【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.23 2枚の写真、日高とジャワ島
左の2枚の写真ですが、いずれも本編で公開済みのものですが、あらためてご覧下さい.

上は私の写真で日高本線の三石川鉄橋で撮影したC11重連の貨物列車です.1970年の3月ですが、この列車を捉えるべくマミヤを構えている前に道産子の牽いた馬車が現れて、お爺さんと若者が積んできた干し草を降ろし始めました.こりゃあいい!ということでカメラを手持ちに換えて、今まで鉄橋に合わせていたピンを道産子とお爺さんに合焦させて列車が来るのを待ちます.めったに走らない重連、しかも今日はC11207+C11206の二つ目同士の重連と判っていたのですが、この絶好の被写体を前ボケにすることは、風景カメラマンとしてはできませんでした.(マミヤレンズの前ボケは避けたかったこともあります)
このロケーションの中に重連がやってきました.鉄橋を渡る音に道産子がそちらを向いているのがお判りでしょうか?お爺さんはまったく気にせずに馬の器具を調節しています.

時は46年ほどさかのぼって下の写真です.1923年(大正12年)、場所は当時はオランダ領だったジャワ島、現在のインドネシアになります.
川で洗濯?をしている親子がいます.いやお婆さんと孫かも知れません.後方にはやはり鉄橋があり、逆向きのタンク機関車牽引のボギー車、2軸車混成客車列車が通過しています.この写真は組立式暗箱+名刺サイズのフィルムで撮られたものですが、当時のことですから感度は相当低かったものと思います.ですから絞り込むことも出来ず、ピンは手前に合わせています.
この時のネガがまだ数枚ありますが、列車が来る前のそれらのカットの構図はもっと右側に振っていて、鉄橋をまともに捉えています.ピンもそちらに合っていますので、おそらく鉄橋で列車を撮ろうと構えていた処に、この二人が現れたために方針を変更したものと思います.子供は汽車を見ていますが、お婆さんは洗濯に没頭していますね.

あれま、ほとんどく同じシチュエーションだ! 写真も何となく似ていますし、お爺さんとお婆さんの顔つきも同じように見えます.

この写真を撮影したのは私の母方の祖父、藤栄弥太郎です.祖父について書くと長くなりますので、いずれまた触れたいと思います.
ひとつだけ、祖父は鉄道ファンでは無かったようですが、カメラマニアだったのかもしれません.
しかし私の知っている祖父はハーフサイズ以外のカメラを持つのを見たことがありませんし、私が鉄道の写真を撮っていることを話しても、当時の話しをすることは一切ありませんでした.このネガは祖父が亡くなった後に発見されたものです.もちろん私が日高線の写真を撮影した後です.

大正12年といえば関東大震災の年ですね.今日7月23日、関東地方で大きな地震がありました.思わず本棚とテレビを押さえてしまいましたが、私は10年前の阪神大震災を大阪で経験しています.2度とあのような思いはしたくありません.今日はあの朝のことを思い出して少し恐ろしかったです.

なんとか日付が変わる前に書き終わりました.

2005/07/23 PM 03:08:58 | [祖父の写真]

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