【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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ご無沙汰しています
大変ご無沙汰しています。もう8月も終盤戦なのに暑い毎日が続きます。
残暑お見舞い申し上げます。

最近はFacebookで毎日遊んでおります。よろしければ、「Facebook 寺田牧夫」で検索いただき、ご参加ください。

コンデジで動画を撮影始めました。まだズーミングやパンが下手くそですが、練習してゆきます。本当はデジ一でも撮影できるのですが、コンデジの方が操作が易しいのと、バックモニタがデジ一よりも見やすいのでしばらくこれで慣れてみようと思います。

昨日撮影した安中貨物。北柏での特急待避シーン、ノーカットです。停車時間はわずか2分!京浜急行並の追い抜きです。

http://youtu.be/O0hMwK3cvRE

2014/08/23 PM 03:08:58 | [電気・ディーゼル機関車]

No.1054 山手線6ドア車廃回

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西武多摩川線101系さよなら運転を撮影に,中央線電車を武蔵境駅で下車した直後,「まもなく回送列車が通過します」のアナウンス.

そういえば忘れていました.新宿駅を出発した時に隣のホームにEF64牽引のE231系電車の姿を見ていて,どこか途中駅で下車して撮影しようと思っていたことを.
せめて反対側のホームへ回ろうかと咄嗟に思いましたが,何とすでにEF64のヘッドライトが見えています.いたしかたなく,最低のポジションで撮影をしてしまいました.
最近ズーム流しを会得しようと常日頃ズーミングの練習をしていたため,無意識にクネッとやってしまいました.最初からそのつもりなら1/30sec.くらいまでシャッター速度を落とすんでしたよね.

幸いにもいい感じのライティングで,EF641032号機独特の厳めしい前面の造作が強調されました.

撮影は2010.11.5

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2010/11/09 PM 04:18:33 | [電気・ディーゼル機関車]

No.1014 巨星墜つ
7.18追記:本日の下り1レ「北斗星」に再びEF8192(カシオペア色)が就行したそうです.EF510への置き換えは趣味誌系サイトでも大々的に報じていただけに,一体どうなっちゃってるんでしょうね.↓のカット3点,意味ないじゃん!
さらに追記:本日はいわて銀河線不通で,上越羽越線経由に迂回運転のため,「カシオペア」「北斗星」ともどもEF81牽引になったそうです.



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本日2010年7月15日,上野駅到着の2レ「北斗星」をもってEF81形電気機関車の牽引が終了しました.公式アナウンスもセレモニーも無く,眈々と最後の冠付きEF8187はルーティンワークをこなし,上野駅を去って行きました.
↑ 尾久駅
↓ 上野駅


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2010/07/15 PM 05:48:13 | [電気・ディーゼル機関車]

No.968 新金線で撮影

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昨日、両国へ行く前に新金貨物線を散歩しました.この貨物線、国道6号水戸街道を走る度にこの線の踏切を越えてましたからお馴染みなんですが、実際カメラを向けるのは初めてです.
ちょうど10時台に金町から新小岩へ向かう貨物が2本ありますので、これを途中で撮影しました.

まずやって来たのは件の水戸街道の踏切.金町駅から歩いて15分ほどです.相変わらず国道6号は通行量が多く、金町から環七までの間は慢性渋滞区間です.こんな幹線国道、しかも右折車線もある交差点近くに単線の踏切があるなんて信じられません.今は信号踏切ですので信号が青ならばどのクルマも無停車で通過できますが、昔は普通の踏切で一時停止が必要でした.しかし大半のクルマがその踏切の存在さえ気付かず通過していましたので、コンプライアンス運転をしていると大型トラックに追突されそうで、死にそうになりました.

↓その踏切を見下ろす歩道橋の上で構えていると、列車が来る数分前に可愛いお友達一行がやって来てみんなで踏切の方を見ています.これはわざわざ貨物列車の通過を見学に来たのかと思いきや、そのまま行ってしまいました.単に国道を横断しただけだったようです.


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↓その直後警報機が鳴り出し、遮断機が下ります.当然クルマはおとなしく待っています.待たされるドライバーの心中は「チェッ、ついてないな〜」と思っていることでしょう.もし私だったら「おっ、ついてるな〜」ですが.
貨物線の踏切と云うことで、大昔にEB10がのんびり走っていた王子の須賀貨物線を思い出しました.ここも「どうせチンタラ走って来るんだろう」となめてカメラを構えていたら、EF65はかなりのスピードでぶっ飛んで来てビックリ! ブルトレ並の90km/h近く出ていたのではないでしょうか.1/500SEC.でも完全に止まりませんでした.秒間5コマの連写でもたった4カットのみです.まさに新金高速!シンキンコウソク.胸が苦しい〜!


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45分後にやって来る次の列車は、京成高砂駅近くのお寺(大光明寺)をバックに撮ろうと思っていましたので、線路沿いの道をテクテク歩きます.途中で感じの良いガーター橋があり光線状態も良かったのですが、初志貫徹で次回と云うことにしました.

撮影ポイントは、何回も撮影に来ている京成線の中川鉄橋の真横です.待っている間にも京成の複々線を色々な鉄道の雑多な形式が間断なくやって来ます.このポジションからだと間にフェンスが入ってしまいますので今日はカメラを向けません.

↓ふと見るとファイアーオレンジの復活色が現れましたので思わずパチり.


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↓目の前でスカイライナーとすれ違いました.もうそろそろこの下に新金線の貨物が現れる頃なのですが.そろい踏みなんて、そううまくはいきませんね.


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↓大光明寺をバックにEF65がやって来ました.こちらも速い速い!誰かさんが喜びそうな平凡な画になってしまいました.私の好みではないですがね.


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↓京成高砂駅に行ってみると金町線運用はリバイバル赤電でした.先ほど金町でチェックしたのは銀箱電車だったのですが.残念ながら今日は忙しいので構ってられません.時々金町線はのぞいて見ていましたが、いつもステンレスばかり.こんな時に限って赤電だもんな〜.


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2010/02/25 AM 03:48:51 | [電気・ディーゼル機関車]

No.855 DD51補機連結

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石北本線中越駅でDD51586牽引の「大雪6号」の前頭に補機専用機DD51550が連結されます.
夜景写真は光源が命ですが、この場合本務機と補機の全灯が相互に照らし合って良い雰囲気です.


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DD51重連は北見峠を越えて、方向転換する遠軽駅までの運用です.



補機のDD51550はボンネット上に砂箱が増設されています.

撮影は1971(昭和43)年3月でした.

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2009/03/29 AM 11:09:55 | [電気・ディーゼル機関車]

No.824 新幹線前夜の東京駅スナップ

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1963(昭和38)年11月23日、東海道新幹線開通前年の東京駅でのスナップです.中学1年生でした.
当時使っていたカメラ(オリンパスS35)の調子が悪かったようで、ネガを見ると半数以上のコマが真っ白で何も写っていません.また距離計連動式カメラで、ファインダーのパララックス(実際に写った画像とのズレ)が異常に大きかったために、狙った被写体がまともに画面に収まっていないカットばかりでお恥ずかしい限りです.

まずは到着するブルトレ群.記憶ではEF60500に置換えられる、というニュースを見て行ったような気がします.最後のEF58を撮りたかったか、新しいEF60を見たかったのかは定かではありませんが、新し物好きな私ですからおそらく後者でしょう.そういう意味であれば、まだEF58だった当日はそれほど乗り気の撮影ではなかったのかもしれません.
それぞれのカットは今見ればなかなか粋な構図ではありますが、それもまともな列車写真、機関車写真を押えた上でならば、さすが!と言えるのでしょうがね〜.


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全く覚えていませんが、EF5892のこんなカットがありました.右の車両はどう見ても貨車、ワム70000ですかね.東京駅を通過する貨物列車があったのでしょうか.


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こちらは汐留-品川-東京-上野-隅田川と運転されていた配給列車を牽引していたEF53です.アップばかりで機関車1両まるまる写そうなんていう気は無かったんでしょうね.


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なぜか特急電車が写っていません.1カットだけヘッドマークが半分切れた「つばめ」がありましたが、これは恥ずかしいのでボツです.
153系急行電車は「なにわ」と「いこま」がありました.冷房無しのボックスシート車ですが、ビュッフェ付きサハシとリクライニングのサロがそれぞれ2両付いた編成は、豪華で偉く貫禄がありました.今でいえば「のぞみ」に次ぐ「ひかり」に当たる格付けでしょうか.


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普通列車は東海道線はこの111系と153系が多く、一部80系も残っていたはずですし、横須賀線にも70系が走っていた時代ですが、全くカメラを向けていません.


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ご心配おかけしておりますが、酒席の話題にされたりするのも嫌なので、プライベートなことはあまり書かないことにしました.更新はマイペースで行きます.

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2009/01/14 PM 07:18:22 | [電気・ディーゼル機関車]

No.803 北上線のDD51

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1972(昭和47)年10月は当時岩手県江刺市に住んでいた伯父の家を基地に、五能線などをクルマで撮影していました.その五能線から江刺に戻る途中、北上線で行き会ったDD51の貨物列車を何本か撮影していました.まだ高速道路など計画さえ無く、物流のメインルートだった北上線なのでかなりの貨物列車の本数があったと記憶しています.
クルマで撮影の場合の欠点は、撮影地点が特定できない可能性があることで、この場合のように行き当たりばったりであればなおさらです.


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本編「きまぐれpicture」からのリサイクル記事が続きます.

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2008/10/29 AM 11:09:55 | [電気・ディーゼル機関車]

No.801 東海道線のEF60
WBC監督は原さん!?普通本人の意思を確認してから発表するもんだろう.絶対に断れない状況で貧乏クジを押し付けてるみたいで失礼だよ.Gファンでも原さんファンでもないけれど、複雑な気持.マスコミも「やっと決着が着いた」なんて言ってるが、本人の承諾を持って決着ではないの?
まあ、読売の社内人事なので断るわけないです.



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1965(昭和40)年8月、東京初発の321M80系電車で豊橋へ向かいました.いま思えば吊り掛式旧型国電での最長距離乗車でしたね.

あえて初発と書きましたが、一番電車のことを特に口で言う場合は「しはつ」と言いがちです.間違いではありませんが、しはつ=始発だと始発駅の始発と誤解されてしまい、少し意味が違ってきます.前後の文章で判断できるかもしれませんが、これは日本語の欠点ですね.雑誌の原稿で初発と書いたら始発に校正されてしまったこともあります.

閑話休題、当時はEF65も登場していましたが、まだバリバリの現役だったEF60とも何回も行き違いましたが、3カットがネガに記録されていました.当然EH10も多数走っていたはずなのですが、記録、記憶とも欠如しています.

↑函南付近の貨物列車牽引のEF606.茶一色の姿は当時でもさすがに珍しくなっていました.


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↑吉原駅では停車中に上り「はやぶさ」が通過.EF65にも見えますが、れっきとしたEF60514.EF65との見分け方は屋根上の大型の避雷器カバーと腰部両側のルーバーが無いこと.そういえば何となくスッキリしています.
中学生の頃から流し撮りなんかしてたんですね.誰に教わったんでしょう?


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↑静岡駅ではEF60507牽引の上り「みずほ」が到着.地上時代の静岡駅も懐かしいですね.


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↑豊橋駅を出発して行く321Mです.列車番号表示が違っていますが、どちらにしても3桁は表示できません.

現在でも高崎のEF6019がまだ現役で、ときおり臨時列車などの牽引に当たっているようです.
本編「きまぐれpicture」からのリサイクル記事でした

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2008/10/27 PM 11:20:20 | [電気・ディーゼル機関車]

No.794 ブルートレイン牽引機

月曜日に、現在お世話になっている職場の懇親会で呑みすぎました.まだ調子悪いです.



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今年で20系客車が「あさかぜ」で営業を開始して50年.つまりブルトレ50周年ということになります.当時はブルートレインという言葉は使われていませんでしたが、従前の客車列車とは一線を画した冷暖房完備の固定編成豪華列車は「走るホテル」といわれて新聞や科学雑誌などで特集されていました.同じ年に登場した電車特急「こだま」とともに、埼玉の小学生であった私には乗車どころか、この目で見ることもなかなか叶わない憧れの列車でした.

以後14系24系に置換えられましたが、明年春に「あさかぜ」をルーツとする九州特急の「富士/はやぶさ」の廃止がマスコミで報じられ、一つの区切りとなりそうです.

ところで客車列車ですから当然、牽引する機関車が必要です.最初の「あさかぜ」はEF58-C62-EF10(30?)-C59が携わったのでしょうか.
以後
C11/C56※/C57※/C58※/C59/C60/C61/C62/D51※/D52※/D60※
EF16※/EF57※/EF58/EF59※/EF60/EF61/EF62/EF63※/EF64/EF65/EF66
ED71/ED72/ED73/ED74/ED75/ED76/ED78/ED79
EF70/EF71/EF80/EF81
DF50/DD51/DD54/DE10/DE15
等が牽引したと思います.(急行含む.※は補機および迂回、イベントなどの臨時運用)

ところで一番長いお付き合いはどの機関車でしょう.1965年からのEF65かと思いきや、何と「あかつき」「はくつる」「ゆうづる」を同年からDD51が牽引してます.ご存知の通り現在も北海道では「北斗星」が重連で頑張っていますからもう44年目です.EF65は現在牽引してません.
当面は「北斗星」の廃止や機関車変更の予定は聞きませんので、このお付き合いはまだしばらく続くでしょうね.

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2008/10/08 PM 04:15:49 | [電気・ディーゼル機関車]

No.765 おかげさまで轍楽之路サイト57万アクセス

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自己祝辞です.記念にEF57をどうぞ.1971年3月、東北本線蓮田-白岡間の元荒川鉄橋です.
10歳までは浦和に住んでいましたが、よくこの橋の近くで親父と一緒に釣りをしたものです.ちょうど宇都宮電化の前後で最初は大宮からC61牽引の列車で蓮田まで行ってましたが、途中から80系湘南電車に変わったのをよく覚えています.

この写真の時は6X6判のマミヤ2眼レフで流し撮りの練習をしていました.マミヤはファインダーが左右反転なので強い意志を持ってカメラを振らないと、たちどころに機関車はファインダー内から消えます.(この話、以前の記事と重複していたらすみません)
↑のEF57は真横のカットでは失敗!完全にブレてしまいました.あわてて巻き上げ&シャッターセットして後追いでもう1カット撮ったものです.


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↑EF56では上手くシンクロしたものの、少しはみ出てしまいました.


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↑EF15では成功しましたが、これは速度が遅かったからでしょうね.旅客機は100km/h近くでぶっ飛んで来ますから成功率は低かったようです.

ところで本編・ブログとも、当方が設置したカウンターでは毎日2-300人ほどの方にご来訪頂いていることになっています.でもこのブログのオフィシャルが発表するアクセスランキングではこんな数字↓が出ています.


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その差は大きいですよね.本当に毎日こんなに大勢さんに見て頂いているのだとしたら、もう少し頑張らなければなりません.(じゃなくても頑張れよ!)
以前、毎日1万アクセスはある.と言われている有名ブログで弊サイトの記事をご紹介頂いたことがあります.その話の行きがかり上、必ずこちらにリンクするような流れになっていたので期待していたところ、実際その日はこちらのカウンターでは500ほどアクセス数が増えただけでした.

↑のアクセスランキングで1位になったことがあります.これがなんとスパムのコメントとトラックバック投稿によるもので、1-2秒に1本というような凄まじいものでした.サーバー側で対処してもらいましたが、こんな1位はもちろん全く嬉しくないどころか恥ずかしいです.
今でも1日に1-2本はスパム投稿が入りますが、気がつき次第即削除しています.

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2008/08/02 PM 09:38:42 | [電気・ディーゼル機関車]

No.692 消えたPF牽引「富士・はやぶさ」回送

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マスコミなどにも大きく取り上げられて去って行った「銀河」ですが、それに関連して消えて行ったEF651000、いわゆるPF牽引のブルトレ列車があります.

今回の時刻改訂で、東海道山陽筋ただ一本残った「富士・はやぶさ」、品川基地から東京駅までの回送列車は本務のEF66が最後部にぶら下がり、EF65PFが「銀河」運用前のアルバイトでその牽引の任に当たっていました.
回送列車は17時台後半ですので、冬場以外は明るい時間帯に記録できます.ところがその銀河が消えてしまったのですから、どうなるんだろう?と思っていたわけです.
結果は回送時間が早まり、EF66を東京駅で機回しすることになったようです.前向きに考えれば、EF66牽引の回送列車という新たな被写体の誕生とも言えますね.

東京発のブルトレが何本もある頃は、各牽引機が次の列車の回送列車を牽引するなんていう運用の時代もありました.上り列車で朝一番に到着する「出雲2号」は、品川から回送されて来ていたDE10が牽引したのも記憶に新しいところです.でも記録はあまり残っていないですよね.

テレビのCMを見ていて思いましたが、外装全面に有機ELディスプレイを貼ったイベント・カーがいつか登場するような気がします.これなら動画の車体広告やリバイバル色などが自由自在です.どうですか〜? JR◯さん.

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2008/03/25 AM 03:48:51 | [電気・ディーゼル機関車]

No.644 仙台駅の「はくつる」

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1967年12月29日、夜も明ける前に宿からタクシーで仙台駅へ向かいました.路面には昨夜来の雪が積もり、タクシーはチェーンを巻いています.
乗車するのは福島方面の普通列車ですが、隣ホームに上り「はくつる」が入線しましたので、三脚をセットしてバルブ撮影です.ED75のヘッドライトをまともに拾ってしまって、せっかくのヘッドマークやナンバーが鮮明で無いのは残念です.
翌年の10月に「はくつる」は電車化、残った東北筋のブルトレからヘッドマークは一時的に消えてしまいます.1970年代後半に復活しますが、ED75の場合、この写真の頃よりもその位置は下げられました.ちなみに九州に配置された300番台はもっと下、正面ドア一下部が定位置でした.


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後追いはフラッシュ撮影、青森からの雪がナハフ20の後部にへばりついていました.奥中山の雪はこのまま上野まで運ばれたでしょうね.

こちらが我々が福島まで乗車したED71牽引の普通列車です.

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2007/12/07 PM 01:03:41 | [電気・ディーゼル機関車]

No.566 関門トンネル彦島口にて
1975年8月、多くの同好者たちは最後の蒸機を追っかけていました.しかし私は夏期休暇を取り、四国-九州-山陰-北陸と非煙(非鉄では無い)のドライブ日本半周旅行を挙行しました.
前夜は小倉に宿泊、昼すぎには萩で人と待ち合わせをしているというのに、朝はのんびり彦島で関門トンネルを出入りするEF30・EF81の撮影などをしてしまい、大幅に遅刻してしまいました.

下りEF30重連貨物がトンネルにやって来ました.暑いのでしょうか正面扉を開けっ放し.大した写真ではないのでプリントもせず約30年間ほったらかしにしていましたが、今回スキャンして初めてトップナンバーと判明してビックリ!そういえば側面のコルゲートがありませんね.撮影時にも気付いていなかったのでしょうか?

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同じく下り荷物列車です.こちらはドアは閉まっています.

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トンネルを出てきた上り旅客列車牽引のEF81302.その後常磐線にやって来てピンクに塗られてしまった姿を何回か見かけました.その後再び関門に呼び戻されましたが、ステンレスボディは一度塗装するときれいには剥がせない、ということで現在もピンクのままです.

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2007/06/10 AM 12:39:29 | [電気・ディーゼル機関車]

No.445 上越国境越え
本日は18時から神田で三菱大夕張鉄道保存会の東京交流会が開かれます.保存会の活動の今後にも大きな影響のある夕張の現状や、苦境の生の声を拝聴しに参加してきます.



1971年1月、この頃はは蒸機の写真しか撮っていなかった私ですが、鉄写真仲間で雑誌に旧型電関の特集グラフを載せることになり、渋々上越線越後中里へやって来ました.もちろん峠の補機EF16とEF15の重連を撮るためです.寒い中での撮影は慣れていましたが、煙の無い被写体では今ひとつ乗り気になれません.しかもリーダー格であった人間から「正面からパンタが4っつ重なって見えるカットを!」なんて、あまり好きではないアングルをリクエスト(命令とも言う)されていたので憂鬱でした.正直自分で行けよ!と思ったものです.

しかし、線路端の雪の上で次々にやって来る重連の貨物列車や電車、気動車を撮影していると、あっと言う間に予定の6時間余りが経過してました.16時を過ぎて、早朝に家を出てから飲まず食わずであったことに気付いたくらい撮影に熱中していたようです.リクエストのカットも↑の通り、なんとかものにできました.


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今でもこの時の写真を見ると、遠くからモーター音を響かせてゆっくり上ってくるEF16+EF15の重連の迫力と、パンタグラフがシューシューと架線を擦ってゆく音が甦ってきます.


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撮影は1971年1月9日 上越線岩原スキー場前-越後中里、越後中里駅構内

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2006/12/09 PM 04:18:33 | [電気・ディーゼル機関車]

No.395 峠のスターは誰?

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とある本線の峠道、線路の両側には大勢のファンたちがカメラを構えています.
そこへピョーッ!と汽笛を鳴らしてやって来た急行列車.この列車は1000kmほどの道のりを延々、一昼夜かけて走り抜く当時有数の長距離急行でした.先頭にはDD512号機が付きます.1963年登場のDD51型量産車1号機、赤白ネズ、お馴染みのカラーをまとった初めてのディーゼル機関車です.牽引されるのは10系客車を主とする旧型客車、途中駅からは寝台も連結されますが、本日はナハネ・カニの20系客車の回送車も付いてます.さらに最後部をよく見ればD51の後補機も連結されているという、今思えば大変贅沢な豪華編成ですね.

ところが線路際のカメラマン達にはまったく緊張感がありません.中にはカメラに手を触れていない人も見受けられます.どうやらこの列車は当日の本命列車ではなかったようです.
実はこの日は私の撮影歴の中で5本の指に入るような凄い日で、定期列車ばかりですが臨時運用などがあって、クレージー・サンデーとでもいうべき充足の1日でした.日曜日だからサンデーなんですが、40°C近い暑さで本当にSUN DAY でもありました.
この日の様子は当サイトにアップされていましたが、現在ある理由で外してあります.そのうちに再登場しますのでお楽しみにお待ち下さい.
(なんだなんだ、何にも判らないじゃないか!って?)

前回の記事

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2006/10/20 PM 10:01:07 | [電気・ディーゼル機関車]

No.370 根岸線のEF200

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根岸線のイメージというと、京浜東北線の209系電車が直通する通勤路線というものだと思います.ところが意外にも、この線には毎時1-2本という頻度で長大な貨物列車が走る、という別の一面も持っています.牽引機もEF64、EF651000、EF200、EF210と一級品が揃います.
神奈川臨海鉄道と接続する根岸駅にはタンク車、コンテナ車を20両連ねたフル編成が常に数本留置され、臨海鉄道のDL機やJRの電機が、貨車の受け渡しや機回しなどで忙しく動いている様子をホームから見ることができ、退屈しません.

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根岸駅の隣駅山手駅では、ホーム上からトンネルを出てくるシーンを撮影することができます.同じ場所で209系電車を撮影してもまるで迫力はありませんが、それが日本一の力持ちEF200型だとカーブしているトンネル内に大きな音が響き、ヘッドライトが近づいて来ると周囲が重幹線になったように別世界へと豹変してしまいます.残念ながらこの場所では長いタンカートレインだとは判りませんが.

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撮影は2006年9月22日

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2006/09/24 AM 01:26:23 | [電気・ディーゼル機関車]

No.316 デカペンと流し撮り
最近連日どころか、隔日の更新さえ危なくなっています.ネタが浮かばないわけでは無い、のですが対応する写真や裏付けの資料が見当たらなかったりで、なかなか記事にできません.まあ、やる気の問題だとは思いますが・・・・.

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デカペンことペンタックス6X7を手に入れたのは、社会人になってからの1974年頃だったと思います.当時はもう鉄道の写真はほとんど撮っていなくて、現役の蒸機は1975年10月、夕張線のD51を数カット撮影したのみで終わりました.
それまでブローニー判フィルムのカメラは、マミヤCシリーズをのべ4台、ミノルタオートコードも一時期併用していたこともあります.中判カメラはモノクロでも35mmと較べてカッチリした絵が作れることや、当時少なかった雑誌のカラーページや表紙、その他ポスターやレコードジャケットに採用される場合の必須条件のエクタクロームを使える、ということで常に持ち歩いていました.
憧れのカメラはニッコールレンズを使うゼンザ・ブロニカでしたが、10万円のカメラは学生ではそうそう手が届きません.当時のマミヤは3-5万円でしたからその差は大きなものです.
それが一挙に当時の給料の3-4ヶ月分、20万円のデカペン購入に至ったのですから、清水の舞台どころか東京タワーの展望台から飛び降りるような勇気が入ったはずです.
現在も所有していますが、10年以上使っていなかった数年前に、新しいバッテリーを入れて撮影しようと北海道にまで持っていったのですが、結局シャッターは作動しませんでした.
ところでデカペンは流し撮りがし易いカメラ、として定評がありました.今や流し撮りはモーター・ドライブの連写で撮るもの、と思っている人が多いようですが、本来は一発切りでバックや蒸機のロッドの位置(ロッドやリターンクランクが大きく動く瞬間)を狙って撮ったものです.しかしカメラを左右に振る動作を止めることなくシャッターを押す、という上下動を加えなければなりませんから至難の業です.瞬間、動きが止まってしまったり、シャッターのある右側が下がってしまったりします.
ちなみにマミヤ2眼レフのウエストレベル・ファインダーでの流し撮り、は左右反転画像のためにさらに難しくてファインダーを見ながら流すと、瞬時に列車はファインダーから消え失せます.(作例がコメント欄にあります)
話しを戻して、デカペンはなぜ流し撮りが楽だったのか、というと.その重さゆえ慣性が付いていて、容易に左右動が止まらないからなのですが.

上写真は1976年2月、東海道本線早川-根府川.もちろんデカペンです.

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2006/07/20 PM 10:01:07 | [電気・ディーゼル機関車]

No.254 EF52だぶる

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1971年2月末、所要で阪和線和泉砂川駅を和歌山方面行き電車で通りかかると、上り待避ホームにEF52の重連貨物が停車していました.幸い京阪神周遊券を持っていたので、慌てて途中下車.鳳方面へ線路沿いを歩いてゆくと程なくキハ82特急「くろしお」に続いて、EF521+EF522連番重連のタンク車を連ねた貨物列車がモーターを唸らせて加速してきました.
この時の取材では山中渓でパンタを4つ上げた重連列車を撮影したかったのですが、スケジュールの都合で断念した経緯があったので偶然とはいえ、大変嬉しい出会いになりました.

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2006/04/05 PM 11:54:18 | [電気・ディーゼル機関車]

No.242 DD51だぶる+マヤ

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1970年8月、鳥栖駅でマヤを連結して待機する「はやぶさ」牽引機です.この辺りはJ2サガン本拠地、鳥栖スタジアムになっています.

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2006/03/22 PM 03:29:04 | [電気・ディーゼル機関車]

No.241 DD13だぶる

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1971年8月.羽越本線村上です.貨物列車牽引はD51に互してDD13やDD14が重連で牽引していました.

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2006/03/21 PM 03:27:26 | [電気・ディーゼル機関車]

No.240 ED75だぶる

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1985年3月14日.東北本線盛岡駅「ゆうづる1号」です.通常は単機牽引ですが、機関車回送が発生すると重連になります.この日はダイヤ改正日(東北新幹線上野開通の時)なので続行の「ゆうづる3号」も重連で、同じような光景をわずかな間隔で見ることができました.

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2006/03/20 PM 10:01:07 | [電気・ディーゼル機関車]

No.239 EF10だぶる

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1970年10月、品鶴線です.当日はD51791列車の帰路を撮影のためこの場所に来ました.フィルムの残りが少ないのは判っていたのですが、直前にこんなのが来たので思わずシャッターを切ってしまいました.おかげで肝心なD51791はフィルム最後のカットになってしまいアウト!(当時はトライXの長巻きをフィルム・ローダーというものでパトローネに詰めていたので、最後のカットは最初から感光していたので、アウトなのでした)
今になってみると、こっちも貴重なシーンでしたね.

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2006/03/19 PM 03:31:34 | [電気・ディーゼル機関車]

No.234 DF50だぶる

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中央本線夜行準急「穂高」は甲府からEF13+マヌ34に換ってDF5033+DF503の重連牽引になります.編成はナハ10系にオロハネ10など、機関車客車ともまだ茶色塗装の時代でした.1965年2月甲府駅.


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10年後の1975年8月.山陰本線倉吉付近での撮影です.
この列車の最後尾にはこんなおまけ付きでした.昔は客車列車に気動車を併結する姿もよく見ました.

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2006/03/14 PM 07:18:22 | [電気・ディーゼル機関車]

No.233 EF16+EF15

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これは正確には同形式ではありませんが.
1977年8月、上越国境のEF16を撮りに行きました.越後中里駅からループに向かう上り貨物の重連を待ちかまえました.先頭機関車はEF1628ですが、デッキ付き機関車はこの角度からだとナンバー・プレートが手すりと重なってしまいます.

続いて本務機のEF15を後追い撮影するとなんとEF151! トップナンバーは奥羽本線福米間用のEF161からの復元機.偶然の出会いでした.

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2006/03/13 PM 05:55:39 | [電気・ディーゼル機関車]

No.232 ED72だぶる
以前大画像掲示板で出していた同型機重連シーリーズ、「だぶる」から時々再掲します.

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1970年8月、鹿児島本線久留米駅で見かけたED72重連牽引の普通列車です. この機関車は小学生の時、晴海の鉄道博で初めて見たときにカッコイイ!と思いました.鳩胸スタイルはJRFの最新機関車やコンテナ電車などに引き継がれていますね.同じマスクのED73は、ショートボディなのでいまいちです.

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2006/03/12 PM 11:31:05 | [電気・ディーゼル機関車]

No.228 EF58だぶる荷35レ

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あまりにも有名だった東海道本線荷35列車ですが、まともに撮影したことはありませんでした.わずかに1度だけ1975年7月20日、大井川鉄道坊ちゃん列車撮影の帰途に吉原駅付近でキャッチしたようです.しかしよりにもよって何でこんなロケーションの悪い場所で撮影したんでしょうね.先頭機が鋳鋼先台車のEF5845号機だったことと、わずかにデカペンを振った結果がまあ、決まっていたのが救いでした.
EF58はスナップ的なカットは昔から結構撮っていますが、ついに専門に狙ったことは無いままで終わりました.あっ、まだロクイチなどはチャンスがあるかもしれませんね.

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2006/03/08 PM 04:15:49 | [電気・ディーゼル機関車]

No.222 EF6413@八王子機関区

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EF6413@八王子機関区.といっても何も不思議なことはないですが、これが1966(昭和41)年5月6日に撮影された写真だと聞くと、あれれ?と思う64フリークの方が約数名は居られるかと思います.

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当時EF64は奥羽本線の福島-米沢間、いわゆる板谷峠越えのEF16を置き換えるために量産中で、中央本線での使用はまだされていなかった頃だからです.
中央本線八王子以西の山区間はEF13牽引の客レ、貨物は茶色のED61重連、115系ローカルや181系「あずさ」もまだ登場前になります.

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当日は友人達と八王子機関区へ撮影に行き、D51や廃車になった86を撮影しているときに、庫の中に真新しい青い機関車が居るのを発見!興味津々観察したものです.何しろEF64 という機関車は初めて見ます.横軽のEF62、EF63によく似ていますが正面窓に取り付けられたツララガードが剣道の面やアメフトのフェースガードを連想させ、精悍な顔つきでした.

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調べるとEF6413号機は第2次量産車のトップナンバーとして、同年3月に東芝府中工場で落成しています.府中工場と八王子区は目と鼻の先ですから将来の中央線での使用を想定して、奥羽本線へ配属される前に性能試験をしていたのでしょう.
奥羽本線は43-10 で交流化され、EF6413も晴れて中央本線で活躍することになり以来40年、数年前までは八王子でも見ることができました.

いつのまにか3月です.腕時計の日付を合わせなければ.
おかげさまで3月3日、当サイト轍楽之路は4周年になります.


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2006/03/01 PM 10:57:41 | [電気・ディーゼル機関車]

No.217 DD15 おうじ号

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1970年春休みはもちろん北海道行き.函館本線のC62重連、大夕張鉄道、日高本線などでのルーティン・ワークをこなしていました.中でも日高本線は一応コンテを作って撮影をしていたので、静内の国鉄寮を基地にして連日沿線を廻っていました.当然のことながら機関車の基地である苫小牧機関区でのカットも必要と思い、訪れたのが4月1日だったようです.さすがに4月となると陽射しは暖かく、日中歩き回ると汗をかく程の陽気にもなっていました.
当日のネガに祝賀マークを付けたDD1525が写っています.確か機関区の方か機関士さんにお話をうかがったような気がしますが覚えていません.
調べてみると1970(昭和45)年4月1日より、苫小牧(一部東札幌)-小名木川間に紙専用列車が「おうじ号」として初めて運転を始めています.ちょうどその日の祝賀機関車がDD1525号機だった、というわけです.
もちろん室蘭本線をDD15が牽引して走る、ということではなく、王子製紙の工場専用線から苫小牧駅まで引き出してくる役目で、工場出発に際し盛大な出発式が行われたものと思います.「おうじ号」はワキ5000型パレット貨車17連+ヨ ということなので、この写真のバックに写っているワキ5000の編成がそうなのでしょう.となると、このシーンは大役を果たして機関区に戻ってくるところでしょうか.

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DD15の部分だけトリミングしようかと思ったんですが、バックの煙突、信号所、信号やポイントに連動するロッドなど、当時の苫小牧駅構内の光景が懐かしくてカットできませんでした.
初めての紙専貨「おうじ号」、当時の室蘭本線での牽引機がD51であったか、DD51だったのかは不明です.鷲別以東でDD51はまだほとんど見かけない時代でしたが.

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2006/02/20 PM 10:01:07 | [電気・ディーゼル機関車]

No.182 オーバーハング

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写真は1971年2月28日、大阪は竜華操車場を出発する阪和線貨物列車で、 先頭に立つのは1928(昭和3)年製の古強者EF52のトップナンバーです.関東では旅客用機関車が貨物列車を牽引する姿はお目にかかれませんでしたから好奇の眼差しを向けたものです.
この編成を見て、実物と模型のスケールの差(当たり前なんですが、それ以上にという意味です)をひしひしと感じたものです.模型で例えば2軸先台車のある旅客用機関車と2軸貨車を連結した場合、連結器の支点をかなり奥にして大きく左右動をさせなければ、カーブの始めやポイント部分では貨車側が脱線すること必至です.模型を走らせたことのある方は容易に想像がつくと思います.
ところが実物は連結器のピンは台車枠前端にありますし、貨車側も同じようなものなのに全く普通にポイントも通過して行ってしまいます.
ましてこの編成はEF52の次はワフ22000、しかも貨物室側が機関車と連結しています.下の写真で判ると思いますが、この形式は軽い車掌室側とバランスを取るために貨物室側のオーバーハングが極端に短くなっています.こんな編成を模型で組むこと自体が自殺行為みたいなもんで、普通やりませんよね.
まあ、それだけ実物のカーブが緩いというか、模型のカーブがきついということになるんでしょう.
実物では急カーブといえる半径200mのカーブは1/150スケールでは1330Rになります.これだけあればNゲージの新幹線車両がスケールスピード500km/h 以上でぶっ飛べますね.

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2006/01/06 AM 12:23:36 | [電気・ディーゼル機関車]

No.77 特急あけぼの運転開始
1970年7月1日から臨時特急「あけぼの」が運転を開始しました.これは10月から運転の予定だった寝台特急を前倒しにして夏期臨としたものです.運転区間は上野-秋田間と言いたいところですが、下り列車は品川発の日もあるという変則運転で、翌朝の新庄までは大宮以外は無停車(機関車、乗務員交代の運転停車あり)というのも当時としては目新しいものでした.
上り列車は7月2日上野着が一番列車だったのですが、ヘッドマーク付きとの情報が入り、早朝の上野駅に撮影に行きました.牽引機は黒磯-上野の直流区間は常識で考えればEF58ですが、やって来たのは案に相違してEF651000、今で言うPF機の1011号機でした.43-10で「はくつる」が電車化されて以来、久しぶりのEF58ブルトレ特急復活か、と思っていたので少々がっかりしましたが、PF機にとっては初めての特急牽引.しかも新ヘッドマーク付きなんですから充分特ダネに値します.
しかしこの13番線ホームは建設中の常磐線の新ホームが上に被さって横には柱が点々と建ち、左側には柵があるという最悪の条件.さらに雨の早朝で暗い、ときてはこの程度の写真しか撮れませんでした.


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意外だったのは地平ホームに到着したことでした.従来ブルトレは貫通路が無いために回送列車の推進運転ができず、高架ホームで機関車を付け替えていました.地平ホームでは機回しができませんから別に回送機関車が来るのかな、と思っていたらそのまま推進で出て行ってしまったのです.
この「あけぼの」用に新製された20系から、車掌室内にブレーキ端末弁が取り付けられた事を知ったのは後日のことでした.


10月1日からは定期特急となり、区間も新線に切り替わった矢立峠を越えて上野-秋田-青森となっています.
牽引機関車は上野-黒磯EF651000、黒磯-福島ED751000、福島-山形EF71、山形-青森DD51でした.


もちろん全線無煙運転ですが、青森から運転所までの回送に青森機関区のD51が使われて話題になりました.翌1971年3月、北海道で撮影の帰途に青森駅で見た回送牽引機は運のいいことに長工デフ装備のD51197が就いていました.

2005/09/15 PM 05:48:13 | [電気・ディーゼル機関車]

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