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2006/01/29 AM 11:09:55 | [80年代の中国DL]

No.199 80年代中国DL[番外]

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シリーズは今回お休み、番外編の珍機関車を紹介します.
一見 東風4(まだシリーズには登場していませんが)のようにも見えますが、寸詰まり!というか少し小柄ですね.動輪も2つしかありません.
この車両は東風シリーズを製造している大連工場の構内入換機です.1984年10月、工場見学をしたときにはこのように木陰で佇んでいました.表には出てこない機関車ですから、写真が公開される機会は少ないでしょう. 小さいなりにまとまったデザインで、不自然さを感じません.

1970年頃の製造と思われますが、であれば文革のさ中によくぞユーモア溢れる珍車を作ったものだと思います.こいつが半完成の大型機を牽いて構内をチョコチョコ走る様を想像するだけでも楽しくなります.
型式などは不明ですが、側面には TUO CHE と書かれています.CHEは車でしょうが、TUO は何でしょう?田駄雄作の駄の字もTUO(DUO)ですが.
まだ残っているかどうかは?ですが、ご存知の方はいらっしゃいますか?

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2006/01/26 PM 05:43:43 | [80年代の中国DL]

No.198 80年代中国DL[7]
やはり身近ではない中国のディーゼル機は人気が無いようですね.覚悟はしていましたがシリーズを始めてからアクセス数は3割減、コメントや掲示板への書き込み、mailもゼロ!となるといくら商売では無いとはいえ少し考えてしまいます.趣味誌で中国を初めとする外国モノの記事が少ない、というのも頷けます. 今日のもそうですが、ここ数日のセミ・エンドキャブのアメリカ型機などは興味が無ければ皆同じに見えるんだろうな、とは思いますが.
まだシリーズ半ば、もちろん完結はさせますが、今後は少し間を空けてアップすることにします.



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第7回は東方紅5型(DFH5)です.
アフリカのタンザニアや中国雲南省昆河線で使われる狭軌バージョンがあることで知られる東方紅2(写真無し)の改良型としての位置づけで、1970年代から青島工場で製造されています.外観は先に出てきた電気式東風2を小型にしたようなセミ・エンドキャブ型ですがスペック上の出力はこちらの方が上です.(電気式と液体式はエンジン出力だけでその実力は比較できませんが)
軸配置B-B、エンジン12 180ZL型(1250ps/1500r.p.m.)、全長12.4m、重量84t.最高速度はlow range 40km/h、high range 80km/hと切替え式になっています.
北京や瀋陽周辺で入換や小運転に使われているのが目撃されています.
写真上は1984年5月北京機関区.下は1986年5月北京豊台駅ホームからです.

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中国の各機関車の公表されている出力値ですが、エンジン単体の場合と過給器(ターボ・チャージャー、スーパー・チャージャー)付き、グロス値、ネット値、定格値、最大値などが混在しているようで、あまり当てになりません.馬力だけでなく、トルク値や電気式の場合は発電機やモーターの出力によって実際のパワーは決まりますので、一応の目安と考えた方が良いと思います.

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2006/01/25 AM 03:48:51 | [80年代の中国DL]

No.197 80年代中国DL[6]

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第6回は東風7型(DF7)です.
この重入換用機関車は、北京型液体式ディーゼル機関車用に設計された12 240Z型エンジンを流用して作られています.製造は北京型と同じく北京二七機関車工場で、北京豊台西操車場などで使われるために1981年に少量生産されました.
セミ・エンドキャブ型で、 軸配置C-C、エンジン12 240Z型(2000ps/1100r.p.m.)、全長18.5m、重量120t.最高速度100km/hとなっています.
写真の0002号機は1986年10月にその北京豊台西操車場で撮影しましたが、オレンジ塗装のものや、前面ボンネットがキャブ屋根の高さまであるタイプも存在します.
1976年から唐山工場で生産された東風5型の改良型として登場したようですが、大量増備には至っていません.その東風5型はほぼ同スタイルですが、残念ながら私のカメラには収められていませんでした.

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2006/01/24 AM 01:26:23 | [80年代の中国DL]

No.196 80年代中国DL[5]

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第5回は東風2型(DF2)です.
元々アメリカのアルコ社製のRSD-1型を基とするソ連のTEM-1型の中国版で、重入換機として使われています.
正確な製造開始時期は不明ですが、東風1と東風3の間の型式なのでおそらく1960年代でしょう.他の東風型と同じように大連工場製です.

いわゆるセミ・エンドキャブ型で、 軸配置C-C、エンジン6E207型(1020ps/850r.p.m.)、全長16.9m、重量113t.最高速度95.3km/hとなっています.
139両+αが製造され、主に中国南部の主要都市で入換に使われているということですが、北京周辺でも見られました.オリジナルがアメリカ製だけに、グリーンの中国標準色でもまったく野暮ったさがありません.
現在もそのまま使われているはずです.
写真は1988年1月、北京郊外の操車場(場所失念、豊台西ではなかったと思う)にて.

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2006/01/23 PM 03:08:58 | [80年代の中国DL]

No.195 80年代中国DL[4]

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第4回はND5です.
昨日、NDは輸入電気式ディーゼル機、NYは液体式の記号で意味が判らない、と書きましたが判明しました.

NDは内燃電伝、Nei ran Dian yun
NYは内燃液伝、Nei ran Ye yun
それぞれピン音の略、ということでひとまずスッキリしました.
このブログのシリーズの紹介順は思いついたものから、写真が出てきたものから、ということで脈絡はありません.すべて私が撮影したことのある型式だけなので、80年代に存在したポピュラーな機関車でも抜けている型式があることをご了承下さい.

ND5は見たとおりアメリカGE製C36-7型で1984-86年になんと422両も輸入されています.北米大陸で使われているGE機関車そのもので、同じく広大な大地を走る中国の鉄道にはピッタリといえます.(C36-7型は1978年から599両が製造されていますが70%が中国に輸出されたことになります)
大まかに初期ロットと後期ロットがあるようで、上写真のコバルトグリーンのボディは初期ロット車です.下写真のダークグリーン車が後期ロットで、運転台側ボンネットの高さが低く、そのぶん前面窓が大きくなっています.(この3点は北京豊台西操車場にて.1986年4月)

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軸配置C-C、エンジンGE7FDL-16 (3500ps) 電気式、全長19.9m、重量138t、最高速度118km/h.
当初は大同-秦皇島での石炭輸送、南京周辺での貨物輸送に使われていたようですが、現在は全国各地に散らばり、旅客列車も牽引しているようです.

1986年5月、京秦線(北京-秦皇島)で出会った超長大な石炭列車は2機のND5型が先頭と中間に連結、牽かれる石炭車は140両くらい、自重を含めて1両100tとすれば1万4000t、全長2kmあまり!こんな列車が2本続行で積出港の秦皇島へ向かって行きました.やはりスケールが桁違いですね.

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2006/01/22 PM 03:29:04 | [80年代の中国DL]

No.194 80年代中国DL[3]
今日は昼からという予報が外れ、朝から雪!14時20分現在ここ柏市は20cmくらいの積雪です.撮影に出かけたいですがクルマの滑り止めが無いのでダメ!まあ、有っても寒いので行かないと思いますが・・・.お出かけの方、風邪を引かないよう防寒と足許にご注意下さい.雪の中蒸機だったら+0.5〜1補正、明るい電車だったら補正なしで良いかと思いますが、測光はあまり雪を入れないようにAEロックを.大粒の雪が降っていたらAFは解除した方が良いですよ.動態予測モードは危険です.


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第3回はND4です.
「中国のディーゼルなんてくそグリーンの、屋根の深い野暮ったい形で
豆腐屋(さん)のラッパみたいの鳴らす奴だろう!」
なんてけなす人もいます.あながち間違ってると否定も出来ませんが、そんな人にはこの機関車の写真を見せてあげましょう.屋根は深いですが.
中国DLではおそらくベストスタイリスト賞のND4です.
NDは輸入電気式ディーゼル機の記号です.液体式はNYですが、これが何の略なのかは私には判りません.

スタイルから判るように、この機関車はフランス、アルストーム社製です.フランス国鉄CC72000型をベースに設計され、1973年に50両が輸入されています.アルストーム社と中国国鉄の縁は深く、1950年代には交流電気機関車のプロトタイプを輸入、量産型の韶山1(写真左)にもアルストーム社の技術が使われています.

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軸配置C-C、エンジンAGO240 V16 ESHR (4000ps/1350r.p.m.) 電気式、全長21.6m、重量138t、最高速度100km/h.
最高速度が低いのは、この機関車が貨物用として使われたためだと思います.全機が北京豊台機関区に所属して北京周辺の貨物輸送に活躍しました.このスタイルですから旅客列車の先頭に立たせてやりたかったですが、晩年はやはり北京周辺のローカル列車牽引にも使われたようです.
最近は目撃例も無いようなので1990年代にはリタイアしたものと思われます.

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1984年10月に北京北京豊台西操車場を訪問した際は、前進型蒸機、韶山型電機や他のDL達と共に数台のND4型が待機していました.また、直ぐ横の本線をND4型牽引の貨物列車が何本も通過して行く姿を見ることができました.

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2006/01/21 PM 03:27:26 | [80年代の中国DL]

No.193 80年代中国DL[2]
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第2回は東方紅1型(DFH1)です.
DFHは東方紅の中国語ピン音(ローマ字)DONG FANG HONGをあらわします.
東方紅型は中国国産の液体式ディーゼル機関車シリーズの型式名です.

東方紅(DFH1)型は1958年から青島工場でソ連製のNY1をプロトタイプに製造された片運転台式の液体式ディーゼル機関車です.
軸配置B-B、エンジン12175Z型×2(900ps/1500r.p.m.×2)、全長18m、重量84t、最高速度140km/h.
100両あまりが製造されて東北地区で使われ、 瀋陽方面からの列車を牽いて北京駅へも乗り入れていました.
私が北京-瀋陽間の夜行特快列車に乗車したときの牽引機でした.何回か列車から目撃しましたが、見た限りでは背中合わせの重連で使われていた様子です.

写真上は北京駅上楼から、進入してくる東方紅(DFH1)型牽引の列車です.
写真下は北京駅に隣接する北京機関区での撮影です.所属は瀋陽機関区になります.現在はすでに全機リタイアしていると思われます.
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日本のDD50型やJR貨物、北海道で活躍するDF200型にも似た好ましいスタイルです.
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2006/01/20 PM 10:01:07 | [80年代の中国DL]

No.192 80年代中国DL[1]
今日から時々、1980年代に撮影した中国国鉄のディーゼル機関車の写真をご覧頂きたいと思います.本編のコンテンツとして構成するつもりでしたが、なかなかまとめてポジ探し、スキャンをする時間というか根気が無いもので、一形式ずつこちらにアップします.完結後(いつになりますことやら)に本編であらためてまとめて公開するつもりです.
他のテーマのものでもこのように後日、本編のコンテンツにしたり、逆に先日の三宮の写真のように過去にアップした本編から観点を変えてブログで紹介するつもりです.
新鮮味は無いかもしれませんが、しょせん一人の引き出しのキャパシティには限界がありますし、一回のアップではなかなか表現しきれないテーマもあります.ご了承下さいね.


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第1回は東風3型(DF3)です.
ちなみに DFとは日本のDF(6動軸DL)という意味ではなく、東風の中国語ピン音(ローマ字)DONG FENGをあらわします.たまたま東風シリーズは6動軸なのでややこしくなっています.東風型は中国国産の電気式ディーゼル機関車シリーズにつけられた型式名です.

東風3型(DF3)は1972年から大連工場で176両製作された片運転台式の電気式ディーゼル機関車です.1958年から作られていた東風型=東風1型(DF1)の旅客型で形態(東風型の一次ロットは正面2枚窓)も諸元もほぼ同じですが、ギアレシオを変えて最高速度が100→120km/hとアップされています.オリジナルはソ連(当時)のTE3型ですがよく似ています.
片運転台は使いづらく見えますが、客車とは幌を繋げてコミュニケーションが取られ、列車として一体化します.出力不足の場合は背合わせ重連にすれば東風4なみの出力です.
軸配置C-C、エンジン10E207型(1800ps/850r.p.m.)、全長16.14m、重量125t.
東風型と併せて1000両以上が存在しましたが、主に中国南部で使われていたようで、私が初めて訪中した1983年当時はすでに後継機の東風4型(DF4)が登場していたこともあってじっくり見た記憶がありません.
唯一撮影したのは無錫駅で出会ったこの上局濾段(上海機関区)所属の0058号機.「周恩来号」の美しい姿です.北京豊台機関区所属の「毛沢東号」、哈爾浜機関区の「朱徳号」とともに中国国鉄三大栄光機関車で各機関区の代表機として前面にレリーフを掲げ、美しく磨き上げられています.
この3枚窓の前面はなかなか良いデザインですね.
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現在の「周恩来号」は後々継機の東風11へと受け継がれているようです.
東風1東風3とも現在は国鉄線上から姿を消していると思いますが、数年前に東北地区の専用鉄道での目撃情報があります.

参考までに当時の「朱徳号」は3台のうち唯一蒸機である前進型QJ2470号機でした.残念ながら「毛沢東号」(当時は東風4型)は見たことがありません.


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2006/01/19 PM 03:31:34 | [80年代の中国DL]

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