【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.989 ドーバー海峡のホバークラフト
5.11追記:青森新幹線の愛称は「はやぶさ」だってさ〜!ちょっとイメージが違いますね.でもすぐなれるでしょう.やはり「メロス」にはなりませんでした.ロマンが無いよね.1位「はつかり」2位「はつね」3位「みちのく」.こちらで呼びかけましたが「メロス」は何位?いや何票?

ところで「はつね」って何でしょうね?オタク票おそるべし.参院選に利用できるよきっと.(不謹慎!)
でも今日のNHK,爆笑問題が筑波のJAXAにて,現場のエリート社員との対話では,ほとんど彼(彼女)らは宇宙戦艦ヤマトやガンダムに影響されている世代なんですよね.面白い番組でした.



長いことブログ更新をさぼり,わざわざご来訪頂いた方には申し訳ございません.今後も気まぐれ更新になりそうですので,よろしくお願いいたします.


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ホバークラフトと云えば,国内でもかつて三河湾や瀬戸内海などで未来の乗り物として脚光を浴びていた時代もありますが,騒音が大きいこと,燃料コストがかかること,輸送人員が少ないことなどで営業用としては(軍用としてはかなり採用されているようです)ほとんど撤退してしまいました.国内では最後にゆいいつ残った大分空港-大分港間の便も昨年廃止になっています.
ホバークラフトの売り物の一つは「水陸両用(車?)」ということにあるのですが,日本の法律では陸上を走ることは許されず,上陸には特殊岸壁が必要と云うことで,結局ピアからの乗船になることが多かったようです.

この写真は1976年に訪欧した時に乗船?したドーバー海峡のホバークラフトです.
当時はもちろんユーロトンネルは影も形もありませんし,憧れの「ゴールデンアロウ」号も廃止になった後でした.パリからロンドンまで,おとなしく普通の急行でカレーまで行って連絡船に乗るのも面白くないので,このホーバーを含むシーリンク・ラピッド便(名称は違うかもしれません)のチケットを確保しました.

パリ北駅だったか西駅から,専用直通列車に乗車です.どんな豪華列車かと思いきや,岡山駅のようなホーム先端にある欠きとりホーム(その場所もなかなか判らず)に待っていたのは,超満員の2両編成の気動車!「本当にこれ?」と乗客に何度も念を押しましたが間違ってはいないようです.でも車内は一杯,デッキにも荷物が多数置かれていて.漸くその隙間に体とスーツケースをねじ込むように乗車しました.
ちょうどドアのところに居場所を確保,運良く誰のものとも判らない荷物の上に腰掛けて車窓を楽しむことができました.
走り出すと速い速い!エンジン音も勇ましく150km/hくらいの高速で快適にぶっ飛びます.

この列車の行先はカレーではなく,ブローニュというカレーよりは30kmほど南に位置する港町です.
2時間ほどノンストップで突っ走った後,本線から分岐して未電化の臨港線を走り,港まで乗入れました.なんとこの列車,最後の僅か数キロの引込線を走るための気動車起用だったようです.

↑簡単な出国手続きをして港で待つと,轟音を響かせ目の前のドーバー海峡から大型のホバークラフトが岸壁に乗り上げてきました.(人が写り込んでいますが,何で欧州人だと画になってしまうんでしょうか.みな姿勢とスタイルがいいですよね.)

この時までホバークラフトと云うものを実際に見たことがなかったので大きさの基準が判りませんが,かなりの迫力です.器用にドリフトして方向転換.こちらにお尻を向けて停車しました.

↓ところがエンジンが停止してスカート内のエアーが抜けると,ストンと云う感じで全体が下がり,岸壁上に鎮座してしまいました.スカートがペッチャンコになった滑稽な瞬間です.


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↓後扉が開いてロールスロイス(ベントレーだったらごめんなさい)が出てきました.このホバークラフトはカーフェリーでもあったんですね.ホバークラフトのエンジンもロールスロイス社製と聞いています.


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↓続いて乗客も降りてきました.中央をクルマ用のデッキが占領しているため,定員は150人ほどと以外に少ないです.連絡列車の気動車2両編成は定員を合わせてあったんですね.人間と比較するとこのホバークラフトの大きさが判ります.


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このあと乗船(ホバークラフトは船でしょうか?).わずか30分で海峡横断して英国側のドーバーに到着しました.船内には超美人のCAさん2名が乗っていましたが,わずか30分の国境越えの間,忙しく免税品の販売で右往左往していました.
窓外の景色は自身の巻き上げる水煙で視界良好ではありませんでしたが,途中直近ですれ違った美しい帆船の帆と,ドーバー海岸に続くチョークの白さが青空に映えて美しかったのを,30年以上経った現在もよく覚えています.その後も国内外でホバークラフトに乗車どころか,見たこともないので,一生のうちの貴重な乗り物体験でした.
文章ばかりでスナップショットが無いのが申し訳ないですが,約3週間にわたる旅行の最終日前日,もうまめにパチパチシャッターを押す気力も(フィルムも?)残っていなかったようです.

ちなみに,この後ドーバーからロンドンまでの車中からこの機関車を目撃しました.

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2010/05/08 PM 04:15:49 | [ヨーロッパ]

No.978 今日のブロッケン

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ブロッケンにももうすぐ春が来そうです.珍しく列車到着進入シーンと機回し中が写っていました.


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2010/03/23 PM 03:08:58 | [ヨーロッパ]

No.964 久しぶりにブロッケン

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久しぶりにHSBのライブカメラ
をのぞくと大当たり!


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↑10分後には機回ししてました.


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↑2.23追加:今日は機回し中をゲット!

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2010/02/17 AM 11:04:28 | [ヨーロッパ]

No.624 ブロッケン

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久しぶりにドイツのHSBハルツ狭軌鉄道、ブロッケン駅のライブカメラを見るとビンゴ! 偶然にもマレー機牽引のミキスト編成が写っていました.ここの列車は短時間で折り返していってしまいますので、10分隔きの更新では捕まえられない時もあります.

HSBのサイトは以前にご紹介した時とURLが変わっています.(変わってないかな?)
ブロッケン山頂駅ライブカメラのURLはこちら

以前のHSBの記事はこちら

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2007/11/01 PM 10:57:41 | [ヨーロッパ]

No.580 スペイン、ソビーラ炭砿のDL

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スペイン、オビエドのMinas de Sovilla(=ソビーラ炭砿)のスイッチャー、KG125は600mmゲージで1966年 DEUTZ(ドイツ)社製です.ユニークなL形ボディはどこまでが台枠でどこからボディなのかよく判りません.スットンキョウなラッパにバカボンの目ん玉つながりのお巡りさんを連想させるバッファーは、サングラスをずらしたちびっ子ギャングを彷彿とさます.塗装は濃いグリーンに黄帯でした.
この炭砿は訪問予定には入っていなかったのですが、通りがかりに見つけて飛び込みで撮影の許可を頂きました.
2footerということで可愛い炭車を牽引、その割には規模の大きな近代的なポケットで石炭を積み込んでいました.

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ヨーロッパのサイトで見ると、この機関車すでにMUSEO DEL FERROCARRIL DE ASTURIAS (アストゥリアス鉄道博物館)で動態保存されているようです.ということはこの地の炭鉱鉄道はもう稼働していないんですね?

構内には先代?のD(G)Lの残骸が捨てられていました.何とも出る言葉がありませんな.


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撮影は1976年9月です.

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2007/07/07 PM 01:03:41 | [ヨーロッパ]

No.543 ポルトガル国鉄E141

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同じく1976年9月、ポルトのボアビスタ機関区で撮影のE141型です.1931年ドイツ、ヘンシェル社製.
軸配置2-8-2、いわゆるミカド形のタンク式機関車です.(タンク式機関車の場合はあまりアメリカ式表現はしませんが)
いかにもドイツ機ですがデフの形状やロッド回り、シリンダーの尻棒など、日本のカマのような雰囲気も一部持っています.

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2007/04/25 AM 03:48:51 | [ヨーロッパ]

No.542 ポルトのレールバス

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1976年9月、ポルトガル北部、ポルトのボアビスタ機関区で見た興味深い流線形、単端式のレールバスです.今までに紹介したマレーなどが走るポルトガル国鉄(=CP)のメーターゲージ路線用なのですが、モハ52流電風、下回りまでフルカウリングの結構大型のボディです.6枚窓の正面に較べて後部はクラシックカーのトランク、というか木炭車の焚き口戸かというようなアンバランスさが何とも言えません.車内は木製の小型クロスシートが並んでいたような記憶ですが、はっきりした記憶がありません.塗装はダークブルーだったと思います.
クルマで移動中にトコトコ走っているのを見ましたが、残念ながらカメラには収まりませんでした.


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2007/04/24 AM 01:26:23 | [ヨーロッパ]

No.535 SUD EXPRESS

クラッシックな客車の側面に輝くワゴン・リーのエンブレム

1976年9月の欧州取材旅行時に、ポルトガルからオーストリアまで夜行連泊で3000km近い距離を北上しました.
ポルトガルからパリまで最初の晩はワゴン・リーの1等寝台車を奢りました.贅沢かも知れませんが、ユーレーイルパスが使えるので差額料金は確か6000円位.2食付き一人個室ですからそれ程の出費ではなかったはずですし、一生のうちに乗車のチャンスが今後あるかどうかというところです.
ところがこの列車、のっけから8時間以上の遅れ(折り返しの列車が事故で遅れたため=後で知りました)、イベリア半島の夕景を眺めながら優雅に晩餐を楽しむはずが、ポルトガルのコインブラ駅から乗車したのはすでに日付が変わった後でした.
途中駅なので情報が上手く伝わっていなくて、こちらも言葉が満足に通じないために(いつ列車が来るか判らないので)食事に行くことも出来ない中で空腹をこらえ、ひたすら待ち続けた末の乗車でした.しかし、すでに食堂車はクローズ!「込み込みの料金なんだから」と強引に交渉してなんとか遅い晩餐にありつくことができました.
この列車は"SUD EXPRESS= シュドゥ・エキスプレス=南急行" (リスボン・ポルト-パリ) という列車ですが、別名が「リスボン特急」.映画で有名になったあの列車です.


以下の写真はスペイン/フランスの国境駅アンダイ(Hendaye) にて.列車のメインの部分1・2等コンパートメント車と2等寝台車はここで台車交換の上、パリまで直通します.ワゴン・リーの1等寝台と食堂車はこの駅止まり.乗客はフランス国鉄SNCFの客車に乗り換えとなる.筈でした.

ところがところが、ところがです!この日は大幅な遅延のために、フランス国鉄側の"SUD EXPRESS" は乗客と直通客車の到着を待たず薄情にも出発した後.そのため後続の鈍足急行に乗せられるというハプニング続きでした.アンダイ発14:50.これでパリ発の夜行に乗れるのでしょうか?巴里の灯はまだ800kmの彼方なんですから.


これが乗車したワゴン・リーの1等寝台車.すべて個室.


隣にはこれもワゴン・リーの食堂車が連結.シェフもお疲れさん.


結局この食堂車では3食お世話になることに.本来は予定ではなかった最後のランチはしっかり別料金を請求されました.(かなりエクスペンシブでした)




スペイン国内でお世話になった機関車はこのグリーンのEL.スペイン国鉄RENFEではポピュラーな形式だ.しかしこのご面相はどっかで・・・?


側面にはスリーダイヤモンドが誇り高く輝いていました.そう日本製(現地組立て車もあり).正にEF60の顔です.

アンダイ駅はフランス側の駅ですが、一応ホームはスペイン/フランスと仕切られています.この写真は国境?の金網越しに撮影したものです.
※列車到着直後は境界のゲートに係官がいて入管手続きをしますが、終了すると閉鎖することもなくフリーになってしまいます.フランスからスペインに向かう場合はスペイン側の駅、イルン(Irun)で入国手続きします.

オリエント急行でお馴染みのワゴン・リー客車ですがフランスや西ドイツ(当時)では新型が使われ、高速運転をしないスペイン、ポルトガルには旧型車両が回されているようでした.もちろんこれに乗車できたのは嬉しいことです.


左)無理矢理食べさせて貰った深夜のディナー.スープは品切れでした.持っているのは予約カード.
右) 個室内はリニューアルされていて外観ほどレトロではありませんでした.隣同士の個室はこのようにドアを開ければコミュニケートできます.疲れ気味のダレ顔で失礼.


コーヒーカップにはワゴン・リーのマークが.


パスポートを預けておけば、夜中に国境で起こされずにすみます.スタンプにも列車名が.


アンダイから乗車したパリ行きの鈍足急行.(とは言っても140km/h位でぶっ飛ぶ)
途中ボルドーで先行するTEEの"エタンダール" に飛び込みで乗車.パリではオステルリッツ駅からノール駅まで気が急く中を満員の地下鉄で移動.
やっとこさっとこの事で、ブカレスト行きの"ORIENT EXPRESS" のデッキを駆け上がったのは出発5分前でした.

残念ながらパリで約束していたパリジェンヌとのデートは無断キャンセルになってしまいました.(本当かな?)

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2007/04/05 PM 11:54:18 | [ヨーロッパ]

No.532 ポルトガルの手動転車台

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1976年9月、ポルトガル、ポルト市内のボアビスタ機関区です.ここはポルトガル国鉄(=CP)なんですが、ブロードゲージ(1674mm)の本線ではなく、ナローゲージ(1000mm)の車両専門機関区です.ご覧のように誠に興味深いマレー式機関車やレールバス!が並んでいますが、今日の話題は中央にあるシンプルな転車台です.
この転車台の動力は人力です.手動自体はさほど珍しくもないですが、普通は長いバーを押して回る方式なのにこれはクランク式です.
このクランクをクルクル回すと傘歯車=ベベルギアを介して、この台ごと回転するようになっています.回転風景を見た記憶があるのですが、残念ながらネガには写っていませんでした.重さを考えても、さぞかしグルグルと何回も回転させないとならないはずで、その光景に見とれてしまったのでしょう.


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2007/04/02 PM 09:38:42 | [ヨーロッパ]

No.526 PV鉄道の石橋
No.524と同じスペインPV鉄道の石橋です.この2つの橋が連続して大きなダム湖上に架けられているのですが、渇水期なのでこの部分まで水がありません.
上の写真はNo.524に出てくるボールドウィン機牽引のセム返回編成です.
下の写真は珍しいエンゲルス・タイプのテンダ機牽引の石炭輸送列車です.
詳しくは本編にアップしてありますが、眼の手術前のスキャンなので画質が悪いです.何れ改訂の予定です.撮影1976年9月.


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2007/03/25 AM 03:48:51 | [ヨーロッパ]

No.525 ポルトガルのKESSLER
今日はポルトガルの山中で出会ったメーターゲージの古豪、スイス、ケスラー社1889年製のE51型E52号機[VIZEU]です.勾配線の後補機運用として待機しているのですが、残念ながら時間の都合でそのシーンは撮影できませんでした.CP(=ポルトガル国鉄)ミランデラ支線にて.1976年9月.


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2007/03/24 AM 01:26:23 | [ヨーロッパ]

No.524 森の中行くBALDWIN
孤軍奮闘暖簾に腕押し(独り言です)

久しぶりにヨーロッパネタで.スペイン西北部PV鉄道(メーター・ゲージ)のボールドウィン機です.本線ではなく支線か専用線のようですが、素敵な森の中をモデルのような編成が走り抜けて行きました.1976年9月.


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2007/03/23 PM 03:08:58 | [ヨーロッパ]

No.417 葡萄牙の9600

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葡萄牙はポルトガルと読みます.意味から言えば湊鴎といったところなんでしょうが.
ポルトガル国鉄(=C.P.)の9600には1976年9月25日、ポルト市内のCONTUMILコンツミル機関区で出会いました.数日前にREGUAレグア駅で見たテンホイラーの291型があまりにも日本の8620型テイストだったものですから、この9600型テイストを見たときには驚きました.もちろん日本の9600とは直接の因果関係はありません.

この機関車はコードナンバーが 3 120710-1、701型710号機.ご覧のように日本の9600型と同じ2-8-0、コンソリデーション型軸配置です.テンダには大きなタンクが載っていて、石炭スペースは見当たらないので重油専燃式に改造されているようです.日本と大きく違うのはゲージが1674mmと超広軌で、この写真では判りませんが正面から見ると相当なガニ股でしょう.
いろいろ検索をかけてみたのですが残念ながらこの機関車に関するデータが見つかりません.銘板の類も見当たらなかったようで、ネガにもありませんので詳細は不明ですが、おそらく1900年前後のドイツかイギリス製と察せられます.日本の蒸気機関車もこの時代の影響を受けていますから、縁もゆかりもない、とは一概には言い切れないでしょう.

大きさがよく判りませんが、手前のタンク機が異様に巨大に見えます.こちらの方が標準サイズだと思いますのでポルトガル9600は案外日本9600と同じくらいかもしれませんね.
前述の291型の方は見事なS字キャブでしたが、残念ながらこちらは乙字キャブ、かと思いきやその後方のステップに続くラインはS字を描いていますね.
撮影の時点ではすでに休車状態で、惜しくも走行シーンはお目にかかれませんでした.


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2006/11/11 PM 11:43:47 | [ヨーロッパ]

No.388 Yellow-card
1976年にヨーロッパに撮影に行ってから30年経ちました.当時西側の国への短期滞在の観光旅行にはビザこそ必要ありませんでしたが、予防接種(種痘)証明=Yellow card が必要でした.というか確か西ドイツだけが必要だったような記憶です.西ドイツは訪問するかどうか未定でしたが、列車で通過する可能性も考えられましたので、品川の検疫所まで行って痛〜い注射を受けました.実際には列車での入国ではパスポートの提示のみで、このカードも呈示することはありませんでした.まあ、お護りみたいなものでしたね.
旅行前半は注射あとが大きく赤く腫れてしまい、後半は痒さでまいりました.

時代は変わって今やイエロー・カードといえば、違う意味で使うことが多くなってしまいました.



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2006/10/12 PM 11:31:05 | [ヨーロッパ]

No.357 モスクワ・トランジット


そのパリの前日は、羽田空港を親父と20数名の友人に送られて(そういう時代でした)発ちました.アラスカ・アンカレッジ経由の北極回りが主流だった時代に、なんとシベリア回りのモスクワ経由のソ連アエロフロート便、イリューシン62です.まだソ連(=ソビエト社会主義共和国連邦)はペレストロイカ前、鉄のカーテンの時代ですからちょっと恐ろしかったですが、シベリアを空から眺められるという楽しみもありました.
鳥海山を下に見て日本海上へ、その先1時間ほどは雲の上でしたが、それが晴れると下は夕陽のシベリアでした.荒涼とした大陸情景を堪能していましたが、1時間経っても2時間経っても4時間経っても6時間経っても!ほとんど変化がありません.西へ向かって飛び続けるということは時間を遡っているので、夕陽は何時間経っても同じ夕陽のままなわけです.機内食のキャビアやワインは美味かったですが、この間に2回も出たのでいささか満腹気味です.
やっと日も暮れた頃、モスクワの街の灯りも全く見えない暗闇の中のシェレメチボ空港に着陸しました.ここは給油だけなのかと思っていたら、なんとtransit.飛行機も乗り換えで、2時間以上待たされることになりました.
ところがこの空港は時間つぶしをするにも何にも無いところです.もちろん空港外には出られませんし、腹はいっぱいですから食事もできず、売店も毛皮の帽子やだんだん小さくなる、こけしみたいな人形(マトリョーシカ)くらいしか売っていません.何よりもいつ集合がかかるか判らないので、他の乗客の居る場所から離れるのには不安がありました.旅の初っぱなから、こんなところに置いてきぼりを喰ったら目も当てられませんから.
デッキから撮影するのもどうかな、と思いましたが、なぜか三脚を立ててバルブをしたようです.特にお咎めを受けた記憶もありませんが、我ながら勇気のある(無茶な)行動をしたものです.
しかし本当に真っ暗で、バルブをしてもあまり良く写っていません.撮影を終えて戻ったら、すでに案内があったらしく、ほとんどの乗客が居なくなっていてビックリしました.(大丈夫でしたが)


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撮影は1976年9月9日

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2006/09/11 PM 11:43:47 | [ヨーロッパ]

No.356 30 years ago
先日このブログを見ていてくれる友人に「カナダ旅行なんかして優雅だね」何て言われてしまいました.「ちゃうちゃう、あれは10年前、しかも当時勤めとった会社の旅行やねん!」その時取得した10年旅券はその後一度も使わず、今月で有効期間が満了します.
今日の写真はさらに20年さかのぼった1976年の話しです.



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1976年9月、初めての海外旅行でパリに着きました.スペインへ向かう列車待ちの時間にオペラ座付近を散策して、初めての外国の街のスナップ撮影です.さすがにパリでした.

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東駅-北駅-サンラザール駅間を走るザビエム製の連絡バスです.東京なら上野-東京-新宿でしょうか.
このバスの前面の意匠はさすが、デザインの国フランスですね.

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街中にやたらと毛沢東のポスターが目立ちます.これらはいずれも新聞や雑誌を売る小店です.そう1976年9月9日は毛沢東が亡くなった日です.今日で没後30年になるんですね.
当時ヨーロッパの人の意識では日本と中国の区別がつかない人が多いようで、何処へ行っても日本人だと言うとMaoさんの話しを持ち出されました.

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2006/09/09 PM 04:18:33 | [ヨーロッパ]

No.229 ブロッケン駅ライブ


昨年12月7日付けの記事でご紹介したドイツの「HSBハルツ狭軌鉄道」のブロッケン駅ライブカメラですが、昨日夕方アクセスするとスコップを持ったオジサンの顔がアップで飛び込んできました.この冬はあちらも雪が多いらしく、ライブカメラの画像も見えなくなっていることがしばしばでしたが、その除雪シーンがまさにライブで写ってしまった訳です.オジサンもまさか自分の顔が世界中に配信されるとは想定外だったでしょうね.


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2006/03/09 PM 04:18:33 | [ヨーロッパ]

No.227 SNCF ボルドー駅

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ボルドー・ワインで世界的に有名な街ですが、かいま見た駅も素敵な場所でした.ヨーロッパでドーム式の駅というと頭端式の終着駅を連想させますが、この駅は通過式です.鉄骨で組まれガラスの端面を持つ大きなドームは長い歴史を感じさせますし、後方に少し見える駅舎は瀟洒で豪壮な雰囲気を醸し出しています.舞台に現れたBB67300、CC6500.そして客車達も共通の流れに乗ったセンスあるデザインを着こなして佇んでいます.
極めつけは駅の壁に掲示されていた一対のSNCF(=フランス国鉄)のシンプルなポスター.
「お洒落だな〜」と感じました.



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2006/03/07 PM 01:03:41 | [ヨーロッパ]

No.225 SNCF CC6500

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No.223でパリ・オステルリッツ駅から乗っていった急行列車の牽引機はCC6500型.有名なゲンコツ機関車です.格好良いかどうかは好き嫌いがあるでしょうが、写真でしか見たことがありませんでしたから感激しました.最高200km/hでTEEなどを牽引してましたが、TGVの台頭で職場を失い、昨2005年で引退してしまったそうです.
ドイツのE103型と双璧を成すヨーロッパの代表的な名機関車といえます.この写真もモノクロなので色が判りません.同じゲンコツタイプの北総鉄道の電車のイメージと重なり銀に青塗装なんて思いこんでいましたが、ネットの写真で見ると赤系でした.記憶とは完全一致しませんが、そう言われればそうだったかなと一応納得しました.

ちょっとお遊びで着色してみたら我ながら素晴らしい出来!客車の色もあやふやな記憶で再現してみました.次の客車には着色していませんが、私が乗車していた1等車はステンレスです.
繰り返しますがこの写真はモノクロ写真に私がレタッチソフトで着色したものです.


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2006/03/04 PM 06:08:25 | [ヨーロッパ]

No.223 SNCF BB67300

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1976年9月、パリからスペインに向かう急行列車に乗車しましたが、パリ・オステルリッツ駅を出発すると次の停車駅はボルドー、約600kmをノンストップ!運転停車くらいあるだろう、と思っていましたが4時間と少々を完全に全力疾走、本当に無停車で到着しました.停車時間が若干あるので風情のあるドーム式屋根を持つホームを散策しましたが、隣のホームにこれが停車していました.未電化の支線へ向かうローカル列車でしょうか.
BB67300型は電気式のディーゼル機関車で、当時の直流電気機関車にエンジンと発電機を搭載したような設計なんだそうで、最高速度も160km/hの俊足を誇るものらしいですが、見た目はズングリムックリですね.
モノクロで撮っていると色の記憶が無いものが多いことに気付きます.国内のものならば雑誌をめくれば大体の車両はカラーで載っているので補足できますが、外国モノだとお手上げです.この機関車は青系だったと思うんですが赤だと言われても否定できません.はてさて.

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2006/03/02 PM 09:38:42 | [ヨーロッパ]

No.216 スペイン、街中の機関車

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偉そうに言うほど外国には行っていませんが、テレビや映画などを見ていると、モニュメントとしての保存機関車が何気なく写っていることがよくあります.町や地域の発展の功労者としての機関車への愛情、感謝の念を感じ取ることができます.
日本でも新橋駅前のC11を筆頭として多くの保存機があります.それらは文化遺産的な意義はあるにしても単なる飾り物のようなものも多く、保存管理する自治体などではお荷物的存在になっていて、傷んできたり、昨今のアスベスト問題などが起きるとこれ幸いと廃棄してしまおうとするんですから悲しいものです.

このナローのコッペル?はスペイン北部、片田舎の空き地になにげなく置かれていました.モニュメントなのかどうかは判りません.多少錆びてますが、それほど荒れてもいなくて、銘板以外は部品の欠損も目立ちません.何時作られ、何処で使われ、何故ここに置かれているのか、など通りすがりの旅行者には知るよしもありませんが一期一会の出会い、ということで記念写真を撮りました.今はどうなっているのでしょうか.

同じ街だったかどうか公園の遊具の機関車もありました.見るからにオモチャですが、何故か愛らしくて気に入りました.撮影はいずれも1976年9月です.


このブログ、「すくすくBLOG」アクセスランキングで本日なんと11位にランクされています.それはそれで嬉しく光栄なんですが、昨日のアクセス数が3450になっています.しかし私が独自にセットしているカウンターでは毎日200アクセス前後しかありません.
本編のアクセス数も通常は同様なので、そう思っていましたが実際のところはどうなんでしょう?そういえば最近検索をしていると当ブログがよくひっかかるような気がします.
本編の方はトップページ以外はno robots のタグを入れているので、検索にはほとんどかからないのですが.



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2006/02/19 PM 03:31:34 | [ヨーロッパ]

No.188 Vigoの朝
ジャズピアニストの本田竹広さんの訃報に接しました.個人的に知り合いというわけではありませんでしたが、大学時代良く聞きに行ったナベサダ(=渡辺貞夫さん)のライブや公開録音にご自分のトリオやジョイントで度々参加されていて(その後渡辺貞夫カルテットに正式所属)、そのダイナミックな演奏に感銘を受けたものです.今から20年ほど前、たまたま友人と入った銀座のジャズ喫茶「スイング」では当時氏が主宰していたフュージョングループ「ネイティブ・サン」が出演していて、昔とはひと味違った演奏にバーボン・ソーダを呑みながら聴き入ることができました.氏の演奏は何か自分の波長に合うような、安らぎを感じさせるものがあったようです.

1995年には脳内出血で倒れたとのニュースがあり、心配していましたが、障害を抱えながらも復帰され演奏活動を続けられていてまた生で聴くチャンスもあるかな、と思っていましたが残念なことになってしまいました.享年僅か60歳.
激しいジャズの曲や、軽快なラテン系の音楽、クラッシックなど幅広いジャンルの曲を「本田竹広節」とでも言えるような独特な演奏で聴かせて魅せて頂きました.今は聴か(け)なくなった古いLPが押入で埃を被っているはずです.


久しぶりにヨーロッパ編です.1976年9月スペイン北西部、大西洋に面した港町Vigoビーゴ泊、前夜は旨い魚介類を地元産ワインで味わい、良い気分で寝付くことができました.
翌朝はいよいよポルトガルへ向かう国際列車(と言っても2両編成の近郊型ディーゼル・カーですが) に乗車するために早朝のビーゴ駅に向かいました.そこでのスナップです.

レールバスのような小型のディーゼル・カーのローカル列車が発車して行きました.傍らにいるDLはどこか日本のものに似ていますね.

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こちらはマドリッド行の特急列車です.イタリア、フィアット製のディーゼル・カーですが、青と黄色に塗り分けられた格好良い車体は、どこか近鉄特急を彷彿とさせました.

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自分の乗ったポルトガル国鉄のディーゼル・カーは、上の写真の左に少しだけ写っているステンレス車ですが、 肝心なその写真は何故かネガが脱落しています.はて何処へ行ってしまったか?

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2006/01/14 PM 07:18:22 | [ヨーロッパ]

No.158 ハルツ狭軌鉄道

ドイツ中央部にあるハルツ山地、そのシンボルとも言えるブロッケン山.そう自分の影を中心に円形の虹が現れるブロッケン現象や強風で有名な山で、その山頂まで34kmの道程を1時間40分かけて登って行くのが
HSB=Harzer Schmalspur-Bahnen(ハルツ狭軌鉄道)です.
ハルツ鉄道自体は多くの支線を持つメーター・ゲージの鉄道ですが、やはりこのブロッケン線が一番の白眉と言えます.何と言っても全列車が蒸気機関車で運転されていて、雪の積もる冬期も33‰を登る姿が見られるんですからたまりません.
と、紹介してきましたが実は私、HSBへは行ったことがありません.しかしここ数年間、毎日のようにその様子を眺めているのでとても親しみを感じています.
終点のブロッケン山頂駅にはライブカメラがあって、原則10分毎にライブ画像が更新されています.このカメラが絶妙な位置に取り付けられていて、数々の名シーンを今までに見ることができました.
この鉄道で活躍するのは99-7200形というちょっと厳ついE型のタンク機です.この機関車も充分魅力的ですが、イベント列車やチャーター列車には1930年代に作られたB-Bマレーが使われます.
ライブカメラは前述のように10分ごとに自動的に更新されます.定期列車は到着後10分少々で折り返して山を下って行ってしまいますので、バッチリ機関車が拝めるタイミングに出会うのには実はなかなか厳しいものがあります.

その名シーンから何点かご覧頂きます.








ハルツ狭軌鉄道のホームページはこちらです.

ご参考までに定期列車のブロッケン駅着発時間(時差-8時間)は以下の通りですが、遅延や運休なども多いようです.除雪列車は午前10時頃登って来ます.
10:49→11:03
12:04→12:18(不定期?)
13:19→13:33
14:34→14:44
16:34→16:44
17:18→17:57
17:44→18:49

何時かあの場所へ行ってカメラに向かってVサインをしてみたいものです.誰かに携帯で連絡して画像チェックして貰わなければなりませんね.

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2005/12/07 PM 01:03:41 | [ヨーロッパ]

No.113 Sカーブ
またまたホリエモンと太蔵クンがお騒がせ!第2党党首をコイツと言う
議員一年生の傲慢嬢!




きれいなS字形カーブを行く長編成の列車をアウト側のハイポジションから撮ると、編成全体がクネクネと収まって見栄えの良い絵ができあがります.今でもこういったポイントは当然人気があるので、復活蒸機やイベント列車が走るときなどは多くのカメラマンを集めます.しかしよほどの急カーブであっても、普通はSの字をタテに長〜く伸ばしたような線形で、いわば比喩に近いようなものです.

ポルトガル北部のCarrazedoカラズエドでは、これぞ "Sカーブ" と言ってもよいような見事な線形が見られます.有名なポートワインの原料となる葡萄畑の丘を巻くように、メーターゲージの線路が敷かれている様は、写真を見ただけでも感動を覚えることでしょう.
さらにこの場所を走るのは撮影当時(1976年9月)でも珍しかった、マレー式蒸気機関車と木造客車なのですから面子オーバーの出来すぎ、と言えます.
この線は9月22日当ブログNo.84の記事にある Regua レグア駅を起点とする支線上にあります.No.84ではマレー式蒸気機関車のアップもご覧頂けます.

ちょうど "Sカーブ" に列車がやって来ました.このような目的のために撮影した連続写真ではないので、画面がギクシャクするのはご勘弁下さい.

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下り勾配ですが、見事に煙りもSカーブの軌跡を描いています.写真から推察すると半径5〜60mくらいでしょうか.マレー式蒸機は急カーブを通過するために2組の走り装置を持っていて、前側のユニットはカーブに合わせて首を振ります.次の写真は別の列車でのアップですがその首振りの様子が判るかと思います.

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急勾配、急カーブの多いこの路線は正にマレー式蒸機が本領を発揮する場所でした.
この場所、実はこのSカーブだけでは無く、さらにクネクネと大蛇のごとく右に左にカーブしている凄い場所です.その様子は当サイトこちらでご覧下さい.

現在もこの路線は健在?で動態保存のマレー式蒸機が走る?こともあるようなので、ぜひ見たいと思われる方は調べてみてください.

2005/10/21 PM 03:27:26 | [ヨーロッパ]

No.84 Reguaの教会
誰もネガを片づけてくれないので、またヨーロッパです.


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ポルトガル北部Reguaレグアの駅はドウロ川の谷間にあり、ポルトガル国鉄(CP)ブロードゲージ(1674mm)の本線に、メーターゲージの支線が接続する駅です.構内には小さな機関区があり、転車台は両ゲージ共用の4線式になっています.ブロードゲージの方の列車はディーゼルですが、入換用には巨大なテンホイラー機が使われていました.


メーターゲージの列車は珍しいマレー式のタンク式蒸気機関車の独壇場です.マレー式とは写真でお判りのようにシリンダーと動輪の走り装置を2組持っています.強力でなおかつ急カーブも曲がれるという特徴を持っていて、ポルトガルの山奥を走るこのローカル線にはうってつけの機関車です.その活躍シーンはこちらをご覧頂くとして、今日は転車台前にある立派な教会に注目してみました.
とは言っても、この教会の名前も由来も何も判らないのですが、メーターゲージにしては大きいマレー機関車とのコラボレーションは魅力的です.この機関車は1910年代に製造されています.教会とはどちらが年上でしょうか?
ポルトガル語での讃美歌やお祈りも聞いてみたい気がしますね.
(撮影は1976年9月).

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2005/09/22 PM 03:29:04 | [ヨーロッパ]

No.82 Esteban Terradas
ヨーロッパ関連の記事が続きますが、これはPCのそばにこの取材時のネガの束が出しっぱなしになってるからなんで、意図的なものではありません.そろそろ片づけねばと思っているのですが.


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1976年9月、スペイン北部のPonferradaポンフェラーダにあるPV鉄道の機関区の片隅で1台の機関車に出会いました.その足回りは動輪が抜かれて馬に乗った状態で、車体も埃だらけでした.これはもう廃車前提の留置というか放置というところでしょう.
この鉄道の大半の蒸気機関車には固有の名称が付けられています.ヨーロッパの機関車では珍しいことではありません.「トーマス」とか「ゴードン」というようなものですね.この機関車にもキャブのサイドに立派なネームプレートが取り付けられていました.

そう、この機関車は私の本名(寺田牧夫)と同じテラダさんなのです.実は訪問前からテラダさん号の存在は判っていましたので楽しみにしていたのです.現役で無かったのは少々残念でしたが、実物に会えて感激です.
この鉄道はボールドウィンのタンク機とクラウス他の1Cテンダ機によって運転されていますが、輸送力が不足するために数年前に廃止になった他の鉄道からテラダさんはやって来たようです.しかし1両1形式で使い勝手が悪く、このような状態に置かれているとのことでした.
ここはやはりツーショットが必要かと思い、特別出演です.(若すぎる!体型は同じですが)


名前があれば由来があるはず、ぜひそれを知りたいと思うのが人情です.それで関係者の人に聞いて貰ったのですが「余所から来た機関車なので判らん!どこかの山の名前じゃないか?」ということではっきりしませんでした.
どうせ廃車になるんだったらネームプレートを貰って来るんだった(くれないでしょうが)などと帰国後に考えましたが.そのPV鉄道は数年後には運転を止めたようで、多くの機関車達とテラダさんの行方を心配していました.しかし、このPV鉄道の記事をサイトにアップするときに調べてみると、博物館が出来ていて、他のPV鉄道の機関車達と一緒にテラダさんも保存されているじゃないですか!これはぜひ再会に行かなければなりませんね.

この機関車は比較的新しい1950年にベルギーのチュービッツ社で作られています.実は私が生まれたのも1950年です.そしてこの機関車に会ったのが1976年9月20日、私の誕生日が9月20日.
ということで本日で満55歳となりました.

追記:名前の由来について検索していてたどり着きました.長い英語の文章だったので要約しましたが、おおよそ以下の通りです.
【Esteban Terrdas(1883〜1950)
スペインの数学者、物理学者であり優秀な技術者でもあった.数々の功績があるが、特に電話と鉄道工業の分野に於いて世界的に高名である.カタロニア(スペインの旧名)鉄道の建設に際しては技術指導者として、政治的な諸問題を乗り越えて多大なる貢献をした.
功績を讃え、小惑星(2399_Terradas)と没年に製造された機関車に彼の名が命名されている.

やっぱりテラダはんはただものやおまへんでした.

2005/09/20 PM 10:01:07 | [ヨーロッパ]

No.81 羊追いの少女

1976年9月、ポルトガル北部で支線の列車を追いかけていると、線路際の丘の斜面で多くの羊たちがメ〜メ〜草を噛んでいる光景に出くわし、当然のごとくポジションを取りました.左下には川が流れ、バックにはマカロニウエスタン?に出てくるような岩山がそびえているという好ロケーションです.
メ〜メ〜草を噛んでいる羊ご一行様は、二人のあどけない顔をした少女達が率いているようで、距離を置いて丘の下で見張っていました.


汽笛が鳴り、カーブの先に列車が姿を現しました.何頭かの羊が線路に近すぎていて、パニックにならないか心配していると、少女達は落ちている石をいくつも投げて、羊たちをいとも簡単に斜面の上に追いやってしまいます.







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列車はその横を何事もなく通り過ぎて行き、再び羊たちは線路の処まで戻ってきて、またメ〜メ〜草を噛み続けていました.帰り際に少女達に手を振って挨拶をしたのですが、期待に反して全く無表情で無視されてしまいました.

この鉄道について詳しくはこちらをご覧下さい.

2005/09/19 PM 03:31:34 | [ヨーロッパ]

No.80 道端の礼拝堂





オーストリア西部のとある田舎街.さほど広くもない道端にささやかな礼拝堂がありました.日本でいえば町角のお宮さんといったところでしょう.見たときには無人でしたが、横の岩に掘り込まれた祭壇?には空き缶に野花が生けてありましたので毎日熱心にお参りする方が居られるのでしょう.
この礼拝堂の横にオモチャのような狭い線路が敷かれています.線路は錆びていますし、何よりも壁ギリギリの部分もありますのでここを無事に通り抜けられる車両なんてあるのでしょうか?

まあネタはばれていますが、この2フィート・ナローの線路を一日1往復だけ、工場からの製品輸送の列車が通って行きます.牽引するのは小さな蒸気機関車です.しかもこの機関車はただもんじゃありません.このドラム缶のようなタンクの圧搾空気でシリンダーを動かす、いわゆる"ファイアレス"という無公害機関車です.
この鉄道は短い専用線ですが、途中お城の横を通ったり、小さな街角をかすめたりしますので黒い煙を吐く蒸気機関車は似合いませんね.
この鉄道について詳しくはこちらをご覧下さい.


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2005/09/18 PM 03:39:14 | [ヨーロッパ]

No.73 RENFE 277型
RENFE(=スペイン国鉄)の277(ex-7700)型電気機関車を紹介します.ご覧のようにアメリカの一昔前のディーゼル機関車のようなショートボンネットを持った好ましいスタイルの機関車です.現在ではもうほとんど走っていないとは思いますが、私がスペインを訪れた1976年頃には中堅として旅客、貨物に活躍していて、あちこちで見かけたり、牽引する列車にも乗りました.
しかしスペインの訪問目的は炭砿鉄道にありましたので、あまり普通の鉄道には一生懸命カメラを向けないように心がけていました.何しろ見るもの見るものすべてが珍しいのですから、ついついキョロキョロしてパチリパチリやっていると、前へ進めなくなってしまう可能性があります.さらに鉄道と同じように風景や人物などに目を向けたくなるのもずいぶんと我慢しました.フィルムも何本あっても足りませんしね.
そんなわけで、この写真は宿泊したVigoビーゴの駅で1カットだけ撮ったものです.

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このスタイルですからGEなどのアメリカ製かと思いきや、イギリスのEnglish Electric Vulcan Foundry社製.と聞くと何となく親しみが湧いてきます.1952-59年に75両製造されていて、軸配置はC-C、直流3000V、2208kw、最高速度は110km/h というような性能諸元で日本の機関車と大差無いですね.ただしゲージは1674mmのブロードゲージですからこれは大きな差があります.これだけ広いとさぞかし安定していて揺れも少なく快適だろう、と思うと大間違い.線路が悪いのか台車が悪いのか(多分両方)驚くほど揺れます.鹿鉄キハ430型もマッツァオといったところでした.塗装はダークグリーンです.

この写真はPonferradaポンフェラーダの街を散歩しているときに、たまたま撮ったカットです.(撮影は2点とも1976年9月です)

(画像クリックで拡大します)

2005/09/11 PM 11:43:47 | [ヨーロッパ]

No.19 ドーバー近くのサドルタンク
1976年9月〜10月の欧州取材旅行もいよいよ最後の行程.パリ→2連のDC特急→SEA LINKの巨大ホバークラフト(左写真)と乗り継いでイギリスのドーバーへ上陸しました.イギリスへ来たのは撮影のためでは無く、単に翌日の帰国フライトにヒースローから搭乗する、というだけの理由です.若干厳しい入国審査を通過した後、おそらくドーバーの街のメインでは無いと思われる小さな駅(港駅?)からロンドン行きに乗車しました.

第3レール集電の見た目は地下鉄みたいな電車ですが、車内はボックスシートでした.この電車のドアは手動式ですが、車内には開閉ノブがありません.どうやって開けるかというと、まずドアにある下降式の窓を下げて開けます.そして外にあるノブを手を出して回して開ける、という原始的というか変なやり方です.ロンドンでは日本のマッチ箱客車のような、各コンパートメント毎にドアがある.つまり側面にはドアがズラズラズラと並んでいる(決して古くない)電車も見かけました.イギリスの電車にはちょっとしたカルチャーショックを受けました.

ドーバーを出て10分ほど走った時に、なんと蒸機らしき煙が見えたんです.イギリスで、しかもロンドン近郊とでも言える場所ですから、まさか現役の蒸気機関車が走っている、と考えるわけはありません.一瞬保存鉄道かとも思いました.
しかしそのまさか、です.本線脇の大きな工場のヤードで貨車を連結して煙を上げていたのは、鮮やかなブルーに塗られたサドルタンク.キツネにつままれたような気分でシャッターを2度ほど切りました.

果たしてあの機関車は何だったんだろう?と思うまま30年近く経ってしまったのですが、先日思いついて、その写真をスキャン、そしてネットで調べて見ました.
サドルタンクには大きく
NATIONAL COAL BOARD
SOUTH EASTERN DIVISION No.9

と書いてあります.やはり石炭関係の工場ですね.そのまま打込むと容易に検索できました.Stephenson & Hawthorn社製で製番 7097、 1943年製ということです.この翌年くらいまでこの工場で働き、現在は保存鉄道で走っているようです.
サドルタンクでインサイドシリンダー、正面に顔を付ければ機関車トーマスにまんま出てきそうな機関車です.

この旅では各地で多くの蒸気機関車達に出会えました.そしてたった1日半の滞在、最後のイギリスでも車窓からとはいえ、しっかり現役蒸機を見ることができたのですから、これは良い打ち止め撮影となりました.




2005/07/19 PM 03:31:34 | [ヨーロッパ]

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