【安楽鉄道趣味】轍楽之路 Weblog by 寺田牧夫
轍楽之路(てつがくのみち)主宰の寺田牧夫(田駄雄作)が鉄道趣味、旅、写真の話題を中心に私の興味あるジャンルの話や諸事彩々、私のお気楽に写真とともに、脈絡もなく、気ままに、無責任に綴りおきます. 話のタネや酒の肴としておひつまぶしにお付き合い下さい.  同調、訂正、苦情、提案、罵倒などのコメントや掲示板への書き込みお待ちしています. (1ページに最新5つの記事が表示されます.Archives、カレンダーから過去の記事もご覧下さい.) ※各画像への直リンクや営利非営利とも2次使用はご遠慮下さい.(発見された場合はご通報をお願いします)※
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No.1198 修学旅行電車
6月1日



夜はネット仲間のRさん、Yさんと上野の羊肉串屋で一杯やる約束でしたが,14時過ぎから時間が空いたので早くも16時前には上野に出てきてしまいました.
待ち合わせ時間までまだ数時間もあるので、都電でも撮影しようかと思っていましたが,ちょうど8009レ「カシオペア」の出発前でしたので牽引機を確認のため地平ホームへ行くと,なんと特急色183系電車が入線してきたところです.ホームではろくな写真が撮れないので,あわてて折返し列車を撮影するためおとなりの鴬谷駅へ移動しました.

そのとき急に土砂降りの雨が激しく降り注ぎ,ホーム上でも濡れてしまうような状況で、撮影どころの騒ぎではありません.跨線橋に避難すると強烈な稲妻の約5秒後に「ドッカーン!」と来ました.5秒と云えば約1.5km.そこに存在するものと云えば? そう.おそらくあれに落ちたんですね.そう云えば今日の午後に登楼されると、どこぞの掲示板に書き込まれていた方が居らっしゃいましたが.
そうこうしているうちに183系は行ってしまいました.残念.

ところが、同じ183系編成がわずか40分後には尾久から上野駅に舞い戻ってきたのです.
約30分後には上野駅で乗客を乗せて,出発して行きました.ヘッドマークには「修学旅行」の絵入りマークが掲げられていました.おそらく群馬県か栃木県の中学生だと思います.楽しい東京の想い出の最後はレトロ(彼らにとって,ですが)なもと特急用電車に乗って帰途に就く.いいですね〜.彼らの中に鉄ちゃんが居たら,これはもう一生の想い出でしょうね.数十年後に呑み屋で鉄仲間に自慢することでしょう.

↓ 鴬谷駅ホームでスカイツリー入りの構図で構えていました.およそ修学旅行には相応しくない建物が多数写っていますが,日暮里駅ホームから撮れなくなった今,手軽にスカイツリーバックに宇都宮線(東北本線)の列車が撮れるポイントはここだけになってしまいました.


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↓ 後追いです.

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↓ 30分前の回送の後追いです.

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撮影は本日(2012.6.1)



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2012/06/01 PM 10:57:41 | [電車・気動車]

No.1154 「あさぎり」た異変

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JR371系の撤退がアナウンスされていた沼津-新宿間の小田急線直通の「あさぎり」ですが、3月17日から何と運転区間が御殿場ー新宿間に短縮されるとともに使用車両が小田急60000形MSE車になることが発表されました.小田急所属の20000形も「あさぎり」から撤退するということになります.
置換え後は小田急線内で使われるのかと思いきや,どうも廃車になるようです.1991年製ですからちょうど20年.平成になってからデビューした車両もそろそろ廃車になるものが現れています.もう昭和時代ははるか大昔になってしまいますね.

特に小田急ファンではありませんが、20000形はデビュー直後に沼津-新宿間を乗車したほかに新宿-箱根(小田原)間でも2回乗車していますので感慨深いものがあります.Wデッカーのグリーン車も11日の371系乗車が乗り納めになってしまったようです.

残り約4ヶ月,御殿場線内での富士山とのコラボレーションを狙うファンの数も増えるものと思われます.サクラとの競演は残念ながら間に合いませんね.

20000形ファンの方には怒られるかもしれませんが,フェルメール・ブルーと称するメタリックブルーのMSEと富士山の新しい組み合わせも写真的には楽しみです.ただし、6両編成でしょうから新宿側の先頭は貫通型のクハになりますので少々残念ではあります.

撮影:2011.12.11 乗車した371系「あさぎり6号」新宿到着時には20000形と並びました.



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2011/12/17 AM 11:04:28 | [電車・気動車]

No.1141 房総の113系フィニッシュ

最後の113系,マリ116編成が本日回送を兼ねた団体ツアー列車として津田沼から上越線経由で長野へ向かいました.
朝から強い雨風が吹き荒れ,普通だったら絶対に撮影には行かない天候です,しかしスカ色113系と浅草橋でのスカイツリーとの絡みを撮影できるファイナルチャンスを逃せば,これは一生の後悔になると思い,出かけて来ました.

しかし心配なのは,この天候下でスカイツリーが見えるかどうかということです.常磐線の車内から見ていると,いつもはよく見える松戸-金町間の江戸川鉄橋では全く見えず.しかし天気も若干持ち直したのか南千住でははっきり見えました.浅草橋とは同じような距離なので安心しました.

以下が浅草橋-両国間の隅田川鉄橋を渡る,房総の113系最後の姿です,この右側の岸,両国方は旧下総国.左側の岸,浅草橋側は武蔵の国.かつて隅田川がその境界線でした.ゆえに「両国」ということになります.

つまり,ここでの撮影はほんとうに最後の「房総の113系」の姿を捉えることになるわけです.


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通過時は雨は小やみになり,傘を差さずにすみました.ここ隅田川テラスで撮影していたのは10名くらい,後の両国橋上に数名いらっしゃいました.途中秋葉原駅ホームには通過1時間近く前というのにかなりの数のファンが出てました.

撮影後,京浜東北線快速で東十条へ向かい,もう一度邂逅できないかと企んだのですが,新宿経由でやってきた113系に上中里で抜かれてしまいました.結局最後は車内からお見送りとなりました.

撮影:2011.10.15



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2011/10/15 PM 05:48:13 | [電車・気動車]

No.1139 常総線&烏山線
今日は烏山線でキハ40国鉄2トーン2連が先週に続いて走る,とのことでお天気と相談して出かけようかと思っていました.ところが朝のNHKニュースの鉄道情報で「烏山線は車両故障のため,全線で運転を見合わせています」との報.
気動車の車両故障なら運転再開も早いはず.とは思ったもののその故障車両が国鉄色編成であれば,復旧後も走らない可能性があるので逡巡していたところ,「国鉄編成は無事」「50分遅れで運転再開」のネット情報を頂き,一旦下ろした重い腰を再び持ち上げました.
しかし現地まではクルマで2時間以上かかります,ならば,ちょうど通り道である関東鉄道常総線ではキハ350形のお別れ運転が午前中にありますので,これを追っかけながら?下館まで行くことにしました.

↓ 水海道駅の入線シーンです.今日から本格的なさよならマークを掲示.10日が最終日になります.

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↓ 取手方のマークはは色違いです.

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下館までに2-3回は撮影の予定でしたが,キハが早いのと道がノロイ.最初から下妻以北狙いでバイパスをぶっ飛んで行けば間に合ったと思いますが,並走気味に旧道を行こうと思ったのが大間違い.
追いつかないどころか,どんどん差を広げられてついに1回も途中撮影できませんでした.これはまずい!甘く見てました.

↓ 成果が1カットも無いのでは恥ずかしいので,早く烏山線に行きたいはやる気持を押さえて,折り返しの上りを大宝駅付近で待ち構えて撮影しました.

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3年前に撮影した蕎麦の畑,今年はお米が栽培されたようで,すでに稲刈りも終了してました.

さてそのままキハ350を追っかけていたら戻ってしまいますのでそちらは見限り,下館を通って真岡鉄道の蒸機には目もくれず,国道408号を北上して宝積寺へ向かいます.
ところで,平成の大合併で下館市も筑西市へと名を変えていますが,道路方面標識はほとんど事務的に新市名に書き換えられています.しかし新しい市は周辺の他の市町も合併しているので,市域も当然広くなっていますし,市街地も一ヶ所ではなく旧行政区域の中心部に各々存在します.
それをざっくりと「至筑西」「筑西市街」とやられてしまうと,知っているものでもピンときませんし,まして初めて訪れた人には混乱のもとでしょう.

閑話休題:宝積寺に着いたのは13時過ぎ,数10分後には国鉄色の編成が烏山方面からやって来ます.
朝の抑止の影響が気になるところですが,烏山線は両端駅での折り返し時間がたっぷり過ぎるほどありますので,回復運転も容易なはずです.
鴻野山-仁井田間にほんの少しですがコスモスが咲いていたので前景に入れて撮影することにしました.何本かが風で倒れていたので起こしてやり,他の茎と絡めて見栄えを良くします.花にやさしいオジさんです.
花を前景にして撮る場合,どちらかをぼかす撮り方になることが多いんですが,私の場合それは基本的にはNOです.ともかくどちらにもピントが欲しいです.シャッター速度を犠牲にして列車をブラすのも嫌です.感度を犠牲にしてでも絞り込むしかありませんね.
今のコンデジには,同時に何カットもピントを変えて撮影した画像を合成してパンフォーカスにしてくれるものもあるとか.
画質が良いのなら使ってみたいですが,このように花越しに動く列車などはどう処理してくれるのでしょうね.(そんなの無いとのご指摘)

↓ 成果はこんなもんです.道路端なのでここで撮影した人もいるかもしれませんが,私のはちょっと違います.どこが?内緒です.

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↓ さらに花や柿など,小さい秋を探索しながら大金辺りまで沿線をロケハンしましたが,適当なポイントは見つかりませんでした.赤いヒガンバナはよく見かけますし,線路沿いのみごとな場所も発見したのですが,私はこの花が嫌いなんです.被写体にはしたくないのでパスしました.(小塙-滝間のトンネル小塙側です)

そこで先ほど見ておいた下野花岡駅そばのキバナコスモスまでバイパスをぶっ飛んで僅か10分で大金から戻り,折り返しの烏山行を撮影しました.

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↓ これを追っかけて小塙駅付近でもう一度撮影するつもりでしたが,途中工事があり,小塙まで入っていると間に合わない可能性もありますので,滝へ直行.竜門の滝直上の江川の急流を前景に撮影しました.駐車場から走ってギリギリ!

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折り返し列車は16時47分発の小塙駅付近で撮影することに最初から決めていました.これが本日最後の撮影です.30分ほど前に到着した時は夕陽が線路を照らし,素晴らしい光線状態だったのですが,振り返って太陽を見ればもうすぐ山の端に達してしまいます.「秋の陽はつるべ落とし」と云うがごとく肉眼でもその動きが確認できるぐらいです.
結局列車到着の3分前にお隠れになりました.しかし日没直後の光線と云うのはスペクトルが狂い(この言い回しが当たっているかどうかはわかりませんが),意外と良い結果が得られるものなのです.期待しましょう.

この小塙駅の烏山側はほぼ直角のカーブで25‰の築堤を駆け下りてくる,という好ロケーションです.長玉で構えていると,

↓ まず左側面.

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↓ さらに望遠側いっぱいにズーミングして正面を.

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↓ ズームを戻して右側面

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↓ 標準ズームに付け替えて振り返れば,まだ小塙駅に停車中です.

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ひと粒で4回美味しい小塙駅でした.

撮影はこれでお終い.茂木-真岡-下館-下妻と国道294号をひたすら南下.約3時間かけて帰宅しました.疲れた〜!


撮影:2011.10.8

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2011/10/08 PM 04:15:49 | [電車・気動車]

No.1134 485系「やまびこ」運転

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9月3日,東北本線上野-盛岡間に「やまびこ」が団体列車として運転されました.
久しぶりに見る絵入りのヘッドマーク,私も馳せ参じて参りました.

思い切った正面からの流し撮り,見事に失敗してしまいました.リベンジのきかないこんな時に一発勝負を賭けるもんじゃあないですね.

いやいや全てウソです,行ってません.

じゃあこの写真は??

1978年頃に東北本線東大宮-蓮田間で撮影したものです.
若気の至り,とは云っても失敗は失敗で言い訳にはなりませんですが.



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2011/09/05 PM 11:54:18 | [電車・気動車]

No.1079 何処の雪景色?

関東平野部にも久しぶりに雪の予報.果たしてこんな光景が見られますか?


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線路上にはかなり積もってますが、雪晴れの中をキハ17・20・35などの気動車達がやってきます.1968(昭和43)年2月16日のことです.調べてみると当日は金曜日ということなので、高校は試験休みだったのかもしれません.
(入試休みだったんだそうです.同じ学校出身の27系統さんからご教示頂きました.よく覚えてるね)
目的はもちろん気動車なんかじゃあなく,雪景色の中を次々やって来るはず(だった)蒸機列車です.しかし6時間くらい粘りましたが全く来ず,むなしくほぼ定時にやって来る気動車にカメラを向けます.前日の大雪のため当日の貨物列車は全て運休という最悪の事態だったのです.


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何処かって?もう判ってると思いますけど、八高線東飯能-金子間.いわゆる金子坂でした.前日だったら吹雪の中のD51や96の列車を何本か撮れたかもしれませんが、逆に旅客列車が八高線、西武線とも止まっていたらしいです.次の日から蒸機が走ったかどうかは?ですがこの連日の晴天では、翌日ではもうかなり融けてしまったはず.なかなか思うようにはいかないものです.
そんなこと駅に行って聞けばすぐ判りそうなものですが,当日は迂闊にも西武線の飯能駅から直接金子坂へ歩いて行ってしまったため,その情報を得られませんでした.しかも数10人の同業の士達が居られましたので、せめて何本かは来ることを期待していたわけです.キハ17・20は八高線.キハ35は川越線からの乗り入れ列車ですが、いまやたった1両の動かないキハ52を見に行く時代ですから,撮影対象のクオリティ度はかなりの差があります.

ところでこの時金子坂の丘の上でで待っていると,確かに遠方から汽笛とドラフトの音が聞こえて来るのです.「来る来る!」とその音に何度もだまされました.実は1本だけ9687単機の除雪というか線路の様子見で高麗川-東飯能間を,1往復運転しているのです↓ この当日そちら(鹿山峠)で偶然撮影していた友人Nさんからの無断借用です.朝に飯能駅から金子方面へ向かうか、高麗川方面へ向かうか、「運命の分かれ道〜」でした.大宮区9600の汽笛は普通ピーという単音なのですぐ判るのですが,この9687だけは五稜郭区から転属してきた罐なのでボーと云う複音でD51・C58と同じでしたので混乱しました.どちらにしても我々の前には現れませんでした.


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[この記事は本サイト「気動車ギャラリー」からのリサイクルネタです]



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2011/02/08 PM 04:15:49 | [電車・気動車]

No.1057 踊り子車のホームライナーと上野駅改札内の給食情況のひどさ

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昨晩は都内某所の大人の隠れ家でノンビリしてきました.こちらとのおつき合いも20年近くになります.以前は頻繁に通っていたんですが,最近は上京の機会も少なく予算も仕分縮小の折,なかなか行けません.必ず一人で行きますし,誰にも教えたことがありません.

いい気分で上野駅まで戻って来ると8番線に「ホームライナー鴻巣7号」が停車していました.185系ですが,東海道の踊り子車でした.湘南色リバイバルカラーが話題の185系ですが,こちらは伝統の湘南色の発展系,こちらの方が正統なものです.
この塗色,3本斜線から変更時はとても地味に見え,曲がりなりにも?特急なんですから「野暮ったい湘南色はもういいんじゃあないの?」と思っていました,しかし夜の上野駅であらためて眺めてみると「おやっ!」っと思うくらい落ち着いた重厚な昭和の香りを醸し出していますね.今日はデジ一を持っていないので,携帯で撮影してみました.あと少し待てば臨時「能登」の撮影もできたはずだと,約24時間経った今,時刻表を確認して気が付きました.

常磐線にも以前土浦行のホームライナーがあり,柏に停車するのでよく利用しました.今はすべて「フレッシュひたち」化されていますが8本もあり,柏までの特急料金500円もホームライナー当時とは変わりません.

※それにしても上野駅の橋上駅ナカの現在は最悪です.レストラン,蕎麦や,回転寿し,カレー屋,パン屋,お土産や,大型書店,CD屋,小物屋,コンビニ.さらに通路の物産品販売の屋台などすべて休店ならぬ閉店しまっていて,食料事情は最悪です.また駅ナカのリニューアルは東京駅,品川駅などもほぼ同時に行われています.あれだけエキナカエキナカと盛り上げておきながら,この仕打ちは酷すぎます.
列車乗車前に食事を,とか土産をと云うような人には大迷惑ですね.改札ラッチを出ればいくらでも店はありますが,スイカで出ればそこで分割されてしまうし,条件で途中下車できない乗車券も多数ありますし,あてにして改札入っちゃった人もいるでしょう.「特別に下車させて」とお願いすれば出してくれるのでしょうか? 青森駅などでは快く出してくれましたが.(先日まであった北海道フリー切符は青森駅下車は建前は禁止でした)
さらに心配気がかりなのは,多くがアルバイトであったろう従業員の皆さんの処遇です.プンプン.

撮影は2010.11.19

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2010/11/20 PM 10:01:07 | [電車・気動車]

No.1047 201系のシエスタ

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小金井の友人さん(HNは仮名)が本日(10.13)の13T運用中,武蔵小金井でのお昼寝の様子を撮影して送って下さいました.奥の方にいて,大変撮りづらかったそうです.ご本人の了解は得ていませんが,ご紹介します.事後承諾よろしくお願いいたします.
本線運用があるとすればあと3日.明日は私は早出してしまうので情報は出せませんが,奇特なこちらのサイトさんから情報を得られます.このサイトオーナーさんに感謝する方法はないでしょうかね.


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小金井の友人さんありがとうございます.

10.16追記:201系H7編成の運用は翌日10.14が最後になってしまいました.長年出入りした武蔵小金井区での最後の姿になってしまったようです.

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2010/10/13 PM 05:55:39 | [電車・気動車]

No.1041 中央線201系T7編成ラストラン迫る

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はっと気が付くと,201系ラストランが10月17日に迫っています.あと1ヶ月を切りました.最後のT7編成は休日のイベントをこなしながら,平日はけなげに粛々と定期運用に就いています.

↑↓ 定番ポイントの御茶ノ水駅夜景を頑張って来ました.明日は十五夜,中秋の名月の夜ですね.


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中央線電車は東京駅では2-3分停車ですぐ折り返して来ます.(見習え!常磐線)
四ツ谷駅付近で迷った末,こんなアングルで撮ってしまいました.
これが私の201系最後のカットになるかも.です.


    (画像をクリックすると拡大されます)

201系の当日の運用はこちらのサイトさんで確認できます.ありがたいものです.

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2010/09/21 PM 03:27:26 | [電車・気動車]

No.1028 最近見たあまり好かない電車

もちろん本命の撮影ではありませんが,「まあ一応撮っとこうかな」やカメラテストと云ったところのカットです.
デザインについては各人好みの違いはあるでしょうが,それほど人と趣味嗜好が変わっているとも思えませんが.

↓ 2010.8.1 千葉駅で撮影したE257系「あずさ3号」なんと6:38分発.普通では絶対に撮影でき(し)ない列車です.そっくりの顔をした2トントラックがあります.側面には松本電鉄の Highland-Express とロゴを入れたいようなカラーリングです.後2両はそのまま新島々まで乗入れてしまってもよいかと思います.


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↓ 同じく2010.8.1 外房線東浪見-上総一ノ宮間.E257500の「わかしお」です.あまりにも機能一辺倒の前面スタイルと塗装は何とも云えません.ロボットみたいです.
しかし,乗ってしまえばお顔は見えません.悔しいけど居心地,乗り心地,スピードと素晴らしいものです.少しは褒めておかないとね.


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↓ 場所日付は同じ,255系の「わかしお」.ブラックフェースにごまかされますがやはり・・・.ちょっと正面からのご面相はいけません.サイドから見ると気にならないのですが.
去年木更津から館山まで乗りましたが,車内は薄汚れていてなんとなく暗い.乗り心地もぎくしゃくとしていて快適ではありませんでした.しかも車掌さんは全然回って来ない,館山駅の有人改札口も無人.特急券はどこで買うんじゃ!


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↓ 2010.7.25 上越線群馬総社-八木原間の485系N201編成「彩いろどり」使用の9767M快速「たんばらラベンダーパーク」怖い顔の電車として有名です.


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恒例の夏休み(のサボり)が続くかもしれません.

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2010/08/10 AM 12:39:29 | [電車・気動車]

No.1011 201系H7編成と出会う

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昨日の続きです.上野駅から山手線外回りに乗車中,神田駅で東京方面へ向かう201系を見かけました.
数分後には折り返し戻って来ますからこれは撮るしかないと思い,即山手線を降りて,上野方面行きの山手線・京浜東北線ホームに駆けつけます.
驚く程早く201系が折り返して来るのが見えましたが,なんとE257系「かいじ104号」が横を東京方面へ通過して行くではないですか.危うく被るところでしたが何とか201系が顔を出してくれました.
E257系と201系の出会いなんて珍しくもないでしょうが,ここは神田です.E257系の乗り入れは1日数本のみ.ここでの2ショットはラスト1編成になった今,大変貴重なワンシーンと云えましょう.

ここ数日間H7編成は走っておらず,昨日は久しぶりの定期列車への運用だったようです.ちなみに本日(6.2)は75T運用で終日走っているそうです.

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2010/07/02 PM 09:38:42 | [電車・気動車]

No.972 名残り113系

昨晩の名残り雪、5cmほど積もったのですが、夜半に雨に変わってぜ〜んぶ融けてしまいました.


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東京で見る113系も最後ねと、寂しそうに君がつぶやく.
↑今日を入れてあと3日.見慣れたスカ色113系も都内より去って行きます.錦糸町駅快速ホーム端には約10名の"(今話題の)撮り鉄"さんが集まっていました.


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↑錦糸町駅ホームで1分ほど停車します.


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↑両国駅ホームには数十名の撮り鉄さんがいて、皆さんイエローラインを跨いで撮影していました.この望遠アングルではいかんともしがたい状態でしたが、下り緩行電車接近で皆さんおとなしく引っ込んでくれて喜びました.ちなみに「喜びました」は島根式表現ですが「助かりました」の意です.


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↑311mになった東京スカイツリーともお別れです.

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2010/03/10 AM 12:39:29 | [電車・気動車]

No.967 続総武線113系新聞輸送電車廃止

(画像をクリックすると拡大されます)

本日は仕事でしたが、メインは夕方からだったので日中は中抜けして113系を撮影に行ってきました.
回送の両国駅到着は12時50分.到着時、300mを超えたスカイツリーとの2ショット狙いで緩行線ホームのピンポイントを確保しました.スカイツリーが見えるのはホーム上でほんの2-3メートルの間だけです.下り電車との被りが心配ですが、48分、53分発と定時であれば問題無さそうです.

まだ国鉄だった時代、国電区間の運転時刻は標準時間と称して結構いい加減で、時刻表表示の1-2分の前後は当たり前.酷い時は4分も早発して飯田橋の駅員さんに文句云ったことがあります.時々「時間調整」と云って途中駅で長時間停車していたのを覚えている人も多いでしょう.あれはダイヤより早着していたからなんです.何しろ運転手さんの持つ時刻表には各駅の発着時間が表示されていませんでしたから.
今は本当に正確で、被る列車は毎日ほぼ同じ場所で被ります.

両国駅ホームには平日にも関わらず、10名ほどのファンが来ていました.ホームにお相撲さんが居らしたので、お願いして113系の前に立ってもらおうかと逡巡しているうちに、到着した電車に乗っていってしまいました.


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その後市川へ先回りして俯瞰.市川駅ホームには5-6名いらっしゃいましたが空中には1名のみ.今日は少し春霞でもやってました.花粉のせいか、目はウルウル、鼻はシュンシュン、クシャミがやたらと出ます.


(画像をクリックすると拡大されます)

何方かの数日前のブログとほとんど同じ内容になってしまいました.

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2010/02/24 AM 01:26:23 | [電車・気動車]

No.963 総武線113系新聞輸送電車廃止

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総武線で113系なんて珍しくも何ともない、なんていまだに思っている私でしたが、総武快速線から113系が撤退してからちょうど丸10年も経つんだそうです.
しかし両国発の新聞輸送電車だけは内房線・外房線へ直通する関係上、113系で残されてきました.
房総地区の113系も、京浜東北線のゾンビ209系に置き換えられると云うことでその存続が危ぶまれていたのですが、いよいよ3月の改正で廃止とのこと.
しかも209系への置き換えではなくて、契約打ち切りの「廃止」ということらしいです.自動車輸送にシフトするのでしょうが、このエコの時代に逆行するような措置ですね.まあ僅かな量の新聞を実車2両の旧型113系8両で輸送(しかも片道は回送)する、というのもコスト的にもCO2排出量からみてもどうかとも思いますが.

先日2月10日、ネット仲間の方々と千葉方面に出かけたついでに、西千葉駅ホームで件の113系を撮影しました.幕張-千葉間は今でも入出庫する113系が走っていますので場所選択を誤ったきらいもありますが、列車番号2331Mが写っていますので良しとしましょう.方向幕は通常も「回送」だそうです.

実はこの列車が来る直前に千葉行緩行電車が到着しており、ひやひやもんの撮影でした.この時点で私の背後にはE231系がまだ停車しています.
この撮影の前に「運がよければ湘南色が来ますよ」なんて冗談を云っていましたが、それが本当になってしまいました.運良く被らず、運良く湘南色!引きのよい幸運の持ち主は何方だったのでしょうか.
しかし、いろいろな意味で「濃い」キャラクターの4人のメンバーが、この列車を記録してしまったのは凄いな〜.という思いです.おそらく4人全ての方の成果を今後目にすることになるかもしれません.すでにお一方は出しておられます.



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もう1度くらい撮影してから(できればノーマルのスカ色8両編成を)記事にしたかったのですが、時間が空いている日はいずれも悪天候で出かける気になりませんでした.

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2010/02/16 AM 03:48:46 | [電車・気動車]

No.937 チヨコレイトは明治♪

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本日は幾度も出会いました.有楽町駅にて.


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2009/10/13 PM 05:55:39 | [電車・気動車]

No.934 43-10東北筋長距離DC急行

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同じく41年前の1968(昭和43)年10月1日、いわゆるヨンサントーの国鉄ダイヤ改正当日のカットです.この改正では何しろ新しい特急列車が大量に登場したので、なかなかキハ58系気動車程度ではカメラを向ける余裕(フィルムの)がありません.
↑しかし、この急行「おが」のキハ58は初めて見る形です.パノラミックウインドウとスカート付きの前面は電車急行のようにあか抜けたスタイルです.モデルチェンジした1500番台は製造後秋田に配属されたばかりで東京へは初見参のようで、思わずカメラを向けていました.

↓のカットも思わずカメラを向けたキハ58系青森行の「八甲田1号」.号車番号札の数字にも驚きです.前年までは「三陸」や「陸中」など何本もの多層立て(編成中数両づつが途中駅で分割併合を繰り返して、多方面の地方都市へ向かう列車構造)の気動車急行を統合して「八甲田1号」としてまとめたものとのことです.
19号車とはいっても、同時に19両編成で走る区間はもちろん無くて、当時の気動車の性能では12両編成が最大だったと思います.途中で分離される車両、併合される車両併せてのべ19両以上の車両が関係する壮大な列車だったことがうかがわれます.
「八甲田」というと夜行の客車急行が連想されますが、この改正では昼行が1号、夜行が2号と愛称統一されていました.


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他にも全国で中・長距離区間を運転する気動車急行が闊歩していた時代ですが、多くの列車は準急の進化系で利用は区間乗車が多くて全線乗り通す乗客は少なかったと思います.ところが上野-秋田、上野-青森などになると、従来の客車急行を置き換えたという意味合いもあります.長距離でもまだ特急列車の本数が少ない時代というか、まだまだ特急に乗車するということ自体が贅沢とされていた時代です.さらに特急はすべて全座席指定だったので、自由席が主体の急行の乗車率はいつも非常に高かった印象です.
私も一度だけこのキハ58急行「八甲田1号」に乗車して上野から青森へ、さらに北海道へと渡りましたが、いくら鉄道好きで若かったとはいえ、気動車での10数時間の連続乗車はもう2度と勘弁してくださいよ〜.と云う体験感想でした.ディーゼルエンジンの排気ガス臭+思慮容赦のない周囲の乗客の紫煙.トイレに行くのも一苦労の身動きできない混雑.もちろん冷房などありません.そしてやはり一応曲がりなりにも急行ですから、一度走り出すと1時間以上停車しないことも度々です.このノンストップというのは変化が少なくて退屈で、結構疲れるんですよね.常にフルスロットルのDMH17エンジンの轟音や、軽薄なDT22のコイルスプリングの揺れも憎たらしくなってきます.やとこさっとこ青森へ着く頃にはもうへとへとです.到着前の車掌さんのアナウンス「お疲れさまでした.まもなく終着の青森に到着します」が実感としてほとほと身にしみました.今考えても恐ろしい道中でしたね.夜行の客車急行とは異質の疲労感でした.

さすがにこの列車は数年後には「はつかり」化され、上野発が3時間ほど遅くなりました.もちろん均一周遊券では特急料金が必要となりましたし、BOXシートの583系ではありましたが.

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2009/10/02 PM 09:38:42 | [電車・気動車]

No.924 荷電三重連

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私の写真ではありませんが、誰か友人が撮影したものだと思います.1972(昭和47)年頃でしょうか.中央線スカ色115系電車の前にクモニ83+クモユニ82+クモニ83の3両が連結されています.通常はクモニ+クモユニなので、荷物が多かったか回送かで1両増結されたものと思います.
旧型の足回りを持つ荷電は抑速電気ブレーキが利きませんので、下り勾配では115系の4両のモハのモーターにその分負担がかかったはずです.逆に甲府盆地からの登り勾配での吊り掛けサウンドは楽しそうです.
場所は東中野でしょうか?先頭のクモニの向こうの看板が当時の世相を反映しています.堂々と線路脇にこんな広告があったんですね.

※boogieさんよりのコメントで大久保駅だそうです.ご教示ありがとうございました.

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2009/09/12 PM 11:31:05 | [電車・気動車]

No.910 山田線大志田駅のスイッチバック

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スイッチバックと云えば、現役蒸機を撮影していた頃はあちこちで出会いました.箱根登山鉄道のは山をジグザグに登る本当の意味でのスイッチバックでしたが、国鉄線で見られるほとんどのものは駅(信号所)を水平に設ける(勾配中にホームを作っても、非力な蒸機列車などでは引き出せない)ためのもので、通過列車は駅を無視してそのまま直登してしまいます.
この駅はもちろんお客さんの乗降のためでもありますが、単線での列車交換、優等列車の追い抜き、さらに勾配を一気には登りきれない蒸気機関車とその乗務員の大事な休憩場所でもあったわけです.

ですから、かつての学校での教え方、鉄道で山を登る方法の中のスイッチバック式がジグザグ式の解説のみなのには多少違和感がありました.まあ今ではアプト式、ループ式、スイッチバック式は存在はしますが一般には非現実的なので、もう敢えて教える程の重要事項でもないのかもしれません.

国鉄→JRでは数少ない本当の意味でのスイッチバックのある、木次線出雲坂根駅付近での車内案内で「日本では数少ない3段式スイッチバックです」と云ってました.気持は何となく理解できますが、この方式のスイッチバックと云えば立野でも大畑でもみな3段ですし、前述の駅水平用のスイッチバックでも理屈的には3段ですから、これが普通かと思います.現在はスイッチバック自体が数少ないことには間違いはありませんが.

勾配用としてのスイッチバックで2段のものって普通の本線上でありますかね?赤谷線東赤谷駅と今も健在の岩手開発鉄道の岩手石橋駅は共に勾配を登り詰めて、折り返して駅に進入すると云う方式で確かに2段ではありますが.少々特殊に感じます.

中国北京郊外の京包線青龍橋駅はモスクワ行き国際列車も走る幹線駅ですが、完全な行き止まりの折り返し駅で全ての列車の進行方向が変わります.ここは万里の長城観光で有名な八達嶺を越える33‰の急勾配区間で、まさしく2段スイッチバックと云えますね.
はるばる1万km先のモスクワまで行く列車も、北京から僅か数10kmのこの駅で全行程中1回だけ進行方向が変わります.(現在はこの区間は通過しないようです)

↑は山田線大志田駅.水平ホームの直ぐ横の25‰をキハ58、2両編成の急行「そとやま」が通過して行きます.この急行は盛岡-茂市間を2時間以上ノンストップでした.
撮影は1967(昭和42)年12月.交換の普通列車の車内からです.

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2009/07/19 PM 03:31:34 | [電車・気動車]

No.905 首都圏色DCの走る国鉄真岡線

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その首都圏色の気動車を撮影した数少ないカット、DCgalleryにありました.
1988年に真岡鐵道として再スタートする前の国鉄真岡線時代です.時は1986年頃にドライブついでに撮影していたものと思われます.取手市から水海道、下館、真岡、茂木、烏山を通り福島県の白河市へ抜ける国道294号は当時のお気に入りのドライブルートでした.関東北部の独特の田舎道を快適に進み途中では何回もローカル線に出会います.最後はもう日没近く、白河の関を越えて東北本線白坂で夕景の撮影が楽しみです.まあ当時は撮影は2の次、3の次.ワインディングロードで当時乗っていたマニュアル・ミッションのターボ車の加速を楽しむ.というのが第一義であった訳なんですが.

この写真の場所は真岡線と国道294号の踏切(当時はバイパスは未開通なのでT字路でした)といえば現在の "天矢場"駅のあるところ.現在はお馴染みの場所ですね.

キハ45系の列車が4カットあるところを見ると、何10分か待って往復撮影していたようです.


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2009/07/12 PM 11:31:05 | [電車・気動車]

No.904 首都圏色DC登場

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オレンジ一色のキハ35が八高線に登場.というニュースを聞きおよび、所用のついでにクルマを八高線沿線に走らすと、お馴染みの金子坂でいきなりこの編成に行き会いました.
中間に在来色を挟んだキハ35の3両編成は当時の私にはかなりの違和感を感じました.どうもこの色だとまだ下塗りのままというイメージで、少々物足りない感じです.これが後に"首都圏色"と呼ばれることになりますが、似合うのはキハ40位でしょうか.
のっぺりしたボディのキハ35はまだしも、おでこの丸いキハ20系やシルヘッダー付きのキハ17系には完全にミスマッチな塗色でした.
幸いと云うか、このいわゆる首都圏色が全国にはびこった時代は、ほとんど撮影をしていないので、私のネガから見つけ出すことは至難の業です.


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今はこれがリバイバル復活色として珍重されるのですから、隔世の感と云わざるを得ませんね.
八高線東飯能-金子(金子坂).1974.5 撮影.

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2009/07/10 AM 12:39:29 | [電車・気動車]

No.903 なつかしい国鉄101系
中学高校時代にお世話になった中央線101系です.今でも秩父鉄道へ行けば乗車することが出来ます.懐かしいオレンジに塗られた編成もあります.付随車のDT21Tがなかなかの乗り心地でした.
なんか行き詰まった時は秩父へ足を向け、少年時代の心に戻ってみるのも良いかもです.


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↑吉祥寺-三鷹間高架化工事中ですね.


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↑国立駅、特別快速運転開始当初はこのような小型マークが正面窓内に掲出.PS13付き編成.


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↑三鷹-武蔵境、三鷹電車区の横を行く大型マークの特別快速.


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↑三鷹-武蔵境、三鷹電車区を跨ぐ跨線橋から.


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↑三鷹-武蔵境、三鷹電車区横のPS13付き編成.


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↑三鷹電車区に揃う.
左から301系(当時は黄帯、正面帯無し)X2、165系、71系(クハ76)、101系900試作車、101系.
すべて鬼籍に入っている.

1967-69年頃の撮影

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2009/07/09 PM 04:18:33 | [電車・気動車]

No.901 明日7月4日より久留里線にキハ35国鉄色が走ります

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昔々、八高線に蒸機の撮影に行くと、東飯能駅の引上げ線によくこの列車が停車していました.ハイキングシーズンに大宮-東飯能間(川越線から直通)に運転される快速「名栗なぐり」.キハ30単行にヘッドマーク付き、という当時としてはマニアックな形態の列車でした.貴重なフィルムは蒸機専用っていうことで、気動車などにカメラを向けるのはまれでしたが、この日は何故か遠くから一枚撮っていました.1967年6月4日の撮影です.これ以上寄れなかったのかもしれませんが、左側の西武線ホームや腕木信号機、給水タンクなど当時の東飯能駅の様子がよく判ります.
ちなみに名栗とは秩父武甲山より流れ出て飯能市内を通り、入間川に流れ込む名栗川の名称です.埼玉県内の人には遠足やハイキングなどで市内の天覧山に登ってから、名栗川の河原で遊ぶのが定番コースということで有名でした.

明日はこんな列車が久留里線を走ります.
行くべきかどうか逡巡してますが、たかだかキハ30の単行をわざわざ撮影に行くと云うのも、かなり抵抗を感じます.天気も悪いようだし、久留里までだとあまり良いポイントも無いし.

調べれば判りますが、明日7月4日の運転行路時間をご参考までにどうぞ.↓



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2009/07/03 AM 01:12:08 | [電車・気動車]

No.847 EL牽引485系特急「やまばと」走る

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1968(昭和43)年10月1日.いわゆるヨン・サン・トーの国鉄大改正で、東北本線青森電化をはじめ、全国的に電化複線化などで新しい列車が多数登場です.奥羽本線も福島-山形間の(直流→)交流転換化により、山形-上野(東京)間に2往復の485系電車特急「やまばと」が運転されるようになりました.処女列車上り「やまばと1号」は山形駅で華やかな式典に送られて出発したものの、まだ駅構内においてギア故障により立ち往生.一旦ホームに戻され修理を試みるも結局修理はかなわず、祝賀列車ということもあり、全区間機関車牽引で上野まで運転されるという前代未聞の事態がおきてしまいました.
山形-福島はED78またはEF71(重連?)、福島-黒磯はED75が牽引したはずです.黒磯からはEF5858がその役を担って夕方17時過ぎにようやっと上野駅に到着です.
不思議なことにダイヤ改正当日で、しかも日中堂々奥羽本線・東北本線と衆目の中を走行してきたのにも関わらず、その写真はどの雑誌上でも発表されず、私のこの上野駅での写真も露出不足だったせいかボツになっています.この件に関しては当時のファン誌、雑誌「電車」、「電気車の科学」などのバックナンバーを当たってみましたが、事故の記述さえ見当たりませんでした.(政治的な圧力があったとは思いたくありませんが、国鉄関連の出版社では掲載できなかったかもです)

当日は都民の日で学校は休み、朝からダイヤ改正で誕生した列車等を上野駅を主体に撮影していました.夕方になり上り「はつかり2号」の到着を待つばかり、と言うときにある異変に気がつきました.上り「やまばと1号」が来てない!各列車とも遅れ気味で、我々もあちこち移動もしていたので見落としたのかとも思い、同業者に聞くとやはり、「そういえば来てない」とのこと.すでに到着予定時刻は大幅に過ぎています.「急行」表示を出した401系(臨時ときわ)を地平ホームで撮影していると、高架ホームにEF58が入線してくるのが見え、よく見ると後には特急電車編成が続いているではないですか!「やまばとが来た〜!」と高架ホーム8番線に周りにいたファンたちと駆けつけたものです.




       (画像をクリックすると拡大されます)



数年前に弊サイト「気まぐれpicture」に初めてこの記事をアップしたとき、以下2つの疑問を投げかけました.詳しい方にレクチャー、コメントを頂いておおよそ解決いたしましたので書き添えておきます.

疑問その1 機関車が牽引してきたのに何故ブレーキホースが取り付けられていないのか?ちょっと判りにくいが、2番目の写真でもブレーキ管は繋がれていないようだ.ということは機関車のブレーキだけで走ってきた?!

Ans. 機関車のブレーキだけで走って来たなんていうことは絶対にあり得ない.スカートのブレーキ管のカバーが開いているのでアタッチメントを付けて接続して来たものでしょう.アタッチメントは機回しして、編成の反対側に機関車を連結するために付け換えたので写真には付いていない、と考えられます.

疑問その2 485系のパンタが全部(だったと思う)降下していて、車内のサービス電源はどうしていたのだろう?

Ans. おそらく黒磯までの交流区間はパンタグラフは上昇されていて、MGを働かせていたものと想像されます.黒磯では電車編成の交直転換がうまくできず、直流区間はパンタを降下して運転されたのではないでしょうか.室内灯くらいであればバッテリーだけで賄えるはずです.


(画像をクリックすると拡大されます)

実はこの日、後続の上り「やまばと2号」もちゃんと走らなかった、というような記憶もあります.記憶違いかもしれませんが「やまばと1号」が故障した後、一旦2号用の車両に交換.ところがそちらにも不具合があり、結局当初の1号用の編成に戻して機関車牽引となった.という顛末だったような気がするんですが.
しかし、私がこの事実を知っていたということは、新聞かテレビで報道されたからでしょうから、当時の記事を検索すれば真相が判るかもしれません.そこまではやっていません.

最近はブログを中心に見て頂いているようですが、なかなか本編の旧記事までご訪問される方はいらっしゃいません.そこでネタ枯れ、ということもありますが皆さんにご覧頂きたい自分でも1押し、2押しという旧記事をアレンジしてアップしています.

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2009/03/09 PM 04:18:33 | [電車・気動車]

No.831 品川にサンライズ丸停泊?

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品川駅東海道線のホーム前に、夜行寝台電車「サンライズ出雲・瀬戸」の車両が出庫まで留置されています.整備中でしょうか、闇の中で各種大きさ高さの窓々に電球色の灯りが点る様は、出帆を前にした豪華客船の一部と見紛います.


(画像をクリックすると拡大されます)

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2009/02/05 PM 11:54:18 | [電車・気動車]

No.820 「新雪」をプレゼント
12.27追記
昨日からある小説、かなり厚い単行本上下2巻をほとんど不眠不休、約28時間ほどで読み通してしまいました.ベッドで読んでいたので、眠りたければ自然に寝てしまうはずなのですが、適度の?腹痛が刺激になったのか、話が面白かったのか、ついに読み切りました.
今年は念願の「ダビンチコード」を3年がかりで読み通したのをはじめ、かなりの読書量(私にしては、ですが)となりましたね.正確には数えてないですが4-50冊くらいでしょうか.

明日は夜に仕事で出かけなければなりません.ちょっと辛いですがなんとかこなして正月はゆっくり休みます.

まだ「良いお年を」ではありませんよ.



(画像をクリックすると拡大されます)

1971(昭和46)年1月9日 上越線越後中里

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2008/12/24 AM 01:26:23 | [電車・気動車]

No.807 ご乗用電車


1967(昭和42)年12月だと思います.新宿駅東口、今のマイシティの入口付近の線路際に警官が多数並んでいました.
これは何か来るな、と閃いて「写真撮らせて下さい」と半ば強引に押し掛けて、追い出すかどうか彼らが迷っているうちにこの列車がやって来ました.素晴らしいタイミングでしたが、少し露光不足になりました.

これは高尾からのご乗用電車で、当時の皇太子ご夫妻(今上天皇)が乗車になっています.





新宿駅ホームのから立ち上がった、頼りない監視ボックスが写っています.おそらくこの年の8月に起きた、タンク車炎上事故後に急拵えされたものでしょう.

中央線では多摩ご陵に行かれるためによく見かけましたが、カメラを向けたのはこの時だけです.その後このご料車クロ157-1は183系や185系にパートナーを変えましたが、同じ157系ですからこのオリジナル5両編成がベストだったと思います.

悔し紛れの第2弾ですが、元絵の関係で拡大画像は無しです.

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2008/11/14 PM 07:18:22 | [電車・気動車]

No.804 準急ずれ日光
11.9追記
サーバー・トラブルほかいろいろあって更新が滞っています.毎日大勢の方に無駄足を踏んで頂いているかと思うと心が重いですが、お許し願いたいと思います.
なお、病み上がりの体の方は何とかですのでご心配なく.
多数の方から、お見舞いおよびサーバー・トラブルのモニタご報告を頂きました.どうもありがとうございます.

ブログは近々再開する予定です.すんません.



(画像をクリックすると拡大されます)

1963(昭和38)年頃の東京駅7番線(当時)です.日光の文字一が右に寄っていているのは[湘南日光]か[特別日光]の左側を消したものだろうと思っていました.でもローマ字表記はNIKKOだけなので後者の線が強いですか?
このローマ字もドイツ文字タイプのフォントが使われていてユニークです.

京浜東北線のクモハ73も良いタイミング.全景写真が無いところを見ると距離計連動カメラでのパララックス外れ、要は失敗写真なのですが、資料性から見るとなかなかのフレーミングですね(自画自賛ですが).

調べますと、特別日光号は東京オリンピック関連の運転と判明.撮影年が間違っていなければ湘南日光号からの転用のもののようです.それとも[湘南]の文字だけシールなどで左のアキ部分に貼っていたりしていた? のかも.

↓は前にも出していますが1968(昭和43)年7月の急行[日光]です.この時点ではヘッドマーク内の急行表示は無くなっていたようです.ただしここに急行と書かれている姿も記憶がありますし、後日の急行[伊豆]時代には表示されています.


(画像をクリックすると拡大されます)


(画像をクリックすると拡大されます)

↑1964(昭和39)年5月のニセ[こだま]のヘッドマークです.ちゃんと特急表示がありますね.

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2008/10/31 PM 07:14:28 | [電車・気動車]

No.799 キハ35ステンレス仕様
10.22に追記です.

10.15に急に体調を崩して(胆石痛でした)入院していました.幸いにも切腹とはならず、本日先ほど娑婆に生還です.
この間、ブログ更新やブログコメント、本編掲示板およびメールへのレスなどが滞りまして、大変失礼いたしました.
また毎日チェックしていたスパム投稿の削除もできず、大変お見苦しい状態が続いたことをお許しください.

なお生還はしたものの、完全復帰までは数日を要するものと思われますので、この点もご容赦頂きますようお願いいたします.

寺田牧夫(田駄雄作)


その間は素晴らしい写真日和の晴天が続いていましたね.毎日病室の窓から青空を恨めしそうに見上げていました.17日には久しぶりに撮影に行く予定だったのでなおさらです.
病室の傍にはビオトープがあり、時折シラサギの群れが窓外を横切ります.また下総基地が近いので、自衛隊のYS11も快音を響かせ低空で同じ窓に現れます.痛みがとれてからは、退屈しのぎにはなりました.






(画像をクリックすると拡大されます)

1966(昭和41)年4月、午前中は銚子電鉄訪問.午後からは当時の雑誌に撮影地ガイドの出ていた猿田で総武本線のC58・C57牽引列車や急行、普通の気動車を撮影しました.

猿田駅そばの猿田彦神社の森や参道橋、腕木信号機をバックに構えていると登場したばかりのキハ35900の編成がやって来ました.
今は銀箱車両がはびこっていますが、当時は珍しくてそのギンピカボディは強く印象に残っています.
その後八高線や相模線では警戒色の赤線が入れられたり、首都圏色、相模線色に全面塗装までされてしまいました.

↓後追いのカットを見るとキハ35900X2+キハ350+キハ17+キハ35900の5両編成でした.
ステンレス車は外吊りドアレールカバーが一直線につながっているのが特徴です.


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2008/10/14 PM 07:18:22 | [電車・気動車]

No.791 ヨン・サン・トーから40年

(画像をクリックすると拡大されます)

もう40年経つんですよね.1968(昭和43)年10月1日のダイヤ改正は通称「ヨン・サン・トー」と呼ばれ大々的に行われた.目玉は東北本線の完全電化!なにしろキハ81系から置換えられた特急「はつかり」は従来タイムを2時間以上の短縮.さらに各幹線の特急列車の大増発.最高速度を120km/hに引き上げるなど、まさに大改正でした.

前年に登場した581系、月光型の東北バージョン583系も東京へは初お目見え.ボリュームのあるボディで昼は「はつかり」、夜は「はくつる」「ゆうづる」として大活躍を始めました.

何回か乗りましたが、やはりボックスシートの長時間乗車は辛いものがありました.何しろいつも満員(全座席指定)で、相席のメンバーに変人が一人でも居ると最悪の行路になります.
特に夕方に上野駅を出発する青函夜行便接続の「はつかり」は、冬だとすぐに日が暮れてしまいますし、停車駅は少ないしで本当に退屈でたまらん!状態でした.


(画像をクリックすると拡大されます)

上は改正当日、青森から初めて到着する上り「ゆうづる1号」.下は当日の祝賀列車上り「はつかり2号」の到着.いずれも上野駅です.助役さんが線路からの撮影を黙認してくれました.
有り合わせの画像ですので、拡大画像が小さくてすみません.

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2008/10/01 PM 10:57:41 | [電車・気動車]

No.783 横浜線100周年

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横浜線が開通100周年を迎える、ということでこの9月の沿線では各種イベントが行われています.
205系電車(横浜線って205系だったんだ〜、という私のレベル)6編成には、記念ヘッドマークが付けられているとの情報で「出合えるかな」と思っていましたが、幸いにも帰路淵野辺駅から乗車した電車に装着されていました.ホームに進入して来る電車を見てとっさにカメラを撮り出して、もう暗くなっていましたのでISO感度を800に上げたつもりが行き過ぎて1600になってしまっていました.しかも1/40sec.でF20!なんじゃこの露出は.感度を上げた意味がありません.

この電車に東神奈川駅まで乗車したので、当然ここでも撮れます.京浜東北線10両用のホームなので引きが取れました.感度はISO1600のままです.


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北行の京浜東北線に乗るべくホームを換えると、東京寄りにカメラを構えた少年が数人.聞くとマーク付きの205系がすぐ来るというので、混ぜてもらって一緒に撮りました.こちらは英字版です.ちょっと暗かったのですが、図らずとも、労せずして2種類のマークが撮れてしまいました.


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2008/09/15 PM 05:48:13 | [電車・気動車]

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