【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.957 2010年撮り初めはハクチョウさん
本日は午後から、鉄人ではない写真愛好家の方と一緒に本埜村のハクチョウさんに会いに行ってきました.
今年は気候の関係からか、例年より多い1000羽以上が飛来しているそうです.しかし今日は天気も良いので日中は多くが遊びに行ってしまい、16時の給餌時間にも半数近くが戻って来ませんでした.それでも狭い範囲に数百羽のオオハクチョウ、コハクチョウとその何倍かのカモさん達がひしめき合っている様は、なかなか壮観です.


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2010/01/14 PM 07:18:22 | [旅の1頁]

No.918 夏休みの自由写真
8.24追記
8月はブログの更新サボりまくりで失礼しています.実は1年がかりの超々大物コンテンツ?のファイル作成が佳境に入っていて、ヒマを見てはその作業に没頭している関係上、他のことに気や時間を回せない状況です.ある方より原板をお預かりしてから早1年経過してしまいました.その間こつこつとレタッチ作業にいそしんで来ましたが、さすがにお尻に火がついてきました.もう後がありません.
そのため7月に撮影した写真もアップせず、ほったらかし状態です.こちらも超々大物コンテンツとともに9月初旬には公開予定、ご覧頂けるかと思います.
ブログも早く正常運転に戻したいですね.いま暫くお待ちください.
しかし、最近根気が無くなり、長時間のPC作業が苦痛になってきました.




↓以下が8.18アップのブログ記事です.

長いことお休みしちゃいましたので、自由研究ならぬ自由写真を持って参りました.

↓なかなかの組み合わせです.花嫁さんがちょっと怖い.

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↓この会社は現存しないようです.

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↓大きそうですが3センチくらいしかない可愛い奴です.目線を取るのと顔にピントを合わせるのが大変でした.

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113系じゃあなかった!

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ザリガニは生でも赤い.

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やっと113系が来た.1時間に1本.
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曇った!2絞り分被写界深度を損した.

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人面トンボ.レンズとの距離15センチくらい.ピントが合わない!
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こんなとき電車が来てくれれば

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また211系だよ.

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折り返しも当然.本当についてない.暑くてまた1時間は待てない.異形Wパンタはバカ殿仕様だそうです.

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2009/08/18 PM 03:39:14 | [旅の1頁]

No.812 富勢富士見坂夕景

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今年の2月に朝のシーンをご紹介した、柏市根戸の「富勢富士見坂」の夕景の撮影に成功しました.
この通りはよくクルマで走るんですが、なかなか秀麗の姿にはお目にかかれません.2月以降は1回も私は確認していませんでした.
今月は19日から毎日良い天気で期待されましたが、こういう時に限って通るチャンスがありません.やっと21日に用事ができましたのでカメラを積んで出かけました.前日までのようにスカッとした空ではなかったので不安げな気持で行ってみると、なんと見事に夕焼けシルエットのコニーデを拝むことができました.

この場所は柏市立富勢中学校の前です.ちょうど下校時の中坊中嬢達が大勢正門から出て来ていましたが、私がクルマを駐めて写真を撮り出すまではみな気が付いていなかったようです.「へ〜、こっから富士山が見えるんだ〜!」なんて声も聞こえてきました.

中学校の前は見事なイチョウ並木になっています.なんとか前景に採り入れられないかと考えましたが、長玉を使わなければならず、地平レベルからではどうにもなりません.

正直な気持は、こんな富士のシルエットと鉄道を絡めてみたいですよね〜.


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2008/11/26 PM 05:43:43 | [旅の1頁]

No.671 富勢富士見坂

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関東地方には「富士見坂」なる場所が数多くありますが、最近はビルやマンション建設などで、なかなかストレートに見える処は少ないかと思います.
このカットは柏市根戸、富勢中学校前の「富勢富士見坂」です.時々この道を通るんですが、あまり秀嶺の姿にはお目にかかれませんし、見えていてもカメラを持っていなかったりと、なかなかタイミングが合いません.
ねらい目は晴天で風の強い日の朝と夕方ですが、それでも見えない日もあれば曇天のようでもはっきり見える日もあります.ということで最近はこの付近に出かける時には、常にカメラを持ち歩くことにしました.

その成果が↑です.昨日2月14日の朝です.富士を隠すビルはありませんが送電線や鉄塔が目立ちますね.学校前だけあって、歩きや自転車の中学生がひっきりなしに道路を横断しますし、クルマの通行量も多いのでなかなかシャッターが切れませんでした.
運が良ければ夕陽のシルエットも見られます.クジに当たったらまたご報告することにします.
各地の「富士見坂」巡り、なんて興味はありますが、これほど運まかせでリスクの大きい撮影行もありませんね.

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2008/02/15 PM 05:48:13 | [旅の1頁]

No.463 西湖遊覧
残虐な事件が続きますね.「美しい国」どころか「現苦うつつくしい国」じゃないですか.さらに腹が立つのは事件報道のニュース番組のBGM!


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中国浙江省杭州市にある西湖は、中国四大美人の1人西施(あと3人は虞美人、王昭君、楊貴妃)が入水したという故事がその名の由来だそうです.私が小学生の時に見た日本で初めての本格的アニメ映画「白蛇伝」の舞台ということで、1983年5月に初めての訪中の際の行程表に西湖遊覧を見つけたときには喜んだものです.
こちらのゴールデンウィークは中国でも労働節(メーデー)を中心とした連休で、有名観光地である西湖は中国人観光客でごった返していました.
ここでの定番コースはやはり西湖十景巡りなどの船による遊覧です.我々は普通の観光船に乗船しましたが、湖には様々な船が航行?していて、景色を見るよりもそちらに興味がそそられました.


これが標準的な観光船です.しかし定員は何人でしょうね? (画像をクリックすると拡大されます)


超豪華なリムジン船いや中国風屋形船? (画像をクリックすると拡大されます)


屋根付きデラックス・シートはこれも贅沢な船.最後部では人間動力が必至にオールを漕ぎ続けています. (画像をクリックすると拡大されます)


難民船タイプの大量輸送船.動力船の横に付随船をくくりつけていました.沈みそう! (画像をクリックすると拡大されます)


友人同士で楽しそうなボート. (画像をクリックすると拡大されます)


若い女の子が優雅に風に乗っていました.24年前の中国としては信じられない光景です. (画像をクリックすると拡大されます)

杭州は現在日本からの直行便も開設されています.24年前は上海から列車で3時間ほどかかりましたが、今は高速道路が完成して2時間で行けるそうです.

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2007/01/05 PM 11:54:18 | [旅の1頁]

No.348 新発田市内にて

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10年ほど前に新潟県新発田市の駅前通を歩いていると、こんな店?を見つけました.まあ、それほど深く考えもせずスナップしてきたのですが、後で写真を見ると何かおかしい、変というかミスマッチというか.
一見仕舞た屋風の古い家作に、今風のパソコン・スクールをはめ込んだようです.大学進学コースなんて書いてありますので塾なのかもしれません.ウインド(塾にウインドというのも?ですが)には達磨さんや武者絵のようなものも見られます.横の板壁には訓辞でしょうか?
もう少し近寄って詳しく見るなり、写真を撮るなりしてくれば良かった、と今さら後悔しても遅いのですが.
「杉並舎」などのキーワードで検索してみましたが、どうやっても一切該当無しで、この「寺子屋」はもう現存しないようです.
トリミングしてみましたが、コンパクト・カメラにネガでは解像力に限界があります.

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2006/09/01 PM 10:57:41 | [旅の1頁]

No.304 寅巻七色?
6月9-22日までの間、昼夜の業務が入っていますので更新お休みさせて頂きます.


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先日のカメラ散歩、葛飾柴又で見かけたお店の日よけテントです.こりゃ面白い、と読んでいきますが、最後の「寅巻七色」とは何でしょう?
ふと考えると直ぐに納得!「寅さんの腹巻き」なんですね.縁起モンで各色御利益というか効能が違うんだそうです.
この写真、道路の反対側から撮影しましたが、クルマの往き来が多く、また赤信号で連なって停車してしまうので、これ1枚撮るのがえらく大変でした.

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2006/06/05 PM 11:54:18 | [旅の1頁]

No.303 スカ?


都内某駅で見かけたこの広告幕ですが、「スカ展」とはなんぞや?
まさか横須賀線の写真展ではないだろうし、スカ煙の蒸機写真展ということもあり得ない.(あるわけ無い)
近づいてみたらこれでした.

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本日は手抜きネタで失礼しました.ちなみに昨日はタヌキのネタでしたが.

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2006/06/04 PM 06:08:25 | [旅の1頁]

No.277 GWのアルペンルート(下)
1995(平成7)年のGWアルペンルートの旅も最高地点を過ぎて後半です.
大観峰から黒部平まで標高差488m、1700mの区間を立山ロープウェイで下ります.所要時間は7分、途中に支柱が1本も無いワンスパンタイプでは日本一です.天気が良ければ後立山連峰、黒部湖、立山など360°の大パノラマが広がります.天気は最高でしたが車内は満員で、全方向は見えませんでしたが.

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時間に余裕がかなりあったので、黒部平でも雪原に座り、五平餅やおやきを肴にしてビールを呑みながら昼食代わりとしました.ここからは立山方面が絶景です.
右が立山ですが、ロープウェイのルートを辿ると中腹に四角いコンクリートの建物とその右に横一線の筋が見えると思います.ここが大観峰で右の筋は展望台です.大観峰が如何に凄い場所にあるか判ると思います.

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黒部平-黒部湖間は標高差373m、800mを5分で下る黒部ケーブルカーです.雪害防止と、景観保護のため全線地下を走る、という日本ゆいいつのものです.残念ながら写真は撮っていないようです.
終点の黒部湖駅を出ると黒部第4ダム、いわゆる「くろよんダム」のアーチの上を徒歩で渡ります.

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ここがこのコース最後のハイライトで、まだ氷結している黒部湖越しに見る薬師岳(2926m) の姿は、今まで見てきた山だけの景色とはまた違った趣があります.

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放水シーンは見られませんでしたが、展望台からダムの有名な景色を見て、最後の関電トンネル・トロリー・バスのりばに向かいます.ところがどっこい、大勢の先客が居て3本後の1時間半待ちとのこと.そろそろ大町からの列車の時間も気になり出します.それにここはダムとトンネルという人工物しか無く、居る場所や見える景色も限られてしまうので時間がつぶせません.その場所にケーブルカーからの乗客がどんどん溜まって行くので、人だらけになってしまいました.
やっとバスに乗車、なんと8台続行運転です.新型のVVVF車と1964年開業以来の旧型のロングシート車が混ざっています.もちろん?旧型を選択、懐かしい車内に感激していると後から乗ってきた子供が「このバス電車みたいな椅子だ」と言ってました.まあトロバスは電車なんですが、そんなこと言ったら話しがややこしくなってしまうので黙ってましたが.

このトンネルは石原裕次郎の「黒部の太陽」で有名で、関西電力黒部川ダム建設の資材搬送用として掘られたものです.途中富山・長野県境付近の破砕帯を突破するための難工事はNHKプロジェクトXの中でも代表的な逸話となっています.
黒部ダム-扇沢間6.1kmを16分で走ります.トンネルは一車線なので中間地点で対向車とすれ違います.それに両駅での乗降時間を入れると30分間隔が最短で、車両数も交換所の長さの関係で最大8両となっているようです.
扇沢駅で私の乗った旧型のロングシート車です.

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新型のVVVF車です.電車と同じ音がしていました.

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扇沢から大糸線大町駅までは普通の路線バスで、本数も多く直ぐ乗れました.18km、40分とのことでしたが30分少々で到着しました.富山県側はずっと好天に恵まれましたが長野県側は今にも降りそうな曇り空.
乗車予定の「スーパーあずさ6号」15時31分発までは1時間以上あるので、市内の若一王子神社まで歩いてみました.ちょうどサクラが満開でしたが、この天気では花の美しさも今ひとつでした.




帰路は大糸線の線路沿いに歩いていると、ここにもサクラが.何か来ないかと待つほどもなく、381系特急「しなの」がやって来ました.暗くて色がまるで出ていませんでしたが、無理矢理補正しました.

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アルペンルートの旅、長いことお付き合いありがとうございました.もう10年以上前ですが、国内でいわゆる観光地の旅としてはなかなか印象深いものでした.自然を観光のためにいじるのには賛否両論があると思いますが、この観光(貫光)ルートが無ければ、このような美しい景色に一般人はお目にかかれないのですから、あながち反対とは思いません.一般のクルマをシャットアウトしている、というのも好感が持てます.
今年のGWはどこにも行けませんが、あらためて昔のポジをスキャンしながら辿って反芻してみるのも良いものです.

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2006/05/04 PM 06:08:25 | [旅の1頁]

No.276 GWのアルペンルート(上)
1995(平成7)年のGWは当時住んでいた大阪から遠回りして、立山・黒部アルペンルート経由で千葉の実家に帰省しました.この年は4月24日に全通したばかり、駆け足で通り過ぎただけですが、白銀に輝く北アルプス連峰の雄大な景色を堪能しました.
大阪-立山は夜行の急行「サンダーバード立山」に乗車.681系3両のミニ編成でした.
富山地方鉄道立山駅でのスナップです.



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立山から美女平までは立山ケーブルカーで高低差505mを7分で一気に登ります.最急勾配は560‰!
このケーブルには貨車が連結されています.美女平までの道路が開通するまでは観光バスも載せて引き上げていました.


美女平-室堂間23kmは高原バスで50分.ブナの原生林の中を走りますが、外はまだまだ雪景色.途中落差日本一(350m)の称名滝が遠望できました.晴れていても朝はガスって見えないことが多いそうですから、ついています.
標高差1500mを登って室堂に到着直前はこの区間のハイライト、「雪の大谷」です.ゴールデンウィーク前の開通目指しての除雪作業の成果を目で見ることが出来ます.一番深いところで20数m、狭いところではバスの両側は30cmほどしか隙間が無い状態で、乗客からは歓声が上がります.
これを車内から写真に収めるには最前列に座らないとならず、ケーブルから降りると次々と列を作ってバスに詰めて行く乗り方では、よっぽど上手く立ち回らないと確保は難しく見事に失敗してしまいました.
今は時間を限って歩けるサービスもあるそうですが当時はまだ無くて、室堂から立ち入り禁止ぎりぎりの処まで歩いて行って撮ったカットです.この奥にもっと深くて狭い場所があります.




室堂では約1時間の待ち時間がありましたので、雪原を散策と行きたかったのですが迂闊にも革靴を履いてきてしまい(大バカ!)、危険であまり歩けませんでした.
室堂から見た立山です.この真下をトンネルが通っています.

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室堂-大観峰3.7kmは立山の真下を通るトンネルバスです.途中破砕帯を通過するとの案内がありましたが車内からはもちろん判りません.翌1996年からはトロリー・バス化されましたが、当時は普通のエンジンのバスでした.このバスは最前列に座れましたが何の意味もありません.すでに2本の架線が張られています.


大観峰は立山の絶壁の途中をくり抜いて作ったような展望台でルートの中間、最高地点です.ここで陸路は絶たれます.ここからは細いロープにぶら下がったゴンドラに身を委ねなければなりません.
大観峰からは後立山連峰、いわゆる北アルプスの山々が眼前にそびえ立つ絶景が広がります.冷たい風の当たるオープンの展望台で、地図を広げながらビール片手に至福のひとときを過ごしました.
写真も結構撮ったのですが、その時は確認できた山名が全く判りません.地図を見ても自信が無いのでここにははっきり判る針ノ木岳の写真のみですんません.烏帽子岳、野口五郎岳、鹿島槍ヶ岳、白馬岳などが見えたはずです.

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2006/05/03 AM 01:12:08 | [旅の1頁]

No.235 猫かいぐり公園

昨日所要で青梅市を訪れました.青梅市は「昭和の街」として懐かしい光景を随所に見ることができます.市内を散策するのがとても楽しくて、つい足を止めて見入ってしまうこと、しばしばです.
住宅街の細い路地を歩いていると、こんな素朴で素敵な空間に出会いました.
点数が多いですが、頬を緩めながらご覧下さい.





































帰り際に公園を振り返ると猫たちがサヨナラと手を振っていました.サヨナラ

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2006/03/15 PM 05:48:13 | [旅の1頁]

No.177 2006年 元日
2006年元日を迎えました.新年おめでとうございます.今年1年の世の中、皆さんとご家族、そして私と私の家族が平穏無事に過ごすことができますよう、心から祈念いたします.


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正月らしい写真をご用意しました.1979年1月1日、川湯温泉硫黄山(アトサヌプリ)での光景です.一端帰りかけてクルマに乗ったところ、この親子連れが山の方へ向かっていったので後を追いかけて撮影したものです.

川湯から尾岱沼の白鳥を見に行きましたが、大変良い天気で美しい光景に心が和みました.

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2006/01/01 PM 10:57:41 | [旅の1頁]

No.114 千歳-女満別空中写真
速報は数日前に掴んでいたのですが、ドイツ語が判らないので詳しい状況が把握できず書けませんでした.ドイツ、ニュルンベルク博物館の別館である扇形庫が焼失、名だたる保存機20数両が焼失してしまった、というニュースは衝撃的で大変残念です.ドイツには動態保存機が多く、全滅ということは無いでしょうが、いつも雑誌などで見るお馴染みの動態機は大方この博物館のものだと言います.ドイツの大型蒸機は未だ見たことが無く、ぜひ一度は訪問をと考えていただけに言葉がありません.世界的に貴重な財産を失ってしまったものです.
ドイツのファンの人達や、日本にも熱心なドイツ機ファンが大勢居られます.そして現場で保存のお仕事をされていた鉄道マンの方々はさぞやお力落としのことと思います.心からお見舞い申し上げます.
焼失してしまった車両達のリストは←links のRM編集長敬白で名取さんが書かれています.
http://www.v160.de/phorum5/read.php?3,12442,12442#msg-12442/
http://de.news.yahoo.com/051018/12/4q9rc.html


気は取り直せませんが、本日の話題です.
1986年2月に所要で札幌に滞在していましたが、ホテルで朝のニュースを見ていると流氷が知床半島のウトロに接岸したと報じていました.日中は用事が無く、どこへ行くか思案中でしたので、これだ!と思ったのですが列車で往復していては夜の用事に間に合いません.
TDAに電話すると女満別まで往復とも空席があるというので、朝飯も食わずホテルを飛び出しました.何しろ出発時刻までもう1時間を切っていたのですから.
そして1時間後にはYS11機上の人となっていました.乗客はほんの僅か、好きなところに座って良い、とのことで翼やプロペラが邪魔にならない最前列一人占めです.
帯広上空で雲が晴れて市内がきれいに見えましたので、カメラを取り出しました.女満別に到着するまでの小1時間地上の雪景色を楽しんだのですが、一旦網走上空まで行ってから引き返すコースを取ったのには少々驚いたものです.
現地滞在は約6時間、その間レンタカーで知床半島ウトロから能取岬を回り流氷風景を堪能しました.その時の写真は何れ、ということで今日はYS11からの空中写真をご覧下さい.
写真の上のURLは国土交通省国土地理院の地形図閲覧システム、1:25000地図の該当するファイルです.なおこのリンクは許可されています.

P1.帯広市街です.広尾線、士幌線とも健在です.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?id=64433105&slidex=400&slidey=2000

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P2..池田町高島駅付近.直角に曲がる国道242号、現在はバイパスが出来ています.利別川を渡る高島橋.右下の築堤が国鉄池北線.現在のふるさと銀河線で、下側画面が切れた少し先に高島駅があります.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?id=64434305&slidex=800&slidey=0

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P3.P4.
この2点は確かに↑2と↓5の間のコマなのですが、地図上で場所がどうしても確認できませんでした.

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P5.足寄市街.ちょうど中央辺りが池北線足寄駅になります.大地です.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?id=64436450&slidex=2000&slidey=400

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P6.東藻琴村市街.黒い道路が国道334号です.地図で確認するとこの時右側の窓には屈斜路湖、摩周湖、阿寒湖の大絶景が広がっていたはずですが、曇っていたのか記憶がありません.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?city=01541

(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)

P7.網走の天都山です.雪の中クルマで登ったことがありますが、逆光でオホーツク海が全く撮影できませんでした.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?latitude=44.00052222&longitude=144.2382806

(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)

P8.網走湖です.中央の一部を除いて氷結しています.ゴマ粒のような黒い点は穴釣りをしている人達でしょう.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?id=65447100&slidex=2000&slidey=1600

(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)

P9.まもなく女満別空港に着陸です.森の中にスノーモービルのシュプールが見えます.
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?id=65446150&slidex=1600&slidey=0

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2005/10/22 PM 03:29:04 | [旅の1頁]

No.106 大原の柿
秋の風物詩と言えば柿が連想されます.秋晴れの清爽な蒼空に鮮やかな柿の実の色は見事に映えています.
普通柿の大木というのはあり得ないのですが、ここ岡山県大原町(現、美作市)には大きな柿の木が何本も立ち並び、青色のキャンバスに緋色のドットを撒き散らしていました.
もちろん収穫はできないでしょうからこれらの実は鳥さん専用でしょうか.
撮影は1994年秋です.





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2005/10/14 PM 07:18:22 | [旅の1頁]

No.97 木之本地蔵さん

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SL北びわこ号の終点北陸本線木之本駅から程近いところに「木之本地蔵さん」が建っておられます.
ここ木之本地蔵院は日本三大地蔵尊のひとつと言われています.ちなみに他の二つは何処かいな?と調べてみるとこれがはっきりしません.一応、栃木県岩舟町町岩船山岩舟地蔵尊、山形県舟形町猿羽根山地蔵尊、新潟県栃尾市延命地蔵菩薩、大阪府八尾市八尾地蔵尊と四つも候補が挙がってしまいました.
三大稲荷というのも伏見稲荷、笠間稲荷、祐徳稲荷と言う説と祐徳稲荷の代わりに豊川稲荷が入るんだ、という説があります.豊川稲荷は神社ではなくお寺なので同列には扱えないという話しもあってよく判りません.俗に三大○○と言われるのは結構確定していないものが多いようです.そういえば最近よく言われる「百名山」も作家の深田久弥が独自に決めたもので、客観的でない、と思っている人もかなり居るようです.(私もそうです)

おっと閑話休題.木之本地蔵院は白鳳3(675)年、祚蓮それん上人が大阪湾に流れついた仏像をこの地の柳の大木の根本にご本尊として祀ったのが始まりとされ、木之本の名前もこれに由来しています.その後空海による中興、豊臣秀頼による再興などの歴史を重ね度重なる火災を乗り越えているようです.その本尊の地蔵菩薩立像は、高さ162cm眉間に白毫をはめこんだ寄木造の彩色像で、重要文化財でもあります.
しかし木之本地蔵さんとして有名なのはご本尊の写しとして1894年に開眼された身の丈6m、日本一といわれるお地蔵さんの方で、境内中央にその美しい姿がでんとそびえ建っています.


その昔、お地蔵さんが目を痛めた旅人にカエルの片目を与えて目を治した、という伝説により、目や無病息災のお地蔵さんとして親しまれているようです.境内には今でも片目のカエルが棲むと言われ、お地蔵さんの足元には、眼病の回復を願う人々による片目のカエルの置物多数が奉納されているほか、そこかしこにカエルの置物が見られます.

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カメラマンにとって目は命です.北びわこ号撮影の折りにでも参詣されてみては如何でしょうか?毎年8月22〜25日には大縁日が勤修され、全国からの多くの参拝者で賑わうそうです.
写真は1995年7月の撮影です.当時は大阪の高槻に住んでおりました.

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2005/10/05 PM 11:54:18 | [旅の1頁]

No.91 神宮寺の焼け佛

それほど造詣が深いわけではありませんが、寺社仏閣や仏像を訪ねるのも嫌いではありません.京都、奈良、奥武蔵、秩父の山中にあるお寺や神社をよく訪ねた時代もありました.
1975年の夏期休暇では四国、九州、山陰、北陸とドライブと風景写真(鉄道を含む)撮影の旅をしましたが、その1日を大分県の臼杵石仏と国東半島の探訪に充てました.

国東半島は全体を天台宗六郷満山ろくごうまんざんと称し、奈良-平安-鎌倉時代から宇佐八幡宮の庇護と影響の下に神仏習合の独特の寺院集団と信仰が形成されています. その由来や各寺社について詳細に語れば切りが無く、自分の浅学の程度を晒してしまうだけですので端折らせていただきます.
その中で末山本寺として寺勢を誇ったという国東六郷満山霊場第30番札所大嶽山神宮寺を訪れてみました.細い山道を登って行くと深山幽谷という言葉そのままの環境の中に、さほど規模は大きくない境内と本堂が現れます.



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しかしこの神宮寺で一番印象的で感動したのは、1896(明治29)年2月の修正鬼会という1300年前から伝わるという伝統行事で失火して焼け仏と化してしまった、六郷満山盛時の秀作といわれるご本尊と脇侍諸菩薩の計9体です.現在は国東町有形文化財に指定され、大事に収蔵庫に収められているそうですが、訪問時には本堂の背後の山中にある六所権現の神殿の廻縁に無造作に?立てかけられていました.
ただの焼け焦げたた木片というにはあまりにも威厳のあるその姿に接し、おもわず固まってしまい、暫しその場を動けなかったものです.現在、撮影はできないようですが、当時は特に制限はありませんでしたので何カットか記録しています.そのお姿をとくとご覧下さい.一番大きい本尊薬師如来立像の高さは2.75mです.


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この時訪問した臼杵石仏と他の仏閣については何れまた.

2005/09/29 AM 11:09:55 | [旅の1頁]

No.69 十三湖

中世のロマン、大貿易都市十三湊とさみなとをご存知でしょうか?平安時代の末期より鎌倉時代、室町時代(12世紀〜14世紀)までの長きに渡り、北日本の中心都市として栄えた幻の大都市の全貌が明らかになったのは僅か10数年前の発掘調査によってでした.確認されている中世の都市としては西の博多に匹敵するような大きな貿易都市であったことを裏付ける湊や都市の街並みの遺構が発見されています.
中世に書かれた廻船式目かいせんしきもくや諸文献には巨万の富を持ち、国内はおろか樺太、千島、中国などと広く交易を結んだ豪族で安東水軍を率いた安東氏の支配する人口10万人以上の都市の存在が記されています.
そんな幻の大都市は1341年に起きた大津波により、滅んでしまったのだそうです.
国の文化審議会は本年2005年5月20日、五所川原市十三湊 遺跡を国史跡に指定するよう、文部科学大臣に答申しています.

地理が好きなくせに、当時日本史には疎かった私は、そんなことはつゆ知らずに1972年10月、津軽の地を訪れました.主目的は五能線8620混合列車の追っかけ撮影でしたが、松本清張作「風の視線」の冒頭で描写されている十三潟の殺伐とした情景を求めて、早朝の十三湖じゅうさんこにやって来ました.
小説に出てきた砂丘はそれほどのものではありませんでした.しかし、日本海と区切るように南北から張り出した砂嘴の隙間部分に架けられた一車線の長い木橋は中央部に行き違い場所を持ち、大型の漁船が通るときには橋の一部を回転させる、いわゆる可動橋であったことに驚きました.湖岸は岩木川をはじめとする流れ込む川の三角州で、その広い平地にはちょうど刈り取り中の水田が広がり、東側の広大な牧場では牛達が思い思いに草を噛んでいたのも何か心を打つ情景でした.










しかし普通であれば辺境とも言えるこの地で津軽藩が繁栄し、金木、五所川原、弘前、黒石と岩木川を遡行するように都市が点在するのもかつての十三湊の名残りなのかも知れません.

2005/09/07 PM 01:03:41 | [旅の1頁]

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