【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.1184 伊豆箱根鉄道1100系西武701系V字カットを再現
4月1日

April fool 的な話題ですが,信憑性については私を信用して頂ければありがたいと思います,???

本日伊豆箱根鉄道駿豆線でもと西武701系である1100系がチャーター運転で走りました.
弊サイト西武鉄道画像保管箱のオフ会参加者のMさんのお誘いで,行ってきました.

会員制の貸切運転のため事前には告知できませんでしたが,主宰者の方からWeb発表はOKというお許しが出ましたのでご報告申し上げます.

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目玉は西武701系705F編成がデヴュー後数週間だけ走ったと云う,幻の前面赤塗装部分のV字カットの塗り分けの再現です.西武701系は1963年の登場以来見てきたつもりでしたが,このV字塗装は全く知りませんでした.とても新鮮な思いです.
さらに、大場車庫内では参加者の方のコレクションである列車種別板やヘッドマークを取り付け,方向幕にも主宰者の方が自作された西武の駅名が掲示され,我が青春時代の記憶をくすぐるような憎い演出が執り行われました.決して安価ではない会費でしたが、充分その価値がありました.

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↓ 貸切列車は大場駅3番線からの発車です.[臨時]幕も特製です.
車内では朝に三島駅で仕入れた「さくらえび弁当」を食べながら,ビールを呑みました.もちろん昔の西武電車の話題で盛り上がったことは言うまでもありません.

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↓ 三島田町駅では定期列車に道を譲るために小休止です.JRからの乗り入れ185系「踊り子」との出会いを撮影できました.

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↓ 三島駅で折り返しです.ここでV字カットを撮影できるのも唯一のチャンスでしょう.

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↓ 伊豆長岡駅から大場に戻ります.本当は修善寺まで行きたかったようですが、どうしても臨時列車のスジを入れられなかったそうです.ここでは許可を貰って一旦改札口を出て反対側の普段は使用されていないホームから撮影しました.

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その後終着の大場駅で解散.参加者の方2名と三島の庄やで反省会の後,N700系のこだまで帰ってきました.
昨日の嵐とはうってかわったよい天気で、楽しい1日でした.参加者のみなさんお疲れさまでした.主宰者のMさんやスタッフのみなさん,伊豆箱根鉄道のみなさん、どうもありがとうございます.

ずっと乗車しましたが、できれば駅間で撮影もしたかったですね.

撮影は本日(2012.4.1)



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2012/04/01 PM 10:57:41 | [西武鉄道]

No.1153 雪峰聳快晴蒼天懐古赤電快走

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本日は静岡市在住のネット仲間Yさん、私の友人2名.計4名で伊豆箱根鉄道駿豆線へ復活赤電色となった1100系(もと西武701系)の撮影に行ってきました.
太平洋側には高気圧がはり出し,雲ひとつない青空で富士山は終日その素晴らしい姿を現していました.
通常は青白系や銀箱電車しか走らない線路を,我が幼少期に慣れ親しんだ西武赤電色の電車が走るんですから写欲が湧かないはずはありません.朝からやる気満々.三島までの新幹線の車中では,東京駅で購入した仙台の鮭腹子飯弁当で勢いをつけました.車窓からは富士山の美しい姿が早くも望め,景気が付きます.

撮影は定番的ではありますが,富士山がバックに入ることで有名な三島二日町-大場間で、列車ごとにポイントを変えながら、約1時間毎に姿を現す1100系電車を中心に狙いました.
単線区間ではありますが普通列車は上下約15分間隔でやって来ます.日曜日なのでJR185系の「踊り子」が何本も運転されているので退屈はしませんし,カメラテストにもことかきません.
結局1100系撮影のチャンスは上下6回になりました.


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三島駅まで乗車した新幹線に接続する電車が当の1100系.今回は撮影の他に乗車も目論んでいましたので、この電車で修善寺まで往復します.これにより三島,修善寺両駅での停車中の姿も押さえることができました.もちろん若い時にさんざん乗車した西武701系のお名残り乗車でもあります.

残念ながらどちらの駅も良い光線状態での撮影ができず,修善寺駅でのシーンは方向幕が「三島」にまだ変わっていません.

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戻りの修善寺-大場間では先頭の鉄ちゃんシートに陣取り,センターピラーが細い大きな前面窓から大半の区間で見える富士山の姿を堪能しました.

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大場駅で乗車してきた1100系を見送ります.素晴らしい順光線でした.あれれ?塗り分けが??
白昼夢だったのでしょうか?

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帰路は沼津から,来年3月で引退するJR東海371系「あさぎり」の2階グリーン車で、天井まで回り込んだ大きな窓から夕暮れの富士山を望みながら,プレミアムで乾杯すると云う至福の時で本日の撮影の幕を締めくくりました.・・・・・・.
と云うことはなく,前日までのお仕事でお疲れの友人2名を強引に誘い,新宿の居酒屋で2時間ほど打ち上げの儀式の後に帰宅しました.

撮影:2011.12.11



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2011/12/11 PM 11:43:47 | [西武鉄道]

No.1148 伊豆箱根鉄道赤電リバイバル
追記:明日(11.27)朝の上り"カシオペア"は3ヶ月ぶりに専用色のEF510-510牽引で上ってきます.日曜日の朝は早起き(と云うほどではないですが)すると3文の得をします.北斗星はEF510-501号機です.
私は9時から消防署で防災訓練です.



   (画像をクリックすると少し拡大されます)

23日は久しぶりに新幹線に乗って伊豆箱根鉄道大場車庫を訪ね,こんなの撮ってきました.
帰りには岳南鉄道や371系なども撮影.例によって写真をズラズラ並べようと思い,画像ファイルを準備していたのですが、腰が痛くて長時間座っていられません.
とりあえず行ってきましたのご報告です.

なお赤電関係の写真は,当サイト内「西武鉄道画像保管箱」にアップしていますのでご覧ください.

撮影:2011.11.23



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2011/11/23 PM 03:08:58 | [西武鉄道]

No.1144 第2回「西武赤電を語る会」
当サイトの西武鉄道画像保管箱のオフ会が,昨年5月に続いて西東京市保谷に於いて行われました.第1回は15名様ご参加で盛況でしたが、今回はさらに増殖して23名様にエントリー頂きまして大盛況となりました.
いずれの方々も沿線にお住まい,もしくは過去に住んでおられた面々で20-60代までの老若男々が古いにしえの西武赤電について15時15分から本会,そして19時過ぎより2次会々場へ場所を移して22時過ぎまで語り合い,有意義な時間を過ごすことができました.
それにしてもみなさん、よく語り,よく呑むこと.生ビールのピッチャーや焼酎のボトルがどんどん空になっていきました.そしてみなさん西武や鉄道に関する知識が半ぱあじゃない.と来てます.誰かが疑問を出すと,即返答が返ってくるというようなやりとりが続きます.

本会に先立つ2時間前,某駅にご参加の23名中17名が集合してプレオフ会も行われました.場所はちょっと証せませんが,今回ご参加メンバーのお一方が所有されている西武赤電のお財たからコレクションを拝見させて頂きました.ご参加者の方にもどんなものがあるのか、現地到着までシークレットとしました.
これはあっと驚くもと西武551系クモハ553号のお面.もちろん実物です.
遠く一畑電鉄で廃車になったデハ62のもとクモハ553側の運転台部分をカットして譲り受けたもの.所有者ご本人の許可を頂きましたので、ここで公開させて頂きます.





当初は一畑カラーのままでしたが、ご本人の手でオリジナルの西武赤電色に塗り替えられています.
方向幕の中身は一畑時代のものですが、今回ご参加のメンバーさんの中に西武時代のものをお持ちの方がおられて、次回には装着してみようと云うことになっています.◯さん、大勢で押し掛けてしまいお邪魔様でした.ご近所の方も驚いておられたようです.このオフ会に相応しいものの見学の機会をお作り頂き,大変感謝しています.どうもありがとうございました.

その後保谷の本会場に移動するために通りかかった所沢駅では,図ったように山陽本線下松の日立笠戸工場からはるばる甲種回送されてきた30000系38111F編成の出発に立ち会う機会に恵まれました.EF66125-EF651028のリレーで新秋津までやって来ましたが,西武で出迎えたのがN101系263F、いわゆる「機関車編成」です.西武線上では通常見られない12両の長い編成で,所沢から西武新宿線をオーバークロスするカーブを小手指検車区まで長い旅路の最後の区間を走ってゆきました.
30000系新車を我々メンバーも出迎えたことになりますね.そういえば、クモハ553もはるばる中国地方の島根県からやって来たことを考えると、このグッドタイミングの邂逅は,半世紀の時を越えた西武電車の因縁さえ感じてしまいます.

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交換するように入線してきたのは東京メトロ10000系渋谷行.渋谷だってかなりの違和感がありますが,もうすぐこれが横浜元町・中華街行になるとは!
ライオンズVSモバゲーの日本シリーズが楽しみだ,なんて冗談?も出ます.まあオープン戦か交流戦で我慢しておきますが.

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西武新宿行の特急「小江戸」.こちらは西武の10000系.NRAは旧5000系のリバイバル・カラー「レッドアロー・クラシック」が近く登場するそうです.

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このあと、これも限定塗色の「グリーン・アロー」もやって来ましたが暗すぎてうまく写っていませんので写真は割愛させて頂きます.

保谷の本会会場で話題になったのは、伊豆箱根鉄道の1100系がいよいよ赤電塗装にリペイントされるということ.赤電とはいっても伊豆箱根タイプのものか,西武701系タイプのものになるのかはまだ発表になっていません.いずれにしてもあと3週間後にはお披露目になります.楽しみですね.



西武系掲示板のオフ会に相応しいバラエティに富んだ内容でした.おまけに西武ライオンズのCS第1ステージ突破のニュースも加わり,本当に盛り上がりました.
ご参加されましたみなさま、どうもお疲れさまでした.
さて3回目はあるのでしょうか?実は昨年末にも13名参加で忘年会もやっており,今回は3回目だったのですが.じゃあ、4回目だ.

撮影:2011.10.30



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2011/10/31 PM 07:14:28 | [西武鉄道]

No.1052 西武旧101系さよなら運転
※ぜひBGMをオンにしてご覧ください.


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1969(昭和44)年、西武秩父線用ASカーとしてデヴューした101系(旧101系)電車.最後の1編成が西武多摩川線で活躍していましたが,ついに引退と云うことになり11月3日-9日の間,前後にさよならマークを装着して運転しています.

西武鉄道公式ホームページに武蔵境駅発の時刻が発表されていますが,終日ほぼ12分間隔で3編成での運用ですから,撮影チャンスは何度もあります.


30代半ばまでは西武新宿線と池袋線に挟まれた処に住んでいました,西武101系は大学への通学や,社会人になってからも毎日のように利用していましたから,感慨深いものがあります.
今年は例年になく,思いで深い車両達が引退して行くような気がします.

3日の文化の日,6・7日の週末はかなりの人出が予想されますので,平日の晴天を狙っていました.昨日(11月5日)は,朝から小春日和の秋晴れ.午前中は浅草で497mになったスカイツリーを.午後からは西武多摩川線を訪問しました.


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↑ 平日とは云え,各駅では若い人中心に大勢のファンが撮影していました.「黄色い電車とのお別れ」という判りやすいイベントなので,子ども連れのお母さんなどが携帯のカメラを向けるシーンも,あちこちで見かけました.新小金井駅


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↑ 新小金井駅には昔からある独特な装飾がされたホーム上屋が残っています.


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↑ 多磨駅に進入.ホームの人々はみな黄色い電車に注目です.


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↑ 最近は少ない車内どこからでも前面展望が得られる大きな窓.みんな前を見ています.キリッとした運転手さんの背中が右へ左へと揺れています.


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↑ 交換するN101系の白色キャンバスに,次々と黄色い電車が描かれていきます.新小金井駅.


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↑ 白糸台駅.ここを長年のネグラとしてきました.


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↑ 白糸台駅.以前の北多磨駅の方がお馴染みです.


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↑↓ 白糸台-多磨間の甲州街道(国道20号)の陸橋へやってきました.


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↓ 多摩川線の特徴である,送電線を兼ねた背の高い鉄製の架線柱を画面に取り入れてみました.


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↑↓ 白糸台駅.この電車で帰ります.


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↓ 武蔵境駅.中央線に合わせて西武線のホームも高架になりました.


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↑ Y+M+C 三原色.


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↑ 是政に向かう黄色い101系を見送ります.数日後には右のJRへの渡り線を通って回送されます.

約半日,黄色い101系と小春日和の太陽光線で遊んでみました.9日の最終日まで,時間はもう取れないので,これでさようなら.になります.
ありがとうございます.いろいろな意味で,お世話になりました.

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2010/11/06 AM 12:23:36 | [西武鉄道]

No.991 西武赤電・保谷車庫を語る会


以前にご案内しました,当サイト内西武鉄道画像保管箱掲示板のオフ会、「第1回西武赤電・保谷車庫を語る会」が16日,かつての保谷車庫こと保谷検車区跡地に近い,西東京市保谷の老舗のお蕎麦屋さん辰巳庵にて開催されました.
掲示板とこのブログで呼びかけたところ,何と保谷や西武沿線にゆかりのある赤電フリーク,15名様が参加表明され主催者もビックリです.現在は西武沿線にお住まいの方の方が少ないくらいで,遠く山梨県や大阪から参加された方も居られます.

当日はお一人の欠席者も遅刻も無く,ほぼ全員が初対面であるにもかかわらず,ごくごく地域限定の話題で盛り上がりました.
それにしても皆様の知識の深さや強い西武電車への思い入れに,ただただ驚くやら感心するやら、たじろぐやらで15時から予定の3時間はあっという間に過ぎ,場所をご参加者でもある某工房長さん宅に移し,22時過ぎまで盛り上がりました.

ご参加者のうち約半数は1時間前に保谷駅に集合し,プレオフ会「保谷車庫散策ツアー」も敢行しました.
保谷駅は昔から島式ホーム1本でしたが,上り線用ホームが増設され現在3線化工事が進行中です.旧保谷検車区も最近まで保谷車両管理所留置線として使われていましたが,これも廃止されて本線とのレールが分断されてしまいました.


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↓奥の方を拡大してみますと保谷検車区時代の留置線もまだ残っています.線番は11番線まで見えますね.

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↓45年程前の写真を見ると,14番線まであったことがうかがえます.この右の3線分は撤去されていたようです.

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↑その留置線の横には2両の保存機(5号蒸機とE12号電機)がシートをかけられ,オブジェのような様相で置かれています.他所に移動させたいようですが,かなり老朽化していて破損しないように運び出すのが大変とのことです.ここで解体などということのないように願いたいものです.
ところでこの用地,今後何に利用するんでしょうね.

昔は踏切だった歩道橋上から撮影しました.

↓30年程前この歩道橋から撮影した写真を持ってこられた方がおり,現在と比較してみなさん納得.
今のところ当時と線路配置はほぼ変化無しでした.




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↑昔は赤電の走っていた池袋線も今はメンバーが入れ替っていて,西武も3ドア車は希少になり,東京メトロの電車をはじめ4ドアの多彩な車両やNRAが行き交います.数年後には東急の車両も現れるかもしれません.

のんびり旧保谷検車区の敷地を一周すると,ちょうど会場の辰巳庵さんの前です.私が最初に保谷で住んだのはここから自転車で5分程のところ.辰巳庵さんから出前を取っていましたので懐かしいです.

ご参加のみなさんにはお土産を用意いたしました.当時私が撮影した赤電関連の写真のプリント12点セットです.コレクションの中から美味しそうなところを見つくろってみました.
せっかく再スキャンしたので,こちらをご覧のみなさんにもお裾分けです.
検索されないようにキャプションは省略します.1点目は↑の保谷車庫の写真です.


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12点のうち半分がハーフサイズからのトリミング!と云うのは驚きでしょう.どれがハーフサイズか判りますか?

ご参加のみなさまよりぜひ第2回を開催して,との声が多くありました.今回ご都合やタイミングでご参加になれなかった方もいらっしゃるかと思います.次回は機会があれば何かイベント+2次会のようなかたちで出来ればと思っていますが,人数的には今回の15名というのが皆で同時にお話しできる限界でしょう.
あまり大規模で大げさなイベントを主宰するほどの元気もありませんし.

ご参加のみなさん,どうもお疲れさまでした.本当に楽しいひとときでした.

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2010/05/17 AM 11:04:28 | [西武鉄道]

No.977 白い101系1247F

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本日より運転を開始した西武多摩川線の白い101系1247Fを、小金井の友人さんが撮影して来てくれました.
今回は春がテーマの控えめのラッピングが施されていますが、今後同じく沿線の小学生がデザインした夏・秋・冬と四季をテーマにしたラッピングが順に施されてゆくようです.


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小金井の友人さん、どうもありがとうございます.早くHNを決めてね.
私めは腰痛で身動きとれません.

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2010/03/22 PM 03:29:04 | [西武鉄道]

No.875 80万アクセス.西武鉄道のインフレパンタ
おかげさまで昨日、無事に轍楽之路サイト80万アクセスに到達いたしました.日頃小サイトをご来訪頂きありがとうございます.

最近はコンテンツの更新も無く、不定期更新のブログのみに頼る当サイトですが、日に日にアクセス数が増加しているのが恐ろしい限りです.
まあ、ネタ作りも兼ねて撮影に出かける回数も多くなっているのは精神面、健康面から考えても悪いことではありませんが.

折角ですからキリ番企画などもやりたいのですが、最近は告知をすると大量に連続アクセスをされ、1日で驚くなかれ、数万ヒットがカウントがされる芸能人ブログ並みの事態になります.これでは企画も何もあったもんでは無いですね.
これはキリ番の賞品狙い、と云うわけではなくて単に混乱させて企画を滅茶苦茶にするだけの悪戯なんですから、根性の曲がった閑人もいるもんです.
アクセスランキングなどを見ていても、まるで更新もされていないような、面白く無さそうなサイトが常に上位にランキングされているなど、怪しいのが見受けられます.

ちなみに当サイトのように1訪問1カウント.しかも再アクセスしても一定時間以内はカウントされないものが正式なアクセス数だと思います.(プロキシを使われるとアウトですが) 
一方アクセスしてページを繰る度に1カウント.また拡大画像にアクセスして1カウント、もとの画面に戻してまた1カウントされるのはページビューと云います.携帯電話からのアクセスの多い、芸能人や有名人のウェブログサイトのアクセス数が多いのは、このページビュー数を採用しているからでしょう.画像やページ数の多い携帯サイトなら、1度の訪問で10〜20回以上のページビューになってしまう場合もあります.

当サイトも最近はiPhoneなどの携帯からサクサク閲覧できるようなので、そのためにカウント数が増えているのかも知れませんが.その辺の仕組みはよく判りません.



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↑80万とは何の関係もありませんが、某電機メーカーが喜んでしまいそうなインフレパンタ.10両編成で8基のパンタを持つ西武2000系です.そのパンタが目立つように保谷-ひばりケ丘間の保谷大カーブの外側から300mm(450mm相当)で撮影してみました.道路レベルからではこの構図は取れませんが、電柱に寄せた1mくらいの脚立に載っています.
後方に頭だけ見える高層マンションは、約2km先の大泉学園駅のそばにあります.


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↑こちらはパンタ半減の20000系です.しかもシングルアームなので目立ちません.先頭部にパンタが無いので1両目がカーブにかかったところまで引っぱれました.

撮影はちょっと前ですが、2006年10月28日です.時刻は夕方17時過ぎ、すでに日が暮れています.

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2009/05/11 PM 11:43:47 | [西武鉄道]

No.872 西武多摩湖線N101系リバイバル2トーン

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都電荒川線8800形を撮影後は何処に行こうかと迷いましたが、高田馬場駅から西武新宿線に乗車して、多摩湖線に最近復活したベージュと黄色の懐かしい2トーンカラーの新101系を撮影に向かいました.とは云っても運用に就いているかどうかは判りませんでしたが.
萩山駅から多摩湖線101系に乗車.この電車は黄色一色でした.しかし途中一ツ橋学園駅で交換したのが261編成2トーン車.走っていましたよ.よかった.よかった.


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青梅街道-一ツ橋学園間は小平市役所をはじめ市の関連施設が線路沿いに並び、緑が豊富です.
ちょうど新緑の林をバックに順光側から撮影できました.ケーブルの影が車体に写ってしまうのは残念ですが、いたしかたありません.もう少しアングルを工夫すれば目立たなかったかもです.


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多摩湖線は40年以上も前ですが、中学・高校と通学に利用していた線で大変懐かしかったです.当時は17-20mの吊り掛けの赤電2両編成がトコトコ50km/hくらいで走っていました.現在の[70]の制限標識が嘘のようです.


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当日は西武遊園地までの直通運転をしていましたので、最後に武蔵大和駅まで乗車してみました.本来の営業区間である萩山-国分寺間はワンマン運転ですが、萩山-西武遊園地間は車掌さんが乗車しています.


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次駅の西武遊園地で折り返して来た261編成を長い武蔵大和駅ホーム西武遊園地方で進入を撮影.新緑の林の中のカーブを切って現れるという、なかなか良いシチュエーションです.電車は100m近く前方に停車するのでシャッターを切ったら、トットコトットコ走って再び乗車しました.先ほどと同じ若い車掌さんはあきれ顔です.

国分寺から西国分寺へ出て、武蔵野線経由で帰宅しました.


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多摩湖線ではもう一本、見てみたい新101系の編成の存在が気になります.電気機関車に代わって牽引車も兼ねている、と云われる4M、オール電動車の263編成です.さすがにこちらは見られないかと思っていたら、何と4丁のパンタを振りかざして走って来ました.ついとりますね.

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2009/04/28 PM 07:22:44 | [西武鉄道]

No.583 西武701系全廃から10年
本編BGMをイーグルスのホテル・カリフォルニアに変えたのは、トップページ写真の「C55とイヌワシ」および、サンフランシスコで行われたMLBオールスター戦にかけたものです.
おかげでイチローのランニング・ホームランを生放送で見ることが出来ました.凄い!



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1997年2月で全て廃車された西武701系ですが、1963年に初めての編成と保谷検車区で対面したときの驚きは今でもよく覚えています.それまで最新だった601系でさえも西武には勿体ないと思っていたのですから、前面に腰2灯ライトとステンレスの飾り帯、さらに大型の方向幕まで備えた「新型」登場は大きなエポックメーキングでした.601系とと共に台車もモーターも国鉄115系とほぼ同じで、大正時代の電車創世期からの足回りを持つ従来車との性能の違いは歴然としています.

楽しいのは、それこそ単独では70km/hくらいしか出なかった311系などが701系と連結したときの加速の爽快さ!運転士さんも正直に痛快だ、と漏らしていました.
ちょっと残念だったのは当初701系にはスピードメーターが無く、実際どれほどの速度が出ていたのか判らなかったことです.601系には小型の電圧計タイプのメーターがあり、もう時効でしょうが所沢-新所沢間で105km/hという数字を見ています.601の後には311が連結されていた、なんてとても言えませんが!?
電制も無く、ブレーキがレジン制輪子だったので、きつくブレーキをかけたときには熱でプラスチックの溶ける強烈な臭いが漂いました、

本当かどうか、都電のものの流用といわれた方向幕ですが、最初は「準急」「急行」の列車種別も幕内に表示していました.数年で多くの行き先に対応できなくなったとみえて、正面窓内に種別板を吊り下げ掲示するようになってしまったので、西武ファンの間では「幻の幕」と言われているそうな.
もちろんそんなことは意識もしないで撮っていた写真にその「幻の幕」も写っていました.
上は新宿線西武柳沢駅、下は池袋線保谷-ひばりヶ丘です.


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2007/07/11 PM 11:43:47 | [西武鉄道]

No.425 山を越える赤電

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西武秩父線は1969(昭和44)年に吾野-西武秩父間が開通.当時私鉄では日本一長い正丸トンネルをサミットに、峠越えの山岳路線のため150kwモーター、抑速ブレーキ付きの101系と5000系が用意されました.
ところが実際には自動ブレーキのみの701系や 、非力な吊り掛けモーター のいわゆる赤電も使われていました.128kwモーター付きの501系や100kwモーターの551系、増結車としては半鋼製車17mの351系や85kwモーターの311系の姿も見たことがあります.まだ難燃基準など緩かった(無かった?)頃なので、何でもありの状態だったようです.
4両固定だけの101系だと4・8連しか組めず、当時6-10両編成の走っていた飯能以東に直通する列車に対処できなかったためだと思います.
長大トンネルや山間の峠路に響く吊り掛けモーターの音、旧電好きの方には考えただけでもたまりませんね.
撮影は横瀬駅↑.横瀬-芦ヶ久保↓.1971年11月頃


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2006/11/19 PM 03:31:34 | [西武鉄道]

No.384 中秋の名月

昨日は所用ついでに保谷に西武線を撮影に行ってきました.陽も暮れた帰りがけに、西武池袋線保谷駅の橋上駅からふと池袋方面を見ると、今まさにまん丸の月が昇ってくるところでした.
何という幸運、何しろ撮影の帰りです.肩から提げたバックには感度が3200まで設定できるカメラと、望遠ズームも入っているのですから.ガラス窓を開けたいところですがそれは無理、フードをガラスに押しつけるようにして撮影しました.
上のカットは望遠を最大にして、さらに少々トリミングしたものです.しかしこんなところに電線があったなんて! 画面で見るまで判りませんでした.月が電線に被ったなんて話しはあまり聞いたことがありません.でもこんなのが手持ちで撮影できてしまう時代なんですね〜.

ちょうどこの下は上り線です.池袋方面へ向かう電車の後追いが撮影できます.ヘッドライトを輝かせた前面よりは赤いテールランプの方がお月さんが引き立って良いかも知れません.
一発目は6000系でしたが、ちょうど雲に入ってしまいましたし、電線が邪魔です.


月はどんどん昇って雲も電線も外れました.ここでやって来たのは2000系いや9000系かな?


最後は20000系です.このカットは少し露出をつめてみました.


しかし、東京メトロの7000系電車がずいぶん幅を利かしています.幸い?7000系のカットは手ぶれしたり、露出不足だったりでNGでした.
この後はもう月が高くなってしまい、腹も減ったので撮影は終了です.十五夜は前日だったのですが、あのひどい天気で月見どころではありませんでした.
しかし私が撮影していると高校生やらオバサンたちが次々と隣にやってきて、携帯で撮影してゆくのには驚きました.

20年近く前にちょうど十五夜の時に中国へ行きましたが、北京の街のあちこちで月餅、それも直径30cmもありそうな巨大なのを積み上げて売っていました.ちょうどクリスマスケーキを売るように.
日本では団子を食いますが、あちらでは月餅を食べる習慣があるんだそうです.

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2006/10/08 PM 04:15:49 | [西武鉄道]

No.330 上石神井の骨董台車

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小学校から中学の頃は北多摩郡保谷町(今の西東京市)に住んでいましたが、西武線保谷検車区、上石神井検車区、さらに国鉄三鷹電車区なども自転車で簡単に行ける範囲でした.いずれの現場も子供のファンには寛容で、電車のそばまで行って見ていても特に何も言われることもなく、「おっ、また来てるな」といった感じで接してくれました.
この写真はこの頃1961-5年頃だと思いますが、西武鉄道上石神井検車区に数多く転がっていた台車にカメラを向けていました.実はその頃は、というか現在でも台車についてはあまり詳しくなく、その価値ははっきり判りません.
しかし、西武鉄道は戦後車両を大量に増備するために、国鉄から戦災などで廃車になった電車や客車を大量に購入.その車体、台枠や台車を再生、使えるものを組み合わせて更正車として311系や1411系を作り出していったものと思われます.しかし台車はTR14、TR10、TR11以降のものに統一されて、さすがに明治時代の客車の台車は西武線上を走ることは無かったのでしょう.
上の写真はミッドランド・タイプと呼ばれるもののようです.我が国最初のボギー車といわれるコハ6500客車(イギリス、ミッドランド社製)が履いていた台車と同じ系列で、板バネの軸バネが特徴です.


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こちらはTR11の原型のようなイコライザー台車ですが、ホイルベースがとても短くて、素晴らしい?乗り心地が期待されます.一体どんな客車が履いていたのやら? 当時だったら刻印や銘板の類も発見できた可能性もありますが、今となっては溶かされて何か別の物体に化けているはずですので、知りようがないのですが.

その他にもボールドウィン・タイプの台車も見られましたが、当時はまだ151系などでは現役でしたから、珍しいものでは無かったことでしょう.

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2006/08/05 PM 11:54:18 | [西武鉄道]

No.284 赤電画像発掘

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ネガ整理をすると、本編やブログで既に使用済みの写真が多くなってしまっていることに気づきます.連日題材選びは考えてしまいますが、すでに同一内容同一写真ををブログに出しているのが判り、急遽差し替え無ければないことも何度かありました.まだ1年にも満たないのに、今までのブログの記事を全部は覚えてはいません.同じ内容を出しちゃいかん、と言うこともないでしょうが.全くの同内容でははずかしいです.今後ますます増えて行くと、その危険が増えそうです.


久しぶりに西武赤電時代のネガを発見!20枚ほどスキャンしたので明日辺り「西武鉄道画像保管箱」の方へアップするつもりです.
ネガカバーには1966年と書かれていますがこれはウソ、新鋭801系が写っています.ということは登場した1968年以降、いやその1968年だと思います.
801系は張り上げ屋根の塗り分けと、いかつい付随台車(FS067)が特徴でした.高い方の赤線の塗り分け位置は、先行して張り上げ屋根で登場した411系で、421編成は高い位置の雨樋が赤、422編成は雨樋下の幕板に赤線が試行的に入れられ、後者が801系に採用されています.旧型の自動ブレーキ車ながら、台車まで新造部品を使った初めての新車として話題になりました.旧式のコンプレッサーが回らなければ良い電車だとは思うんですが.
今はもう西武線上にその姿はありません.近所の総武流山線では譲渡された801系車が現役ですが、濃藍に塗られた「青空」編成はなかなかです.

(写真上:登場したばかりの801系+311系.下:こちらは501系.場所はいずれも池袋線、保谷-ひばりヶ丘の大カーブ)

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2006/05/12 PM 11:31:05 | [西武鉄道]

No.271 西武多摩川線の101系
今日は毎月の定期検診で病院へ行きました.腹部エコー検査だの、血液検査だのあっちゃこっちゃいじられたんですが院内の様子が少し違います.よく見ると看護師さん達のナース・キャップが廃止されていました.若い人も居ますが、どちらかというとベテランの看護師さんが多い病院なので、入院患者の付き添いのオバサンが大勢居るようで、ちょっと違和感がありました.そういえば今テレビで見たドラマ「医龍」でも看護師さんはノーキャップでしたね.昔々の病院は消毒薬の匂いがきつくて暗いイメージでしたが、大分様相が変わってしまいました.


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先日久しぶりに乗った西武多摩川線是政駅です.今やここと多摩湖線でしか見られないという101系原型に久しぶりのご対面です.西武鉄道の顔と言われた湘南型タイプの先頭部も過去の記憶になりつつあります.

短い路線ですが武藏境まで最後尾の座席から沿線を見ていました.当然のごとく住宅地の中を走るんですが、軒先ギリギリをかすめる、といったせせこましさでは無く余裕があります.何ヶ所か撮影ポイントがありそうなので機会があればチャレンジしてみましょうか.
武藏境駅は今中央線の高架複々線工事に併せて西武線も高架化工事中で、完成すれば新しいアングルもできそうです.
多摩川線は他の西武の路線とは連絡していないので、自動改札も無ければパスネットも使えません.来年?Suicaと統合のICカード、パスモが登場すれば改善されるんでしょうか.

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2006/04/27 PM 11:20:20 | [西武鉄道]

No.87 西武拝島線開通


1968年5月15日に西武拝島線、玉川上水-拝島間が営業開始でしたが、その前日に玉川上水駅にて開業祝賀式が挙行されています.通常開業前の祝賀行事は一般には非公開で行われることが多いのですが、玉川上水駅は営業中の駅ということもあってか特に制限はされず、自由に撮影することができました.
紅白の幕が張られた2番線に据え付けられたのは当時西武では最新鋭の801系4両編成で、正面には鉄道友の会寄贈のリース形祝賀マークが取り付けられています.
801系が使われたのは祝賀列車という意味もありますが、拝島線ならではの特殊事情もありました.従来、玉川上水までの列車は451系や17mの311系などの2両編成が中心で、お世辞にも上等とは言えない編成が使われていました.当時西武鉄道では本線へのATS導入準備中で、新車や入場車から順次車両側の対応が行われ始めていたところでしたが、拝島線では拝島駅構内で国鉄から米軍横田基地への航空機燃料輸送の貨物線との平面交差がある、ということでATSが先行して使用されることになり、開業後当面は801系と701系と411系の一部が限定運用になった、という経緯があります.


いつもは通学に使っている多摩湖線に乗務されている顔見知りの名物運転手さんと車掌さんが祝賀列車の乗務員に抜擢されていました.後日写真を差し上げて大変喜んで頂けました.(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)


当時の西武鉄道小島社長によるテープカット.やはりテープは列車の前で切らなくっちゃ.(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)


高層マンションが建ち、モノレールの高架が通る今の姿は想像もつかない玉川上水駅を出発する祝賀列車.駅北側は米軍キャンプ地が広がっている.踏切待ちをしているのは米軍のボンネット形のスクールバス.(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)


招待客を乗せて拝島へ向かう801系.(画像をクリックすると大きい画像がご覧になれます)




1番線から2番線の駅名板を見る.開通は明日なので拝島側の隣駅「西武立川」は紙で覆われていますが、風で剥がれかかっていたので見えた瞬間にもシャッターを切って見ました.北側は米軍キャンプです.

2005/09/25 AM 03:48:51 | [西武鉄道]

No.78 西武鉄道ヘッドマーク

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昼間は涼しかったので体調もまあまあで、当サイトの西武鉄道画像保管箱に貼り込む写真のスキャンをしていました.当初は昔撮った自分の写真をとりあえず展示しておくために始めたBBS形式のギャラリーでしたが、最近は書き込み&貼り込みをしてくださる方も徐々に増えてきて嬉しい限りです.他の私鉄に較べて地味な、言い換えればしょぼかった赤電時代の西武も趣味的に見れば非常に興味深いものがあり、結構多くのファンが居られることに驚きを隠せません.
よろしければ新旧の西武線の写真、地方鉄道に譲渡された西武の車両の写真など西武鉄道画像保管箱へご投稿をお願いいたします.

今日は西武鉄道画像保管箱に上げてある写真も含めて、行楽列車に取り付けられたヘッドマークを特集してみました.
ヘッドマークの付いた列車は池袋線秩父線に運転される、いわゆる"ハイキング急行"が伝統があります.というかこれがほとんどすべてだと思います.それ以外で私が知っているのは池袋-狭山湖間の"狭山スキー場号"と、区間は不明ですが池袋線に運転された"英国フェア号"くらいです.
この写真は"狭山スキー場号"です.1962〜4年頃のシーズン中日曜日に日中1時間ヘッドくらいで運転されていたような記憶です.311系や351系など2両編成でスキー板をクロスさせたヘッドマークがユニークでした.撮影は1964年頃、保谷-ひばりヶ丘.

"英国フェア号"は1965年頃に沿線(豊島園?)で行われたイベントにちなんだ列車で、ユニオンジャックを円形にしたようなヘッドマークでした.残念ながら写真は撮ったかどうかの記憶もありません.




この2点はハイキング急行の帰路をやはり保谷-ひばりヶ丘で1965年頃に後追いで撮ったものです.この頃は往路と帰路は別のマークだったらしく、「急行 池袋」としか書いてありません.運転区間は池袋-吾野間だったと思います.上の写真の編成は701系+351系、下は501系の中間に551系のサハを2両組み込んだ編成で2M4Tという超エコ編成です.
この記事トップの写真は701系"正丸号"吾野行きで、1968年8月、東飯能駅での撮影です.




1969年には秩父線吾野-西武秩父間が開通して、ハイキング急行も西武秩父まで運転されるようになりました.1971年11月に横瀬駅で撮影していますが、奥武蔵号と奥秩父号がそれぞれ数往復あったようで、101系の8両編成(4×2)が使われていました.

現在は4000系の秩父鉄道直通列車などが相当するのかもしれませんが、ヘッドマークは無いようです.
新宿線系統でのヘッドマーク付き列車(特急を除く)を私は知りません.日曜日の朝には西武新宿-本川越間のゴルフ急行が2両編成で走っていましたが、特別な表示はありませんでした.
あっ、そういえば拝島線開通祝賀列車が1968年5月14日(開業前日)に非営業ですが記念マークを付けて走っていましたっけ.


いったんアップしてから他のサイトを見ていたら、最近の西武はヘッドマークが多数取り付けられているそうですね.ぜひ見てみたいものです.

2005/09/16 AM 03:48:46 | [西武鉄道]

No.16 西武鉄道400両突破記念乗車券


この付"録"も始めてから半月を過ぎました.今のところ1日も欠かさずにアップできてるんですから"三日坊主以前"と公言していた割には優秀なもんです.それも日増しに内容が濃くなって行くような気がするのが怖いのですが.

1965年2月18日、なぜか中途半端な日付ですが
「西武鉄道保有車両400両突破記念」
という記念乗車券(10円、20円、30円区間の3種)が西武鉄道全駅(多摩川線を除く)で一斉に発売されました.
中学2年の私は、これは一番切符が狙えるぞ!と考えて、当日午前3時前に寒風の中を自転車で家から一番近い保谷駅へ.しめしめ、まだ暗い出札口前には誰もいません.一番電車は4時27分発の池袋行ですから10分頃には駅の電気が点いて窓口が開きます.「え〜と、記念乗車券10円を10枚と20円と30円を5枚づつ下さい」声が震えます.すると後の方から「そんなに買うのかよ!」との声がかかりました.実はその10分位前から10人くらいが続けてやって来て、列を作っていたのです.タッチの差での到着であれば0001を分け合う、ということも考えられますが、こちらは1時間以上の先着です.遠慮することは無いと考えて堂々と購入しました.
それで終わりではありません.保谷駅は一番が始発なので窓口が開くのが早いのですが、所沢寄りのひばりヶ丘駅は少し後です.ひょっとして、なんて考えて自転車で急ぎましたが、到着したとき、ちょうど一人の小学生が記念乗車券を持って出てくるところでした.でもその小学生は1枚づつしか買わなかったようで、0002を3種ゲットできました.その後は新宿線の田無駅、西武柳沢駅と廻りましたが、いずれもヒトケタ番号が残ってました.聞くとどの駅も列はできなかったそうです.
どうも保谷駅が周辺では一番競争率が高かったようです.そこでヒトケタを買い占めていった中学生は、やはり悪い人だったのかも知れませんね.
残念ながら今手許には残っていないのですが、当時複写した汚いネガがありますのでスキャンしてみました.

ところでこの記念乗車券には[急行池 袋]の行き先幕を掲出した701系+411系+701系の、当時では一番最新車両の10両編成が写っています.この写真は記念乗車券発売告知ポスターの図柄にもなっていたので、場所は何処だろう?と友達の間でも話題になりました.
ある友人が「あそこじゃないの?」と言ったのです.私もその場所は知っていたのですが、前提条件が違うんですよね.何故ならばそこは池袋線じゃなくて、新宿線なんですから!しかも当時新宿線では10両はおろか最大が6両編成だった時代のことです.
事実その場所で間違いなかったようですが、今だったらマスコミなどに、何らかのイチャモンを付けられてもおかしくない、ようなことかも知れませんね.
(今お前が付けてるんじゃないか!なんて声が聞こえてきそうです)御意.
ちなみに記念券の写真の編成、もちろん合成では無いです.撮影のために仕立て、現場に停車させて撮影したと広報誌に書いてありました.場所の説明はありませんでしたが.


↓この写真は西武新宿線東村山-所沢間、ちょうど東京都と埼玉県境の柳瀬川鉄橋です.




2005/07/16 AM 03:48:46 | [西武鉄道]

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